春には、いくらか無謀なことを (平成24年2月29日)】


 JaCTRIMS
 最後にJaCTRIMSについてふれたいと思います。これは何かというと、Japanese Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosisの略語です。ここでMultiple Sclerosis(MS、多発性硬化症)は、いうまでもありませんが、国指定の代表的な神経難病(特定疾患)です。日本で過去4回実施された全国臨床疫学調査により、MS患者数・有病率は近年著しく増加していることが示されています。若年成人を侵すため、患者さんは生涯にわたってMSに苦しめられることになります。MSの原因は不明であるものの、再発率を減らしたり進行を遅らせたりする作用のある疾患修飾薬(Disease-Modifying Drug, DMD)の開発が急速に進んでいます。これらの新規DMDはMS患者さんへの大きな福音でありますが、同時にDMDは種々の重篤な副作用を引き起こす場合があることもわかってきました。したがって、DMDの効果ばかりでなく、長期の安全性や患者さんのquality of life (QOL)、DMDへのアドヘレンス(服薬継続)にも配慮した、ライフロングな治療計画の策定と副作用管理がとても大切です。これを的確に実施するためには、わが国のMS診療体制の一層の向上が不可欠です。

 そこで、私はMSに特化した専門学会を、日本においても設立する意義が大きいと考えました。すでに欧州では、European Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis (ECTRIMS)が、MSの専門学会として毎年約6000名もの参加者で開催されています。北米ではACTRIMS、南米ではLACTRIMSが同様にMSの専門学会として活動しています。アジア太平洋地域では、私たちはPan-Asian Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis (PACTRIMS)を2008年に設立し今年は第5回大会が北京で9月に開催される予定です。また、ブラジルのようにBCTRIMSという国単位で同様なMS専門学会を設立しているところもあります。

図12
図12. 学会の縦糸と横糸。学会には領域別の学会と疾患別の学会があり、両者でwin-winの関係になることが大切。(クリックで拡大)

 このような背景からMSとその類縁疾患に関わる課題を広く研究、教育し、MSをはじめとする脱髄性疾患の日本における医療とケアの向上を図ることを目的として、JaCTRIMSの設立を提案しましたが、大変残念なことに1月末に開かれた発起人会では、日本神経免疫学会との類似性から共倒れを心配する声が相次ぎ、設立をしばらく見合わせることになりました。ここで、問題とされた日本神経免疫学会とJaCTRIMSとの関係を考えてみますと、図12のようになります。学会には学問の領域別の学会があります。これは、何々学というものに相当します。他方、疾患別の学会があり、これは何々病学会というものに当たります。いわば、学会の縦糸と横糸みたいなものです。

 日本神経免疫学会は、MSのみならず、ギラン・バレー症候群、慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)、重症筋無力症、筋炎、自己免疫性脳炎など様々な免疫性神経疾患を対象にしています。このように多様な神経免疫疾患の研究者を結ぶキーワードは、「免疫」しかありません。つまり、この学会は神経疾患の免疫学に関心がある人が集まる学会であり、そのアイデンティティーは、種々の神経疾患の免疫学的な病態を解明し、有効な免疫療法を開発することにあります。神経学会という一番大本の学会からみると、神経疾患の免疫学部分を担う学会といえます。

 一方、MSの研究は免疫学にとどまりません。疫学、遺伝学、高次脳機能障害学・神経心理学、神経放射線学、神経化学、神経生理学、神経科学、神経病理学、神経感染症学、神経リハビリテーション学など多様な学問領域の総合科学的な研究が、病因の解明と治療法の開発には必要なのです。さらに、MSに特有な看護・ケア、就労支援・社会福祉といった領域が不可欠です。つまり、神経免疫学会があれば、MSの研究と臨床はそれで十分ということにはならないのです。神経免疫学会は、免疫学を柱とした自己のアイデンティティーをしっかり持つことが肝要です。一方、MSの専門学会には、免疫以外の様々な領域の人を取り込むことが大切です。つまり両者は競合するわけではなく、ともに発展していける関係にあります。ここでチャレンジングなのは、これまで疾患別の学会は、患者数の大きな疾患でしか成立していないのにもかかわらず、MSのような患者数の限られた疾患について学会を立ち上げるという点なのです。世界的にみるとMSは欧米人でとりわけ多いので専門学会の設立は、欧米では容易といえます。しかし、日本のようなMSの患者数の少ない国では、果たして学会としてやっていけるだろうかということが懸念されるわけです。これは第一に患者数が少ない病気では、それを研究する人や臨床で関わる人も少ないため、学会を作っても人が集まらなくて会が成立しないことが予想されるからです。

 今さらMS専門の学会を作っても私たちの世代は別に何の恩恵に浴するわけでもないのですが、次世代の研究者のためにはJaCTRIMSを作っておいて、それを国際的な活躍の足場としてもらうことがよいのではないかと私は考えます。若い人をエンカレッジする場として活用できるものと思います。今回は拙速に過ぎて大方を説得するには至りませんでしたが、次回はもっと作戦を練って臨みたいと思っています。

 おわりに
 上記の3つのいずれにもいえることですが、このような全国的なネットワーク・組織を大学人が作ろうという場合に一番困るのが、資金がないということです。全国組織を立ち上げるには、関心のあるメンバーが集まってよく話し合う必要があるのはいうまでもありませんが、そもそも集まるための旅費や会議場費からしてスタート時は全くないわけです。国立大学病院国際医療連携ネットワークの場合は、文科省、厚労省、経産省とお願いにいき、今年度は経産省のみが調査研究費という名目で資金を出してくれました。九大病院に代表事務局が設置されましたので、九大病院長にお願いして国際医療連携ネットワーク専任の医師分の席は、来年度以降はいただけることになりました。しかし、この先どうなるかは、まあよくわからないですね。日本難病医療ネットワークは、厚労省西澤班の分科会1の研究費(厚労科研)で、第1回難病医療ネットワーク協議会を開き、全国各県の難病医療ネットワーク関係者100名以上に集まっていただくことができました。これは今年度を含めて3年間の経費は厚労科研で大丈夫ですが、それから先はどうなるかなあといったところです。JaCTRIMSは目下のところ全く資金源がありませんから、私のポケットマネーで会議場費を工面するといったことになります。このような会での一番の問題は、資金面でいかにして持続可能な組織(sustainable、サステイナブルといいます)にもっていくかということなのです。金はありませんが、社会的な意義・公益性はありますから、いっしょにやっていただける方と汗をかこうと思っています。

 ところで国立大学も独法化して経営的な面が重視されるようになりました。ただ私は国立大学が儲かることを常に念頭におくのもどうかと思います。国立大学が学窓から社会に貢献するとしたら、一番儲かることより一番必要とされることに取り組んだ方がいいでしょう。「したいことをするのが自由ではない。人間としてすべきことをするのが自由である。」と、曽野綾子の「人生の収穫」の一節に書かれてありました。人生も後半戦になると、本当にその通りと感じます。

 私は職業人生も第4コーナーを回りつつあるといったポジションにあります。あとはゴールをめがけて走りぬくだけですが、あまり肩に力が入いりすぎても転んでしまいかねません。「普段着で普段の心 桃の花」という句が、私は好きです。普段の心で海図なき航路を刻んでいきたいと願っています。

 


平成24年2月29日
吉良潤一