春には、いくらか無謀なことを (平成24年2月29日)】


 はじめに
 今年の冬は自転車通勤の我が身にとっては、こたえる寒さでした。でも、もう実家の庭では梅が真白な花を咲かせています。私は久方ぶりにこの一文を記しています。ここ4カ月ほどいつもの神経内科業務以外のことでやたらと忙しかったのです。このエクストラの仕事というのは、国立大学病院国際医療連携ネットワーク、日本難病医療ネットワーク、そしてJaCTRIMSの三つです。一つは既に船出をし、一つは船出の日にちが決まり、一つは船出も覚束ないといったところです。

 国立大学病院国際医療連携ネットワーク

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図1. 国立大学病院国際医療連携ネットワーク。国立大学病院41校が参加するネットワークです。国立大学病院の医療連携部門が作るネットワークです。(クリックで拡大)

 国立大学病院国際医療連携ネットワークはホームページ(図1)も立ち上げ、全国国立大学病院長会議でも認知されている組織です。その設立は平成23年12月12日ですが、ほとんど国民のだれにも知られていなかったと思います。これは積極的にメディアに出すといった宣伝を、控えていたからです。今月、初めて記者発表をし、NHKや主要新聞で報道されましたから、ご存知の方もおられるでしょう。全国の国立大学病院42校のうち41校が参加するネットワークで(最後の1校は現在参加の是非を検討中)、その代表事務局は私がセンター長を務めている九州大学病院医療連携センターにあります。

 私は7年前に当時の九大病院地域医療連携室(現医療連携センター)内に、アジア国際医療連携室を立ち上げました。当時は、まだ医療ツーリズムも今のように脚光を浴びていない時期で、地域医療をするセクションでアジア国際医療連携室を勝手に立ち上げていいのかということもあったのですが、勝手に立ち上げて、何年もあとになって九州大学執行部本体から認知してもらいました。その際には、アジアを省いて国際医療連携室にするようにと指示を受け正式なセクションになっています。これが全ての原点になります。

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図2. 平成21年7月に松本市で開かれた第7回国立大学医療連携・退院支援部門連絡協議会での国際医療連携ネットワークの提案。(クリックで拡大)

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図3. 国立大学病院に対する国際患者の対応状況のアンケート調査結果。(クリックで拡大)

 国立大学病院の医療連携部門は、毎年1回協議会を開催しています。私は3年半前に初めて本協議会で国立大学病院の医療連携部門が協力して国際医療連携ネットワークを立ち上げることを提案しました(図2)。が、ほとんど反響がなく、「あいつ何言ってるんだ」という感じであえなく無視されて終わりました。その1年後、捲土重来、再提案し、今度はある程度の手ごたえがありました。このときは再提案に先だって、各国立大学病院で外国人患者の受け入れ実態をアンケート調査し、そのニーズを示したのです(図3)。全国の国立大学病院の約半数では、海外からの外国人患者のセカンドオピニオンや、海外在住の日本人患者の受け入れ、海外への外国人患者の転院などの経験があり、一度事例が発生すると、各大学病院の医療連携部門がとても苦労していることがわかりました。

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図4. 国立大学病院国際医療連携ネットワークでめざす国際医療。医療ツーリズムとは一線を画して、公益性の高いネットワーク事業を行います。(クリックで拡大)

 私たちは医療ツーリズムが注目されるずっと前に、アジア国際医療連携室を立ち上げたわけですが、当時から私たちは医療ツーリズムに参画しようとかいうことは全く考えていません。金儲けをしようというのではなくて、困っている患者さんを助けようという公益性の高いネットワークをめざしています(図4)。国立大学病院(医療連携部門)国際医療連携ネットワークで対象と考えている患者さんは、@日本に在住の外国人患者さん、A外国に在住の外国人、B外国に居住している日本人です。

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図5. 平成21年7月に松本市で開かれた第7回国立大学医療連携・退院支援部門連絡協議会での国際医療連携ネットワークの提案。(クリックで拡大)

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図6. 福岡県下の九大の関連病院に対する外国人患者診療で必要とされる情報の調査結果。(クリックで拡大)

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図7. 国際化が進む日本の状況。海外在住の日本人が増える一方で日本在住の外国人が増加している。(クリックで拡大)

 @については、現実にわが国ではすでにたくさんの外国人が働いており、このような方が日本で病気になった場合に、地域の大学病院を紹介されて受診されるケースが多いのです。私たちが福岡県下の一般病院を対象に外国人の受診に関してアンケート調査をしましたところ、最も困っているのは、言語の壁によるコミュニケ―ションの問題と、健康保険に未加入である点でした(図5、6)。福岡には中国人、韓国人が多く(たとえば看護師長さんに聞いた話では、九大病院の週末の病棟の清掃業務に来る人は、中国人などの外国人ばかりで日本語が通じないので一人でも日本人を入れてほしいと要求しているということです)、県下の一般病院を受診する外国人患者で多いのは、中国人、韓国人です。しかし、他地域では、たとえば、三重県や群馬県ではブラジル人が多く、ポルトガル語の通訳を大学病院で雇用したり、県がポルトガル語の医療通訳の派遣事業をしたりというところもあります。この医療通訳も国家資格のようなものはありません。誤訳で医療事故(医療トラブル)になった場合は、各病院が加入している保険で対応するしかないのです。また外国人の患者さんが健康保険に入っていない場合は(図7)、医療費を全額自費で払ってくれない限り未収金になります。私たちの調査によれば、国立大学病院によっては年間2000万円から3000万円の外国人患者の未収金が発生しているところもあります。このような外国人患者さんへの対応の前面に立っているのは、各大学病院の医療連携部門なのです。

図8
図8. 外務省在外公館の設置場所と九大病院への最近の依頼。(クリックで拡大)

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図9. 日本の国民医療費の財源別構成割合。日本の国民医療費には、保険料のほかに税金が37%も投入されている。(クリックで拡大)

 Aについては、九大病院では、在外公館の医官の方から、外国人の患者さんで日本でしかできない医療をぜひ受けたいという希望があるが、対応してもらえないかという依頼が、個人的なつながりのルートで入ってくることがときどきあります(図8)。これは他の大学病院でも同様です。件数は少ないのですが、一度このような患者さんが出てくると、医療連携部門は海外とのやりとりい追われます。そもそも、このような患者さんに医療費をいくら請求すればよいかは、基準がありません。診療報酬請求額を全額実費(全額私費扱い)で請求すれば十分かというとそうではありません。厚労省のホームページの資料によりますと(図9)、国民の医療費の実に37%は税金で賄われており、診療報酬請求額にはこの税金部分が含まれていないのです。つまり、外国人患者さんは税金を払っているわけではありませんから、診療報酬請求額を全額支払っていただいても税金分は安くなるのです。したがって、全額私費にしても、1.6倍多く請求して、ようやくわが国の実勢に見合う医療費ということになります(診療報酬請求額だけでは外国人患者さんにとっては割安になります)。さらに、本当にかかった医療費を全額支払ってもらえるかという懸念が常にあります。このような場合、当該疾病の治療に要する平均的な医療費分をデポジットとして入れてもらわないと、多額の未収金が発生するということにもなりかねません(経産省が主導している医療ネットワークであるMedical Excellence Japanでは予想される医療費分等をデポジットとして前もって納めてもらうシステムになっています)。また、感染症を持ち込まれないかという大きな問題があります。このチェックはとても大事で、福岡市の某大学病院には海外からの患者さんにより感染症が持ち込まれて、集中治療部が閉鎖になったことは、まだ記憶に新しいですね。

 Bに関しては、昨今では日本企業は大中小実に様々な企業が海外に進出していますから(図7)、海外で病気になった場合に日本の出身地に戻って治療を受けたいが、どこに連絡をとってどこを紹介してもらったらいいかわからないで困るということは少なくなく、大学病院の医療連携部門にもこの手の相談がよくあります。

図10
図10. 国立大学病院で国際医療連携ネットワークを作る強み。(クリックで拡大)

 国際医療連携ネットワークでは、専任の医師、事務員を九大病院国際医療連携室において、@、A、Bの患者さんを受け付け、希望に応じて各国立大学病院に振り分ける業務を行います。平成23年度には、外国人患者さん受け入れのための様々なフォーマット、フローチャート、マニュアル等を整備しました。受け入れに際しての課題を抽出し、それへの対応をまとめました。今後、様々なノウハウを蓄積し、参加大学病院で広く共有することをめざします。各国立大学病院で得意とする医療技術を調査した一覧表の項目は、1000を軽く超えています。その意味では、わが国の国立大学病院41校が組んだネットワークは世界最強といえるでしょう(図10)。金儲けは意図しませんが、どうやったらこのネットワークの必要経費を捻出し、維持していけるかが課題です。実はこの事業を始めるにあたって、調査研究費という形での支援をしてくれたのは経産省でした。平成23年度は、教室のカマタ君が実によくこの国際医療連携調査事業をやってくれましたので、どうにか経産省への報告義務は果たせました。どんなふうに進んでいくのか先行きはよくわからない面も大きいのですが、国際的にみても国家的な見地からも意義の大きいネットワークですから、なんとか発展させていきたいと願っています。

 日本難病医療ネットワーク
 次に日本難病医療ネットワークについて述べようと思います。都道府県単位の公的な難病医療ネットワークについては、福岡県で私たちが立ち上げた福岡県重症神経難病ネットワークが日本で初めてのものです。もう14年前のことになりますね。日本で最初の難病コーディネーターのイワキさんと、この間二人三脚でやってきました。現在では青森県と沖縄県を除く全ての県に、難病医療連絡協議会とそれが運用する難病医療ネットワークが存在します。難病コーディネーターは、33県に50名います。この難病ネットワークは、医療依存度の高い難病患者さんに、お住まいの近くに長期療養可能な病床を確保し紹介することを主な目的としています。在宅療養環境の整備と、それを継続するうえで不可欠なレスパイト入院(介護する家族の休養も兼ねた患者さんの短期の入院)先の紹介も大事な業務です。しかし、このような長期・短期の入院先の紹介まで行うことができているのは、実は一部のネットワークにすぎません。つまり、難病ネットワークは、地域格差が極めて大きいのが現状です。だれでもどこであっても一律に十分な難病ケアを受けられるというのがあるべき姿ですが、わが国の現実はそれにはほど遠いのです。

 都道府県の難病ネットワークを運用するにあたっては、難病コーディネーター(正式には難病医療専門員といいます)が要になります。たとえば、福岡県では、毎年4000から5000件の療養相談を受け付け、30から40件の入院紹介を行っています。このように重要な難病コーディネーターですが、多くの県では一人しか配置されておらず(単独配置が約70%)、孤立しがちです。また、難病コーディネーターの平均在職期間は、最近の私たちの調査でも47か月です。ネットワーク事業は人と人をつなぐのが仕事ですから、同じ方に長く難病コーディネーターを勤めてほしいところですが、4年以内でやめていく人がとても多いのです。その一方で、難病コーディネーターが自身の仕事に意義を感じるようになるには、4年くらいかかるという調査結果が出ています。難病コーディネーターは、医師と患者さんの板挟みになってストレスが多いのに、給与も恵まれていないこと(たとえば、福岡県のイワキ難病コーディネーターは14年間昇給もボーナスもなく、むしろ事業費の縮小により給料は安くなっています)、社会的にもその役割や意義が認知されているとは言い難いことなどがあります。

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図11. 日本難病医療ネットワーク研究会(代表世話人 吉良潤一)の参加者数の推移。(クリックで拡大)

 このような背景から私たちは各県の難病コーディネーターを支援し、難病医療ネットワーク関係者が連携してレベルアップを図るために、1999年に福岡市で勉強会を立ち上げ、難病医療ネットワークの全国的な勉強会・研究会を毎年実施してきました(図11)。さ来年には、この研究会は日本難病医療ネットワーク学会として正式に学会になる予定です。この数年は、毎年200名前後の参加者があります。医師以外に、看護職、難病コーディネーター、社会福祉士、リハビリテーション関係者、当事者(患者会)など多様な職種が集って研究発表し意見交換する、とてもいい雰囲気の会に成長してきていると思います。発表の質も着実に向上してきましたので、学会賞を設置することになっています。

 このような学会的な活動とは別に、全国各地の難病医療ネットワークの横の連携が必要なことは多くの関係者が感じてきたところです。厚労省の研究班である難病西澤班(西澤正豊新潟大学神経内科教授)で、私は「(難病患者への)医療体制等の提供体制のあり方」を検討する分科会1の会長を務めています。その分科会1で全国の難病ネットワーク関係者にアンケート調査をしたところ、全国組織が必要と考える人は73%、参加するという人は77%にのぼりました。これを受けて、平成24年2月1日に、全国各県の難病ネットワーク関係者100名以上が集まって第1回日本難病医療ネットワーク協議会を開きました。多くの意見が出されましたが、全国ネットワークの設立には建設的な意見が大勢を占め、日本難病医療ネットワークを平成24年4月1日からスタートすることが決まりました。

 このネットワークでは、@各地域の難病医療ネットワークの取組みに関する調査と調査結果の共有、A全国的な難病患者支援の状況調査と調査結果の共有、B難病医療専門員をはじめとする難病医療ネットワーク関係者の研修・教育に有用な教育資料の収集・整備とその提供、Cホームページ等を通じた情報提供と普及啓発活動、D複数県にまたがる難病患者の相談とその療養環境調整への協力、E複数県にまたがる災害対策の調査、F各地域の特性を考慮した難病医療ネットワーク活動の支援、G各地域ブロックで連携した難病患者の療養支援活動、H難病患者のバックベッド等の受け皿の確保をめざした活動と提言、I上記調査・相談結果にもとづいた難病医療提供体制の提言、などを行っていく予定です。

 難病コーディネートには多くの時間と労力を要しますが、健康保険では診療報酬はつきません。脳卒中急性期診療に多大な診療報酬が付けられているのと対照的です。このため医療依存度の高い神経難病患者さんのケアに取り組む医療機関は少ないのが現状です。限られた資源を最大限活用するにはネットワーク事業は有効な方策の一つといえるでしょう。脳卒中を含む神経内科診療全般における、なくてはならない下支えの一つに難病ネットワークがあることを、脳卒中急性期診療を主に担っている医師もよく認識しておいてほしいと思います。

 全国的な難病ネットワークができたからといって、地域格差が直ちに是正されるわけではむろんありませんが、各地域の特性に配慮しながら地域格差を少なくしていく第1歩になるものと考えています。人口1億超の国家規模での全国的な難病ネットワークというのは前例がありません。世界初の試みですから、患者さんのためぜひ成功させたいものです。

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