頭脳は世界をめぐる:頭脳循環の奨め (平成24年3月10日)】


 このところ家族の見舞いでよく田舎に帰っています。ふるさとの城山を見ながら番匠川の土手をジョギングしています。河原ではそこここに土筆が2、3センチも顔をのぞかせています。ふるさとの川も山も生きていると感じます。時間帯にもよりますが、福岡の自宅から実家までは片道4時間半から5時間半もかかります。ですから、往復の電車の中や病室では、いきおいこのようなとりとめのない文章を書いて過ごしています。

 この3月からサンフランシスコに松下君が留学しました。University of California at San Francisco (UCFS)のHauserさん、Oksenbergさんのラボです。福岡空港の出発からして飛行機が遅れ、乗り継ぎができなくなって26時間もかかって到着したということです。幼い子を連れての大変な留学のスタートだったと思います。移転した新しいラボでの研究生活を無事開始できたとメールが入り、一安心しました。現在、当教室からは、米国に6名(山崎君、栄君、三浦君、松下君、大島さん、磯部さん)が留学中です。いずれも2年以上の長期留学(予定)になります。

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図1. ランソフさんのラボで中央が山崎君。ラボはポスドク3人しかいなくて必ずしも恵まれた研究環境ではありませんが、よく頑張ったと思います。受賞はラボを元気づけるので、ありがたいですね。(クリックで拡大)

 最近、クリーブランドクリニックのRansohoffさんのラボに留学している山崎亮君が、全分野が参加するリサーチコンペ(Bumpus Research Award)で、174演題中上位5位(Finalist)に残ったということです(図1)。知らせを聞いて、私もとても嬉しかったです。1位がとれなかったのは残念ですが、Ransohoffさんも大変喜んでくれたということですから、私も山崎君を派遣した面目が保てたというものです。皆、留学先のボスの評判はいいようで、私も安堵しています(サカエ君だけは全く音沙汰がないので、フロリダでゴルフばっかりやってるんじゃないかと心配です)。

 この他にも平成23年度には、米川君がスイスに3ヵ月間、短期留学しました(これはバーゼル大学のRadueさん、Kapposさんのラボです)。平成24年度には、松本君が米国に3ヵ月ほど短期留学する予定です。家庭の事情などで長期の留学が難しい場合は、短期の留学でもいいと思います。海外に旅行に行くのと仕事に行くのとでは、大きな違いがあります。長期であれ、短期であれ、海外で暮らして仕事をするという経験が大切です。

 ところで、米川君の留学先のKapposさんは、今年の1月末に来日された際に、九大も訪問してくれました。Kapposさんには講演に加えて回診をしていただきました(図2~5)。アジア人種では初めてのCLIPPERS (Chronic lymphocytic inflammation with pontine perivascular enhancement responsive to steroids)のケースなど2例を提示しましたが、Kapposさんの意見では、これは多発性硬化症(MS)で、自分は数千例のMS患者さんのなかで5例くらいこのような例をみたことがあると話していました。メイヨークリニックのPittockさんはCLIPPERSを独立した疾患と提唱していますが、電気生理検査での脱髄を示唆する所見や髄液所見からは、MS類縁疾患と思われます(ただ免疫療法に対する反応性は異なります)。

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図2:カッポスさんの回診風景。カッポスさんは、バーゼル大学神経内科の教授でchairman。多発性硬化症の臨床試験では欧米のリーダーです。臨床も強い人だと感じました。私とは同年輩。(クリックで拡大)

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図3:カッポスさんの回診風景。主治医の通訳は的確。症例提示を英語でやった園田君、藤井君はいずれも堂々としいて、格好良かったと思います。(クリックで拡大)

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図4:カッポスさんを囲んで病棟医チーム全員で。皆にこやかな笑顔。写真のなかでは、今年の新入局者6名が実質的な意味での病棟主治医。あとは初期研修医、医学生、病棟関係の教員など。毎年6人程度の入局者があり、入局1年目は医員として働き病棟で鍛えられます。今年度は、糸山泰人先生(国立精神・神経医療センター病院長)と辻貞俊先生(産業医大神経内科教授)にも回診していただきました。(クリックで拡大)

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図5:懇親会にはカッポスさんの奥様も合流。米川君はスイスではゲイ対策で生やしていた髭をきれいにそっています。カッポスさんはジョギングが趣味で、旅行先ではジョギングをかかさないということ。懇親会の翌朝は、観光もかねて博多の街をジョギングしたということです(奥様はおいてけぼりか?)。(クリックで拡大)

 Kapposさんは神経学的診察では、欧米人は鼻が高いので、眼球運動を見る際に鼻が邪魔して眼球運動障害があっても複視を訴えないことがあると話していました。そんなことは考えたこともなかったですが、これはジョークか、あるいは欧米の白人ではそうかもしれませんね。そういえばKapposさんも鼻が高い美男子です(彼はドイツ人とギリシア人の混血)。

 今のところ、当教室からは国外に出ている上記6名に加えて、京都大、大阪大、順天堂大、国立循環器病センターなどに5名ほどが目的をもって国内留学しています。研究段階にある11名が学外で仕事していることになります。また、学内の基礎医学教室にも3名ほどが大学院生として行っています(臨床神経生理学、生体防御医学研究所感染制御学、同脳機能制御学)。一方、教室内で研究を続けている大学院生は、日本人が8名、中国人留学生が4名ほどにすぎません。どうしても学外のこの施設に研究に行きたいという場合には、自由に行かせております。このあたりのバランスは難しい問題があり、皆が教室外に出てしまうと、教室での研究が空洞化します。日本の工業メーカーと同じようなことですね。

 教室外で研究を始める場合は、よほどしっかりこれをやりたいというのがないといけません。また、将来教室に戻ってきたときに、神経疾患の研究にどうつなげていくかという点をよく考えておく必要があります。そうでないと、臨床は臨床、基礎研究は基礎研究と、やっただけで、両者が結びつかないという事態にもなりかねません。これは一番もったいないですね。以前は、関連病院のマンパワー不足で、せっかく研究の経験を積んでも学外の関連病院に出張してもらわないと医局の人事が回らない状況でしたが、今は関連病院も充実してきていますから、希望があれば大学に残って研究を続けることができます。ぜひ臨床と基礎研究を結び付けて、研究を続けていってほしいものです。

 教室にも徐々に新しい研究知識・技術、臨床データベース・試料などが蓄積されてきていますから、教室での基礎科学的研究や、関連病院と協力した広域データベース研究をさらに進めていきたいものです。具体的には、脱髄性疾患、運動ニューロン病、アルツハイマー病、てんかん等の基礎的研究、脳卒中や認知症の広域データベース研究を推進したいと考えています。国際的にも、International Multiple Sclerosis Genetics Consortiumに欧米以外で初めて参画が認められましたので、さらに国際共同研究を推進していきたいと考えています。

 教室内での研究生活には、臨床面でのdutyもある程度はありますから、教室内で研究生活を始める人が研究面で不利にならないように配慮したいと思っています。臨床の教室で研究することのよい点は、ヒトの疾患に密着した研究ができる点です。神経疾患は謎だらけなので、ヒトの疾患に密着した研究は大変おもしろいものです。Annals of Neurology誌の最新号に、米国のAsbury教授の、”The tools that are available to study the nervous system are now so much more advanced from the crudeness of what we were doing 30, 40, and 50 years ago. “という一文が紹介されていました。文にあるとおりに、私たちが神経疾患の研究を始めた30年前と比べると、ヒトの脳にアプローチする様々な研究手法が開発されてきていますので、神経疾患研究に関心のある若手医師にとっては、チャレンジングなおもしろい時代になってきていると思います。研究のおもしろさが、診断・治療の進歩という形で患者さんへ還元されるところが、臨床研究のいい点であり、意義のある点です。研究も手堅いものばかりでは大きな飛躍は望めませんから、いちかばちかの博打的研究や、ひたすら労力で勝負する網羅的スクリーニングも必要です。突拍子もないアイデアにチャレンジする勇気をもって、新しい治療法の開発につながるシーズを見出したいですね。

 まもなく平成24年度の国際学会シーズンが始まります。教室員には毎年国際学会での発表を奨めていますし、旅費も教室で出すようにしています。若いうちから国際学会に出て、できれば口演発表になり揉まれた方がいいです。質問がわからないで立ち往生することもありますが、まああまり気にしない方がいいです。私は、今年度は、AAN(American Academy of Neurology、ニューオーリンズ)、PACTRIMS(Pan-Asian Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis、北京)、ANA(American Neurological Association、ボストン)、ECTRIMS(European Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis、リヨン)、Key Stone Symposium(モンタナ)に出席の予定です。他にメルボルン(AOAN)、シカゴ(ALS/MND)、オスロ、サンパウロなども時間の都合がつけば行った方がいいのですが、さすがにこんなには教室を留守にはできません。

 若い人は留学や国際学会を通じて世界との交流を深めていくことが大切です。外国人との付き合いは面倒くさい面もありますが、世界中のいろんな所に行って前向きに楽しく付き合った方がいいでしょう。私は、この3月から第5回PACTRIMSのScience Program Committeeを立ち上げて、プログラムの企画・編集作業を始めました。毎年のことながら、英語でのやりとりは大変です。英語はちっともうまくなりませんけれども、場慣れしてきたせいか、英語の下手さもだんだんと気にはならなくなりました。

 私は、今、英文誌のeditorial board memberを10誌ほど引き受けています。これらは、BMC Medicine (IF 5.750)、PLoS ONE (IF 4.411)、Multiple Sclerosis (IF 4.230)、Journal of the Neurological Sciences (IF 2.167)、Multiple Sclerosis and Related Disorders、Expert Review of Neurotherapeutics、Autoimmune Diseases、Intractable and Rare Diseases Research、Open Journal of Neurology、Open Journal Autoimmunityなどです(IFのはっきりしないのは、創刊されて間もないものと思いますが、一部は既に幽霊ジャーナルになっているものがあるかもしれません)。これらのジャーナルからは投稿論文の査読依頼がしょっちゅう来ます。加えてAd hocのreview(査読)の依頼は、Annals of Neurology (IF 10.746)、Brain (IF 9.232)からInternal Medicine (IF 1.037)に至るまで、いろんなジャーナルから来ます。たとえば、今、手元にあるのは、Brain、Journal of Helminthology (IF 1.544、これは寄生虫学の学術誌)、Immuno-Gastroenterology(これはたぶん腸管免疫の学術誌です)などへの投稿論文の査読。また、オーストラリア、フランス、オーストリア、香港など海外の様々な団体から、研究助成への応募申請書に関する評価依頼も毎年のように来ます。この手の査読や評価は、自身の研究の妨げになるので、一切引き受けないというポリシーの人もいます。私はといえば、アジアからの投稿は欧米誌では不当に扱われることも少なくありませんので、都合のつくかぎり引き受けてフェアーな査読をするよう心掛けています。

 このところ特に多いのは、中国からの投稿論文の査読依頼です。最近は、中国からの投稿論文専門のreviewer(査読者)に位置付けられてしまったかのようです。これで目立つのは、MSや視神経脊髄炎(NMO)の未治療例を50例ずつも末梢血や髄液を集めてサイトカインや接着因子などを測定し、有意な違いを見つけたという手合いのもの。データはきれいなので、rejectはできませんが、そもそも何で検査時までの罹病期間が数年を超えているのに、全く治療されていないかが理解できないですね。日本では到底ありえないような(未治療の)サンプルがたくさん揃えられているのが、不思議でなりません。できるだけデータをきちんと出させるように丁寧にコメントするようにしています。しかし、データはきれいに揃えられているけれども、どうみてもおかしいと感じることもよくあります(真偽のほどはわかりませんが、中国からの研究論文は再現性が乏しい場合があるとはよく耳にすることですね)。

 ただ、中国の臨床医学研究のレベルが、質量ともに急速にアップしてきているのは間違いないです。反比例するかのように、日本の臨床現場は忙しくなって若手医師の臨床研究論文の投稿は減ってきているように見えます。Reviewerの立場で日中の動向を見ますと、日本の臨床研究の行く末が案じられます。

 このような中で、日本神経学会がようやく重い腰をあげて、来年1月には新しい英文学術誌を創刊します。Neurology and Clinical Neuroscienceです。私も11誌目のeditorial board memberになります。査読にはフェアーにあたりたいと思っています。本誌には、言語の壁もあって圧倒的に不利な日本が、世界に向けて情報を発信する拠点となってほしいものです。経済同様に医学の世界でも、競争はフェアーでないとおもしろくないですね。

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図6. 昨年に文科省の頭脳循環プログラム申請をした際の教室の海外との交流実績を示すスライド。(クリックで拡大)

 ところで松下君が留学したプログラムは、文科省の「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」といいます。留学は、これに研究プロジェクトが採択されたことによります。今は円が強いので円建てで給料などの経費はもらった方が得ですね。教室からも海外に積極的に人材を出し、一方で海外からも教室に人材を受け入れるというのが望ましいと思います。私は教授になってから平成22年度までの14年間(初期臨床研修開始で入局のなかった2年間を除くと実質12年)で25名を教室から海外へ留学させ、一方、海外からは21名の長期・短期の留学生を教室に受け入れました(図6、表1)。海外からの留学生が、これまでに当教室において筆頭著者で出版した英文原著論文は19編にのぼります(表2)。ワールドワイドな頭脳循環の効果は短期的には見えてこないと思いますが、次の世代には何がしかが現れてくることを願っています。土筆もしっかり根を張ってからでないと出てこないのと似たようなものですね。

表1
表1. 教授になってからの海外からの留学生一覧。これらの留学生が筆頭著者の英文原著論文は19編になります。2年以上の長期研究滞在の方は実質的に皆さんが英文原著論文を仕上げて医学博士号を取得しています。(クリックで拡大)

表2
表2. 海外からの留学生の論文一覧。臨床の教室ですから、スタッフも皆忙しくてなかなか留学生の指導までは手が回らないこともあります。留学生の指導に関わった日本人教室員には感謝しています。(クリックでPDFが開きます)

 学問を通じて世界と交流するということは、外交交渉をするのとは違いますから、楽しいこともたくさんあります。来月からはまた次の年の入局勧誘が始まります。研究でも臨床でもいいですから、出身校にかかわらず世界を駆け巡ろうという頭脳が入ってくれることを期待しています。

平成24年3月10日
吉良潤一