【福岡県認知症・脳卒中広域臨床研究プロジェクト(2010年7月)】

 


 2010年代がスタートしました。教室も新しい10年に向けた新たな活動を始めたいと思います。今年の4月から福岡市認知症疾患医療センター事業を始めました。実際に九大病院が指定を受けたのは昨年11月ですが、準備期間を経て今年の2月から福岡市中央区医師会と連携したモデル事業を開始し、この4月から福岡市全域でのスタートとなったものです。ただ、まだまだこれは形の上で始まったというところで、走りながらシステム作りをしていくという状況にあります。センター長は私が務め、副センター長は神経内科の大八木准教授、精神科の神庭教授と門司講師の3名です。私たちの神経内科が認知症疾患医療センターにあたるということをいぶかしく思われる方も、なかにはおられるかもしれません。実は私たちの教室では、平成12年に当時の精神科田代教授にお願いして、神経内科と精神科が共同して、もの忘れの患者さんの診療にあたる脳の健康クリニックを立ち上げました。既に10年となります。この間、毎年100人ほどの患者さんを予約制で診ています。10年で1000人近くの患者さんを診療したことになります。同一の患者さんを神経内科医師が1時間、精神科医師が1時間ほど時間をかけてそれぞれの専門性を生かして診察し、検査の後に合同カンファレンスで診断と治療方針を決めるようにしていますので、精度の高い診断と現時点での適切な治療が可能になっています。もの忘れ外来自体は神経内科外来に設置されていますので、患者さんにとっても敷居が低くなり、発症早期の患者さんが増えました。大八木准教授は開設以来のメンバーとして活躍してくれています。新外来棟に昨年移転してからは、神経内科と精神科の外来は同じ2階となり隣接していますので、診療もやりやすくなりました。

 一方、九大病院では文部科学省より地域医療貢献をテーマとしたプロジェクト事業を提案するよう依頼があり、これを受けて広域ネットワーク型臨床研究推進事業を提案し、平成22年度概算要求で採択されました(事業期間は6年間)。この趣旨は、大学病院が地域医療機関と連携し、大規模多施設共同臨床研究や大規模コホート研究を行うもので、地域に根ざした臨床研究データを創出することをめざしています。ハード部分は本事業費で整備され、九大病院と地域医療機関を結んでオンラインで匿名化された患者情報を入力し共通のデータベースを構築することができるようになります。ソフト部分については、九大病院の12診療科からテーマの応募があり、3課題が採用になりました。幸い私たちの提案した福岡県認知症・脳卒中広域ネットワーク事業も採択されました。採択された各科にはコーディネーター1名(医師、非常勤学術研究員、助教と給与はほぼ同じ)のポストと、毎年600万円ほどの研究費が与えられ、臨床研究を実施することになります(他の採択課題は、小児科のハイリスク新生児と総合診療科の慢性肝疾患を対象にしたもの)。

  認知症と脳卒中というややかけ離れたものを一緒くたにしているかのような感をもたれる方もおられると思います。ただ、認知症には血管性因子も大きく寄与し、両者には共通したリスクファクターもあります。教室の認知症研究グループ、脳卒中研究グループもだんだんと成長してきたこともあり、ちょうどよいタイミングでの採用と私は思っています。脳の健康クリニックの1000人にもなろうかという患者さん、関連病院神経内科での多数の新規脳卒中患者さんのデータも今のままでは忙しい臨床の毎日に埋もれたままです。これをデータベースとして構築し、臨床研究を推進していくのはとても大事なことです。当教室の大八木准教授をチーフとしたアルツハイマー病の生化学研究グループの基礎研究は、モデル動物、細胞レベルの研究がようやく花開こうとしていますが、臨床研究は脳の健康クリニックの診療実績の日本語の論文しかありません。この点は、何とかする必要があります。幸い、当教室出身で、脳磁図を中心とした臨床神経生理研究や機能的MRI 画像での研究の経験を積んだ人たちが九大脳研(神経内科と臨床神経生理)に増えてきていますから、高いレベルの臨床研究を遂行できるパワーは備わってきつつあると思います。

 脳卒中に関しては、福岡市内には健康保険で認められたStroke Care Unit(SCU)は、済生会福岡総合病院(昨年開設)と福岡市民病院(本年開設)にしかありません。いずれも当教室の神経内科派遣医師が、それぞれ久留米大、福岡大の脳外科からの派遣医師と共同で新設運用しているものです。また、飯塚病院のSCU は当教室と九大脳外科派遣医師で運用しています。この10月には小倉駅に隣接した場所に新築移転する小倉記念病院のSCUを、やはり当教室と京大脳外科派遣医師とで新設運用する運びです。近い将来、神経内科で脳血管内外科専門医資格を持つ人が増えてくれば、SCUをさらにComprehensiveStroke Center に発展させることも可能になると期待しています。これらのSCUでの脳卒中診療患者数は合計すると毎年1000〜2000例にもなりますが、このままではやはり臨床データは埋もれたままです。脳卒中グループではチーフの松本君(済生会福岡総合病院神経内科部長)が、レベルの高い臨床研究論文を頑張って次々と欧米一流誌に通していますが、彼に続く人たちが臨床データベースをもとに、さらに論文を書いていくことのできるシステム作りが必要でしょう。初代のコーディネーターには鳥居さん(神経内科専門医で脳卒中専門医)になってもらいます。大変と思いますが、新たに設置される臨床研究推進室に入って大いに活躍してほしいと願っています。基礎研究は、動物レベル、細胞レベルの研究は材料も得やすく実験にとりかかりやすいものです。他方、臨床研究はまず患者さんを診ることから始め、データベースを作り、生体試料を同意を得て集め、ようやく研究が始まることになります。時間はかかりますが、臨床の教室ですから患者さんに即したヒトでの研究を進めるのが肝要です。

  認知症のネットワーク事業も脳卒中のネットワーク事業も、私たちにとっては全く経験がないところです。危ぶまれる方も少なくないでしょう。ただ、私たちは福岡県重症神経難病ネットワーク事業を平成10年以来12年近く、難病相談・支援センター事業を4年余実施してきました。国立大学病院が大学の中だけにとどまるのではなく、社会へ向けた活動を行っていくのはとても大事なことです。難病ネットワーク事業を通じて学んだことは、多職種との連携、役割分担の大切さです。そして、このようなネットワーク事業は息の長い仕事であり、継続することが何より大事です。従来よりの神経内科のコアとしての神経難病を中心とした神経疾患の診療と研究に加えて、認知症、脳卒中、てんかん(チーフは重藤診療准教授)などcommon disease に取り組んでいくのは大変なことですが、神経内科が将来大きく発展するためには不可欠なステップと考えます。日本全体でみると人口は減少に向かい、ともすれば今日よりは明日が縮小するイメージを持ちがちですが、私たちは今日より明日がさらに発展する未来像描いてやっていきましょう。

巻頭言
平成22年5月29日医局旅行での宝満山頂にて。今年は看護師長さんも無事山頂を極めることができて、まことにおめでたいことです。