【新しい10年に向けて(2008年7月)】

  平成10年代が終わり、20年代を迎えました。平成10年代の10年間は、私自身にとりましても新任教授としての10年にあたりました。 この間に、初期臨床研修必修化、国立大学の独立行政法人化、九州大学病院の新築移転・カルテの電子化と、何10年に1回くらいの大きな出来事が重なり、疾風怒濤の10年でした。 この10年間は、国立大学にとっても医療にとっても北風が吹き荒れていた時代と感じます。

  なかでも臨床研修必修化の影響は、医師数の絶対的な不足、医療の地域格差といった日本の医療制度の問題点を一挙に顕在化させました。 当教室におきましても、臨床研修必修化後の丸3年間(平成16〜18年)で4名(九大卒は1名のみ)しか新入局がなく、医局の人事・関連病院への医師派遣は危機的状況に陥りました。 研修後の関連病院派遣期間を延長したり、留学を控えてもらったりして、ようやく乗り切ったというところが実感です。 丁度、この10年間は、黒岩先生、後藤先生の時代に医局から関連病院に神経内科部長として派遣された先輩の先生方の退職時期とも重なっており、後継の部長を派遣する必要に迫られました。 幸い、その大部分で後継部長を派遣することができましたが、それは他方で大学病院の深刻な中堅医師不足を招きました。 本号の教室員便りにも書かれていますように、若手医師に医局・教室の重要な役職を担ってもらわざるを得ない状況になりました。 しかし、みなそれぞれに責任ある役職を立派に務めてくれたと感じております。 平成19年、20年度には、それぞれ6人、8人の新入局者があり、平成21年度も入局予定者は今のところ4人ですが、何とかもう数名上乗せしたいところです。 毎年安定して6〜8名程度の入局がありますと、人事も安定し入局者の関連病院での研修希望、大学院・その他の国立センターでの研究・専門医研修希望、留学希望にも無理なく応じることができます。 関連病院神経内科の先生方の働きぶりをみて、神経内科の入局を考える若手が増えてきておりますので、ぜひ関連病院での入局勧誘をお願いいたします。

  国立大学の独立行政法人化により、本来は教育・研究病院である国立大学病院におきましても、経営努力が強くうたわれるようになりました。 平均在院日数は、7〜8年前に初めて九大病院でのこの統計が出されたときは、神経内科は70日台でした。ここ2〜3年は、だいたい26日くらいとなっています。 今年の4月には18日台を記録しました。私たちが初期病棟研修を30年くらい前に受けていたころは、教室・医局には一見何をしているのかわからないような、しかしじっくり研究に打ち込まれておられる先生方も多くおられました。 この10年足らずの間に大学に必要な余裕・ゆとりといったものが、極度に削られることになってしまったのは大変残念なことです。 医療費亡国論が公表されて以降、この四半世紀はひたすら医師数削減が行われてきた時代でした。 わが国の医療体制が崩壊の危機に瀕してようやく医師数の見直しが行われる方向に決まりました。 しかし、効果が出るのは10年先といわれていますから、平成20年代は今の医師数の絶対的不足のまま乗り切らざるを得ないことになります。 神経内科領域における病病診連携の推進により、よりよいネットワーク作りをしていくしかないと思っています。

  九州大学病院が新築移転し、神経内科も35年ぶりに新しい病棟に移るとともに、最新の医療機器を集約したブレインセンターを開設できたのは、とてもよかったと思います。 平成21年秋には外来も新築の外来棟に移ることができる見通しです。これにより外来とブレインセンターと隣り合わせの位置(ともに2階)にきますので、患者さんにとっても医療者にとっても、とても便利になる見込みです (ただ、外来棟のスペースが削減されたことと、他の新しいセンターが開設されることのあおりをくって、ブレインセンタースペースが削減対象になっていますので、これから一層頑張って実績を上げていかないといけません)。 一方、電子カルテ化はいったいだれのためになるのかという印象です。神経内科は電子カルテ化にもっとも不向きな診療科の一つと実感します。 九大病院の電子カルテで一番問題と思うのは、過去から現在までの記録の迅速な閲覧が困難なことです。 神経内科は診療が長年に及ぶ疾病の患者さんも多いので、この点は重要な情報の見落としにつながりかねず大変問題と思います。 クリニカルリサーチにおいても不便な点が多いように感じます。私自身も再来では仕方なく電子カルテに入力していますが、とても従来のペースではやっていけません。 電子化世代の若手医師の力で、将来は閲覧しやすい有用なデータベースの構築など、電子化を活用した新時代の神経内科となっていくことを期待しています。


  今年、教室から谷脇考恭前助教授が久留米大学神経内科教授に就任しました。彼の新任教授としての抱負が本号に載せられています。 久留米大学での谷脇君の評価も高く、新入局者もあり、将来大きく発展するものと期待されます。 同じ福岡県の神経内科教室として、よりよい地域医療をめざして連携を深めていけるよう希望いたします。 また、国立病院機構大牟田病院に正式に臨床研究部が発足し、古谷博和元助教授が臨床研究部長に就任しました。 人材不足の困難な中で多くの臨床・研究成果をあげての昇任であり、大変おめでたいことです。 今後、筋ジストロフィー症や神経難病などにおいて同病院との人員交流・臨床研究での連携を一層進めていきたいと思います。
  脳卒中診療に関しては、今年、医局では初めて脳血管内外科専門医が誕生しました。 松本省二君が小倉記念病院脳外科で2年間の研修を終え(その前には国立循環器病センターで3年研修して)、首尾よく同専門医試験に合格したものです。 済生会福岡総合病院脳卒中センター神経内科で山田猛部長のもとで脳卒中のinterventionを始めています(5名体制に増員)。 岩田君、中垣君なども後に続いて脳血管内外科専門医をめざしていますので、今後、脳外科、神経放射線科と連携して神経内科医が循環器内科医と同じようにinterventionまで行なう脳卒中センター作りが進むものと期待しています。 福岡市民病院においても長野君、中垣君のこれまでの頑張りにより、この秋に1フロア神経専門病棟ができることになり、脳外科と連携した脳卒中センターとしてさらに充実していくことが期待されます(4名体制に増員の予定)。
  てんかん診療については、シーサイドももち(百道浜)に新築移転する予定の福岡中央病院・国際医療福祉大学にてんかんセンターが来春開設の予定です。 九大病院ブレインセンターと連携した臨床神経生理分野での臨床と研究が行われるようになることを願っています。 神経内科・精神科が共同で実施している九大病院脳の健康クリニック(認知症センター)も開設以来8年目を迎えて、800例ほどのデータベースが構築されてきています。
  福岡県重症神経難病ネットワークは10周年記念講演会をこの秋に開催します。 福岡市内の村上華林堂病院や栄光病院に開設された神経難病センターや、福岡県難病相談・支援センター(九大病院ブレインセンターに設置)などと連携した難病医療ネットワーク事業をさらに推進していくことを考えています。
  福岡市内では、神経内科のなかでもより専門分化し特色を出した関連病院神経内科と大学神経内科で協力して、神経内科の全ての分野で最も高度で先進的な医療が提供できるよう努力していきたいと思います。 福岡市以外におきましては、北九州市、飯塚市、大牟田市、行橋市など福岡県内の各都市、ならびに大分県、宮崎県、愛媛県、山口県、広島県などで、関連病院神経内科は各地域の神経内科の総合的な診療の拠点として機能していますので、 今後も人員の派遣・交流を通じて各地域の神経内科診療に貢献していくことが大切と考えています。

  教室も毎年大学院に5名ほど進学するようになりました。 昨年の同門会誌にも記載しましたので、研究のことについては細かくは触れませんが、次世代を担う神経内科医の育成に大学院での研究と留学は欠かせません。 若い人は機会があれば、ぜひチャンスをとらえて世界に向けて羽ばたいてほしいと思います。自分はこのようなものだと限定した世界に安住することなく、新たな可能性にチャレンジしましょう。