研究TOPICS

2024.02.20

骨肉腫診療へ人工知能を応用 ~化学療法後の病理組織をディープラーニングにより評価~(整形外科学分野 中島康晴教授、形態機能病理学分野 小田義直教授、大学病院 遠藤誠講師)

骨肉腫診療へ人工知能を応用
~化学療法後の病理組織をディープラーニングにより評価〜
ポイント
①   骨肉腫は高悪性度で予後不良な疾患であり、治療戦略の改善が望まれる
②   AIを用いて抗がん剤治療後の骨肉腫切除標本を評価し、予後を予測する新しい方法を提案
③   今後、骨肉腫診療への応用が期待される

概要

骨肉腫は、非常に珍しい骨のがんで、子どもに多く発生することが知られています。骨肉腫の治療は、抗がん剤治療と手術です。現在は、病理医が抗がん剤治療後の病理組織を確認し、予後を予測しています。しかし、現行の方法では、評価の再現性や抗がん剤の影響を適切に反映できていないという問題がありました。
 人工知能(AI)を用いて病理組織を評価し、抗がん剤治療後に生き延びた腫瘍細胞を検出することで予後を予測することのできる方法を開発しました。
 九州大学病院整形外科の遠藤 誠講師、中島 康晴教授、形態機能病理の川口 健悟大学院生、小田 義直教授およびシステム情報科学研究院の美山 和毅研究員、備瀬 竜馬教授らの研究グループは、AIのアルゴリズムのひとつであるディープラーニングを用いて、抗がん剤治療後の骨肉腫患者の病理組織を評価することで、生き延びた腫瘍細胞密度を算出し、患者の生命予後を正確に予測できることを明らかにしました。
 今回の成果は、骨肉腫患者の適切な診療に役立つことが期待されます。
 本研究成果は米国の雑誌「npj Precision Oncology誌」に2024年1月に掲載されました。

【研究の背景と経緯】

骨肉腫(※1)は、骨のがんのひとつで、思春期のこどもに多く発生します。非常に稀であるため、研究が進んでおらず、新しい治療戦略の開発が望まれています。現在、骨肉腫の治療は、抗がん剤と手術です。抗がん剤治療後の病理組織所見(※2)は予後(※3)と関連することが知られており、手術標本を用いて病理医が壊死率(※4)を判定し、予後予測を行ってます。しかし、現行の方法では、壊死率は個々の細胞のカウントではなく壊死面積として算出され、評価者間での再現性が十分ではなく、抗がん剤の効果を適切に反映できていないという問題がありました。そこで、私たちは、整形外科と病理、人工知能の専門家で研究グループを結成しました。そして、これらの問題を解決し、より有用な予後予測方法を開発するため、抗がん剤治療を生き延びた腫瘍細胞を検出する人工知能(AI)を構築し、算出された残存腫瘍細胞密度の予後予測における有用性を検証しました。
 

【研究の内容と成果】 

九州大学病院で手術が行われた骨肉腫患者を対象としました。まず、AIのアルゴリズムのひとつであるディープラーニングを用いて、残存腫瘍細胞を検出するモデルを構築しました。次に、算出した残存腫瘍細胞密度による生存解析を行いました。構築したAIモデルの性能は病理医と比較して遜色はなく、残存腫瘍細胞密度により、患者の予後を適切に予測できることが示されました。
 今回の研究は、AIを用いることで可能となった、細胞レベルでの抗がん剤治療の効果を判定した初めての研究です。今回のAIモデルは、高い再現性を有し、短時間で評価が可能です。また、壊死率ではなく、残存腫瘍細胞の密度によって、より適切な予後予測ができる可能性を示しました。
 

【今後の展開】 

今回の研究が実際の診療に応用されるには、倫理面を含む多くのステップが必要です。まずは、今回の私たちのものと同様の結果が得られるかどうか、海外を含む他施設で検証される必要があります。今回の研究で最も重要な点は、AIを用いることで、これまで人間の手では到達困難であった知見を明らかにできたことです。今後、研究が進んでいない骨肉腫等の珍しい疾患にこそ、AIを積極的に応用していきたいと考えています。
 

【⽤語解説】
(※1) 骨肉腫
 骨に発生するがんの一種で、思春期に多く発生する。日本での発生数は、1年間に200人程度と言われており、非常に稀ながんである。
(※2) 病理組織所見
 手術によって切除された病変を顕微鏡で観察して得られる所見。通常、骨肉腫の治療では、抗がん剤治療を行った後に手術が行われ、そこで得られた病変を病理医が顕微鏡で観察する。
(※3) 予後
 生存の見込み、また、再発や転移が起きやすいのかどうかなどの見込み。
(※4) 壊死率
 多くの場合、抗がん剤治療によって腫瘍細胞は部分的に死滅する。その死滅した面積の割合を算出したもの。
 
【謝辞】
 本研究はJSPS科研費 (JP18K16627, JP23K08700)の助成を受けたものです。
 
【論⽂情報】
掲載誌:npj Precision Oncology
タイトル:Viable tumor cell density after neoadjuvant chemotherapy assessed using deep learning model reflects the prognosis of osteosarcoma
著者名:Kengo Kawaguchi, Kazuki Miyama, Makoto Endo, Ryoma Bise, Kenichi Kohashi, Takeshi Hirose, Akira Nabeshima, Toshifumi Fujiwara, Yoshihiro Matsumoto, Yoshinao Oda, and Yasuharu Nakashima
DOI: 10.1038/s41698-024-00515-y
 
【研究者からひとこと】
 抗がん剤治療後に生き延びたすべての腫瘍細胞を数え上げるというタスクは人間では困難でした。AIが医療分野で新たな知見を導くことができる可能性を示すことができ、大変うれしく思います。
【お問合わせ先】
九州大学病院 整形外科 講師 遠藤 誠(エンドウ マコト)
TEL:092-642-5488 FAX:092-642-5490
Mail:endo.m.a40(a)m.kyushu-u.ac.jp
※(a)を@に置き換えてメールを送信してください
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