福岡県重症神経難病ネットワークこれまでの20年とこれから20年 (平成29年2月12日)】


  福岡県重症神経難病ネットワークは、平成10年(1998年)12月3日の設立以来、20年目を迎えました。つい先週、日本神経学会より、2017年度日本神経学会賞(診療部門)に選出された旨のお知らせをいただきました。授賞式は、今秋の日本神経学会学術大会時です。これは、福岡県重症神経難病ネットワーク・難病相談支援センター関係者の団体授賞となります。表1に示す現在のセンター在籍者が共同受賞者となりますが、これ以外にもこれまでにも何人もの方が難病医療専門員として、あるいは難病相談支援員として、このネットワークや当センターに関わってきました。既にセンターを離れていますので、ここではお名前をあげませんが、このような皆さんと今回の授賞の喜びをわかちあいたいと思います。また福岡県の行政の方には、立ち上げの際に大変お世話になった岩崎課長(当時)、難病法施行にあたってセンターの大幅な拡充に尽力いただいた白石課長(当時)、そして現在の岩本課長に至るまで、この20年間にお世話になった歴代の福岡県保健福祉部健康対策課の課員の皆さんに心から感謝申し上げます。今回の授賞を契機にいっそう難病の患者さん・ご家族のためになる活動を進めることが出来るよう願っています。本稿では、この20年の歩みを振り返り、そしてこれからの活動についての思いを記します。  

 1. 福岡県重症神経難病ネットワークの設立

  今から20年前の平成9年(1997年)当時は、看護・介護に大きな負担がかかる筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis, ALS)などの重症神経難病患者さんの短期入院や長期の療養受け入れを、一般病院では断られることが多く、大きな問題となっていました。私は平成9年(1997年)9月1日付で九州大学医学部神経内科の教授に就任しましたが、大学病院で神経難病の病名診断をつけることはできても、その後の治療やケアに関して患者さん・ご家族のためにできることが少ない状況に心を痛めていました。教授就任後すぐに福岡県の難病医療を検討する委員会に出席する機会を得ましたので、看護・介護に大きな負担がかかるALSなどの重症神経難病患者さんの長期療養受け入れ先を協力してみつけていくことが大事である旨、意見を述べました。おりしも国の方では、今後の難病対策の具体的方向性について見直し策が検討されていました。平成10年には難病特別対策推進事業が創設され、重症難病患者入院施設確保事業として、「重症難病患者のための身近な入院施設の確保を図るため、都道府県は概ね二次医療圏ごとに一箇所の協力病院を指定し、そのうち一箇所を拠点病院として、地域の医療機関の連携による難病医療体制の整備を図る」ことが決められました。

 福岡県では平成10年に福岡県難病医療連絡協議会が設置され、私が会長となり、福岡県保健福祉部健康対策課と協力して、福岡県下の常勤の神経内科医がいる病院には基幹協力病院として、常勤の神経内科医のいない病院には一般協力病院として神経難病医療ネットワークに参加していただくことをお願いしました。そして、平成10年(1998年)12月3日に公的な難病医療コーディネーター(難病医療専門員)を導入した我が国初の重症神経難病ネットワークが、県下105医療施設の参加のもとにスタートしました(図1)。設立当時は、拠点病院が九州大学病院神経内科、準拠点病院が産業医科大学病院神経内科、それ以外の基幹協力病院が13施設、一般協力病院・診療所等が90施設でした。加えて、福岡市医師会等にお願いし、往診協力病院(医院)として36病院(医院)、心のケアの面から精神科協力病院として7病院が、本ネットワークに参加していただけることになりました。福岡県重症神経難病ネットワークは、重症の神経難病患者さんの長期および短期の入院施設を、お住まいの近くに確保することを第一の目的としました。これには、在宅往診医の紹介業務も含まれます。それ以外の事業として、神経難病に関する療養相談、神経難病療養に関する情報提供、医療従事者研修、県下の神経難病療養に関する調査に取り組みました。

図2

本ネットワークは福岡県難病医療連絡協議会が福岡県から委託されて運営しており、私は本協議会の設立以来、会長を務めています。ネットワーク開設当時、日本初の難病医療専門員(現難病医療コーディネーター)を導入し、福岡県下100余の病院が参加した医療ネットワークとして大きく報道され、県下の神経難病患者さん・ご家族の期待はとても大きいものがありました。設立時、人と人を結ぶネットワークを創っていきたいとの願いから、図2のようなロゴマークを決めました。


  2. ネットワークの発展と実績

  

その当時採用された日本で最初の難病コーディネーターの岩木三保氏(看護師)は、20年目の現在に至るまで福岡県重症神経難病ネットワークで難病医療コーディネーターを務めており、日本で最初かつ一番長い経験のある難病医療コーディネーターになります。当初は、神経内科の講師室にデスクを一つ置き、電話一台、パソコン一台でネットワーク活動を始めました(図3)。九大病院神経内科の外来に面談室を借りて相談事業を開始しました。

 本ネットワークにおける入転院紹介を円滑にするために、協力病院からの空床情報を定期的に得るようにし、入転院施設紹介の手順を決めました。入院施設確保が困難な事例が発生したときに、患者さん・ご家族の了解を得て、協力病院の主治医が拠点病院に登録依頼するシステムとしました。したがって、当ネットワークには入院先の確保が難しい神経難病患者さんが、長期・短期の入院先の紹介を希望されて登録されてきます。年平均40件程度の入転院先紹介(確保)を当ネットワークでは行っていますが、その多くは人工呼吸器管理下にある患者さんで、6割以上が人工呼吸管理下で四肢麻痺のALS患者さんです(図4)。現在では、指定難病を含む神経系難病27疾患を対象としています。

  当初はネットワーク参加医療施設に入院をお願いしても60%以上断られるという状態が何年も続きました。しかし、次第に当ネットワークが浸透し、マッチングもうまくいくようになり、この10年ほどはネットワーク参加医療施設から入院を断られる率も20%を切るようになっています(図5)。岩木コーディネーターも当初は一人の患者さんで10回以上も続けて入院を断られる場合がよくあり、入院先をお住まいの近くに確保することには、大変な苦労がありました(岩木さんも今では日本一の超ベテランで、どん難題に出くわしても堂々としていますが、昔は涙を流していたんですよね)。ネットワーク開設当時は、私自身で岩木コーディネーターと毎日ミーティングをもち、登録患者さんや相談患者さんへの対応について話し合いをしました。現在でも週2回程度のミーティングを行い、難病患者さん・ご家族への対応を話し合って進めています。 

 入転院紹介において病院側の受け入れ困難の理由としては、神経内科医がいなかったり神経難病についての経験がなかったりすることに加えて、看護・介護に手間暇のかかる患者さんを受けいれても受け入れ病院側に何のメリットもないことなどが主たる要因でした。そこで、福岡県にお願いして、平成24年9月から福岡県在宅重症難病患者レスパイト入院事業を始めていただくことができました。レスパイト入院は、長期に在宅療養をしておられる患者さんのご家族が、病気や介護疲れのためにケアが困難になった際に、短期間在宅療養している患者さんに入院していただくことをいいます。これにより、介護にあたっているご家族が休養でき、患者さんご自身も入院中に体調や在宅継続の再評価を行なうことができます。レスパイト入院は、在宅療養を安定して長く行なうためには、大変有用な方策です。福岡県の本事業では、指定難病重症認定を受けておられて在宅療養中で人工呼吸器(鼻マスクを含む)を使用している方が対象となり、1回あたり14日以内で同一年度あたり2回利用可能できます。受け入れていただいた医療機関には 1日18,670円(現在は19,000円)の補助金を診療報酬に上乗せするというもので、県下47病院がこのレスパイト事業による 受け入れ可能病院となってくれています。毎年20から30人程度の患者さんが、年間総計で延べ40回程度このレスパイト利用し、利用件数は毎年着実に増えてきています(図6)。これまでに延べ150人がこのレスパイト入院の制度を利用されました。この制度では受け入れ病院にもメリットがあるため、レスパイト入院受付先を増やす点で大きな助けとなっています。事実、現在、医療ネットワーク参加施設は開設時の105施設から119施設に増加しています。また、当ネットワークでは、重症神経難病患者さんを受け入れてくれた病院に、重度障害者用ナースコールの貸与事業も行なっており、保有の10台のナースコールは、ほとんど出払っている状態が続いています。



 相談事業に関しては、面談・電話・FAX・メールによる相談を実施し、設置当初は、年間300件程度でしたが、平成11年12月に産業医科大学病院に二人目の常勤の難病医療コーディネーターが導入され、二人体制となったことで、相談事業件数が飛躍的に伸びました。毎年5000件を超えるレベルの相談件数に増えました(図7)。対応内容は、各機関との連携調整、心のケアー、福祉制度・医療制度について、病気・治療・薬について(告知を含む)、在宅医療相談、介護相談などです(図8)。県内保健所等や福岡県難病相談・支援センターとの連携により、困難事例の相談に対応しており、難病医療コーディネーターはスーパーバイズの役割も担っています。

 さらに福岡県重症神経難病ネットワークでは、難病の医療保健福祉情報を集約し、研修会やホームページ、メーリングリストを通じて情報提供を行ってきました。ホームページには、平成27年度は福岡県重症神経難病ネットワークに350,452件、難病相談支援センターに31,461件のアクセスがありました。医療・福祉関係者を対象とした難病研修会も、神経難病ネットワーク主催でこれまでに計57回実施し、延べ4,914名の参加がありました。特に呼吸理学療法、人工呼吸管理、コミュニケーション機器等のハンズオンに力を入れており、大変好評です(図9)。また九州大学病院の新築事業が進み、平成18年4月に北病棟が完成した際に北病棟2階に設置されたブレインセンター内に難病情報センタースペースが設けられ、一部屋が難病相談・支援センター専用として使えるようになり、現在に至っています(図10)。


 今では全国各都道府県に難病医療連絡協議会と難病ネットワークが設置されていますが、難病患者さんの長期入院先の紹介事業を行っているのは、全体の30%程度に過ぎません。また福岡県のようなレスパイト入院事業を行っている県は、約25%と少ない状況にあります。障害が進行し重度となり在宅療養が難しくなったときにでも安心して住まいの近くに長期療養できる施設を、公的な医療ネットワークが確保していくことの意義は極めて大きいと考えます。日本で最も早く設置された福岡県重症神経難病ネットワークには、開設以来全国の自治体から多くの見学者があり、私たちもネットワークの構築と運用のノウハウを出来る限りお教えしてきました。また、毎年の活動を設立時から年次報告書としてまとめ、私たちのネットワークの取り組みと実績を全国都道府県行政、難病医療連絡協議会、大学神経内科教室にお届けしてきました(図11)。机一台パソコン一台からスタートした当重症神経難病医療ネットワーク事業は、福岡県での20年来の積み重ねにより大きく発展し、多くのことを達成できました。なかでも神経難病のケアに高い関心をもって取り組む人が様々な職種で増え、ネットワークが真に機能するようになりました。まだ未達成でこれからの課題も多くありますが、一歩ずつ解決していきたいと思います。福岡県重症神経難病ネットワークが一つのモデルとなって、我が国全体で難病ケアの地域格差が解消されていくことを願っています。


 3. 全国への働きかけと学術調査活動

 難病コーディネーターについては、各県に1名程度の配置であるため孤立しがちで、ストレスの多い業務であるにもかかわらず身分が不安定であるなどの課題がありました。そこで私たちは、平成18年、21年、28年に難病医療コーディネーターの勤務状況などについて全国調査を実施しました。その結果、平均在職期間は47ヶ月で、在職1年半以下が30%を占めていました(図12)。難病コーディネーターの業務は長く継続して顔の見える関係ができてこそ円滑に進む面があるにもかかわらず、交替による人員の入れかわりが顕著でなかなか定着しない実態が示されました。難病コーディネーターが力を入れている業務としては、医療相談、困難事例に対する調整、在宅療養者に関する連絡や情報交換が多く、長期入院先の紹介は約半数にとどまり、協力病院の拡充は少数に過ぎませんでした(図13)。一方、このように多様でネットワークの運営に不可欠な業務に取り組んでいるにもかかわらず、給与面でもめぐまれておらず(図14)、各県で業務指針や業務内容も様々で、専門的な研修体制もなく、業務マニュアルやガイドブックもないことが示されました。社会的にも難病コーディネーターの重要な役割が広く認知されているわけでもありませんでした。難病コーディネーターの定着には処遇の改善とやりがいが必要と考えられました。



 このような課題を少しでも解消しようと、私は平成11年(1999年)に西日本難病医療ネットワーク連絡会という勉強会を福岡市で立ち上げました。この勉強会には全国の難病医療コーディネーターに呼びかけて参加をお願いし、毎年1回で計5回(第5回は東京で初の全国大会)実施しました(図15)。そして平成16年(2004年)には、第1回日本難病医療ネットワーク研究会を福岡市で100名を越える参加者で開催しました。本研究会は9回を重ね、平成25年(2013年)には日本難病医療ネットワーク学会(吉良潤一理事長)を設立し、第1回を大阪市において600名を越える参加者で開催することができました。本学会は、難病医療ネットワークに関わる課題を広く研究・教育し、神経難病をはじめとする難病の医療とケアの向上を図ることを目的としています。医師、看護師、難病医療コーディネーター、保健師、理学療法士、作業療法士、社会福祉士、介護福祉士、行政関係者、患者会など多様な職種が集う学会へと成長してきました。平成28年度までに4回の学術集会を重ね、会員数も355名と増加しました。学会機関誌(ISSN 2188-1006)も年に2回発行できるようになりました。


 本学会は重いテーマを扱っていますから、設立以来、全員懇親会と会長招宴だけは、賑やかにやっています。昨年の第4回の全員懇親会は、仮装パーティーでした。あの真面目な犬塚先生がハリーポッターで出てきたのには驚いたけれど、一番は編みタイツの美女がオギノさんだったことですね。オギノさんてこんなにセクシーだったかしら。腹はバッグで隠していたんですね。女は巧み。学会理事がハリーポッターや編みタイツで出てくる学会も、そうないでしょうね。いい学会に育って嬉しいです。


 さらに、私たちは全国の難病コーディネーターに参加してもらって、難病コーディネーターの抱える課題を検討し、業務指針となる難病相談ガイドブックを作成しました。本ガイドブックには、難病医療コーディネーターが各地で経験した事例とそれへの対応を豊富に盛り込み、参考にしやすいようにしました。本書籍は我が国では初めての難病相談のガイドブックとして難病医療コーディネーターのみならず、広く難病ケアに関わる方に役立つものとして高く評価されました。これは初版、改訂第2版を刊行し、難病法施行で制度が変わったことを受け、改訂第3版を作成することにしました(図16)。平成28年度から厚労科研費を得ることができましたので、平成28年度に難病医療コーディネーターの現状調査を行いました。この調査結果を現在解析中ですが、これらをもとに改訂第3版の作成にとりかかっています。平成30年度中に出版できる見込みです。また、全国の難病コーディネーターのメーリングリストを立ち上げ、円滑な情報交換に役立てるようにしました。これは県境をまたいで神経難病患者さんの長期入院先を確保したり在宅療養環境を整備したりするなどの広域的なケアコーディネートに大変有用なものになっています。


 4. 難病相談・支援事業の展開と神経系以外の難病への拡充

 福岡県重症神経難病ネットワークは、神経難病ネットワークの拡充のみならず、平成18年6月には福岡県難病相談・支援センターを併設しました(図17)。常勤の難病相談支援員2名(社会福祉士と看護師)を入れ、全ての指定難病(306疾病)を対象として、患者さん・ご家族の様々な生活相談・療養相談・就労支援や情報提供、患者交流会の支援にあたるようにしました。神経系以外の難病も含めて幅広く、難病に関わる医療・福祉、就労、療養生活などの講演会・研修会を実施してきました。神経難病に限らず全ての難病を対象にしているのが大きな特徴で、難病法施行後は、障害者総合支援法の対象となる332疾患を対象としています。医療的な面では、九大病院に難病相談・支援センターがあるメリットを活かして、各診療科の医師に当センターのコンサルテーション医になっていただき、全ての難病に対応できるようにしています。難病相談・支援センターは、地域で生活する難病の患者さんの日常生活における相談・支援、地域交流活動促進および就労支援などを行う拠点になっています。



 難病相談支援事業としては、開設以来10年間で7786回の相談事業(平成27年度まで)を実施しました(図18)。図19には平成26年度の相談内容の内訳を示しています。最近では特に就労相談が多くなっています。難病を持たれている方にとっても仕事の持つ意味は極めて大きく、生活の糧であるばかりでなく、自己実現、社会貢献、自己成長、やりがい・達成感、人や社会へのつながりという多くの面で重要です。平成26年度には、延べ167件の就労相談があり、これは全体の相談件数1120件の15%にあたります。就労相談者の抱えている疾患は、神経系以外では免疫系や消化器系の難病が多いのが実情です(図20)。難病を抱えている方の就労には多くの困難が伴います。当センターの開設時には、私自身で難病相談支援員とともに就労支援に関わる様々な機関を訪問し、難病者の就労支援への連携協力をお願いしました。当センターではハローワークの専門援助部門(難病患者就業サポーター)、福岡市障がい者就労支援センター、障害者就業・生活支援センター、福岡障害者職業センター、障害者就労移行支援事業所と連携して就業相談・支援を実施し、平成26年度には7名の方が新たに就業採用となっています。

 就労相談以外にも、各種の療養相談・生活相談、交流会の支援、難病に関する情報提供や講演会・研修会を実施してきました。神経難病に限らず難病全般に関して患者さん・ご家族向けの療養生活や就労についての講演会、ハローワークをはじめとした就労支援関係者向けの難病の研修会を、これまでに12回(延べ725名参加)実施し、とても好評でした。このような講演会・研修会を通じて、顔の見えるネットワーク作りを進めることができました。さらに難病当事者の交流会の支援も行なってきました。難病相談支援員が、当事者の交流会に際して出張相談することで、患者交流会の会場経費をセンターで負担できるようにしました。このような支援活動は、患者会の立ち上げの時や、出来て間もない患者会など財政的な基盤の乏しい場合などに大変有用でした。さらに平成27年度には、福岡県内の難病患者会を紹介するパンフレットを作成し配布し、好評でした。

 平成27年度には、指定難病や小児慢性特定疾病の患者会の相談援助技術の向上と福岡県難病相談・支援センターに寄せられる患者さん・ご家族の不安・悩みの解消をめざして、新たにピア・サポーター養成事業を始めました。本事業では、患者会でピア相談を行っていただける方に、当センターで実施するピア・サポーター要請講座を受講していただき、修了者のうち希望される方を、「難病相談・支援サポーター」として登録します。ピア相談を希望される患者さんがいた場合に、センターでマッチングして会場を設定し、ピア相談を実施(県の予算の中から謝金・交通費をセンターで支払い)します。患者さんの不安・悩みを少しでも解消するとともに、患者会活動の紹介・支援にもつながるものです(図21)。ピア・サポーター養成事業はまだスタートしたばかりですが、受講修了者35名が当センターに難病相談・支援サポーターとして登録されています。平成28年度にはピア相談を6件実施することができ、好評でした。今後、本事業を通じて、一層患者会との連携を深めていくことができるものと期待しています。


 5. 小児難病(小児慢性特定疾病)への取り組み

 さらに当センターでは、成人の難病から小児の難病にも取り組むことにしました。平成27年4月から小児慢性特定疾病児童等自立支援事業も開始し、自立支援員2名で小児慢性特定疾病患児とご家族に対して、療養・生活相談、進学・就労相談、介護者支援、交流会紹介などの事業を進めています。本事業では14疾患群704疾病を対象としています。本事業の開始により小児から成人まで切れ目なく全ての難病を対象として、相談支援事業を行なう体制となりました。この事業はまだ始まったばかりで、手探りでネットワーク作りから着手している状況です。特別支援学校・学級、地域教育委員会、福岡市立こども病院・九大病院小児医療センター、患者会・親の会、保健福祉環境事務所(地域保健所)、保育協会などと連携しながら、徐々にネットワークが作られてきています。平成27年度には429回の相談事業と3回の研修会を、平成28年度には11月までに740回の相談事業と3回の研修会を実施しました。平成28年度の相談事業としては、医療・福祉制度や疾患の治療、日常生活や集団生活、就学、就労、患者家族会、経済的なことなど、多種多様な相談に対応しました(図22)。うちに寄せられてくるような相談は、成人以上に家族皆を巻き込んだ問題がとても大きいんですね。全国的に小児慢性特定疾病児童等自立支援員による小児の難病の相談事業は始まったばかりですが、とても切実な事例ばかりで、この事業の大切さと困難さを痛感します。


 6. 行政への働きかけ

 福岡県に対する働きかけとしては、平成9年に福岡県の難病医療を検討する委員会において神経難病の医療ネットワークの必要性に関して説明したのが、最初でした。その後、福岡県保健福祉部健康対策課の課員とともに、福岡県下の病院へ神経難病ネットワークについて説明し参加していただけるようお願いをしました。ネットワーク開設後は、健康対策課とともに研修会や講演会を通じて啓発活動に努めました。このような長年にわたる地道な啓発活動を通じて、福岡県において神経難病ケアに関心をもつ様々な職種の方が着実に増加し、質的にも高いレベルになっていきました。相談件数の増加に伴い、難病医療コーディネーターの増員を県に働きかけました。これは産業医大への難病医療コーディネーターの追加配置という形で実現し、難病相談の充実に大変役立ちました。また、在宅療養される神経難病患者さんが介護破綻に陥らないよう、全国の自治体でのレスパイトケア入院事業の状況を調査して資料を作成し、福岡県においてもレスパイト入院を受け入れてくれた医療機関への補助金を診療報酬に上乗せする形で事業を実施するよう働きかけました。レスパイト入院事業は平成24年度から実現し、神経難病患者さんの在宅療養の継続やレスパイト入院受け入れ病院の拡充に非常に有用でした。また、レスパイト入院を受け入れやすいように重度障害者用ナースコールを受け入れ病院へ貸与する事業も開始することができ、レスパイト入院の受け入れ先を増やすことに役立ちました。

  難病法の成立に伴い、福岡県には神経難病ネットワークと難病相談・支援センターの拡充を強くお願いし、県議会へ提出するデータの作成を行ないました。その結果、平成27年4月から改組された難病相談・支援センターのもとで、重症神経難病ネットワーク事業、難病相談・支援事業、小児慢性特定疾病等児童自立支援事業の3事業が実施される体制となり、常勤の相談員7名体制に拡充されました(図23)。その際に、県には相談員の待遇改善を強くお願いし、これまでは相談員として何年働いても全く昇給はありませんでしたが、新しい難病相談・支援センターにおいては、職務経歴(勤務経験年数)により定期的に昇給を検討することになりました。改善は一挙には進みませんが、継続的に県へ資料を提示しながら働きかけていくことで、一歩一歩よい方向へと進んでいきました。スタート時に比べて平成28年度には予算額は20倍以上に増えました。福岡県重症神経難病ネットワークが、全国のモデルになるまで育ったのには、県の本事業の意義への理解とそれを実現するための努力も本当に大きかったと思います(これは本当に課長さんと課員の皆さん次第で、たまたまいい方に巡り会えてラッキーでした)。県の健康対策課の方には今回の授賞を大変喜んでいただきました。


 また、厚生労働省に対しては、健康局疾病対策課に難病拠点病院を中心とする難病ネットワークモデルとそこにおける難病医療コーディネーターの果たす役割について提案を行ないました(図24)。拠点病院の難病医療コーディネーターは、各地域に出向いてそれぞれの地域難病医療連絡協議会(二次医療圏ごとの地域の難病医療ネットワーク)においてリーダーとなる地域難病医療コーディネーター(地域保健所保健師)に事例に対する専門的な助言を行い、事例の経験を通じて地域の難病ケア力を向上させます。また当該地域に難病の医療資源が不足している場合は、二次医療圏をまたいでのケアコーディネートを行ないます。さらに県境をまたいでのケアコーディネートも難病医療コーディネーターが担います。難病法では難病医療コーディネーターの位置づけが明記されていませんので、拠点病院を中心とする難病医療ネットワークとそこでコーディネートの中心的な役割を担う難病医療コーディネーターの職務が明確にされていくことが望まれます。日本難病医療ネットワーク学会では厚生労働省に、難病医療コーディネーターの役割の明文化と待遇の改善、難病医療ネットワークの拡充をお願いする要望書を提出しました。引き続き当ネットワークでは日本難病医療ネットワーク学会等を通じて行政への働きかけを継続していきます。

  一方、福岡市に対しては、福岡市社会福祉審議会委員、特に平成15年度以来障害者福祉分科会長として、難病を含む障害者の保健福祉施策作りを障害者福祉分科会の委員の方々と行なってきました。福岡市では、「ユニバーサルシティ福岡」のキャッチフレーズのもとに、ユニバーサルデザインの理念に基づいたみんながやさしい、みんなにやさしい福岡市をめざしてきました。平成28年度から平成32年度の福岡市総合計画には、難病対策の推進を盛り込んでいただき、また障害者差別解消法の施行に伴い、障害者福祉分科会では難病を含む障害者の差別の解消を目的とする条例作りを進めています。このような活動が、就労や就学など様々な状況における難病者の差別解消に向けた一般市民の意識の改革につながることを願っています。


 7. これから

 20年前に始めた小さな事業も、多くの皆さんのご支援のおかげで大きく成長しました。この20年間に福岡県重症神経難病ネットワークが達成できた主な事項を、表2にまとめました。何より大事なことは、これらにより難病の患者さん・ご家族に役立つ支援が福岡県全体としてできるようになってきたことです。もちろん未解決な課題も多々あります(表3)。重症神経難病ネットワークも長期療養可能な病床の確保からスタートし、レスパイト入院先の確保、在宅医療ネットワーク支援と時代の要請に応じて事業を拡げてきました。病初期から医療依存度が高く看護・介護に多くの人手を要する神経難病における本ネットワークのニーズは、変わらず大きいものがあります。しかし、難病法の施行下では、重症神経難病に限らない幅広い支援が求められています。難病によっては、治療法の進歩により就労・就学支援の方がよりウェートが大きくなったものも少なくありません。九州大学の学生さんで難病に罹患した方の就学支援や就労支援を、大学から当センターに依頼されることもあります。全国各都道府県に1ヶ所設置されている難病相談・支援センターの設置場所や運営主体は様々ですが、福岡県難病相談・支援センターでは九大病院に置かれているメリットを活かして、病院から始まる生活相談、就学・就労相談を、神経難病ネットワークといっしょになって目指していきたいと思います。

  平成10年の難病特別対策推進事業の創設に基づく重症難病患者入院施設確保事業のもとでの20年から、新たな難病法のもとでの時代を迎え、当神経難病ネットワークも従来からの役割を後退させることなく、新しい役割を担っていくことが大切です。実績を挙げ続けるともに、課題をとりあげて行政とともに解決策を講じていくことで、福岡県なりのモデルを示すことができるものと思います。これにより、難病患者さん・ご家族のためになるネットワークとしてさらに発展していくことが出来ると考えます。私はセンター長として、7名の相談員とともに小児から成人まで難病者に対して切れ目ない支援を提供することを目指して日々活動しています。私たちの活動が、神経難病をはじめとする全ての難病の患者さん・ご家族に少しでも役立つことを願っています。

 

平成29年2月12日
吉良潤一