【バランス感覚と意外性 ― 国立大学独立法人化と臨床研究必修化を控えて(2003年7月)】

  来年度から大学の独立行政法人化がスタートします。大学も企業との連携がにぎやかに語られ、大学発の企業作りが脚光を浴びています。 一方、来年度から臨床研修必修化が始まり、全ての研修医は卒後2年間は特定の医局に所属せず、各科をスーパーローテートすることになります。 このような教室・医局を取り巻く情勢の大きな変化は、長期的にみて現在の教室・医局のあり様を変貌させていくでありましょう。 大学の臨床教室には診療、教育、研究の3つが求められています。一人の医師が、診療、教育、研究の全てをこなすのは、本当に大変です。 米国では、臨床をするMDと研究をするPhDに分かれて連携し効率よく研究が進められ、その一方、臨床も研究もするclinician investigatorは減っているように聞いております。 実際、診療も教育もやったうえで研究もやっているのと、研究だけやっているのでは、後者の勝ちは当然ともいえます。 独立行政法人化して効率が強く求められるようになると、臨床教室も米国型にとのプレッシャーが強まる可能性があります。

  しかし、私自身は、診療、教育、研究のバランス感覚こそが大事と考えております。大学の医師といえども、臨床教室にあっては研究だけではよくないと思います。 大学病院には、高度先進医療推進が強く求められているわけですが、実際には多種多様な病気の患者さんが来られますし、多くの若手医師の臨床教育も平行してやっていかねばなりません。 他方、診療だけでよいかというと、これからは臨床研修必修化のため、関連病院の神経内科医も含めて能動的に医師教育に関わることが要請されています。 さらに、教育には研究者としての経験も貴重です。自分の描く医療を実践できれば、それだけでよいとする立場もありますが、私自身はやはり臨床家であっても意義のある症例や治療経験は論文として報告すべきと考えます。 記録に残さなければ、せっかくの貴重な発見も万人の知り得るところとなりません。したがって、臨床家といえども、人生のある時期には研究の経験をもつことが望まれますし、臨床の場からも報告をする姿勢が大切と思います。 大学には大学でしかできない研究活動がありますし、大学には神経学のプロになる者に神経科学の最新の知識に基づいて時間をかけて基本から教えていく使命がありますので、大学には大学のneurologyがあってよいと思います。 急性期病院の神経内科には急性期病院で求められているneurologyがあり、療養所には療養所のneurologyがありますので、自分の置かれている状況に応じて最も適切なneurologyを実践することが肝要です。 しかし、基本は診療、教育、研究のバランスがとれていることだと思っています。

  しかしながら、それでは効率が悪いので研究では負けてしまうではないかということになります。実際、診療、教育、研究の中で一番大切なのは研究です。 毎年コンスタントに研究成果を出し続けることが一番きついです。診療と教育はやればやっただけ実績があがりますが、研究、特に病因を探る研究はいくら頑張っても成果があがらないことはよくあります。 ただ、大学人は研究から逃げてはいけないと思います。現在、神経学とそれを取り巻く神経科学の領域には多くの研究者が参入し、毎年おびただしい数の論文が生産されています。 Negative dataや平凡な研究成果では見向きもされないといったところでしょうか。したがって、今後はますます誰がみてもおもしろいと感じるような意外性のある研究が大事になりましょう。 実験に優れたセンスがあり、卓越した企画力を持ち、突き抜けた研究成果を出すことのできる人は、当教室の場合で10年に一人くらいという気がします。 では、ごく平均的なセンスの医師が、意外性のある研究成果をあげるには、どうすればいいでしょうか。 自分自身の経験を振り返ってみますと、一つは、natural experimentといえる疾患に学ぶということ、今一つは異分野に学ぶということが大切なように思えます。 現実の疾患の病態は、我々の思いつくような実験モデルのレベルをはるかに越えています。 疾患の病態について仮説を立てて、患者さんのサンプルで測定してみると予想と全く異なる結果が出てくることが少なからずあります。 こういうときの方が、むしろおもしろいわけで、ヒトの疾患は人知を越えていると感じる瞬間です。 疾患に学び続けるという姿勢を保つことで、一枚一枚皮をはがすように意外な結果がみえてくるものです。このような研究は、clinician investigatorでないとなかなかやれないと思います。

  一方、神経学の面からだけで疾患の原因を追究するばかりでは、壁に突き当たることも少なくありません。 そのようなときには、異なったものの見方に立ってみるのがいいように思います。 私の場合ですと、研究のスタートはNIHでの神経生化学研究でしたが、その後は、免疫学を中心にウイルス学(HTLV-1、HIV)、細菌学(Campylobacter jejuni)、寄生虫学(ブタ回虫、イヌ回虫)、アレルギー学(ダニ、スギ花粉)と展開してきました。 ダニアレルゲンや微生物の側から脳神経系をみるというような、異なった切り口で神経疾患をみるということは有用であったと思います。 この点では、異分野の基礎医学の研究者と恒常的なパートナーシップを保つのが、大変重要です。 私どもの神経免疫グループは、現在九州大学細菌学、熊本大学免疫識別学、同大学腫瘍医学教室と共同研究を進めていますし、過去には東京医科歯科大学微生物学教室や宮崎医科大学寄生虫学教室とも共同研究を行いました。 何かわからないことがあるときに適切な助言をしてくれる基礎医学の研究者を持つことの大切さは、いくら強調してもし過ぎることはありません。 意外性のある研究には異分野との連携が、今後ますます重要になると思います。

図1

  図1に最近10年間の新入医局員数の動向を示します。なかでも今年は当神経内科教室が開設されて以来40年間で初めて新卒入局者数が二桁になりました (誰か一人くらい医師国家試験に落ちるんではないかと気をもんでいましたが、全員合格し本当に安堵しました)。 また、図に示しておりますように海外からの留学生も最近はコンスタントに毎年2名新規に受け入れており、現在5名が在籍(大学院生4名と研究生1名)しています。 来年もフィリピンから留学生が来ることが既に決まっております。小さい医局ですが、仲間が増えるのは大変うれしいことです。 しかし、来年度から臨床研修が必修化され、スーパーローテート後の入局になると神経内科の入局者は減るであろうといわれています。 これは、消化器や循環器など結果が出やすいところに流れ、神経内科のようになかなか結果がでにくいところは敬遠されるであろうと想像されるからです。 特に地方では、東京、京都、大阪、名古屋などの大都市圏に新卒者が吸収されてしまうため、その傾向に一層拍車がかかるのではと、悲観的な予測がなされています。 入局の勧誘もこれまで1年で勝負がついていたのが、3年がかりになりますから、もうこれは入局勧誘という次元ではなくて、ありのままをみてもらって、やはりどうしても神経内科をやりたいという人のみが入ってくるということにならざるを得ないのではないか。 もともと私は口八丁手八丁での勧誘は下手ですから、実際に診療と教育の現場を見てもらっての方が、数は減っても本当にやりたい人がきてくれればそれでいいかと居直った気にもなります。

図2

  図2には、平成14年度のクリニカルクラークシップで4週間神経内科にstudent doctorとして研修した学生の評価を示しています。 教官の努力のおかげで幸いにも全ての項目で九大全科の平均を大きく上回る結果でした。 学生に指摘された改善すべき点は、既に対策を講じておりますが、結局、こういう積み重ねでいい研修システムをつくりあげていくことが、関心のある医学生・研修医を呼び寄せることにつながると信じたいと思います。 さらに、当医局の最大の弱点であった、福岡市内の公的な総合病院に神経内科がないという指摘ももはや当てはまらなくなりました (済生会福岡総合病院脳卒中センター、福岡市民病院脳卒中センター、浜の町病院脳神経センター、国立福岡東病院に神経内科が独立して活動するようになりましたし、関連の市内の私立病院神経内科も着実に増えております)。 神経内科は、特に大都市では需要に比し供給が全然足りませんから、将来の引く手はあまたです。 来年度以降の入局の動向は全く予想がつきませんが、地道にいい研修システム、おもしろい研究ができる機会、いい関連病院を作り上げていくことで、意欲のある若手が世界中から来てくれることを期待しています。

  日本内科学会創立100周年を記念して、内科の各領域の100年のあゆみが日本内科学会雑誌に特集として組まれています。 内科100年のあゆみ(神経)の号の100年の年表のなかに九州大学神経内科関連のものは3回出てきます。 1回目は1963年の九州大学に脳神経病研究施設が設置という記事です。2回目は1964年の九州大学に日本で最初の神経内科が設置という記事です。 この二つは内科200年のあゆみ(神経)の号でも不滅と思います。3回目は1997年に吉良らがアトピー性皮膚炎に合併する急性脊髄炎(いわゆるアトピー性脊髄炎)の疾患概念の提唱という記事です (どなたか知りませんが、これを入れてくれた著者の先生には深謝しております)。これはたまたま今回タイムリーに入れてもらえただけで、もちろん200年史には残りませんね。 私はもう200年史に乗せてもらえるような業績をfirst authorであげることはできませんが、若い皆さんにはそのチャンスがあります。 100年史をみますと臨床家の症例報告に基づく日本発の新しい疾患概念の提唱がとりあげられているのが、よくわかります。 ですから、基礎医学的な研究面のみならず臨床神経学の面からでも200年史に乗るチャンスはあります。 ただ200年史に乗るような業績をあげても、残念ながらそれを自分で目のあたりにすることは、よほど長生きの人でも無理でしょうね。 しかしながら、我々の後輩は先輩の残した事績を読むでしょう。それを想像するのは楽しいですね。 私はこの脳研神経内科で育った人が、内科200年のあゆみ(神経)に足跡をとどめてほしいと心から願っています。そういう人がたくさん出てくる神経内科を創りたいと願っております。