ベイジーン・オーサカ・アムステルダム:ありがたいこと、未知のありがたさ (平成23年10月24日)】


写真14
写真14:アムステル・インターコンチネンタルホテル。アムステルダムで一番高級なホテル。とても高くて泊まれない(僕はホリデーインに泊まった)。

 アムステルダムでは、インドネシア料理、アルゼンチン料理、オランダ料理を食べた。インドネシアは長くオランダの植民地だったので、インドネシア料理が盛んである。連れて行っていただいたインドネシア料理店には、ECTRIMSの欧米人学者も大勢きていて満席の繁盛。それだけあって、ここのロブスター料理はとてもおいしかった。ところでオランダ料理はたいしたものはないように聞いていたが、運河に面した風格のあるアムステル・インターネンチネンタルホテル(写真14)のワインルームのオランダ料理はすごかった。京料理のような繊細な作りで、見て楽しんで味も楽しむという代物(写真15、16、17)。とても大柄なオランダ人が小エビをむいてカラッと揚げるようなことができるとは思えないのだが。料理は本当にオランダ人が作っているのかしらん。ここでは5種類かのワインをいただいたが、終わりの方は何を飲んでいるのかもうよくわからない。毎晩ワイン漬けで、翌朝7時過ぎから英語の座談会やミーティングというのは、さすがにしんどい。年を取ると寝覚めが早いうえに時差で眠れないから、寝不足で午後はきつい。学会最終日の午後にあったNMO task force meetingは本当にくたびれ果てて眠かった。これは、視神経脊髄炎(NMO)の新たな診断基準を作ろうというinternational panelだが、NMOに反対している僕までがよばれたのは何かの陰謀かしらん。

写真15
写真15、16:前菜がこれ。とてもおいしかった。

写真16

写真17
写真17:コース料理の最初に出てきたオイスター。ロブスター、ウズラ、鴨レバー、鹿肉などが続く。

 今年、MS領域では、二つ目の専門誌である、Multiple Sclerosis And Related Disorders (MSARD)が立ち上がる。その第1回目の編集委員会が同時期に開かれた。僕はなぜかわからないが、この新ジャーナルのClinical Neurology分野のSection Editorとなっている。ありがたいことである。実は3人いるChief Editorの一人であるHawkesさん(英国、Barts and The London School of Medicine and Dentistry 教授)が、前から日本のMSの疫学に関心があって、日本でMSが増えているのは米軍がフレンチ・キス(これは舌を入れる濃厚なやつ)を日本ではやらして、その結果、キスで感染するEpstein-Barrウイルス(EBV)が広まってMSを増やしたという説に固執している。EBVは、MSでの抗体陽性率がほぼ100%と健常者での陽性率95%より有意に高く、EBV非感染者ではMSになるリスクが90%以上減ると欧米ではされている。最初に会ったときから、アメリカはdirtyなものを広めて病気をふりまいていると目の敵にする。このあたりのことを僕に日本で証明しろとうるさい。MSARDに米軍のはやらしたフレンチ・キスが日本人のMS有病率を増やしたか検証する総説を書けと何度も言ってくる。日本ではこれまでにEBV感染がMSで高いという報告はなかったが、僕らは最近、ある特定のHLA遺伝子型(これは免疫応答の強さを決める遺伝子群)を持つMS患者ではEBV感染が有意に高いことを発見した。そのことを今回会ったときに話すと喜んでいたが、この人が僕をSection Editorに入れ込んだのは、たぶんこれを書かせるためだったのだろう。帰国してみると、総説の締め切りは12月31日とのメールが入っていた。頭が痛い。

 今年のECTRIMSはACTRIMS (American Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis)との合同である。このため北米からの参加者も多く、参加者は7000人という大盛況である。最終日のECTRIMSのCharcot Awardは、スタンフォード大学のLawrence Steinman教授に、ACTRIMSのDonald Paty Memorial Lectureはハーバード大学のHoward Weiner教授に授与された。それぞれすばらしいレクチャーだった。Charcot賞は、研究者の生涯のMS研究に対して授与されるものでとても名誉がある。そのSteinman先生の講演で、Ishizu君がうちからBrain誌に発表した図がスライド1枚に出されていて驚いた。視神経脊髄型MS(NMO)では、髄液IL-17とその下流の炎症性サイトカインが上昇しており、IL-17系とそれが活性化する好中球が重要であることを、Th17細胞が発見される前に提唱した独創性の高い論文である。Steinman先生のところは、NMOモデルをTh17細胞で作成しており、インターフェロン・ベータがNMOで効かないのはTh17細胞を同薬が抑えられないからだという(動物モデルであるTh17細胞による実験的自己免疫性脳脊髄炎はインターフェロン・ベータでむしろ悪化する)。これは僕らの説(Th17細胞がヒトでもOSMS/NMOを起こしている)によく合致する。Steinman先生のところの若い人が、Th17による自己免疫性脳脊髄炎モデル(NMOモデル)では、好中球活性をおさえる薬剤が有効というポスター発表でBest poster presentation award第3位に選ばれていた。この若い人と話すと僕らの仕事もよく知っていて、こちらも元気づけられる。

 1100題を越えるポスターのなかからAwardに選ばれるのは、たったの5題である。候補は事前に連絡があって、ポスターの番号に赤い丸印が付けられている。これらのポスターを見て回ると、やはりそれなりにレベルが高い。全部で80題くらいはあったと思う。吉村君の2題が赤丸には選ばれたが、そのレベルから上にアジアから行こうと思ったら、よほど基礎的なデータを加えないと無理か。Platformでの講演は、アジアからは松下君だけが選ばれていて、とてもよい講演だった。データの解釈に疑問を感じるとかノン・サイエンティフィックな質問する奴がいたけれど、こんな連中のことは気にしないでおこう。

 アムステルダム最終日に散策の道すがら王宮前のダム広場(写真18)のスタンドで食べた、炭火焼きのBratwurst(豚肉ソーセージ)のホットドッグは、とってもおいしかった。もう肌寒い風に吹かれながらアツアツのソーセージをかじり、レンブラントのマスターピースを眺めて帰路につく。

写真18
写真18:ダム広場のところには観覧車なども設置されていて、夜まで賑やか。

 この10月から神経変性の神経免疫研究をしたいという希望で他大学からハヤシ君が中途入局した。ありがたいことである。当教室では関連病院との診療ネットワークを大切にしつつ、大学での研究に一層力を入れたいと考えている。うちは教員・医員のポストも空き気味だから、大学で研究したいという人はどこからでもウェルカムである。ただ教員・医局員としての診療・教育業務のdutyはこなしてもらわねばならないが。

 年を取ると行く先の人生が未知であることは、人間にとって大きな福音であると感じる。人生のうえでのイベントについてはもちろんだが、サイエンス研究においてもこの年になってなお未知の領域にチャレンジできるのはありがたい。若い人は未知の領域を選んで挑戦したらいい。人生という代価を賭けるのだから。


平成23年10月24日
吉良潤一