【21世紀のNeurology ― 我々は何で日本一をめざすべきか ― (2000年7月)】

  今年は20世紀最後の年です。我々の神経内科教室・同門会も新たな世紀を迎えることになります。 教授に就任して以来、新入医局員には九大神経内科の入局年と名前を刻んだハンマーを入局のお祝いとして差し上げていますが、20世紀の入局年のハンマーを持つものは今年入局の7人が最後となります。 我々は20世紀にいまだ歴史の浅い我が国の神経内科に身を投じ、今、21世紀のNeurologyの未来に希望を託しているのであります。 そこで、20世紀最後の同門会報の巻頭言にあたって、現在の教室の活動を総括し、20世紀のNeurologyから21世紀のNeurologyへ、我々のめざすべきところを私なりに提言したいと思います。 本稿ではNeurologyの臨床としての神経内科について、そして学問としての神経学について触れたいと思います。

  Neurologyを訳するにあたって、初代黒岩義五郎教授は、これを「神経内科」とされました。 本来内科から独立した神経学教室であるべきですが、日本の当時の、そして現在の状況においてもなお、Neurologyを神経科ではなく神経内科とせざるを得ない状況にあると思います。 漢字文化圏で神経内科の名前が広く使われるようになった今日、我々はこの黒岩先生の命名を大切にして、神経内科の名前で内科から独立したNeurologyの臨床をめざしたいと思います。

  今まさに神経内科は、早期発見早期治療からターミナルケアーまで取り扱う時代を迎えています。 神経内科の取り扱う疾患は、頭痛、しびれ、めまい感といったありふれたものから神経難病・筋疾患まで多岐に及んでいます。 さらに我が国では内科、脳外科、精神科との境界領域にある脳卒中、てんかん、痴呆などのcommon diseaseは、欧米ではneurologistが主として診療にあたっており、 我が国の神経内科でもこれらを広く取り込んでいくことが望まれています。

  我々の神経内科ではこれらのcommon diseaseの診療を充実させるべく新たな人材の育成を図っています。 現在、脳卒中の基礎臨床では国立循環器病センター内科脳血管部門と秋田脳研脳卒中診療部に計3名の若手が派遣されていますし、脳卒中の基礎研究では2名が米国留学中です。 今年、てんかんの24時間モニター室(睡眠時無呼吸モニターも兼ねる)を病棟に設置しましたし、てんかん診療をライフワークとする若手教室員も育ってきています。 また、痴呆の基礎的研究では以前から山田助教授、大八木講師を中心にアルツハイマー病のアミロイドb蛋白について重要な研究成果をあげてきましたが、 今度、九大脳研臨床神経生理部門、並びに精神科と協力して福岡臨床痴呆研究会を立ち上げ、今後協力して痴呆の診療にあたることをめざしています。

  脳卒中の超急性期診療はいうに及ばず、多発性硬化症のIFN-βやIVIG、筋萎縮性側索硬化症(ALS)のリルゾールなど神経難病におけるdisease-modifying drugの出現とそれによる神経難病の臨床経過の改善は、 神経内科も早期発見早期治療の時代に入ったことを強く認識させます。


  脳卒中の急性期診療やNeuro-ICUに代表されるcritical care neurologyを一方の極とすると、その対極に位置するのが神経難病の慢性期診療です。 我々の神経内科では、県内他大学神経内科並びに医師会、行政と協力して神経難病患者の療養環境整備をめざし、 公的な難病コーディネーターを日本で初めて導入した福岡県重症神経難病ネットワークを平成10年に立ち上げました。 2人のコーディネーターを中心にネットワーク参加の105医療機関の間での、神経難病患者の入転院先の円滑な紹介事業や、面談、電子メール、電話等による療養相談、 研修会やホームページによる医療・福祉情報の提供などの教育啓蒙活動、さらにALS患者・家族の療養環境調査並びにALS診療に関わる収支調査等に取り組んできました。 昨年11月には西日本16県のネットワーク関係者を九大に集めて、医療、行政、コーディネーターの立場から難病ネットワークのあり方について共に模索する勉強会を持ちました。 今年は福岡市でのALS患者会の交流会の立ち上げに協力する予定です。本ネットワークの設立と運営にあたっては同門の先生方にも大変お世話になりました。 さらに介護保険の導入に際しては、福岡市の全ての区の審査部会に教室員を派遣し、神経疾患患者が不利にならないよう取り組んでおります。 ネットワーク活動や療養環境調査を通して明らかになってきた問題点については、その解決をめざして厚生省や学会に働きかけていきたいと思います。

  急性期を専門とするNeurologyも、慢性期を専門とするNeurologyもいずれもNeurologyの臨床にあっては不可欠で、どちらも等しく重要です。 Neurologistは、両方とも学ぶことは必要ですが、一人が全てのNeurologyの領域の専門家になることはできませんし、一神経内科施設で急性期から慢性期まで全てやれる時代ではありません。 医師としての人格に加えて神経内科の臨床において、今、求められているのは、得意技であります。 幅広くNeurologyを学んだ後、その広大なNeurologyの領域から、さらにあるsubspecialityを修練し、そのsubspecialityでは日本のトップクラスであることが求められています。 最近、出張病院の院長先生からよくいわれますのは、技のある人を送ってほしいということです。この点は若手の皆さんをはじめとして我々皆が肝に銘じておかねばならないと思います。

  大学病院神経内科には大学の使命と役割があり、一般病院神経内科や診療所にはまたそれぞれ別の役割があり、各々特徴をもった神経内科(医)のネットワークが求められる時代です。 教室・同門会全体としてみると、脳卒中の超急性期のspecialist(stroke neurologist)がおり、神経難病の診療とネットワークに携る者がおり、 また、てんかんの専門家、痴呆の専門家、筋ジスの専門家、神経疾患のリハビリの専門家、research neurologist、general practioner、administratorがおりと、多彩な顔ぶれがそろっていることが望ましいと考えますし、 また多種多様な専門家が育ってくることを願っています。


  脳は生命科学に残された最後にして最大の未知の領域です。我々は21世紀には脳をどの位知ることができるようになるでしょうか。 21世紀にあって、学問としての神経学はどうあればよいのでしょうか。我々は九州大学大学院人間環境学研究院(心理学)、工学研究院(電気電子システム学)といっしょに平成10年より高次脳機能障害セミナーを年6、7回ほど開いています。 このセミナーには毎回医師以外の方の参加が多数あり、これは脳への関心の高まりを裏付けるものです。 このセミナーの発展により、今年は心理・工学系と共同でヒト脳の高次機能の研究を開始する運びとなりました。

  神経学者はともすれば神経の領域にのみ深い興味を抱きがちですが、我々は神経に限らず幅広く貪欲な興味を持った方がよいように思います。 意外な発見は恐らく研究の周辺から生まれるのであります。我々とは異なるバックグラウンドの持ち主との異文化間の知的な交流の中に、新しい発見のヒントは存在すると思います。 この意味でも我々は今までより以上に一層医学以外の研究室との連携を強めていく必要があります。

  我々の神経内科は脳神経病研究施設(Neurological Institute)に属しています。 日本でも他に例を見ないユニークな点は脳研Brain Research Instituteではなく、脳神経病研究施設、Neurological Instituteである点です。 つまり、この研究施設は脳・神経の病にターゲットを絞って研究することを設立の目的としています。 病の研究には基礎医学や医学以外の領域の研究成果をいち早く臨床研究に導入し、新たな治療法の開発に結びつける視点(translational research)が不可欠です。 神経内科は21世紀において人類最大の課題となることが確実な脳の病を対象としています。 今、我々にはとりわけtranslational researchを強力に推進することにより、frontier medicineを開拓することが強く望まれています。


  九州大学は大学院大学として21世紀には研究大学として生きる道を選択しました。 これに伴い我々の所属も医学研究院(Graduate School of Medical Sciences)となりました。 脳科学は様々な周辺領域を取り込みつつ巨大科学になりつつあり、その傾向がますます加速されるのは間違いありません。 日本でも世界に伍して脳研究の若手を育て創造的研究を推進するために、工学、心理学、教育学、生物学、遺伝学、発生学、免疫学など多様な領域を取り込んだGraduate School of Neurosciencesが求められるようになるのは確実です。 我々の教室も脳科学の巨大な潮流の中に積極的に身を投じていかねばなりません。

  我々の神経内科は1963年に日本で最初に設立され、日本で最も伝統のある神経内科です。この点では間違いなく日本一です。 我々は、しかし、そのような郷愁は20世紀に置いてくることとし、新しい日本一を来るべき世紀には持ちたいと願います。 昨今の厳しい予算状況では、九大神経内科がこれ以上大きくなることは期待できません。 したがって、病床数においても、教官数においても、或いはどのような指標を使っても日本一大きな神経内科になるのは無理です。 私は政治力、経済力ではセンスがありませんので、その方面で日本一を期待されても、私の代では不可能です。

  黒岩先生はスローガンの一つとしてkeep pioneeringを掲げられました。 現代にあってはフロンティアが少なくなったといわれますが、幸い我々の携っている分野では、研究はいうに及ばず、臨床においても広大な未開の地が拡がっています。 全てのNeurologistには、その人それぞれのフロンティアが開かれていると感じます。恐らく現代人に求められる能力の一つは、未開のフロンティアを見つけ出す力でしょう。 しかし、我々は皆その意志さえあれば、各々のフロンティアを見い出すことはできると思います。我々が日本一をめざすのは、このFrontier Neurologyの開拓を置いて他にないと信じます。

  来たる21世紀には我々はフロンティアの開拓を通して、日本で最も影響力の大きい神経内科をめざそうではありませんか。 日本の全ての大学医学部に独立した神経内科が誕生し、神経内科の存在が一般病院のステータスになる時代は近いと私は予感するのであります。