【大学神経内科における地域医療連携(2005年7月)】

  今年の3月に国立大学医学部長会議、国立大学付属病院長会議合同で、「地域における医師の確保等の推進について」という提言が出されました。 この提言をまとめるに際しては、水田祥代九大病院長が地域医療問題小委員会委員長を務められました。その関係で私がこの提言のたたき台をまとめる、 「地域における医師の確保等に関する諸課題を検討するためのワーキンググループ」の座長を任されました。 この提言は、現在大きな問題になっている医師の地域間や分野間の偏在を取り上げたものですが、これは地域医療の実態に深く起因しています。 このようなわけで、地域医療連携を大学病院の立場から考える機会がありましたので、本稿では大学神経内科の地域医療連携への関わりについて述べたいと思います。

  まず当科における地域医療連携についてながめてみますと、平成10年12月3日に九大神経内科を拠点病院としてスタートした福岡県重症神経難病ネットワーク事業が今年で早7年目となったことがあげられます。 この間、本ネットワークに長期療養やレスパイトケア目的で入転院先紹介要請のあった登録患者数は241名、うち筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者は142名を数えます。 ベッドの確保は180名(75%)で行うことができました。療養相談は13,333回(うち面談は5,236回)にのぼります。 これは日本で最初の公的な難病コーディネーターとなった岩木三保さん(九大に常駐)、二人目の難病コーディネーターの中井玉緒さん(産業医大に常駐)の献身的な努力によるところが大きいことはいうまでもありません。 不備な点の多い制度のなかで、多くの関係者の皆様の協力があってはじめて、あえぎ苦しみながらも今日まで機能し続けてきたといえます。 難病コーディネーターの業務も入転院先紹介に加えて在宅療養相談業務が著しく増えてきましたので、福岡県に対しては難病相談支援センターの設置を強くお願いしているところです。
  当科は以前から多発性硬化症(MS)の入院は多かったのですが、最近では31床の当科固有病床の2割がMS、2割がALSという状況です。 これは菊池仁志君が米国の三本先生のALSセンター留学から戻り、当科のALS専門診療にあたるようになり、個々の患者さんの療養環境整備からネットワーク事業まで一手に引き受けてくれているのが大きいと思います。 各地域の難病ネットワークの連携が必要と考え、各県のコーディネーターなど関係者にお集まりいただいて5回の勉強会(毎年1回)を開催し、 平成16年4月に日本難病医療ネットワーク研究会を立ち上げ、同年10月22日に第1回日本難病医療ネットワーク研究会を九大で主催しました。 幸い155名、9団体の参加がありました。少しずつではありますが、神経難病ケアに関心のある方が増えていると感じます。 一人の患者さんを支える個々のネットワークから地域単位のネットワーク、さらに広域のネットワークへと有機的な連携が拡がることでより患者さんのためになるネットワークに近づいていくことを期待しています。


  九大病院は、その所在地の福岡市東区の医師会と連携して脳卒中ホットラインを平成13年1月11日に立ち上げ、すでに今年で5年目になります。 これは当神経内科と第2内科とで2週交代で、東区の病院、診療所からの脳卒中患者に関する電話相談と緊急入院の要請に365日24時間体制で対応するものです。 九大病院には他にもホットラインがありますが、実績からいいますとこれがもっとも機能しています。 急性期を過ぎますと、紹介元へお返しするか、または患者さん、ご家族の希望により後述の地域医療連携センターから回復期リハビリ病院を紹介するか、しています。 また当神経内科は九大精神科神経科と共同診療で認知症患者を診察するシステム(脳の健康クリニック:痴呆外来)を平成12年12月に立ち上げました。 脳の健康クリニックを受診される全ての患者さんを神経内科医と精神科医がそれぞれ診察し、合同で症例検討会を持ち治療方針を決めています。 認知症外来は全国にたくさんありますが、神経内科と精神科が緊密に連携して器質的な面から心の面まで専門的な立場で診療しているのは極めて珍しいと思います。 実績が積み重ねられるにつれ、早期診断治療例が増えてきています。患者さんは地域の医療機関へお返しするのが原則です。


  このような実績と水田病院長のご理解により、来年完成移転予定のII期棟(新病院北棟)にブレインセンターが設置されることになりました。 II期棟には内科系各科の病棟が入ります。現在、神経内科をはじめ内科系各科が入っている東病棟は平成47年(1972年)に建築されたもので、来年3月20日前後には34年ぶりの移転になります。 当科は7階に入る予定です。なお現在の外来棟は昭和42年(1967年)11月に完成した年代物ですが、来年度予算で着工が認められれば、平成20年4月ごろには新しい外来棟へ移ることができる見通しです。
  II期棟では2階にブレインセンター(443m2)が開設される予定です。 ただ、スペースがもらえることになったというだけで、新たな機器購入や人員配置の見通しは全くないというのが実状です。 ここには、脳・神経系に関する総合的な検査部門(末梢および中枢神経伝導検査・筋電図検査室、脳波・光トポグラフィー検査室、神経磁気検査室、神経超音波検査室、神経心理検査室)と難病情報センター、認知症情報プラザが入ることになっています (なお事務部門がIII期棟に入りますので、外来診察室はIII期棟になります)。 障がいをお持ちの外来患者さんに何度も検査のために来ていただくのは困難なので、現状ではこのような検査は入院してまとめて行っていますが、 ブレインセンターができますと、一度の受診で効率よく総合的な脳・神経機能評価が受けられ、また神経難病や認知症に関しての情報提供、療養相談も近接したスペースで円滑に行えると期待されます。 多くの科がブレインセンターの運用に関わってきますので、今後、運用ソフトを工夫し、新病院の目玉の一つとして広く地域医療機関から脳機能評価やセカンドオピニオン依頼の患者さんを当ブレインセンターに受け入れたいものです。


  人口140万人の福岡市には200床以上の病院が31あります。九大病院と福岡大学病院の2大学病院、九州医療センターをはじめとする3国立病院機構病院、福岡市民病院、福岡市立こども病院の2市民病院、それに浜の町病院、福岡赤十字病院、済生会福岡総合病院など公的な総合病院があります。 このように福岡市は病院間の競争が厳しく、独立行政法人化した国立大学附属病院としては生き残りをかけて改革に取り組まざるを得ず苦闘しているのが現状です。 そこで、次に九大病院における地域医療連携についてふれたいと思います。この点は昨年4月に副病院長になって以来、もっとも関わってきたところです。

  九大病院地域医療連携室は、平成15年(2003年)に信友浩一教授(当時、副病院長)を初代室長として発足しました。 平成16年4月に室長を引き継ぎ、同室の業務の拡大に伴い、マンパワーを充実させ、平成17年4月にセンター化し、地域医療連携センターとしました。 当センターの役割は、地域格差なく誰でもが最先端の医療の恩恵に浴することができるよう、高度先進医療を担う九大病院と地域医療機関との橋渡しをすることです。 九大病院で高度先進医療・専門医療を受けられた患者さんを、開業医や一般病院との密接な連携により居住の地域に円滑におかえしすることをめざしています。 この目的の実践のため、当センターには、入院支援を行う前方支援部門、退院支援を行う後方支援部門、さらにアジア諸国との医療連携を図るアジア国際医療連携室を設けています。 当センターでは9人の専任職員(看護師3名、社会福祉士2名、事務職員4名)と10人の併任職員(医師9人、臨床検査技師1名)がスタッフとして活動しています。 共通病床の運用、空床利用、退院ケアカンファレンス、転院先の紹介、在宅療養支援にあたっています。 昨年10月より患者様相談室を設置、社会福祉士の資格を有するソーシャルワーカー(MSW)が専任で各種の医療相談にあたっています。 また昨年12月には在宅療養支援室を設け、専任の看護師3名が在宅療養指導業務に携わり、きめ細かい在宅療養支援を行っています。 ただ、苦労しているのは九大病院全体の病床管理です。 従来、各診療科の固有病床数は一定で弾力的な運用はなされていませんでしたが、各科の病床稼働率と平均在院日数をもとに弾力的に固有病床数、共通病床数の増減を行うルールとし、 この4月の病床数算定では、産婦人科が10床減、第2外科が7床増など実状に応じた増減がなされるようになりました。 これにより平均在院日数の短縮が図られる一方、病床稼働率は約90%で維持されています。 また隔月で当センター主催の地域医療連携をテーマにした講演会を開催しており、毎回250名ほどの参加者(院外からの参加が150名を越える)があります。 講演会では院内・院外の率直な意見交換があり、九大病院に対しての厳しい意見も出されます。 九大病院で働く医師、看護師は病棟で忙しく仕事をしていますと、ともすれば、患者さんが退院後、在宅生活に戻ってどういう暮らしを送られるのかという視点を忘れがちです。 せっかく高度先進医療を受けられても、その後に在宅生活に戻れないのであれば、意味がありません。 神経疾患は発症すると障がいを抱えての生活になることが多く、患者さんの生活という視点はとても大事です。 なかなか病棟勤務の医師、看護師のみでは、そのような障がいを抱えての生活というところまで目が行き届かないことも多く、難病コーディネーターの岩木さんや地域医療連携センターのスタッフにお世話になることも多々あります。

  地域医療連携を大学の立場でみてみますと、大学院大学でも東大、京大といったところは、国家を担う大学であり臨床の教室も研究オンリーでいいと思いますが、 九大は大学院大学とはいえ国策を担って研究を推進するという面のみではなく、やはり地方に位置する大学として地域に根ざした活動に向き合わざるを得ない一面があると思います。 大学院大学の附属病院のなかには、地域医療連携はやらないというところや、今は仕方がないのでしているというところもあります。 大学神経内科という立場でいえば、診断、治療から療養まで関わっていくのはしんどいことであり、悩みも迷いもありますが、 私たちは、神経疾患患者さんの地域での療養環境整備といった問題から逃げない方がよいと思います。 血液をもらえば、それまでというのは誤っています。九大神経内科の関わる地域医療連携体制もだんだんと整備されてきたと思いますが、大切なのはそれを動かす人です。 私が教授になったときに入局した年代が大学院の3〜4年生になり、いい研究成果も徐々にあがってきているように感じています。 また基礎の教室やナショナルセンター研究所に行っている多くのものが戻ってきますと、当教室の研究もこれから一層充実してくると期待されます。 地域医療連携まで含めた臨床と研究の両輪があってこそはじめて臨床の教室といえる点を肝に銘じて努力していきたいと思います。