【攻めの時代(1998年7月)】

  九州大学神経内科は日本で最初にできた神経内科であります。 近年我が国におきましてもたくさんの神経内科が誕生いたしましたが、日本で最初にできたというこの一点のみは、今後日本にいかに多くの神経内科ができようとも、私どもの神経内科についてだけいえることであります。 まさにこの点こそが九州大学神経内科の原点であり、私どもが最も誇りとするところであります。 この日本で最初にできたという事実を私どもは軽く考えてはなりません。それは決して単なる過去の歴史的事実で終わるものではありません。 過去、現在、そして未来において、日本で最初にできた神経内科には今まで果してきた、そして今後とも果し続けるべき使命があると考えます。

  今、時代はまさに医療革命、病院革命のときといわれています。医療ビッグバンも超高齢化社会も眼の前に迫っています。 九州大学医学部も今年は3年計画の大学院大学化の2年次にあたり、新しい講座も続々と設立されています。 医学部教育も新カリキュラムでの教育が5年次となり、学生は6年次は一年間,基礎または臨床の教室,あるいは関連病院を自由に選んで自ら学ぶシステムとなります。 新病院の建築工事も本年3月に着工されました。一方、神経科学には様々な領域の研究者が進出し、新しい理論と研究手法が次々と導入され、来たるべき脳の世紀に向け日進月歩の時代です。 臨床、教育、研究のいずれにおいても今ほど医学が急激な変革に直面している時代はなかったものと思います。 私どもは、激動の時代に生きることができるのを、むしろ大変な幸運であると思わねばなりません。

  近年、私どもの教室は他に例のないような相次ぐ不幸な出来事を経験しました。この間、ともすれば守りの姿勢に回ったのはやむを得ないことであります。 しかし、今まさに故黒岩義五郎先生のkeep pioneeringの言葉とその精神を私どもは思い起こすべきときを迎えています。 変革の時代はまた一面でチャンスにあふれた時代ともいえましょう。このチャンスにあふれた時代にあって一度も勝負をしないものは失格です。 従来とは異なる新たな視点、座標軸で問題をとらえ、独自の提案、新しい仮説を提示しましょう。誤ったときは、私の幾多の経験でも確かにこれはつらい。 しかし、誤ったものは淘汰されていくので気にしないでよい。二番煎じ、三番煎じはやらない、新しいものを生み出していく精神が大切です。 研究のみならず、医療においても、教育においても、汎用性のある手本はなく、我々は我々の長所を生かした独自のやり方を積み上げていかねばなりません。

  私どもの九州大学神経内科は、疑いなくこの日本においてフロンティアを切り開いてきました。日本における新しい文化は古来より多くは西から開けていったのであります。 新しいアイデアをもって九州らしく明るく攻めていきましょう。今、私どもの教室に必要とされているのは、夢に賭ける気概であります。