福岡市認知症疾患医療センター事始め (平成22年12月19日)】


  私は、この度、めでたく日本認知症学会認定認知症専門医資格を取ることができました。8万円かかりました。資格審査だけで2万円、晴れて資格ありと認定されると、また6万円払って専門医というわけです。今までに、日本神経学会認定神経内科専門医、日本内科学会認定内科医、日本脳卒中学会専門医、日本頭痛学会専門医と認定医・専門医資格を取ってきましたが、そのなかで今回のが、一番お金がかかりました。最近では、この認知症専門医資格をとる人が急増していると聞いていますから、認知症学会は大儲けでしょう。いったいこんなに金を集めて何に使うのかしらん。今回までは、診療経験や経験症例を記載した書類を提出し、その書面審査のみで試験はないということだったので、今年5月末の申請書類締め切り時には、症例報告を5例分自分自身でしっかり書きました。症例のサマリーを書き上げるのは自分で書き上げるのは久々のことで、締め切り期日も迫って、年取った身には本当に大変でした(若い医師の電子カルテのサマリー書きの大変さを思いました)。資格申請には認知症学会の出席が不可欠なので、今回の申請書を書くためにはどうしても昨年度の認知症学会に出席する必要があり(会員ではありましたが、それまで全く出たことがありませんでした)、香港での国際学会の出席を早めに切り上げて、認知症学会最終日に香港から仙台に飛んで、1時間だけ認知症学会に出席して参加証をもらいました。それでようやく今回の試験なし申請に間に合ったわけですが、実際には試験なしの資格申請はもう1年延長になりました(香港から無理やり仙台に飛んだのにひどい話ですね)。
 
 私は、基本的に日本神経学会認定神経内科専門医資格があれば、それだけで脳神経疾患の診療は十分とする立場ですが、今回は本当にやむなく認知症学会専門医資格をとりました。それは、今、国が認知症疾患医療センターを、各地方自治体(都道府県、政令指定都市等)に設置するよう進めていますが、その際に認知症専門医資格を持っている医師が必要であるためです。実は、九州大学病院の脳の健康クリニック(もの忘れ外来)は、昨年10月に福岡市で唯一の認知症疾患医療センターに指定されています。指定受諾後、今年2月からは福岡市中央市医師会とのモデル事業を実施し、その検証を経て、この11月より全市展開しました。私はその初代のセンター長を務めていますので、この認知症専門医資格を得ておく必要があります(ちなみに九大病院神経内科で認知症専門医資格を有する医師は、現在5名となっています)。もちろん、本来、日本神経学会の神経内科専門医資格を得ておけば十分であることはいうまでもありませんが。

 もう10年前になりますが、当時の九大精神科の田代教授に、神経内科、精神科で共同して、もの忘れ外来を設置していただけませんか、とお願いにあがりました。田代先生は即座にご快諾してくれ、私は本当にありがたく感じました。認知症専門外来の設置にあたっては、「もの忘れ外来」では直裁的過ぎるので、「脳の健康クリニック」という名称にしました。このもの忘れ外来は、当時全国の大学でも神経内科、精神科が共同で運用にあたるものとしては、初めてでした。共同の認知症外来は、今は更地になっている当時の旧病院の神経内科外来に設置され、そこに精神科の医師もわざわざ診療に来てくれることになりました。このクリニックでは、神経内科医と精神科医が全ての受診患者さんをそれぞれ1時間かけて専門的な立場から診察します、神経心理検査、CT・MRI・SPECT検査、脳波検査、血液検査など様々な検査結果が出た後に、神経内科医・精神科医がカンファレンスで全例検討のうえ、診断と治療方針を決定するという流れです。このため、アルツハイマー病や脳血管性認知症から、認知症状を呈する様々な神経疾患、うつなどの精神疾患まで幅広く正確な診断が可能となっています。身体面から心の面まで神経内科・精神科の得意分野を相互に生かして診ることができる点に大きな特徴があります。さらに、神経内科の外来に脳の健康クリニックを設置したことで、患者さんの受診の敷居が低くなり、早期受診が増えています。この10年で1000例ほどのコホートになっています。この間にアリセプトなどのアルツハイマー病治療薬が開発されたこともあり、早期診断・早期治療の実があがり、患者さん・ご家族のために大いに役立ったと思っています。このような努力が福岡市からの認定につながったと考えています。

 福岡市認知症疾患医療センターはセンター長は私ですが、副センター長は精神科の神庭教授と門司診療准教授、神経内科の大八木准教授(日本認知症学会専門医・指導医)が務めています。九大精神科・神経内科で認知症疾患医療センターの協力病院を募り、私と大八木君が訪問して、協力病院になっていただくようお願いしました。その後、福岡市医師会の方で大変な努力をして認知症相談医や協力病院を募り、現在、認知症相談医58名、認知症疾患医療センター協力病院31病院の体制となり、福岡市とその周辺でネットワークを作っています。当センターでは、初期診断と治療、精神症状への緊急対応、認知症患者さんの身体合併症への対応、医療・福祉相談、認知症診療の啓発活動・講演会などを主な役割としています。今はまだ医療機関の連携システムがようやくできたというところで、これからさらなる運用を通して血が通ったネットワークにしていくことが望まれます。

図1図1。九大病院ブレインセンター内に設置された福岡市認知症疾患医療センター

 福岡市からの予算は大きくはなく、精神保健福祉士1名を雇用することしかできません。九大病院2階のブレインセンター内に一部屋分(狭いスペースですが)確保し、認知症疾患医療センターを設置しています(図1)。精神保健福祉士には、川村さんというとてもいい方が就任してくれました。川村さんが常駐して、認知症の医療・介護相談に対応してくれています。川村さんの方で、脳の健康クリニックの受診予約も手配してくれます。さらに、精神科病棟看護師の方が1名週に1日センターに派遣され、看護・介護相談にあたっています。地域包括支援センターとの連絡調整にもあたりますが、介護・福祉との連携体制作りはこれからといったところです。11月からの全市展開後は、医療相談件数も月129件、脳の健康クリニックの受診も月37件と増えてきています。福岡市の認知症疾患医療センターなのですが、実は本年2月から11月までの相談者422名のうち福岡市に居住している方は170名(40%)に過ぎず、市外134名(32%)、県外60名(14%)となっています(図2)。福岡市が金を出しているセンターなのに、半分は市外というのは変な話ですが、実は福岡県にはまだ認知症疾患医療センターが設置されていないため、市外から相談される人の方が多いということになっています(福岡県からも支援してもらわないと、割が合いませんね)。講演会では精神科の先生にもよく講演していただきますが、私は精神科のドクターに認知症患者さんへの接し方について、いろいろと学ぶところが大きいと感じています。神経内科医も他科に学ぶべきところは学んで守備範囲を拡げていく努力が大切です。大八木君は、脳の健康クリニック開設時から10年にわたって神経内科側の現場の責任者を続けてくれています。九大病院先進予防医療センター(人間ドック部門です)のアルツハイマードックも含めて実によくやっていると思います。当神経内科も認知症を専門分野とする若い医師が増えてきているのは、心強い限りです。他方、精神科の側は、地域の精神病院では認知症専門病棟を設置するところが増えていると聞いていますが、医局の担当者は数年で交代し、若い医師も最初から認知症を専門分野とする人は減っているようです。認知症診療では、神経内科・精神科の協力が不可欠で、そのような協力体制に10年以上取り組んできたのは、全国でも九大病院だけではないかと思います。

図2図2。 福岡市認知症疾患医療センター相談実績

 平成22年8月末の資料をみますと、認知症疾患医療センターは82箇所(27道府県7指定都市)に設置されています。国としては全国に150箇所程度設置する予定と聞いています。82箇所のうち大学病院への設置は、岩手医大、独協医大、東海大、関西医大滝井病院、兵庫医大、熊本大、大阪市立大、神戸大と九大で、計9大学(全体の11%)と少なく、精神科主体の市中病院が指定されていることが多いようです。大学の場合は、私立大学病院か、または国公立大では精神科が主に認知症疾患医療センターを受けているようです。認知症疾患医療センターになると診療などの負担や手出しも大きくなるせいか、国公立大学病院の神経内科は、積極的にはほとんど手を上げていないのが実情です。うちくらいのものかもしれませんね。大変なのはよくわかっていますが、私はあえてここは手を上げた方がいいと思います。熊本大学のように熊本県全体を大学病院の認知症疾患医療センターが引っ張るようなことはもちろんできませんし、熊本モデルを福岡市が採用する必要はないと思っています。福岡市は人口も大きく、認知症の患者数は膨大です。むしろ医師会の先生方にリーダーシップをとっていただいて多くの医師会の方々に認知症診療に関わっていただき、私たちがそれに協力してセンターとしての役割を果たしていくのが望ましいあり方でしょう。医師会、福岡市行政当局、九大病院の認知症疾患医療センターの3者で、最初から協力してシステム作りをしていくことが大切です。そのなかで、大学病院にしか果たせない役目も多くあるものと思います。福岡モデルを作り上げていくことが望まれます(図3) 。

図3図3。 福岡市における認知症医療連携システム (画像をクリックすると拡大します)

 ところで、最近、当教室の大学院生の姫野さん、指導者の大八木准教授が共同筆頭著者のアルツハイマー病の新薬開発(国内外の特許申請中です)の論文が、Annals of Neurology誌(impact factor 9.3で、神経内科領域では一番レベルの高いジャーナルですね)に採用になり、もうすぐ掲載される予定です。アルツハイマー病患者の脳内にたまるアミロイドベータは細胞外に溜まって、神経細胞を障害するというのが通説ですが、大八木君は神経細胞内にアミロイドベータが蓄積すること、それがp53などの発現を介して神経細胞死を誘導することを初めて実験データとともに示しました。この説は、細胞外アミロイドベータの沈着のみが言われていた当時にあって、極めて独創性の高い研究として世界的に注目されました。今回はその発展として、細胞内にたまるアミロイドベータの除去薬の開発とその治療効果を動物モデルで明らかにしたもので、インパクとの大きい研究成果といえます。抗アミロイドベータ抗体などで細胞外のアミロイドベータは多くは除去できることが明らかになってきましたが、細胞外のアミロイドベータを除去しても認知機能は改善しないばかりか進行速度も軽減しないことが、アルツハイマー病患者で報告されています。この点からも、細胞内アミロイドベータ除去の重要性は、もっと大きく注目されていいと思います。
 大八木君の研究はユニーク過ぎて、いい学術誌になかなか採用にならずにやきもきしていたところです(もっとも彼は、投稿は必ずNature誌かその姉妹誌から始めるので、採用になるまで時間がかかります。もっと妥当なところから始めてくれんかしらと私はいつも思っています)が、今回はAnnals of Neurology誌で妥協してくれて本当によかったです。ただ、今回の採用は指導者だけが優れていたというわけではなくて、実際に手を動かした姫野さんがとてもよく頑張ったと思います(発想がよくても注意深い実験を積み重ねないといい論文にはなりません)。

 私が教室員にお願いしていることは、疾患の動物モデルの研究だけで済ませるのではなく、対象疾患の患者診療を必ず並行して行うということです。患者さんに学ぶということがとても大切です。診療と教育をきちんとこなしながら、研究を進めることは大変ですが、大学での臨床教室に求められているのは、まさにこの点です。当教室の認知症研究グループも、10年ほども時間はかかりましたが、診療においても研究においても十分に育ってきたものと思います。栄君(診療講師)が来年4月からアルツハイマー病の基礎研究で米国に留学しますので、新たな方向でさらに研究を発展させてほしいものです。

 脳卒中を九大神経内科の新たな右ウイングとしたら、認知症は左ウイングといえるでしょう。両ウイングがしっかりと育ってこそ、九大神経内科が世界に向かって大きく羽ばたけるというものです。


平成22年12月19日
吉良潤一