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研究倫理審査委員会(IRB)とは

IRBの歴史と概念

研究倫理審査委員会(IRB)とは、当該臨床研究に直接関係する者から独立した第三者によって、研究の是非を審議する会議のことをいいます。IRBの最も重要な任務は、被験者の権利と安全を守ることです。

一部の例外を除けば、臨床研究の実施にとってインフォームド=コンセント(IC)の取得は必須の条件ですが、それだけで十分ではありません。理念的にはともかく、完全なICの取得など、非現実的だからです。ICは、被験者が研究内容を完全に理解しないと成立しませんが、完全に理解することなど医療関係者ですら困難です。現実的には、最後は医師(研究者)を信頼して同意するという部分が残ると思われます。このICの不完全さを補完するため、倫理審査という方法が考案されたのです。したがって、たとえ被験者がよく理解しないまま同意したとしても、被験者の人権と安全は守られることを保証するのが、IRBの最も大きな役割です。

IRBの役割は、もちろんそれだけではありません。非科学的な研究を行うことは被験者や社会に負担をかけるため非倫理的です。このような観点から、研究の科学的根拠も厳格に審査すべきです。つまり、IRBは、研究の倫理性と科学性の両方について審議する能力を持たなければならないのです。

臨床研究を審査するというコンセプトを初めて公に取り入れたのは、米国国立衛生研究所(NIH)です。1950〜60年代の非倫理的臨床研究を1966年にヘンリー=ビーチャーが告発したのを契機とする米国世論の高まりは、NIHおよび米国食品医薬品局(FDA)に臨床研究に関する政策の変更を迫りました。臨床研究はもはや専門家集団だけのものではなく、一般社会が認めるものでなければならなくなったのです。FDAがインフォームド=コンセントに重点を置いたのに対し、NIHはインフォームド=コンセントには限界があるとし、研究施設の同僚による審査という新たな方法を取り入れた指針を公表しました。これが研究倫理審査の始まりです。米国が倫理審査を導入した当時、「ヘルシンキ宣言」にはそのような規定はありませんでした。「ヘルシンキ宣言」が倫理審査という手段を取り入れたのは、1975年の東京改訂からでした。

審査委員会は、米国では施設単位に設置することになったため、施設内審査委員会Institutional Review Board(IRB)と呼ばれることになりました。1960年代の米国の臨床研究は、少数の被験者を対象に一施設内で行うものが大半だったため、施設毎に審査することになったのです。後に日本もこれに倣ったため、日本の委員会もIRBと通称されます。

一方、英国やヨーロッパ諸国では施設単位ではなく、施設とは独立した委員会を地域毎などに設置することが多く、研究倫理委員会Research Ethics Committee(REC)などと呼ばれています。どちらの設置形態にも長所と短所があります。施設内委員会では、独立性を保つのが容易でないこと、多施設共同研究の審査が困難なこと、おびただしい数の委員会が生まれるため質の確保が容易でないなどの問題があります。一方、独立委員会には、委員会ショッピング(研究者にとって都合のよい委員会を選べる)などの問題があります。

臨床研究を他人が審査するという手続きは、今日では当然のこととされています。しかし、歴史的に見れば、多くの人々の犠牲を伴った長い困苦の末に人間社会がやっと獲得したかけがえのない方法です。残念ながらこの方法は、日本が自ら開発したわけではありません。だからこそ、なおさら、この貴重な手段を世界が手にするまでの歴史をよく理解し、大切に守り発展させなければなりません。

IRBの現状

IRBの設置

治験を実施する医療機関の長がIRBを設置しなければならないことは、GCPにより定められています。ただし、医療機関の規模が小さいなどの理由で独自のIRBを設置できない場合、複数の機関で共同のIRBを設置したり、他機関のIRBに審査を依頼したり、公益法人や特定非営利活動法人あるいは医療関係の学術団体が設置したIRBを利用したりすることができることになっています。

一方、一般の臨床研究を実施する場合は、法令による定めはありませんが、「臨床研究に関する倫理指針」(厚生労働省)に従ってIRBを設置します。

なお、ヒトゲノム解析を含む研究など、特定の専門的事項に関する審査が必要な研究に備え、親委員会の下に専門部会を設置する場合が増えています。

IRBの構成

簡単に言えば、IRBは、@医学・薬学の専門家、A医学・薬学の専門家でない者(非専門家)、B外部委員から構成されます。GCPと「臨床研究に関する倫理指針」では若干異なるため(表1)、治験も一般臨床研究も審査するIRBは両方とも満たす必要があります。

「非専門家」としては、現状では事務員や弁護士などを加えている場合が多いようですが、医学・薬学の専門外であれば誰でもいいわけではありません。「非専門家」には、見識の高い一般人として、主に倫理的観点から被験者の人権保護に関する審議が期待されています。この点、「臨床研究に関する倫理指針」には「人文科学の有識者」と明記されています。

外部委員は、委員会の第三者性を確保するために加えられる者で、GCPでは「実施医療機関(および)治験審査委員会の設置者と利害関係を有しない者」とされています。現状では、外部委員にも医学・薬学の専門家でない者が当てられる場合が多いようです。しかし、研究の科学性について実質的に審議するためには、外部の専門家も委員に加えられるべきだと思われます。

なお、委員会の第三者性を確保するため、施設長自身が審議に加わることはできません(本来IRBメンバーに施設長を加えるべきではありません)。GCPも「臨床研究に関する倫理指針」も施設長の審議・採決への参加は禁止しています(表1)。日本では、治験以外の臨床研究の審査はいわゆる「倫理委員会」に任せているところが多いようです。それ自体は問題ないのですが、その「倫理委員会」にIRBとしての機能が備わっているかどうかが問題です。特に、病院長や学部長などが審議・採決に加わっている場合が多く見受けられますので、改められるべきです。

IRBの任務

IRBの役割は、臨床研究計画が倫理的・科学的に適正かどうかを研究計画書や被験者説明文書などの資料をもとに審査し、さらに、研究を担当する医師の資質をも含めて当該施設で実施するのが適切かどうかを判断することです。

審査は一度だけで済むわけではありません。治験に関しては、表2の4つの場合にIRBで審議するよう、GCPで定められています。一般の臨床研究でも計画段階での審査(表2-1)はおおむね実施されていると思われますが、その後の審査(表2-2〜4)については徹底されていないのが現状です。

表2に示すように、IRBには実施中の研究を監視する役割があるため、新規申請課題がなくても毎月1回など定期的に開催するべきです。審議時間は内容にもよりますが、新規課題なら1時間程度は費やして審査するべきです。会議の時間は限られているため、重要問題の審議に十分な時間を割き、被験者説明文書の語句修正などに多くの時間を費やすべきではありません。治験については、治験事務局と依頼者の間で事前ヒアリングを行うことが多いので、書類の不備や表記の誤りがIRBで初めて指摘されることは少なくなっています。

委員は、研究計画の内容について会議の前に十分把握しておくべきであり、内容を理解するために会議の時間を多く費やしてはなりません。IRBで実質的な審議を行うためには、会議前に十分な調査を行う必要があります。特に研究の科学性についてはその場で判断することは困難なことが多いため、事前調査が必須です。しかしながら、委員が事前に十分な調査を行うことは現実的には困難です。徹底した事前調査(あるいは予備審査)を行っているIRBはごく一部に限られています。申請課題ごとに担当委員を決めて事前調査を十分行わせる方法もいいのではないかと思われますが、担当委員の負担増などの理由により、採用しているIRBは極めてまれのようです。

もし事前調査が十分なされていれば、依頼者や責任医師など当事者をIRBに同席させる必要はありませんが、同席させていれば、委員の質問への答えが直ちに得られるので、審査の迅速化という意味ではそれも有効です。ただし、会議の独立性を保つため、同席を許可するのは説明と質問の時間に限り、審議と採決の場に研究の当事者を入れるべきではありません。

採決の方法は各IRBに任されていますが、大部分のIRBは全員一致を旨としており、多数決で決めるところはほとんどないようです(また、そうするべきではありません)。採決結果には、承認、条件付き承認(修正後に確認の上承認)、不承認(却下)、保留(審議不十分)、承認取り消しなどがあり、判断理由とともに施設長に報告されます。

IRBの意見はどう扱われるか

IRBの基本的な立場は、研究実施機関の施設長の諮問委員会です。施設長はIRBの採決結果や意見を聞き、依頼者や責任医師にそれを文書により通知しなければなりません。研究の実施は不適切であるという意見をIRBが述べた場合、施設長は、研究の依頼を受けたり、研究の実施を承認したりしてはなりません。研究の継続が不適切であるという意見を述べた場合、施設長は、研究の契約を解除するか中止しなければなりません。

また、研究が適切に行われていないという意見を述べた場合、施設長は必要な措置を講じなければなりません。このように、施設長はIRBの否定的な意見には逆らうことはできません。反対に、IRBが研究の実施や継続を承認した場合であっても、何らかの理由により施設長がそれを受け入れられないと判断した場合は、拒否することができます。IRBの承認と不承認は、いわば交通信号の青「進んでもよい(が、進まなくてもよい)」と赤「止まれ」に相当するのです。

残された問題

今日の研究倫理審査のあり方には、2つの大きな問題があります。審査委員会の設置様式の問題と審査の質の問題です。

前者は、施設単位か施設とは独立させるかという先にも述べた問題です。特に、今日のように多施設が共同で実施する臨床研究が増えてくると、施設単位の審査だけで対応するのは困難です。中心に位置づけられるIRBに審査を委託するなど、様々な形が試みられています。将来は、比較的少数の、資格を有する(プロフェッショナルな)審査委員会で、集中的に審査が行われることになるのかも知れません。

一方後者、すなわち「審査の質をどう確保するか」という問題は、日本ではほとんど手つかずの状態で残されています。これを解決することが、このネットワークの目的です(「IRBネットワークはなぜ必要か」の項をご覧下さい)。

被験者を守る上で、倫理審査はインフォームド=コンセントと並んでもっとも重要な手続きです。最近では倫理審査が形骸化しているという批判を耳にしますが、形骸化するほど当然のことになったのなら、それほど悪いことではないのかも知れません。いろいろ問題はあるにせよ、IRBが「ある」というだけで、「ない」場合とは雲泥の違いであることは間違いありません。IRBが存在するというだけで、少なくとも、ビーチャーが告発したような常軌を逸した研究は、発案すらされなくなるでしょう。ただし日本では、倫理審査が法令で義務づけられているのは治験だけです。一般の臨床研究でも審査を義務づけるべきではないかと思われます。

表1. IRBの構成
「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(第28、29条より抜粋)
●治験について倫理的及び科学的観点から十分に審議を行うことができること。
●五名以上の委員からなること。
●医学、歯学、薬学その他の医療又は臨床試験に関する専門的知識を有する者以外の者が加えられていること。
●実施医療機関と利害関係を有しない者が加えられていること。
●治験審査委員会の設置者と利害関係を有しない者が加えられていること。
●次に掲げる委員は、審査の対象となる治験に係る審議及び採決に参加することができない。

1.治験依頼者の役員又は職員その他の治験依頼者と密接な関係を有する者

2.自ら治験を実施する者又は自ら治験を実施する者と密接な関係を有する者

3.実施医療機関の長、治験責任医師等又は治験協力者

「臨床研究に関する倫理指針」(第3.倫理審査委員会(2)細則)

1.医学・医療の専門家等自然科学の有識者、法律学の専門家等人文・社会科学の有識者及び一般の立場を代表する者から構成され、かつ、外部委員を含まなければならない。また、男女両性で構成されなければならない。

2.審議又は採決の際には、自然科学分野だけではなく、人文・社会科学分野又は一般の立場を代表する委員が1名以上出席していなければならない。

3.臨床研究機関の長など審査対象となる臨床研究に携わる者は、当該臨床研究に関する審議又は採決に参加してはならない。ただし、倫理審査委員会の求めに応じて、会議に出席し、説明することはできる。

表2. IRBの役割
「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」(第28、29条より抜粋)

1.試験の計画段階での審査
新たに試験計画が提出された時、および既に承認された試験計画が変更される場合に審査する。当該計画が倫理的・科学的に妥当かどうか、また当該機関における実施が適切であるかどうかを審議し、意見を述べる。

2.試験の実施中の審査
試験が適切に行われているかどうか定期的に(ふつう1年に1度)審査し、試験の継続が妥当かどうか審議する。

3.試験の終了後の審査
試験が適切に行われていたかどうかを審査し、意見を述べる。

4.試験に何らかの問題が生じた時の審査
重篤な有害事象の報告がなされた場合など、当該試験に関わる何らかの問題が生じた場合に、当該医療機関で試験が適切に行われているかどうか調査し、試験を継続して行うことの適否を審議する。事態の緊急性に応じて速やかに意見を述べなければならない。