【アンメット・メディカル・ニーズとワイキキのサンセット (平成23年4月20日)】


 アンメット・メディカル・ニーズは、英語のUnmet Medical Needsをカタカナ表記したものです。既存の医薬品では満たされていない患者の医療ニーズをいいます。主には、癌、関節リウマチなど免疫疾患、アルツハイマー病をはじめとする神経系の難病が対象となります。私はこの言葉を、伊藤邦雄著「医薬品メーカー勝ち残り競争戦略:激変する業界構造と競争ダイナミズム」で知りました。著者は一橋大学教授(商学部長・副学長)。本書を読むと、医薬品産業が大変化のまっただなかにあることが素人にもよくわかります。

 ここで本著の指摘する大きな変化とは、生活習慣病領域の低分子薬から難治性疾患のバイオ医薬品への創薬手法のシフトのことです。低分子薬というのは、構造が比較的単純な低分子化合物を化学合成した従来型の医薬品のことをいいます。これらは、主には高コレステロール血症や高血圧、糖尿病など生活習慣病領域の疾患を対象にしています。リピトール(高コレステロール血症薬、世界一の医薬品メーカーであるファイザーの世界トップ売り上げ製品)、アクトス(武田薬品の売上高トップの糖尿病薬で2009年度の売上高は3847億円)、オルメテック(第一三共の高血圧薬、2009年度の売上高は2383億円)などのブロックバスター商品がこれらに属します。ブロックバスターとは、これまでの薬剤を大きくしのぐ効果を持ち、巨額の売上高と利益を生み出す超大型医薬品(1000億円以上の売上高)をさします。本書によれば、これらの化学合成による低分子薬はもう探索されつくして有望な開発物質が減ってきているというのです。生活習慣病領域では患者や医師の満足度も高く、開発余地も少なくなってきているといいます。おまけに2010年前後に低分子ブロックバスター薬の特許が相次いで切れ、価格の安い後発医薬品に置き換えられるということです。日本では特許が切れても後発品の率はすぐには高くなりませんが、アメリカなどではすぐさま後発品に切り替わります(アメリカの後発品のシェアは80%弱、日本は20%弱と大きな開きがあります)。そうなるとブロックバスター商品は特許切れで大幅な減益になってしまいます。低分子薬の後発品はどこでも同じようなものを低価格で販売することが可能です。これでは新薬メーカーの収益はあがりません。低分子ブロックバスター商品モデルが限界にきつつあると本著は警告しています。
生活習慣病領域では既存の低分子化合物ですでに満足のいく治療効果が得られていますから、これからバイオ医薬品の開発までする必要性はありません。抗体医薬品のような高額なものを生活習慣病に使うことはありえませんから。そのうえ、医療費抑制という大きなテーゼがありますので、生活習慣病領域の新薬は後発医薬品(GE)や大衆医薬品(OTC)に取って代わられる傾向が今後さらに強まります。フィリピンなどでは後発医薬品の性能が著しく低くて困ると言っていましたが、日本ではそこまでのことはありませんし、GEメーカーやOTCメーカーの競争によってますます性能が改善されるでしょうから、新薬メーカーにとっては大変な時代ですね。

 ほとんどの人が生涯のうちに罹る生活習慣病とは違い、アンメット・メディカル・ニーズ領域の医薬品に関しては、この領域の疾患に罹患しない限りは、その恩恵にあずかることはありませんし、そもそもそのような医薬品があることすらわかりませんね。アンメット・メディカル・ニーズ領域の医薬品の主体は、バイオ医薬品で、現時点では抗体医薬品が主流となっています。アンチセンス医薬、核酸医薬などはこれからのバイオ医薬品ですね。2008年の世界売上高上位15位以内の製品のうち6製品は抗体医薬品です。これは、エンブレル、レミケード、リツキサン、ヒュミラ、アバスチン、パーセプチンです。多くは関節リウマチなど免疫疾患が主な対象ですから、神経免疫を専門にしているものにとっては聞いたことのある名前です。抗体医薬品の市場規模は急激に拡大してきているということです。

 本著では、医薬品における二つのパラダイムシフト、つまり、生活習慣病領域からアンメット・メディカル・ニーズ領域へ、低分子医薬品からバイオ医薬品へのシフトが起こりつつあるとしています。生活習慣病領域の低分子化合物は化学合成が比較的やりやすいので後発品が出やすい一方、バイオ医薬品はもともと高い技術力がないと同様なものを作ることは不可能です。バイオ医薬品の後発薬はバイオシミラーといいますが、これは高い技術力が無い限りまねすることはできません。したがって、生活習慣病領域の低分子医薬品ではGEやOTCが台頭し(OTCのなかでもスイッチOTCは、医療用医薬品でのみ使用が認められている成分のうち、副作用が少なく安全性が高いため転用が許可された成分を含むもので、効き目が大きいため病院に行かずに済ますセルフメディケーションを推し進めることになります)、一方、アンメット・メディカル・ニーズ領域ではバイオ医薬品が席巻することになります。このような背景から、新薬メーカーとGEメーカー、新薬メーカーとOTCメーカーとの競争が激化すると予想されています(世界のGEメーカー首位のテバ、2位のサンドの売上高は武田薬品やアステラスと比肩します)。新薬メーカーは、アンメット・メディカル・ニーズ領域に進むか、GE部門やOTC部門を抱え込み多角化するか、という動向にあるということです。本書では、前者の成功例としてロシュ、後者の成功例としてノバルティスをあげています(また流れに十分ついていけていない医薬品メーカーの名前もあげられています)。日本の第一三共による世界10位・インド最大のGEメーカーであるランバクシー社の買収(5000億円)も多角化の現れということです。このような流れは、生活習慣病領域の薬剤を安い価格で入手できる一方、難治性神経疾患に関しては治療薬の開発が進むという点で、患者さんにとってもメリットのあることでしょう。超高齢社会では癌にならなければ、アルツハイマー病など難治性神経疾患になってしまうような事態ですから。

 私はこの10日から16日までホノルルで開催された第63回米国神経学会(American Academy of Neurology, AAN)年次総会に招待されて行ってきましたが、今年のRobert Wartenberg LectureはUniversity of California San Francisco (UCSF)のHauser教授が、多発性硬化症(MS)の抗体医薬品開発をメインに話されました。難治性神経疾患では、MSを先頭にバイオ医薬品の開発・導入が急速に進んでいくことを感じさせる内容でした。アンメット・メディカル・ニーズ領域を多くもつ神経内科にとっては、とてもやりがいのある時代を迎えつつあるといえますね。

 ところでAANでは数年前から半日かけてのシンポジウム、Integrated Neuroscience Session (INS)を実施しています。たとえば、午後のINSは午後1時半から午後5時という長丁場です。INSではあるテーマに関して、招待講演、ポスターレビュー、一般演題から選ばれた口演発表という構成で、最先端を深く掘り下げようという学会の新しい目玉です。日替わりで異なるテーマがとりあげられます。日本からは、東京医科歯科大学の水澤教授と私がINSのオーガナイザー(coordinator)として選出され、水澤先生は不随意運動の遺伝学の進歩、私は視神経脊髄型多発性硬化症のセッションを企画段階から担当しました。これは大変重要な役割であり、とても名誉なことでもあります。
 ただ私にはINSのテーマとして、視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica, NMO)ではなく視神経脊髄型多発性硬化症(opticospinal multiple sclerosis, OSMS)が取り上げられたことが意外でしたし、また、NMOが世界を席捲しているなかで、オーガナイザーにアンチNMOの私が選ばれたのも不思議でした。Hot Topics Plenary Sessionの司会をAAN Science Committee(科学委員会)のルース先生(シカゴ大神経内科の前chairman)が務めていましたので、尋ねてみると、ルース先生が今年で科学委員会の仕事も最後なので私を推薦してくれたようです。ルース先生のところには教室から山崎賢智君などが留学していい仕事をしてきましたから、私を無理して入れ込んでくれたのでしょう。おかげでいい経験ができました。

 水澤先生のセッションは学術的でなごやかな雰囲気でしたが、私の方は、Mayo groupの大御所二人(WeinshenkerさんとLucchinettiさん)の講演に対して、私と今はUCSFのHauserさんのところに行っている磯部さんの講演で対抗するという感じで、両者は全くの平行線。こちらは、臨床疫学・病理を私、免疫・遺伝を磯部さんで分担して臨みました。Weinshenkerさんは、INSでの講演はestablishedされた大御所でないとダメとして磯部さんの起用にはずいぶん難色を示しましたけれども、これは私の方で押し切りました。磯部さんはいい講演をしたと思います。
 抗AQP4抗体の発見者であるLennnonさんからは、九大神経内科のMSの診断はおかしいんじゃないかというクレームの発言がありました。しかし、私も九州でMSを診始めて丸30年になりますから、アジア人のMSに関してはMayoの人たちよりは多く診ていると思います(現在私自身で再来フォローしているMS患者さんは73人、九大神経内科のMS再来患者数は217人)。Mayo groupにはずいぶん私たちの投稿論文を落とされましたけれど、NMOが単一疾患で抗AQP4抗体だけで全てが決まっているとするMayo groupの立場には、やはり私はついていけませんね。講演時間も短くて言いたいことの全てが伝えられたわけではありませんが、私たちの考えていることが多少はわかってくれた人もいるんではないかと思います。私の講演のあと質問がなくて間があいたら、University of British ColumbiaのJoel Oger教授がすかさず間を持たせる質問をしてくれました(Ogerさんは、私がAmerican Neurological Associationのcorresponding memberになるのを推薦してくれた方で、ありがたいですね)。Lucchinettiさんの講演に対しては、ルイジアナ州立大学医学部微生物学・免疫学講座の角田先生が、東京女子医大の清水先生がポスター発表でNMOの髄液ではmyelin basic proteinが著明に上昇していると報告しているが、どう考えるかと、私が聞いてほしいと思っているようなことを質問してくれました。ルースさんはいい講演だったと声をかけてくれました。なかには助けてくれる人もいるのは、ありがたいことですね。

写真1
(クリックで拡大)写真1. 巨大な中枢神経病巣の発生機序についての私たちの仮説。

 このINSのセッションでも口演発表した教室の真崎君の発表が、AANのハイライトに選ばれて本当によかったです(事前の査読者による評価ではMS領域では2番目に高い評価でした)。真崎君は、Balo病の巨大な脳病巣ではアストロサイトやオリゴデンドロサイト間の細胞間コミュニケーションに重要なgap junction proteinであるコネキシン群が選択的に脱落することを発見しました。T細胞の浸潤や抗体の沈着は血管周囲の狭い領域(せいぜい数ミリ)でしか起こらないのに、Balo病やMS、NMOなどで10センチ以上にもなる巨大な病巣が脳や脊髄に生じるのか不思議でした。この点に関して、最初にT細胞や抗体などのトリガーが血管周囲で起こると、そこからグリア細胞におけるコネキシン群の喪失が次々と拡がっていって、広範囲でグリア細胞間の相互作用の破綻が起こるために巨大な病巣が急速に形成されるのではないかとう仮説を私たちは提唱しています(写真1)。グリア、ニューロン、軸索等に存在する様々な分子が発見されてきたことで、神経疾患の病態の研究は大変おもしろくなってきました。
 なおWeinshenkerさんは、今回John Dystel Prize for MS Researchという、MSの概念を変えた場合に贈られるという名誉な賞をNMOのことで受賞されています。また、大震災のあとで大変な時期にあたってしまったにもかかわらず、座長をお願いしていた東北大の藤原一男先生が、遠路ハワイに来てくれて立派な司会振りを発揮してくれました(心から感謝)。

写真2
(クリックで拡大)写真2. クルーズの会社の撮影した記念写真。一セット25ドルは高いので注文していなかったら、角田先生がプレゼントしてくれました。教授室に飾っています。

 INSが終われば、あとは打ち上げです。ルイジアナの角田先生が、ワイキキのThree Star Deluxe Sunset Cruiseをアレンジしてくれました(写真2)。午後5時半出航です。ルイジアナからの2人と九大からの6人の計8人です。第1陣はINSが終わる前に出ていますが、私はINSの閉会の言葉を言わないといけませんから会場を出るのは最後です。閉会の挨拶もそこそこに午後5時にINSが終了するやいなや、第2陣の4人で会場のヒルトンホテルの玄関に駆けつけます。ホテルの係員に頼んでもタクシーがなかなか来ません。それもそのはず、ここでは電話で呼び出すのではなくて、たまたま通りかかったタクシーを係員が拾うだけなのです。乗船できるか、気が気でなりません。午後5時15分くらいにタクシーがやっとつかまったときには、もう間に合わないと観念しました。20分くらいかかるというところをタクシーの運ちゃんを英語でせかせます。午後5時29分に波止場について船まで走ります。滑り込みセーフ。デラックスというだけあって、キャンセル料は一人36ドルなので、間に合ってラッキー。

 ディナーで出されたハワイのステーキは日本の肉らしく、やわらかくてうまい(写真3-6)。ウルトラ肥満体のハワイのオッチャンの歌声は陽気に響くけれど、一抹の哀愁も帯びている。マイタイで酔っ払ったら、皆でYMCAとか踊りまくる(写真7-8)。デッキに出れば、ワイキキの空は橙色(写真9-10)。太平洋に陽が沈む(写真11)。船長さんとアロハの指文字で記念写真を撮って、ああ、楽しかったワイ(写真12)。角田先生のおかげと感謝。

写真3
写真3.ぎりぎりセーフで間に合って、さあ今から出発です。

写真3
写真4.メインディッシュはステーキとカニ。カニは大きさがばらついていて、角田先生が自分のは小さいとか言っていると、ウェートレスさんが追加をもってきてくれます。このあたりは、おおざっぱというかおおらか。

写真5
写真5.INSの講演の検討会。Mayo groupはけしからんとか言いたいことを言っています。ハワイでは独身女性は右側の、既婚女性は左側の耳のところにランの花を挿すといいます。手前のパイナップルのスライスを差し込んだグラスには、マイタイ(mai-tai)がなみなみと注がれます。マイタイは、ラムベースのトロピカル・カクテルで、ジュースみたいにすっと飲めるので、これを飲みすぎると船が揺れているのか自分だけが揺れているのか、もうわからない。

写真6
写真6.船の窓からは、忽然と聳え立つワイキキビーチの高層ビル群が望めます。何か映画のセットみたいな異様な感じもあります。

写真7
写真7. 左端の小錦みたいなお腹のオッサンだかニイチャンだかわからないシンガーの張りのある歌声にあわせて、ダンサーはハワイアンを踊る。僕らの席はこのダンサーのすぐ前の特等席。

写真8
写真8.皆でYMCAとかやっています。僕もこのなかで酔っ払って踊っていますね。

写真9
写真9.夕暮れのワイキキビーチは幻想的な色合い。

写真10
写真10. 遠くにヨットのシルエット。

写真11
写真11.今まさに太平洋に夕日が沈む。

写真12
写真12.最後に船長さんと集合写真。頑固な船長さんで、午後5時30分ジャストに出航すると言って譲らず、第1陣の面々を閉口させた。親指と小指を立てる指文字は、アロハ(Aloha、ハワイ語でこんにちは)の意味ですね。私は今回自分のデジカメを持って行くのを忘れてしまって、これらの写真は全部もらいものです(角田先生、松本君、吉村君、磯部さん、どうもありがとう)。

 

 この前にハワイに行ったのは、26年前、1985年の3月、米国留学からの帰途、4ヶ月前に生まれたばかりの長女を抱えてのことでした。この四半世紀の神経学、神経科学の進歩には驚くばかりです。しかし、次の四半世紀はさらに劇的に神経内科は進歩するでしょう。何よりアンメット・メディカル・ニーズの時代ですから、私たちも専門医研修で臨床神経学をしっかり学んだ後は、ベンチャー的に研究にチャレンジした方がおもしろそうですね。


平成23年4月20日
吉良潤一