神経内科教室報巻頭言 研修システムの改革と神経内科の未来:鉄は熱いうちに打て (平成28年7月2日)】


 2016年ももう6月になりますが、新しい専門医研修制度が2017年4月に始まるのか延期になるのか、いまだ結論が出ていないようであります。基本領域の内科研修プログラムに神経内科の二階建て研修プログラムが、どう接続されるのかなど不確定な点も数多く残されています。


 思えば、初期研修が始まった平成16年当時、入局が2年途絶え、開始3年目も入局者数は全く増えずに、結局入局者のほとんどない空白の3年間がありました。このときは、多くの大学で医局制度が破綻し、地域への医師派遣が打ち切られたのは、記憶に新しいところです。当医局でも医師人事で大変に苦労しましたが、若手医師に長めに出張してもらうことで関連病院はほとんど切ったりすることなくどうにか乗り切りました。しかし、これはいまでも中堅層の人材不足といった形で、医局の人事に大きなマイナスの影響を残しています。この初期研修システムが始まったことで、従来、卒後直ちに入局し、1年間メジャー内科を二つローテートして卒後2年目から神経内科の研修を始めるというシステムから、2年間内科を含む様々な診療科を経験して3年目から神経内科専門医研修を始めるシステムに移行しました。私は黒岩先生の時代の入局ですが、その当時からすると、現状では1年神経内科のスタートが遅れていることになります。

 

 来年度から新内科専門医研修制度が始まりますと、初期研修2年のあとに神経内科に入局しても、そこから3年間も内科の13サブスペシャルティーを回らないといけなくなります。この3年間のうち1年間は自身の専攻するサブスペシャルティーを研修していいということですから、実質2年間は神経内科以外の内科サブスペシャルティーをローテートして勉強することになります。専門医試験は、新内科専門医試験を6年目に、神経内科専門医試験を8年目に受けることになり、現行の7年目の神経内科専門医試験の受験からみると1年の遅れということになるとされています。しかし、上記のように3年間の内科研修のうち神経内科は1年しか研修期間を設定できませんから、実質2年の研修開始の遅れといえます。私たちが神経内科を志したころからすると、神経内科の研修は実に3年の遅れとなります。神経内科を志して早く勉強を始めたいと思っても、なんと卒後4年間も待たないといけないのです。この4年間もの間、他科の勉強をしながら、神経内科への関心をつなぎとめておくことができるか、私ははなはだ疑問を感じます。今、新専門医制度の開始を遅らせた方がいいという意見は、地方での医師の引き上げを懸念してのことです。それももっともなことといえますが、神経内科にとっては、それ以上に大幅な入局者減が予想される深刻な事態と私は考えています。


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図1.入局者数と大学院進学者数の推移
平成16年から初期研修システムが始まりました。当教室では、大学院進学は原則、卒後6年目となっています。したがって、各年度の入局者数と大学院進学者数にずれがあります。私は平成9年9月1日付で教授になりましたので、入局の勧誘や大学院生の進学には平成10年度入局者から教授として関わりました。毎年の入局者数の目標は6名ですが、入局の無かった2年間を除き、17年の入局勧誘では13年は目標を達成しています。大学院生は毎年4名程度の進学を目安としていますが、19年のうち13年はそれに達しています。最近では大学院進学者数も漸増・安定傾向で、好ましいと思っています。

 九大神経内科の場合だいたいコンスタントに6名程度の入局があり(私はこのくらいの数が教える側も眼が行き届いて丁度よいと思っています)、そのうち4名程度が専門医研修後に大学院に進学します(それ以外に国立循環器病医療センターでさらに脳卒中関係の専門研修と臨床研究に進む人も定期的にあります)(図1)。当教室の大学院の進学率は高い方だと思います。私が教授になってからの入局者数は115名、大学院進学者は86名で、うち外国人留学生15名を除くと日本人の大学院進学者は71名(62%)
となっていますので、神経疾患を研究しようとか神経科学の基礎を学ぼうとか意欲の高い人が多く入局していることがわかります。今は、卒後6年目に大学院に進学していますので、概ね30歳過ぎといったところでしょう(臨床大学院の場合は院生の2年目に神経内科の専門医試験を受けます)。しかし、新内科専門医研修制度が始まると、卒後7、8年目の大学院進学にならざるをえません。卒後4、5年目くらいから神経内科の研究を始めていた私たちの世代からすると、ずいぶんと年をとってからの研究開始に見えます。「鉄は熱いうちに打て」とよくいわれますが、これは神経内科臨床においても神経内科研究においても当てはまることでしょう。その意味では、時期を失していないか懸念されるところではあります。

 実は、私はこの第57回日本神経学会学術大会で、企画シンポジウムを提案しました。それは、学会最終日の5月21日の朝一番から、「神経内科で留学しよう:医学生と若手医師におくる海外留学の夢」と題するものでした。我が国の若い人は最近は内向き志向が強く、海外に留学しようという人も少なくなっていると聞きます。確かに留学には、日本でやってきた研究の中断や帰国後のポジションの不安など様々なデメリットも考えられます。それで留学経験を積むことなく日本でずっと研究を続けて教授になる人も最近は多いようなので、無理にとはいいませんが、やはり若いうちに留学して日本とは全く異なる環境で生活し研究で苦労するのはいい経験になります。海外から日本を見直したり、日本人としてのアイデンティティーを考えたりするという点からも望ましいと思います。私は27歳から29歳まで米国NIH に留学しましたが、私のアパートの同じフロアに、後に私と同様に日本神経免疫学会の理事・会長になる中村龍文先生と犬塚貴先生が住んでおられて親しくしていただきました。帰国時にワシントンDC の空港には辻省次先生が車で送ってくれました。こんなふうに他大学から留学してきている人と偶然仲良くなるのも得がたいことであります。そんなわけで、若手をencourage して、留学意欲を高めようと考えた次第です。特別講師には東大医学部を卒業して、レジデントから米国で体験して現在オハイオ州立大学神経内科で教育スタッフとなっている滞米20年の木佐貫泰先生に御願いしました。昨年 American Neurological Association 年次総会でたまたま知り合っただけなのですが、木佐貫先生は九州のご出身で、今回はこのシンポジウムのためだけに自費で米国から駆けつけてくれました。他に10数名の方にスライドでのリレー講演やコメンテーターを御願いしておりました。当初は、年寄りばかりで昔を懐かしむ会になってしまうのではないかと心配していましたが、実際には留学を真剣に考えている若手の方々が来てくれて、40分間の長めの質疑応答の時間もあっという間に過ぎてしまいました。とても充実したいいシンポジウムでした(図2)。神経学会としても留学の情報提供とか相談、そして留学奨学金を授与するような活動が望まれます。私が教育委員長だったときに、同門の久留米大神経内科の谷脇考恭教授に御願いして、国内の短期留学研修の費用を学会が支援する事業を立ち上げていただきましたが、それが海外留学まで拡充できると本当にいいと思います。

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図2.第57回日本神経学会学術大会留学奨励シンポジウム後の集合写真
シンポジウムで発言してくれた方々に集まっていただいて、記念写真をとりました。実際にはもっと多くの出席者がありました。私と祖父江元先生が司会を務めました。大井先生、越智君、松下君(リレースライド講演をしてもらいました)など当教室関係者の姿もみえます。

 ところで教室からは、栄君(メイヨークリニック・ジャクソンビル、アルツハイマー病研究)、磯部さん(UCSF、多発性硬化症遺伝学)、吉村君(トマス・ジェファーソン大学、脱髄モデル)、松瀬君(ケンブリッジ大、神経再生)、萩原君(臨床神経生理を経てリヨン大学、脳生理学研究)、藤木君(阪大を経てハーバード大、神経生物学研究)が現在留学しています。真崎君がこの夏からシカゴ大(脱髄モデル)に留学しますので、留学中の人は7名になる予定です。私たちが入局した黒岩先生の時代は、大学院進学も認めない、留学も2年までと決められていましたが、今は大学院進学も留学期間も自由にさせています。それで、鉄砲玉みたいに何年も帰ってこない人もいて、医局人事では頭が痛い面もありますが、将来の活躍を願っています。他方、海外から当教室へは、中国、ウイグル、インドネシア、オランダからの留学生が6名現在在籍しています。この他にも、この1年でみても1ないし数ヶ月の短期滞在は、ブラジル(3名)、韓国(2名)などから5名ありました。英会話も下手なので大変ではありますが、グローバルなのはいいことと思っています。

 神経内科は、この道に入ったらやることはたくさんあります。ですから、私は心情的には神経内科をやりたいという人が、貴重な若い時期に何年も内科をグルグルとローテートせざるを得ないシステムには反対です。また脳卒中学会では、脳卒中専門医を内科も含めて脳神経外科やリハビリテーション科、放射線科など多くの科の二階建てサブスペシャルティーとして認めてもらうよう運動する方向にあります。そうなると内科の二階に神経内科専門医と脳卒中専門医が並ぶ事態にもなりかねません。この問題の解決策は、長い眼でみて神経内科を基本領域化することしかないと思います。今後、新専門医制度がスタートすると様々な問題が噴出してくると思います。それはまた次の研修システム改革につながるでしょう。そのようなときのために、神経学会が自らの立ち位置をどうしたいかを十分議論しておき、日ごろから他学会をはじめ国民に働きかけていくことが大切でしょう。今後どのように話が進むかまだ不透明ですが、私たちの神経内科としては、若い人を元気づけるようでありたいと思っています。

 

平成28年7月2日
吉良潤一