【Keep Pioneering(2009年7月)】

 


 初めに報告しますが、九大神経内科同門会との話し合いで今年度から教室年報と同門会報を分けて出版することに決まりました。私が教授になりましたときに教室の年報はありませんでしたので、従来の同門会報に教室の1年間の活動の記録も併せて記載させていただくようにしました。このため同門会報の第11号から第21号には、教室の年毎の活動の記録も収められています。平成20年度分からは教室の活動は教室年報にまとめられることになります。したがって、これは教室年報としては初めてのものです。これを機に印刷会社も変えて体裁も新しくしました。こちらは教室の1年間の正式な記録ということになります。

 初めての教室年報の巻頭言なので、本稿では教室の創設者である黒岩義五郎先生のモットーのうち、第1に掲げられているKeep Pioneering をとりあげたいと思います。黒岩先生は神経内科という和訳を作られたくらいですから、文字通り我が国のNeurology のパイオニアです。パイオニアというと大仰に聞こえて、私たち自身ではとてもやれないなあという感じを持たれる方も多いでしょう。ただ、私はこ こで大事なのは、キープというところかと考えます。キープというのは、その通りに解釈すると、パイオニアリングし続けるぞという断固とした決意の表明に他なりません。この見方には、単にパイオニアリングというよりも、もっと厳しい精神の存在を思わせるところがあります。ただ、また別の面からみると、キープという言葉には一歩また一歩という、ささやかな歩みを続けていこうというニュアンスも込められているやに私は感じます。

 未開の荒野に一歩を踏み出す、世界のあるいは日本の潮流と異なるところに一歩を踏み出すといったことには、とても勇気が要ります。でも、私たちの居る世界の中の日本の九州という位置づけは、世界の中心にも日本の中心にもないというポジションですね。中心ではなくてその辺縁にあるという立ち位置、中心にないのは残念な気もするけれど、その分、気楽に新しいことにチャレンジしやすいともいえます。今の世界の、そして日本の主流には位置しないような発見や仕事は、つまらないもののように思われがちですが、私たちは自分自身の目で見た発見やこうしたいという思いを大切にするのがよいと考えます。それをコアにすることで、世界や日本の潮流はあまり気にせずに、私たちそれぞれの第一歩を踏み出すことができるのではと思います。一歩目を踏み出せば、案外次ぎの二歩、三歩は続けられそうな気がします。大切なのは、踏み出した歩みを続けるという、まさにキープということでしょう。これは教室員それぞれの研究はむろんのこと、教室で始めた様々な取り組みについてもいえることでしょう。即ち、福岡県の重症神経難病ネットワークと難病相談支援センター事業、九大新病院の脳機能の解析センターであるブレインセンター、九大病院脳卒中ホットライン(神経内科と腎・高血圧・脳血管内科との共同)、脳の健康クリニックと九大病院の認知症疾患医療センター(神経内科と精神科との共 同)など、これらを継続して育てていくことこそ大事と思います。

 一例をあげますと、大学病院では神経内科と精神科が一緒に診療する認知症外来は全国にも例がありませんでしたが、8年前に九大病院に脳の健康クリニックを設立し、今日まで神経内科と精神科で共診を継続してきました。それが、先進予防医療センターのアルツハイマードック、そして今回、福岡市の認知症疾患医療センターを九大病院で担うことにつながってきています。今のところ公的な大学病院で認知症疾患医療センターを引き受けているところは、あまりにも大変なのでないようですが、福岡市民の皆さんの公益性を考えて、九大病院として取り組んだ方がよいと考えています。パイオニアリングしていく方向性としては、公益性を第一に考えるべきでしょう。

 研究活動については、2009年は既に23編の英文原著論文が採用になっています。加えて15編投稿中という状況です。必ずしもimpact factor の高いジャーナルばかりではありませんが、私たち自らの見出した発見を大切に育てていくことがパイオニアリングにつながるものと考えています。症例報告についても同様と考えますが、私はこの4年間は臨床神経学の編集委員長として、よその投稿論文の修正に忙しく、当教室の分はみる時間が本当にありませんでした。この6月でその残務処理も終わりましたので、これからは教室でためこんでいる症例報告すべき事例を若い人といっしょにまとめていこうと思っています。

 ところで、この1年で、北京(2名)、大連、吉林、ウルムチ、インドネシア、ナイジェリアなどから新規に短期・長期の留学生が当教室にやってきます。ナイジェリアから突然こちらに来たいと、聞き取りにくい英語で国際電話がかかってきたときは大変驚きました。ホームページも日本語版しかないのに、どこで九大神経内科のことを調べて応募してくるのかさっぱりわかりません。外国からの人は、本当に積極的によく来ると思います。特に上記の新規7名のうち6名までが女性なのに驚きます。最近、当神経内科医局にも女医会ができたと聞きましたから、世界的にみても神経内科は女医さんの元気がいいのかもしれませんね。留学生の受け入れは大変なので、教室員も少ないのになんで受け入れるのかという意見もあります。私自身も若いころに何人か世話したことがあるので、その気持ちはよくわかります。ただ、私はグローバル化の進展のなか、日本はアジア・アフリカからの留学生を受け入れる方向で進んだ方がよいと思います。世界の必ずしも医科学研究に恵まれていない地域から、各人それぞれの思いを胸にここに来たいということですから、受け入れましょう。むろん十分に満足のいく成果をいつも提供できるとは限りませんが。こういったことはほんの草の根レベルの活動に過ぎないわけですが、グローバル化の時代にあって、我が国は一人ひとりがアジア・アフリカ地域への公益性という視点も重んじることが大切と考えます。

 私は、PACTRIMS(Pan-Asian Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis)のCentral Scientific Program CommitteeのChairmanを務めていますので、この季節は毎年2日間の学会プログラム作りを、アジア・太平洋州諸国(イランからオーストラリア・ニュージーランド・フィリピンも含めて、さらに東アジア、日本まで15ヶ国)の様々なneurologist とやりとりしてやっています。アジアの国々ではMSを専門とするようなneurologist は稀ですから、いきおい各国のgeneral neurologistのリーダーのような人が、ここでもその国のMSのリーダーとして学会プログラム作りに関わってきます。アジア全体のバランスと科学的なレベルを考えながらのプログラム作りです。ゼロからの手弁当での国際学会作りは、お金もなくてしんどいですが、勉強にはなります。今、日本の若い人は内向きになっているとよく言われます。日本が一番居心地もいいし、日本国内で十分レベルの高い研究もできるし、海外にまで行く必要はないという意見もわからないではありません。しかし、長期あるいは短期に海外で暮らして異文化に触れ、初めての見知らぬラボで苦労するのは、い い経験になります。このような国際社会との付き合いが、自分なりのユニークな一歩を踏み出す契機にもなるかと思います。

  キープというのは、とてもありがたい言葉です。とうてい創業のカリスマにはなれなくても、誰でもキープということはできる気がします。凡人でもキープすれば、パイオニアたり得ると理解したいですね。つまりは、教室員、みなそれぞれが、各々のフィールドでパイオニアになるようでありたいということです。教室は、教室員各人各様のキープパイオニアリングをサポートするためにこそあるといえましょう。そして、そのようなパワーの集約が新たな潮流を生み出すものと思います。今年は教室年報も作成の準備期間が十分にはなくて、医局長や医局の新人の秘書さんは記事集めや編 集に難儀したと思います。教室の活動を記録に留めるのはとても大事なことです。来年は十分な準備期間もありますから、もっと充実させていきましょう。本年報を教室員それぞれのKeep Pioneering の記録としたいと願っています。