フィウッジ:イノベーションとイミテーションについて (平成22年12月22日)】


 

写真1写真1。ホテルの玄関から 写真2写真2。山頂までレンガ色の屋根の家々が連なっている 写真3写真3。低い山並みは日本の田舎を思わせる

 12月の初めごろ、私はイタリアのFiugi(フィウッジ)という欧州では最も古くから温泉(スパ)で知られた町に行ってきました。当地で開催されたEuropean Charcot Foundation Symposium 2010に招待されたためです。フィウッジはローマから東へ100キロメートルほど行った、標高700メートルの山中にあります。地中海とはいえ、12月のイタリアは既に寒く、山の上には雪が積もっています。土地の人の話では秋にはとても美しい景色ということですが、残念ながら観光シーズンは過ぎていて、空気も景色も肌寒く感じます。シンポジウムは、Grand Hotel Palazzo Della Fonte(写真1)という1912年建築の由緒あるホテルで開かれました。重厚な、いかにも伝統的なヨーロッパのホテルという印象です。イングリッド・バーグマンはじめ数々の有名人が宿泊したと案内に書かれています。レンガ色の屋根が山頂まで点在し、夏や秋には木々との色合いが美しいことと思います(写真2、3)。 私は温泉が好きなのでイタリアの温泉に入ってみたかったのですが、オフシーズンで誰も入っている人はなく、とても残念。

 ローマのフィウミチーノ空港には夜の9時ごろに着きました。福岡空港から成田、パリと乗り継いできていますから、福岡の自宅を出て既に20時間近くも経っていてへとへとですが、ここからさらに100キロも行かないといけません。イタリア人は申し訳ないけれどいい加減なイメージがありますから、ちゃんと迎えが来てくれているか心配していました。予想通りというか懸念したとおりというべきか誰も来ていません。ホテルに電話したところ、到着時刻をうちの秘書が連絡していないので、いつ迎えに行けばいいかわからなかったという、いい加減な返事です(そんなことはありえないと思うんですけれど)。1時間ほども待って迎えのタクシーが来てくれて、さらに1時間かけてようやくたどりつきました。(イタリアは比較的安全ですから、夜に迎えが来ていなくても、まあ大丈夫ですが、来月のフィリッピンは、空港から旅行者は狙われているといいますから、迎えが間違いなく来て欲しいものです。)

 多発性硬化症(MS)の疾患概念を確立したフランスの神経学者Charcotの名前を冠した財団であるEuropean Charcot Foundationは、20年ほども前から国際シンポジウムを毎年開催しています。毎年のECTRIMSで同財団から優れたMS研究者に対して授与されるCharcot賞は、MS研究においては世界でもっとも権威のある賞となっています。財団理事長のOtto Hommesさん(オランダの教授)は、15年くらい前にこの財団のシンポで初めてお会いしたときにも理事長でしたが、相変わらず理事長職を続けておられ、もうだいぶんお年と思いますがいたって元気で、質問者があると自らマイクを持って行かれます(この役目は日本なんかでは、普通若手の医師がやりますが)。
 私は、MSと視神経脊髄炎(NMO)の免疫について話すようHommesさんから要請されていました。講演時間は、皆20分です。この間に自説を展開します。講演は手ごたえがあり好評であったと感じました。欧米ではいい講演であったときは、講演後に多くの人が意見を言いに来てくれますから、それがあったときは成功といえます。今回は成功でした。私は英会話が若いころから今に至るまで下手くそですが、最近は時差のある欧米に行っての限られた時間内での講演にもだいぶん慣れてきました。コツは、学会・シンポジウム開催より1日ほど早く行って、現地に慣れることですね。ギリギリに行っていては、余裕がなくていい講演はできないことが多いです。あとは、講演では欧米の研究者とは違うユニークな視点で述べることが大切です。向こうも何かしらおもしろい話を聞きたいと思ってわざわざ国際シンポジウムに来ているわけですから、よく知られていることをレビューしても、それはご苦労さんでしたくらいにしか評価されません。独自の視点に立った新しいデータに基づいた話ができるよう常日頃から心がけたいものです。

写真1写真4。シンポジウムの会場はヨーロッパ風 写真3写真5。会場内(ほぼ満席となる)

 今回は、私は、MS、NMO、Balo病の、神経病理・液性免疫・細胞性免疫と感染症の役割について話しました。Balo病は同心円硬化症ともいい、同心円状に脱髄層と非脱髄層が交互に配列するという際立った特徴があります。私たちは、Balo病巣では脱髄層も非脱髄層も含めて広汎にアストロサイトのaquaporin-4 (AQP4)が脱落していることを見出しました。Balo病は、従来はオリゴデンドロサイトの病気とされていましたが、アストロサイトの障害がオリゴデンドロサイトや髄鞘の障害に先行して起こっていることを明らかにしました。病巣には、抗AQP4抗体が陽性のNMOで見られる、血管周囲性の補体や免疫グロブリンの沈着はみられないことから、私たちは自己抗体非依存性のアストロサイトパチーが脱髄の機序として重要であるという新しい説を提唱しています。全く同様な病理所見がMSやNMOでも見られる例があることを私たちは見出していますので、自己抗体非依存性アストロサイトパチーは脱髄性疾患に共通して重要な役割を演じていると考えています。これは、一面では、MSやNMOでもBalo病と同様な同心円状病巣を経過中に呈する場合があることに対応しているものと思います。これらの研究成果は独自性の高いもので、松岡君が筆頭著者で、Acta Neuropathologica (Impact factor 6.397)、Brain Pathology (impact factor 5.903)という、神経病理関係では世界で一番目、二番目にimpact factorが高いジャーナルに最近相次いで掲載されました。液性免疫や細胞性免疫の部分は現在投稿中です。

 最近話題の「働く君に贈る25の言葉」(佐々木常夫著)を読むと、若い職業人向けにいろいろと参考になることが書いてあります。その中に、「プアなイノベーションより優れたイミテーションを」という奨めが書かれています。これはたぶん会社員にはあてはまることかもしれませんが、医学者にはあてはまりませんね。「優れたイミテーションよりプアな(できれば優れた)イノベーションを」が正解であることはいうまでもありません(ただし、診療や教育では、優れたイミテーションがとても大切です)。欧米の学会などで講演するときは、特にこの点が大事です。どんなに優れていてもイミテーションであっては、専門家の目には二番煎じは一目瞭然なので評価されません。欧米でドミナントな(優勢な)説と全く違っていても、独自な説を述べた方がいいです。少なくともその方が何か変ったことを言っているやつだくらいには思われます。科学の世界では、ユニークなことを言い出すことがポイントですね。
 教室からも、先日書いたアルツハイマー病の新規治療薬(最近Ann Neurol誌に掲載された大八木君・姫野さんの仕事)、新しい自発性てんかん動物モデル(先月の米国てんかん学会で優れた発表として紹介された鎌田君・高瀬君の仕事)など、ユニークな研究成果があがってきています。筋萎縮性側索硬化症や脊髄小脳変性症の細胞内プロセスや炎症の研究成果も次第に出てきていますから、2011年にはもっと研究成果を世界に向けて発信できるものと思います。リスクを恐れずにますます独自性の高い研究を進めたいものです。

 最後に、今年は来年度の入局勧誘では医局長は大変苦労しています。今のところ新入局者は3人しか決まっていません。他に研究をしたいということで入局する方が2名(大学院入学と中途入局)ほど来年度はいて大いにウェルカムですが、臨床の方はというと、この数では来年度の病棟がもたないなあ。医員の席(新入局者は最初の1年間は医員のポストで病棟医として専門研修をスタートする)はまだ3つほど空いていますから、どんな期間であれ九大神経内科で学びたい・研究したいという方は大歓迎します。

 今年の「教授からの一言」はこれで書き収めです。今日はこれから教室の忘年会です。みなさん、いいお年をお迎えください。