【シーグレープの木の下で:葉月雑感 (平成22年8月31日)】

写真17
写真17。写真左から、北京大学准教授のLiuさん、僕、土井君。
Welcome receptionで。もう酔っぱらって完全に出来上がっている。

 学会では、久方ぶりにアジアのMS研究者に会って再会を喜ぶ。初日のwelcome receptionでは、以前うちにきていた北京大学准教授のLiuさんと盛り上がる(写真17)。学会のディナーではレゴンダンス(若い女性が手の指先、足の指先をそらせて妖しげに踊るやつ)を楽しむ(写真18から20)。若い踊り子さんが、指先を妖しげに動かして壇上へと誘いにくる。ついふらふらといの一番に壇上にあがって踊り子さんと踊ってしまう(写真21)。日本人、中国人、韓国人は壇上にあがってきて記念写真をとるタイプ。オーストラリア人、英国人なんかはもちろん壇上にはあがってこない。

写真18
写真18。レゴンダンスの舞台。

写真19写真19。舞台の一番前の席に陣取る日本人グループ。左から、斎田先生、金沢医大の松井さん、僕、名古屋大の錫村さん、群馬大の林さん。松井さんは、右端の子が一番の踊り手だという。これは指先のそり方がいいから。


写真20。レゴンダンスの踊り子さん。右の女性が近づいて来て指先で誘う。

写真21。誘われて、思わず僕も壇上にあがってしまう。踊り子さんの妖しげな指先には要注意。

 

 なぜか、ここにはサルサ・バーがあり、二次会では錫村さんやらうちから行った真崎君、土井君やらと、漆黒のインド洋を眺めながらテラスで杯を重ねる。真崎君や土井君は初日から最終日まで水上バイクやフライフィッシュ(ゴムボートをモータボートで引っ張り空中高く浮き上がるやつ)で遊んだと聞く。3日間の会が終わった夜は、オーストラリアのKermodeさん、やはりオーストラリア人の薬品メーカーのアジアの責任者、両者の奥さんと日本料理店で会食する。オーストラリア人はいずれも中年男性だが、奥さんは台湾人、中国人の若い女性でともにチャーミング。この組み合わせには、どういう国際事情があるのかしらんと僕は思いながら、このバリ島で新潟の八海山を冷やで飲む。日本以外ではグローバル化が進んでいるんだなあと改めて感じる。ま、最初から最後まで飲み続けた学会だった。

 グランドハイアットが入っているリゾートビーチは、警官の警備するゲートで仕切られていて安全(ここでテロにあってはかなわない)。長い円弧を描く白砂のビーチは遠浅で、浜辺にはヤシ、道路の中央分離帯にはパームツリーが背高く立ち並ぶ。朝には浜辺を散歩して、シーグレープ(浜辺葡萄)の緑の丸い葉っぱの下の白いデッキチェアーに寝そべって、小一時間も群青色のインド洋を渡ってくる風に吹かれている。南緯8度のここにいるのが不思議な感じ。

 バリ島の土産には、インドネシアの特産ということでルワック(ルアク)コーヒーを買った。インドネシア語ではKopi Luwak(英語ではLuwak coffee)といい、Kopiはコーヒー、Luwakはジャコウネコの現地名である。これは、コーヒーの熟した果実をジャコウネコが食べ、その種であるコーヒー豆が未消化のまま排泄されるのを、糞から集めて洗浄し乾燥させたものである。これはものすごく高くて、100gで7000円近くかかった。バリのコーヒーショップでは、他のコーヒーは無料で試飲できるが、これだけは試飲も有料という。ジャコウネコの排泄物から集めた世界一高価なコーヒーとして1995年度にイグ・ノーベル栄養学賞を授与されただけのことはある。豊かな香りが特徴というが、もったいなくてまだとても飲む気になれないでいる。インドネシアのMS患者さん、CIDP患者さんで僕の外来にくる人がいて、バリに行くつい数日前に診察したところだ。9月半ばからはインドネシアの女医さんが3ヶ月の予定でMSの勉強をしにくる。なんとなくインドネシアを近くに感じるこのごろだなあと、飲めないでいるルワックコーヒーを眺めつつ思う。

 僕の田舎は、大分県の佐伯である。九州の西側は九州新幹線もまもなく全線開通し、博多・鹿児島中央間が1時間20分で結ばれるようになる。その一方で、東側は大分県と宮崎県の県境、佐伯・延岡のあたりは、九州でも一番の僻地のまま取り残されることになる。このあたりが僕の郷里である。お盆の14日には、その田舎で卒後40年ぶりの中学校の同窓会があった。もう皆、いい年をした、おっさんとおばさんになっている。二次会で副級長さんとジルバを踊ったあたりからは、焼酎を飲みすぎて記憶が全くない。次は卒後半世紀の同窓会になると思うが、このとき僕は丁度現役を引退する。現役最後の10年間を楽しみつつ走り抜きたい。ワールドワイドな科学者の世界は、ますます競争が厳しい。あと10年、熱い勝負がしたいものである。

平成22年8月31日
吉良潤一

 P.S. 9月6日付の毎日新聞に、たまたまこのルワックコーヒーがトレンドのコーナーで紹介されていた。なぜ糞に残ったコーヒー豆を使うようになったか疑問に感じていた。同紙によれば、インドネシアを植民地にしていたオランダ人がプランテーションで栽培を始めたコーヒーをおいしそうに飲むのを、現地人農園労働者が見て飲んでみたいが手に入らない。それでコーヒーの実を食い荒らす野生のジャコウネコの糞に目をつけ、その糞中のコーヒー豆を集めてルワックコーヒーを生み出したという。スマラプラ宮殿の陳列館の絵画には、オランダと戦って殺戮されるバリの戦士が描かれている。1908年にインドネシアで最後に残ったバリ島のクルンクン王国が滅ぼされる際に、その王侯・貴族は無抵抗の大量自決をしたという。これによりオランダは国際的な非難を浴び、現地伝統文化を保全することにしたとされる。世界一高価なコーヒーには、それ相応の歴史の重みがあった。(平成22年9月6日加筆)