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審議のポイント

どんなに複雑に見える倫理的問題でも、第6章で述べた3原則に照らしてみれば、解決の糸口が見つかるものです。ただ、倫理審査の場でしばしば遭遇する問題については、あらかじめ審議のポイントを整理しておいた方がいいと思われますので、3原則別にまとめてみました。

1. 尊厳性に属すること

1)研究のインフォームド・コンセント
理念

インフォームド・コンセント(Informed Consent)とは、Information(情報・説明)に基づくConsent(同意・承諾)のことで、研究の目的や方法などについて、研究者が被験者(正確には、その候補者)に説明し、被験者から研究参加への同意を得ることを意味します。医学研究におけるインフォームド・コンセント取得の条件は、ニュルンベルク綱領に端を発し、ヘルシンキ宣言により確立したと考えてよいでしょう。今日では、臨床研究の最も基本的な条件となっています。

インフォームド・コンセントを支える理念は、被験者の自己決定または自律性の尊重です。被験者が、説明を理解し理性的に決定できる能力を持つ以上は、その決定は尊重されなければなりません。そうでなければ、被験者は、独立した人格的存在として扱われていないことになってしまいます。

なお、通常の診療におけるインフォームド・コンセントの条件は、研究の場合とは異なり、裁判例の積み重ねにより確立しました。このように成立過程に違いがあるため、研究と診療では、インフォームド・コンセントの要件には異なる部分があります(後述)。これを理解することは、研究者と医療従事者を兼ねる者にとって、特に重要です。

対象となる行為

通常の診療においては、実際上はすべての行為がインフォームド・コンセントの対象となるわけではありません。軽微な医療行為については、黙示の同意が得られているとみなされ、一つ一つの行為に関して実質的なインフォームド・コンセントを取得する必要はないからです。

これに対して、研究の場合は、基本的にはすべての行為についてインフォームド・コンセントの取得が必要です。それは、他者(将来の患者)の利益のために行われる研究という行為は、本人の利益のためだけに行われる診療とは性質が異なるからです。また、研究に参加しても被験者が利益を受けるとは限らず、予測できない危険が生じる可能性もあるからです。

成立の要件

インフォームド・コンセントが成立するためには、4つの要件、すなわち、(1)被験者の同意能力、(2)被験者への適切な説明、(3)被験者による説明の理解、(4)被験者の自発的な同意、が必要です。つまり、同意能力のある被験者に対して、研究の目的や方法などについて研究者が適切な説明を行い、被験者がその説明を理解した上で、自発的に研究の実施に同意する必要があるのです。では、これらの要件について、もう少し詳しく説明します。

(1) 同意能力

インフォームド・コンセントの取得は、被験者が同意能力を持っていることが前提です。

同意能力とは、なされた説明を理解でき(理解力)、その上で研究に参加するか否かを自分の価値観に照らして理性的に判断できる能力(判断力)です。

言うまでもなく、すべての被験者に十分な理解力と判断力が備わっているわけではありません。被験者が子ども、精神障害者、知的障害者、高齢者のような場合には、同意能力の有無について判断が難しい場合があります。同意能力が不足している人々を対象とする場合、彼らを保護するため、特別の配慮が必要となります(「同意能力が不十分な被験者」の項を参照)。

(2) 説明

インフォームド・コンセントが成立するためには、実施予定の研究について、事前に十分な説明がなされていなければなりません。

被験者にどの程度の説明が必要かということについて、ベルモント・レポートは、通常の診療と対比して述べています。研究のインフォームド・コンセント取得のための説明は、患者の意思決定のために日常診療の場で説明するような内容では不十分で、「理性ある志願者」が求めるような内容であるべきだと述べています。つまり、自分の治療にとって必要ではなく、十分にわかっていない方法だということを知りながら、知識の発展のために参加するかどうかを人々が決定できるような「量」および「質」の情報が提供されなければならないのです。

最低限必要な説明事項については、各種倫理指針の中に示されています。臨床研究を行うに当たって、研究者は、該当する倫理指針で説明すべき内容を確認する必要があります。例えば、CIOMS/WHO「人を対象とする生物医学研究の国際倫理指針」の指針5には26項目が、GCP省令第51条の運用通知には18項目が(第7章の表1を参照)、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」の第4の細則には16項目が示されています。

説明は、説明文書を準備した上で、口頭で説明するのが原則です。文書を読む能力のない被験者に、口頭または他の伝達方法で説明する場合には、説明に際して公正な立会人(研究者や研究協力者であってはなりません)が必要で、同意書には立会人の署名も求められます。

(3) 理解

被験者が本当に自己決定するには、研究者の説明を十分理解していなければなりません。そのため、研究者は、どの被験者に対しても一律に説明するのではなく、個々の被験者の理解力に応じてわかりやすく説明するよう、努力しなければなりません。また、わかりやすい説明文書を作成することや、被験者が説明を受けてから同意・不同意の意思を表明するまでの間に十分な時間をおくことも大切です。

被験者の理解を確認するため、簡単な質問などがなされることはありますが、十分理解できているかどうか判定するのは、実際には困難です。したがって、この要件は、いかにわかりやすく説明できるかという研究者側の問題に帰することになります。

この要件は、4つのうち最も難しい要件です。なぜなら、多くの場合、研究内容の完全な理解を被験者に求めるのは極めて難しいからです。被験者を保護する手段としてのインフォームド・コンセントの限界がここにあります。

(4) 同意

インフォームド・コンセントという以上、同意の要件はもちろん不可欠です。ただし、研究における同意は、通常の診療における同意とは性質が違います。すなわち、診療の場合には任意性が担保されていればよいとされ、たとえば、宗教上の理由から患者が輸血を拒否した場合でも、医療従事者は患者を説得し、輸血治療の同意を得るよう努めることができます。これに対して、研究の場合には自発性が担保されていなければなりません。つまり、被験者を説得して研究に参加してもらうことは許されないのです。

言うまでもなく、説明の過程で操作が行われた場合には、被験者が研究参加に同意していても、その同意は無効となります。たとえば、研究の有益性を誇張して説明した場合や、有害性を十分に説明しなかった場合などです。参加者募集用の広告を作成する場合にも、注意を要します。

なお、被験者から同意を得る際、研究者は、研究に参加しない場合でも被験者が不利益を被ることがないこと、いったん同意しても、同意の撤回が実際上可能な間はそれを撤回できることについて、被験者に明確に伝えることが重要です。また、被験者に同意能力がないと判断され代諾がなされていた場合でも、被験者が後に同意能力を備えるようになれば(たとえば、当初は子どもであった被験者が、成長して同意能力を備えるようになった場合など)、その者は、代諾者が行った同意を撤回することができます。

いったん同意を取得しても、被験者の意思に影響を及ぼすかも知れない新たな情報を入手した場合、研究を続けるには、新たな情報について被験者に説明し、再同意を取得する必要があります。

インフォームド・コンセントと法

インフォームド・コンセントについては、倫理上の原則にとどまらず、法律上の原則(民法第709条などによる)が存在します。したがって、研究者は、研究を行う前に被験者からインフォームド・コンセントを得ていなければならず、それをしないで研究を行えば、研究行為に過誤(たとえば、研究計画書から逸脱した行為がなされた場合)がなくても、研究者は損害賠償責任を問われます。

インフォームド・コンセントが(適法に)成立した場合、被験者の同意は、被験者が研究者に対して研究を実施する権限を与えたことを意味します。このため、同意した研究を実施したことによって有害事象が生じても、研究自体に過失(たとえば、研究計画書に従った研究がなされていなかったなど)がない限り、生じた結果については被験者自身が引き受けることになります。この意味で、インフォームド・コンセントは、被験者にとっても研究者にとっても非常に重要なものです。

2)同意能力が不十分な被験者
「同意能力が不十分」とは

「同意能力が不十分」とは、前項で述べた「理解力」と「判断力」のいずれか、または両方が、成熟していないか、または障害されている場合です。そのような人々には、未成年者(特に子ども)、知的障害者、認知症患者、精神障害者などが含まれます。これらの人々を対象として研究が計画されている場合、同意の取得以前に、まず、そのような人々を被験者とすることが妥当かどうか、よく検討する必要があります。これについては、「3. 公正性に属すること」の第1項をご覧下さい。

未成年者

かつては、未成年者であれば一律に同意能力は認めない、という考えも存在しました。しかし、今日では、未成年者の場合においても、その能力の範囲において本人の承諾を得ること、またその拒否が尊重されることが重要だと考えられています(ヘルシンキ宣言第28項)。

そこで、しばしば問題となるのが、本人の同意を求めなければならないのは何歳からか、ということです。最近ではかなり低年齢の被験者からも同意(賛意あるいはアセントassentということもあります)を求める傾向にあります。しかし、同意能力の有無は、単に年齢など客観的な基準を用いて判断できるものではありません。研究者は、研究の内容に照らして、被験者が同意能力を備えているかどうか、慎重に判断しなければなりません。ただし、「臨床研究に関する倫理指針」では、16歳以上の未成年者からは、「代諾者とともに、被験者からのインフォームド・コンセントも受けなければならない」とされており、最低限この基準は満たす必要があります。

未成年者から同意を得るに当たっては、被験者が理解しやすい言葉で説明文書を作るなど、研究者は被験者の理解を促す努力をしなければなりません。

たとえ親権者が参加に同意しても、子どもが拒否した場合、その意思は尊重されるべきです。ただし、研究以外では受けられない治療法を子どもの病状が必要としており、研究中の方法に治療上の利益が見込まれ、かつ、代替療法が存在しない場合は別で、子どもが非常に幼いか未成熟な場合は、親権者が子どもの異議を覆すことも許されるとされています(「CIOMS国際倫理指針」の指針14に関する解説)。ただし、同意を与えるのにほぼ十分な能力を有する年長児の場合は、異議を覆すためには、少なくとも倫理審査委員会の承認が必要です。

知的障害者・精神障害者

知的障害や精神障害のため、理解力や判断力が不足している可能性がある人々を対象とする場合も、基本的な考え方は未成年者の場合に準じます。可能な限り、被験者が理解できる説明文書を準備し、本人の意思を尊重する努力が払われなければなりません。

代諾者

被験者に同意能力が不足している場合には、インフォームド・コンセントを代諾者から取得する必要があります。

代諾者とは、被験者に十分な同意能力がない場合に、被験者に代わって同意することが正当と認められる者(被験者の親権を行う者、配偶者、後見人、その他これに準じる者)、つまり、被験者の意向を表現できる者でなければなりません。実際には、被験者の法定代理人、配偶者、子、父母、兄弟姉妹、孫、祖父母、同居の親族、または近親者に準ずると考えられる者などです(もちろん、いずれも成人であることが必要です)。ただ、ここで強調したいのは、「被験者の意向を表現できる」という条件が最も本質的だということです。代諾者は、被験者の生活をよく知り、日頃の考え方や気持ちをよくわかっている人でなければなりません。そういう意味では、形式上の近親者より、いつも被験者の身近にいて本人のことをよく知る人の方がふさわしいと考えられます。

代諾者を置く場合は、研究計画書に、被験者の参加が必要不可欠な理由と、代諾者の選定方法について記載する必要があります。研究者は、代諾者(正確には、代諾者の候補者)に対して、説明文書を用いて十分説明し、文書による同意を取得します。この時、代諾者と被験者との関係を記録しておかなければなりません。また、被験者の同意能力が不足しているとしても、理解力に応じて説明を行い、可能であれば同意書に被験者の署名も得るべきです。

ただし、通常の診療においては代諾が広く許容されるのに対して、研究の場合には限定されるべきです。なぜなら、診療の場合には、行われた医療行為から患者本人が利益を受けるのに対して、研究の場合には、実施された研究から被験者本人が利益を受けるとは限らず、また、通常の診療以上に、予測できない危険が生じる可能性もあるからです。

3)インフォームド・コンセントの事前取得が困難な研究
インフォームド・コンセントの事前取得が困難な緊急状況に関する研究

頭部外傷、心肺停止、脳卒中など、突然発生する緊急状況で、直ちに研究中の治療方法を実施するデザインの研究の場合、被験者は事前にインフォームド・コンセントを与えることはできません。しかし、インフォームド・コンセントを与える時間のある患者では行えない研究であれば、本人からの事前同意なしに研究中の方法を試みることは正当化されうるでしょう。ただし、被験者の状態が改善したら、研究に関する情報を与えられ、継続参加への同意が得られるべきです。

このような場合、研究者は、代諾の権限を有する人がその場に立ち会えるよう求める努力を払わなければならないとされていますが(「CIOMS国際倫理指針」の指針6に関する解説を参照)、実際は、許可する権限を持つ人物を見つける時間もないかも知れません。

いずれにせよ、研究者は、インフォームド・コンセントを事前に取得できない研究を実施することについて、倫理審査委員会の承諾を得なければなりません。また、このような研究計画は、それが実施される地域や医療機関で公表されるべきです。

なお、てんかん発作や重度の喘息発作のように、同意取得が困難な状態が被験者に繰り返し現れる場合は、同意能力が完全な時に前もってインフォームド・コンセントを取得しておくべきです。

日本の指針でこのような場合を想定しているのは、治験のGCP省令だけです。GCP省令第55条の各号すべてに該当する場合のみ、被験者と代諾者の同意を得ずに治験に参加させることができる、とされています。

インフォームド・コンセント事前取得の困難が被験者の一部に予想される研究

大多数の被験者からはインフォームド・コンセントを事前取得できると予想されても、一部の被験者は急性症状のため同意を与えることができなくなると予想される研究(たとえば、敗血症、脳卒中、心筋梗塞などの急性症状に対する新しい治療法に関する研究)もありえます。この場合でも、研究中の治療法から直接的な利益が期待できるなら、一部の被験者からは事前同意を得ないとしても、研究は正当化されるかも知れません。

同意を与えることができない患者が含まれる可能性があることを研究計画書に記載し、そのような場合には代諾者から同意を取得することにし、倫理審査委員会が承認すれば、そのような患者を被験者としてもよいことになります。

4)被験者に内容を知らせることができない研究

研究によっては、インフォームド・コンセントの過程において、研究内容の一部を知らせることができないことがあります。例えば、被験者の行動を調査するような研究では、調査されていることを被験者自身が知ると、行動が変わってしまう可能性があります。そのような場合、一般に、被験者は、研究内容の一部については研究が終了するまで知らされないことに同意を求められます。しかし、研究内容を知らせない許可を求めること自体が、研究を無効にしてしまう可能性がある研究では、情報が差し止められていることを研究が終了するまで被験者に知らせない計画となっているかも知れません。倫理審査委員会は、このような方法の妥当性について、研究目的の重要性に照らして、よく検討しなければなりません。

さらに、被験者に嘘をつく研究もありえます。一般の臨床研究ではまれですが、社会科学や行動科学の研究では、被験者の態度や行動を研究するため、意図的に誤った情報を与える場合が時々あります。このような方法が認められるとすれば、価値のある研究結果が期待され、他の方法では不十分であり、騙しても最小限のリスク以上のリスクに被験者を曝す可能性がなく、騙す内容が明かされたとしても被験者が参加を拒否するような計画が隠されていない、という条件が必要です。倫理審査委員会は、被験者を騙すことによりどのような結果が生じるか、また、研究終了後、騙されていたことを被験者は知らされるべきか、どのような方法で知らされるべきかを判断しなければなりません。騙されたことを納得できない被験者は、得られたデータの使用を拒む機会を与えられるべきです。

5)疫学研究のインフォームド・コンセント
インフォームド・コンセント簡略化の条件

疫学研究では、過去の資料やデータを扱う場合が多いこと、大きな集団を対象とする場合が多いことなど、研究デザイン上の理由により、個々の被験者から同意を取得することはしばしば困難です。たとえば、過去の診療録のデータを集計して解析するような研究の場合、一人一人の患者に同意を求めるのは事実上不可能といえます。このような場合、倫理審査委員会は同意取得の免除あるいは簡略化を認めることができます。

同意取得の簡略化または免除を認めるためには、研究の種類によらず次の項目をすべて満たすことが求められます(「疫学研究に関する倫理指針」)。

  • 当該疫学研究が、被験者に対して最小限の危険を超える危険を含まないこと。
  • 当該方法によることが、被験者の不利益とならないこと。
  • 当該方法によらなければ、実際上、当該疫学研究を実施できず、又は当該疫学研究の価値を著しく損ねること。
  • 適切な場合には、常に、次のいずれかの措置が講じられること。
  • 被験者が含まれる集団に対し、資料の収集・利用の目的及び内容を、その方法も含めて広報すること。
  • できるだけ早い時期に、被験者に事後的説明(集団に対するものも可)を与えること。
  • 長時間にわたって継続的に資料が収集又は利用される場合には、社会に、その実情を、資料の収集又は利用の目的及び方法も含めて広報し、社会へ周知される努力を払うこと。
  • 当該疫学研究が社会的に重要性が高いと認められるものであること。

ここで問題になることの一つは、研究を広報する方法です。被験者が知らないうちに研究に参加させられることを防ぎ、場合によっては研究参加を拒否する機会を被験者に与えるため、研究計画は広く一般に公表しなければいけません。ところが、「疫学研究に関する倫理指針」では、公表の具体的方法までは規定していません。一般的には、研究機関や医療機関のインターネット・サイトに記述するよう指導されることが多いようです。

研究方法別にみたインフォームド・コンセントの簡略化

「疫学研究に関する倫理指針」では、研究方法別に同意取得簡略化の方法が示されています。研究方法を分ける条件は次の項目です。

  • 介入研究か、観察研究か?
  • 人体から採取された試料を用いるか、用いないか?
  • 試料の採取に侵襲性(一般的な採血を含む)があるか、ないか?
  • 介入は個人単位か、集団単位か?
  • 既存資料等のみを用いるか、それ以外の情報に係る資料を用いるか?

正確な記述は原指針をご覧いただきたいのですが、要点は次のようになります。

  • 試料の採取が侵襲性を有する場合は、文書による同意取得が必要。
  • 試料の採取が侵襲性を有しない場合は、文書による同意取得は不要だが、説明の内容および受けた同意に関する記録が必要。
  • 人体から採取された試料を用いない場合は、同意取得が不要となることがある。ただし、その場合、研究についての情報を公開しなければならない。

試料を新たに採取する場合には同意取得は当然必要ですが、過去の試料を採取時とは別の案件で使用する際の規定は実は不明確です。過去の試料の使用について同意を取るのは事実上不可能であることが多いので、将来、別の目的で使用する可能性がある試料を採取する際には、二次的利用も含めて同意を得ておいた方がいいと思われます。

疫学研究の指針を独立させることの問題について

疫学研究とは、疾病の因果関係に関する研究の総称ですが、疫学研究に特化した倫理指針は、日本以外にはほとんどないようです。なぜでしょうか。

それは、疫学研究のような研究分野別に指針を作成していたら、きりがないからだと思います。そういうことをやっていると、たとえば「薬理学研究に関する倫理指針」とか、「病理学研究に関する倫理指針」とか、分野別指針を延々と作らなければならなくなります。実にナンセンスです。

そもそも、ここからここまでが疫学研究だ、という境界を設けるのは非常に困難です。境界が設けられない、すなわち対象がはっきりしないものに対する指針とは、いったい何なのでしょう。

指針は、適用範囲がはっきりしなければ使いようがありません。その意味で、「臨床研究」という方法論に基づいて括るのがもっとも適切なのです。疫学研究といえども大部分は臨床研究に含まれますので、通常どおり、観察研究と介入研究とに分類できます(臨床研究ではない疫学研究は、倫理審査の対象にならないので、無視して構いません)。したがって、疫学研究も、「臨床研究に関する倫理指針」の対象とするべきで、指針を別に作るなど混乱を招くだけです。

しかしながら、「疫学研究に関する倫理指針」というものが現に存在します。将来は「臨床研究に関する倫理指針」と統合されることを望みますが、今のところは両指針に照らして審査する必要があります。

2. 有益性に属すること

1)利益とリスクの評価

臨床研究を実施する者は、(1)研究計画が科学的に見て万全で、最大の利益が獲得されると期待されること、(2)研究によって得られる利益と予想されるリスクが合理的に比較考量され、利益と比較してリスクが妥当な範囲内であること、(3)リスクは最小化され、被験者の福利が確保されることを保証しなければなりません。ここでいう利益の獲得は、不確実なものであってはならず、研究者の義務として位置づけられます。

被験者にとって医療上の直接的利益が見込まれる介入研究では、被験者にとって予想される利益とリスクを照らし合わせ、どのような代替手段と比べても同等以上に有益であるとの予測により、正当化されなければなりません。

一方、被験者にとって医療上の直接的利益がない介入研究では、被験者に予想されるリスクは、社会にとって期待される利益と比較考量の上、正当化されなければなりません。このような介入研究のリスクは、得られる科学的知識の重要性に照らして妥当でなければなりません。

利益対リスクの比較考量は、臨床研究の審査を行う上でおそらく最も難しい問題ですが、できる限り合理的な審議を行うよう努めなければなりません。

そのためには、倫理審査委員会の前に、当該研究の利益とリスクに関する十分な情報を収集することが極めて重要です。倫理審査委員会は情報収集の場ではありません。特に、科学的な妥当性に関する調査は倫理審査委員会の前に行い、十分な検討を加えておく必要があります。

情報が十分収集できたら、次のような道筋により、系統立てて比較考量を行います。

(1) 臨床研究に参加することで生じるリスクと負担はあるか?

収集した情報から、予想されるリスクと負担を見積もります。試験薬の投与により発現することが予想される副作用、プラセボ群に割り付けられることによる病状の悪化など、介入によって生じうるリスクについて十分検討します。また、検査に伴う苦痛、研究スケジュールによる時間的拘束、移動に要する交通費など、参加に伴う被験者の負担の有無と程度も明らかにしなければなりません。

(2) リスクと負担は最小化されているか?

被験者のリスクと負担を可能な限り最小化するため、研究者がどのような方法をとろうとしているか、最大限の努力を払っているかどうかを確認します。

(3) 臨床研究から得られる利益はあるか?

ここでも収集した情報に基づき、期待される利益の質と量を見積もります。被験者の病気に対する治療効果のように参加した本人にもたらされる利益と、新しい治療法の確立のように社会にもたらされる利益とを分けて考えるべきです。また、利益を最大化するため、研究計画は科学的に見て万全かどうか、実施方法は信頼できるかどうかを確認します。

(4) リスクは得られる利益と比較して妥当なものか?

最後に利益とリスクの比較考量を行いますが、残念ながら、利益とリスクを定量的に比較できるような方法はありません。そのような状況でも、倫理審査委員会は、予想されるリスクと負担を正当化しうるほどの利益がその臨床研究から得られるかどうかを、総合的に判断しなければなりません。このような審議では、医学・薬学以外の分野の専門家や、一般市民を代表する立場の委員の意見が重要な要素となるでしょう。

社会や集団に対するリスク

一般に、利益とリスクの評価では、被験者の利益、社会の利益、および被験者のリスクを考量します。しかし、疫学、遺伝学、社会学などの分野の研究は、地域や社会、または特定の人種、民族集団に対して、リスクを与える可能性があります。たとえば、ある集団の遺伝子を解析するような研究では、集団の構成員が差別されるような情報が公表されるかも知れません。

このような研究では、社会や集団へのリスクを無視することはできません。倫理審査委員会は、社会や集団への配慮が必要なこと、研究中も研究終了後も機密性を保持する必要性があること、得られたデータの発表においては多くの人々の利害を考慮する必要性があることなどに敏感になるべきで、場合によっては結果の公表を控えさせることもありえます。

2008年、米国では、遺伝情報差別禁止法(Genetic Information Nondiscrimination Act)が施行され、法的な安全対策が講じられているようです。

2)対照群
何と比べるべきか

新しい介入方法(診断法、治療法、または予防法)の有効性・安全性を検証する臨床試験においては、試したい介入方法と比較するための対照群(コントロール)を置きます。純粋に科学的な見地から言えば、対照群として最適なのはプラセボです。しかし、倫理的観点に立つと、プラセボの使用(特にプラセボ単独での使用)は許容されないことがしばしばあります。すでに有効性・安全性が確立されている介入方法があるにもかかわらず、これを受けることを制限してプラセボだけを与えるとすれば、リスクを最小化するという原則に反することになるかも知れません。

一般原則としては、対照群に割り付けられた被験者は、すでに確立された有効な介入方法を受けるべきです(ヘルシンキ宣言第32項)。つまり、新しい治療法を試す場合には、その疾患に対して有効性・安全性が確立された既存の治療法と比べるのが原則ということになります。

しかしながら、以下の3つの場合においては、プラセボ単独または「無治療」を対照とすることも倫理的に許される可能性があります。

(1) すでに確立された介入方法がない場合

標準的な介入方法が存在しない時には、有効性と安全性が不確かな新しい方法とプラセボとの間に臨床的均衡(clinical equipoise)が成立すると考えることができ、プラセボ対照試験の実施は基本的には許されます。

ただし、たとえ標準的な方法が存在しないとしても、習慣的に用いている方法がある場合は、その方法を止めてよいかどうかが問題となることがあります。その方法を止めることが現実的に難しい場合(特に重篤な疾患が対象の場合)、上乗せ試験にならざるを得ないかも知れません。

(2) すでに確立された介入方法を止めても、一時的でわずかな不快や症状改善の遅れをもたらす程度の負担しか被験者にもたらさない場合

プラセボ群に割り付けられた被験者にもたらされる負担が、血圧やコレステロール値の若干の上昇や、頭痛などの一時的な不快感のみであり、重篤な状態に陥るリスクがなければ、プラセボ対照試験の実施が許される可能性があります。ただし、血圧やコレステロール値の監視、頭痛が我慢できない時の救済方法の用意など、リスクを最小にする方法を準備する努力が払われていなければなりません。

(3) すでに確立された介入方法を比較対照として用いると、科学的に信頼できる結果を得ることが期待できず、かつ、プラセボを使用しても、深刻な被害や取り返しのつかない被害を被験者にもたらすリスクが加わることがない場合

プラセボを単独で使用すると無視できないリスクの上昇が見込まれる場合でも、実対照との比較では科学的に信頼できる結果を得ることが困難あるいは不可能である場合には、科学的にはプラセボとの比較が望まれます。しかしながら、どんなに社会的に大きな利益が期待できるとしても、被験者に大きなリスクや負担が加わる場合には、決してプラセボとの比較試験は許されるべきではありません。

この条件の是非については多くの議論があり、倫理審査委員会の審議の大きなポイントです。

プラセボ効果

見かけ上は製剤そっくりでも、薬の成分を含んでいないダミーのことを、プラセボといいます。(あるいは、治療効果が全く期待できない成分や、有効性を発揮できない量の成分を、プラセボと呼ぶこともあります。)

有効な治療法がない時代、薬ではないものを薬だと偽って患者に飲ませれば、心理的な影響を受けて状態が改善することがある、と考えられてきました。これが本来のプラセボ(偽薬)です。しかし、今日では、このような目的でプラセボを用いる機会は少なくなっています。

一方、臨床試験ではプラセボが頻繁に用いられます。ただ、臨床試験で用いるプラセボは、治療目的で用いるプラセボとは少し意味が違います。

臨床試験にはインフォームド・コンセントが必要ですから、原則として嘘は許されません。臨床試験は、「試験薬か、プラセボか、どちらに当たるかわからない」と、本当のことを伝えてから行うのであって、プラセボを本当の薬だと偽っているわけではありません。したがって「偽薬」と訳するのも誤りといえます。あえて翻訳するなら、「擬薬」もしくは「模擬薬」がふさわしいと思いますが、プラセボという外来語はすでに定着しているので、そのままでもよさそうです。

臨床試験の対照としてプラセボを用いるのは、「薬を飲んだ」ことによる心理的影響(プラセボ効果)を排除し、薬の効果だけを純粋に抽出するためです。

プラセボ対照の考え方は重要なので、少し解説しておきましょう。

薬の効き目(薬効)を評価する場合、薬を投与した後の病状の変化を観察するのが一般的ですが、ここで観察できるのは「見かけの効き目」だけです。図1に示すように、「見かけの効き目」は、「病状の自然変動」と「プラセボ効果」と「真の効き目」の和なので、「真の効き目」だけを検出するためには、試験薬群とプラセボ対照群との差を求めなければなりません。プラセボ効果の大きさは病気や薬の種類によって違うと想像されますが、一般に、プラセボ対照を用いなければ、正確に薬効を判定することはできないと考えられています。副作用の判定についても同じで、ある有害事象が、自然に起きた体の変化なのか、薬の副作用なのかを判断するには、被験薬群とプラセボ対照群とを比較する必要があります。

図1.プラセボ効果とは
臨床的均衡

臨床試験では、すべての被験者が平等に扱われるように計画されていなければなりません。被験者が受ける利益が大きい群と小さい群、あるいは、曝されるリスクが高い群と低い群など、明らかに不平等な比較群が設定され、無作為にそれらに割り付けられるような臨床試験は、倫理原則に反します。

比較試験の実施が許されるのは、各介入群が、臨床的に優劣つけがたい(臨床的均衡)状態にあり、試験によってそれが解消される(または、本当に同等と証明される)と期待される場合だけです。言い換えると、有効性・安全性が高いのは各介入群のうちいずれなのか、試験実施前の時点ではわからない状態にあり、かつ、試験を実施することにより、どちらが優れているか明らかにできると期待される場合にのみ、試験実施は許容されるのです。

たとえば、標準的な治療法が存在しない時には、有効性と安全性が不確かな治療法とプラセボとの間に臨床的均衡が成立します。また、薬剤の至適用量が明らかとなっていない場合においては、有効性と安全性に関して、複数の用量群間で均衡が成立すると考えることができます。

一方、治療効果に明らかな差のあることがわかっている介入群同士を比較することは、被験者を平等に扱っていないため非倫理的であるばかりか、そもそも、そのような試験を行うことには意味がないため、科学性という意味からも許されません。

倫理審査委員会は、比較試験の対照群間で均衡が成立しているかどうか、確認しなければなりません。

3)ウォッシュアウト期間

臨床研究においては、現在実施中の治療の効果をリセットするため、ウォッシュアウト期間(無治療の期間)を置く場合があります。このウォッシュアウト期間の設置についても、上述のプラセボ対照群設置の許容と同様の考え方を採用することができます。

ウォッシュアウト期間設置の可否を検討する際には、ウォッシュアウト期間を設置することによって得られる科学的な意味での利益と、ウォッシュアウト期間の設置によって被験者にもたらされるリスク・負担の程度の比較を行います。

ウォッシュアウト期間を設けることが許容できるのは、ウォッシュアウト期間を設けなければ、試験的介入行為の有効性・安全性の評価を正確に行うことが困難、あるいは不可能な場合で、かつ、被験者のリスク・負担を妥当な程度に抑えることができる場合です。根拠なくウォッシュアウト期間をおいたり、ウォッシュアウトにより被験者に重篤な害がおよんだり、不可逆的な事象が発生すると予想される場合には、ウォッシュアウト期間の設置は許容できません。また、プラセボ対照群の場合と同様、リスクを最小限にとどめる救援策を講じておくことが望ましいと考えられます。

現在、企業が主導する治験においては、これらの点(特に期間の長さ)について、かなり深く検討が加えられていますが、倫理審査委員会は、被験者の安全より試験的介入の有効性評価を優先するためにウォッシュアウト期間を設置していないか、あるいは、許容限度を越える長い期間が設定されていないかなどを確認しなければなりません。

4)リスクに関する新たな情報

研究者は、インフォームド・コンセントを取得する要件として、研究への参加に伴うリスクや負担について、被験者へ事前に情報提供を行います。その情報は、説明を行う時点では最新のものですが、研究を実施している期間中に、研究に関連した新たな情報が得られることがあります。この新たな情報が、研究参加に伴うリスクや負担を増大させるなど、被験者の研究への参加継続の意思に影響を与えると考えられる場合には、研究者は被験者へ新たな情報の提供を行い、意思の再確認(再同意の取得)が行われなければなりません。

被験者の意思に影響を及ぼす最も一般的な情報は、安全性に関する情報(副作用情報)でしょう。倫理審査委員会には、臨床研究の実施中に起きた重篤な有害事象が報告されます。有害事象報告のなされ方には大きな問題が残されていますが、ここでは倫理審査委員会の対処について述べるに留めます。

倫理審査委員会には、新たな情報が伝えられるとともに、研究責任者は、被験者の参加意思の再確認が必要と考えているか、その必要はないと考えているかが示されます。研究責任者が、新たに得られた情報が被験者のリスクや負担を増大させるものだと判断し、被験者から再同意を取得するため説明文書の改訂を検討している場合には、当該文書の適切性について倫理審査委員会は審査を行います。また、研究責任者が、被験者から再同意を取得する必要はないと判断している場合には、その判断の適切性について審査を行います。

倫理審査委員会は、臨床研究実施計画の妥当性を検討する段階で、利益対リスクの検討を研究実施中も継続して行える体制が整っているか、確認しておく必要があります。

5)健康被害の補償

研究参加により生じた健康被害について、被験者には適切な補償を受ける権利があります。どのような状況であろうと、被験者がこの権利を放棄させられるようなことがあってはなりません(CIOMS/WHO「人を対象とする生物医学研究の国際倫理指針」の指針19)。

ところが、治験を除けば、最近まで、日本の倫理指針には補償に関する規定はほとんどなく、被験者へは「健康被害を受けても特別の補償はない」と伝えるだけでよい、とされてきました。これは倫理的にみて大変危うい状況といえますが、補償費用や保険を準備するのは現実的には非常に困難でした。

2008年に改正された厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では、医薬品または医療機器を用いた予防、診断、または治療方法に関する介入研究を実施する際には、研究者は、被験者に生じた健康被害を補償するため、あらかじめ保険その他の必要な措置を講じておくことが、初めて求められました。ただし、現時点では、研究費などで無理なく加入できる保険が販売されるのかどうか、どのような研究が対象となるのかなど、不明な点が多く残されています。保険に頼れないとすれば、健康被害の治療費を研究が行われた医療機関が補償するなどの措置が必要になるかも知れません。

倫理審査委員会は、少なくとも医薬品・医療機器を用いた介入研究については、研究者が適切な補償を準備していること、被験者がこの権利を放棄させられていないことを確認しなければなりません。研究者が準備している補償の内容は、同意取得のための説明文書に記載され、研究参加に先立って被験者に説明される必要があります。

被験者の過失による健康被害や、研究との因果関係が明らかに否定されるものについては、研究者が補償を行う必要はないと考えられますが、因果関係が否定できないものについては、補償対象とされることになるでしょう。この点について問題が生じた場合は、民事として司法で検討されることになります。

補償措置が求められるようになり、しばらくは自主的な臨床試験が行いにくくなるのは事実でしょうが、補償システムが確立され、公的資金などで支払いが可能となれば、十分な研究費も準備せずに行われていた劣悪な研究が淘汰され、質の高い臨床試験を行える環境が整うのではないかと期待もできます。

6)研究参加の負担と報酬

被験者は、研究に参加することにより必要となった交通費や、その他の経費(たとえば、薬剤費、検査費、入院費など)に対して、費用負担を軽減させる目的で、金銭の支払いを受けられる場合があります。場合によっては、研究参加により失われた賃金の支払いを受けることもあり得ます。また、研究から直接的な利益を受けない被験者については、かかった負担や費やされた時間を、少額の金銭などにより補償されることもあります。

これが、臨床研究へ参加することによって発生する負担を単に償還するものである限り、なんら問題はありません。むしろ、そのような準備がなされない場合の方が問題です。しかしながら、被験者の判断力を鈍らせて研究参加に誘導するほど高額の金銭や過大なサービスを申し出て、不当な誘引を行うことは許されません。人が自由な選択を行う能力を鈍らせるような報酬は、インフォームド・コンセントを無効にします。

何が正当な報酬で、何が不当な誘引かの判断は、研究が実施される環境や被験者などによって多少異なると思われますが、基本的には、報酬が研究参加への主要な動機付けとなるような場合には、不当な誘引とみなすべきでしょう。特定の状況において何が相応な報酬かを判断するのは、倫理審査委員会の役目です。

3. 公正性に属すること

1)被験者の選択

試験薬の特性や研究の目的などにより、被験者選択の条件、除外の条件が定められ、研究計画書に明記されています。しかし、被験者の選択は、研究計画書に規定されている条件以外にも、薬剤の危険性や被験者の生活環境などを考慮に入れ、研究者(医師)が総合的に判断することになります。

一般的には、子ども、妊娠可能な女性、高齢者、精神障害者、知的障害者、あるいは「社会的弱者」(後述)などを被験者として選定する場合は、前提として、そのような身体的・社会的に脆弱な被験者を選定せざるをえない合理的な理由が存在しなくてはなりません。その上で、彼らを保護し、安全性を担保する措置が講じられている必要があります。

以前は、被験者選択の問題は、弱者保護という視点からのみ論じられることが多く、弱者を研究対象とすることは極力避ける傾向が強かったのですが、最近では、医学的な理由以外の理由で研究への組み入れを制限することは、むしろ公正性に欠けると見られる可能性があります。この点、上記の一般的な被験者保護のコンセプトと相容れない部分が生ずるかも知れず、今後、この問題は、公正性に関する大きな議論をもたらす可能性があります。

たとえば、次の例を見ていただくと、この問題を具体的におわかりいただけるでしょう。

2008年の『ニューヨーク・タイムズ』の社会面に掲載された臨床試験に関する記事に、65歳以上の高齢者のがん研究をもっと盛んにするべき、という内容がありました。がんの有病率は65歳以上で高いにもかかわらず、がんの臨床試験に参加する患者のうち65歳以上の人は4分の1程度しかないという報告に基づき、臨床試験から「高齢者が系統的に(systematically)除外されている」と指摘しています。

被験者から高齢者を除外することは、身体的に脆弱な人々を健康被害から保護するという意味では望ましいことのようにも見えますが、一方、高齢者は臨床試験から直接的利益が得られなくなる可能性、さらに、高齢者の臨床的エビデンスが得られなくなり、高齢者集団全体への不利益となる可能性が生じるわけです。

こうした問題は、日本では今のところほとんど取り上げられていないので、議論を深めていく必要があります。

社会的弱者

「社会的弱者」とは、潜在的には同意能力があっても、社会的に弱い立場にあるため、自由な判断ができない可能性がある人々のことです。本人に能力はあっても、置かれた環境下において、自由な判断が損なわれるならば、十分な同意能力を有するとは言えなくなります。

たとえば、圧政の下に置かれている人々、社会的差別を受けている人々、囚人、捕虜、兵士、研究責任者が指導する学生、研究責任者の部下、当該治験に関わる企業の社員などが挙げられるでしょう。

社会的弱者を臨床研究の対象とする場合には特別の配慮が必要で、一般に、下記の条件を満たす必要があります。

  • その人々を対象にしないと研究が行えない合理的な理由がある。
  • 研究の目的が、その人々のニーズに適合した知識を得ることである。
  • 代諾者の許可がある。
  • その人々の能力の範囲において、同意(賛意)が得られている。
  • 研究参加や研究継続を拒否する意思が尊重される。
2)個人情報の保護

現行の国内法制で、臨床研究の参加者のプライバシーを守る主な規定には、(1)医師、薬剤師、看護師などの職業上の守秘義務、(2)個人情報保護法の中で規定される個人情報管理義務、(3)GCP省令を法的根拠とする被験者情報の守秘義務、(4)民法上の契約に基づいた決定事項、の4つがあります。

最近の研究では、「究極のプライバシー」とも言われる遺伝情報や遺伝子試料を取り扱う場合が多くなりました。遺伝情報の影響は、被験者個人のみならず、その家族、先祖、子孫に及びます。医学の進歩次第では、疾病の発症や予後などを予測できる情報となる可能性を含むものです。知りたい、知りたくないという本人の意思が最優先されなくてはなりませんが、将来の社会や特定の集団に属する人々のリスクも、今後、議論の焦点となるでしょう。

被験者が最も気にしているのは、個人情報の第三者への流出やその乱用の危険性ですので、個人情報の取り扱われ方の説明は非常に重要です。被験者向けの説明では、情報の開示の範囲やプライバシー保護のための医療機関の施策について、可能な限り言及されるべきでしょう。特に、診療情報や遺伝子情報は匿名化されるのか、連結可能なのか不可能なのか、といった個人情報の管理方法をわかりやすく説明し、理解を得ることが重要です。また、情報開示は、被験者の秘密が保全されることを前提として行うことを説明しなければなりません。

倫理審査委員会では、施設の情報管理体制、研究実施体制や研究計画から推測されるプライバシー保護の盲点などをチェックします。

3)利益相反

利益相反とは

利益相反(conflict of interest: COI)とは、一般的には、一方の利益になると同時に、他方へは不利益になる状態のことですが、臨床研究に限っていえば、研究者としての興味や個人的利益が、医療者としての義務と相反し、ひいては被験者(患者)の福利と相反する状態を意味します。

臨床研究は、多かれ少なかれ、利益相反を伴います。なぜなら、研究は、通常の診療と異なり、目前の患者の利益だけを考えて行う行為ではなく、一般化可能な知識の獲得という社会的利益や、研究者個人の利益も期待して行われる行為であり、医療者の義務と研究者の関心には、多少なりともずれがあるからです。

特に、産学連携活動によって行われる臨床研究では、研究者や実施機関が特定企業の活動に深く関与することになり、研究者や実施機関が公的に果たすべき責任と、産学連携活動から得られる利益が相反する状態が、不可避的に発生します。

つまり、臨床研究から利益相反状態をなくすことは、原理的に不可能なのです。

しかし、これを野放しにすると、1999年に米国で発生したゲルシンガー事件のような大きな社会的問題が発生し、被験者の安全性すら脅かされかねません。たとえそれほどではなくても、インフルエンザ治療薬オセルタミビル(タミフル)の副作用評価のように、社会から疑惑の目で見られかねません。そうなると、たとえ適正に実施された研究でも、結果を信用してもらえないという事態が起こりかねません。

利益相反の管理

上で述べたように、利益相反は避けられませんが、一方、放置もできません。そこで、研究機関が組織的に利益相反を管理することが重要となります。今日、ヘルシンキ宣言も厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」も、利益相反、特に研究者個人の経済的な利益については、慎重な対応を求めています。

ただ、臨床研究と利益相反の関係については未だ議論が多く、統一的な考え方は確立されていません。今のところ、研究機関が、利益相反に関するポリシーを自主的に作って対応せざるを得ません。このようなポリシー策定の動きは、ゲルシンガー事件を契機に米国に始まりましたが、日本にも波及し、文部科学省の委託で設置された「臨床研究の倫理と利益相反に関する検討班」により、「臨床研究の利益相反ポリシー策定のためのガイドライン」が作られました。この指針は、各研究機関がポリシーを定める際に参考となる基本的情報を提供します。

今日、すべての臨床研究には、利益相反の管理が求められます。これに対応するには、まず、利益相反管理委員会など運営体制の構築が必要でしょう。管理委員会の活動を倫理審査委員会の審査と連動させ、管理委員会の評価に基づいて研究計画の審査が行われるようにするとよいでしょう。ただ、この管理は、研究を必要以上に制約するものであってはいけません。研究の結果として得られる被験者の利益が侵害されるようであれば、何のための管理かわからなくなるからです。

最低限求められるのは、利益相反の度合をはじめから考慮に入れて研究実施体制を組むことです。たとえば、効果・安全性評価委員会やイベント判定委員会など、臨床試験の質や結果判定に重大な影響を与える委員会の委員構成が独立性を保証できるものとなっているかどうか確認することは、重要な利益相反管理だと思われます。しかし、管理の及ぶ範囲(研究者のみに留めるか、その家族や共同研究者にまで拡大するか)や、管理の及ぶ寄付金の額など、細かいルールは、研究機関、倫理審査委員会、研究計画毎に判断されることになります。また、研究開始後、研究費や寄付金の追加交付などで報告済みの内容に変更が生じた場合に、報告を更新する仕組みも必要になるかも知れません。

4)結果の公表

研究計画書に定められた目的には、研究結果の公表などを通じて、個人や社会に成果を還元することが含まれていなければなりません。しかしながら、倫理審査委員会は、研究者が、研究結果をいつどのように公表したかということまでは、通常追跡できません。委員会の役割は、研究者が審査を依頼した研究のデータ収集が終了した時点で終わるからです。

2008年に改正された「臨床研究に関する倫理指針」は、臨床試験の事前登録を要求していますが、これは、出版バイアスの解消を目的として、世界の研究者が自発的に始めた取組の流れを受けたもので、上記の倫理審査委員会の限界をある程度は補いうると期待できます。

出版バイアスとは、否定的な結論が出た研究成果は公表されず、「よい」結果や、予想どおりの結果が得られた一部の研究のみが公表され、公表結果と真実とが乖離してしまうことです。見込み違いの結果を発表したところで無駄な情報が氾濫するだけだと言う人がいますが、これは誤りで、正しい方法で行われた研究であれば、その結果はいかなるものであっても、正しい知識の集積という意味で価値があります。この他、出版バイアスの解消には、公表されなかった研究と類似した研究が再び繰り返され、被験者を不要な危険に曝すことを避ける目的もあります。

ただし、臨床試験の事前登録には、出版バイアスの防止が期待できる一方、研究機密の脆弱化、ライバル研究者への秘密漏洩などの問題があります。

予想どおりの結果か否かに関わらず、また、たとえ明確な結果が得られなかったとしても、行われた研究を個人や社会に還元するため、結果を公表することは重要なことです。これを促すよい方策を考えなければなりません。倫理審査委員会としては、審査する研究計画が事前登録される予定かどうか、研究者に確認するといいでしょう。

5)国際共同研究

ある国や企業が計画した研究が、他国で実施される場合、研究計画は、研究が実施される国の倫理審査委員会に提出され、審査を受けなければなりません。ここで従うべき倫理基準は、依頼者が属する国の基準より厳格さの低いものであってはならず、原則として、より厳しい国の基準に従うべきとされています。また、実施国の倫理審査委員会は、その研究が、実施国の保健衛生上のニーズに応えるものであり、その国の法令や倫理指針を満たしていることを確認しなければなりません。これについては、CIOMS/WHO「人を対象とする生物医学研究の国際倫理指針」の指針3に詳しく解説があります。

ドラッグ・ラグを解消するため、また、アジア地域における医薬品適正使用のエビデンス構築のため、あるいは、その他の様々な理由で、日本の医療機関が国際共同研究(国際共同試験)に参加する機会が近年増加しています。最近の民間レポートによると、2007年に開始された新規国際共同試験の数は、韓国や中国を凌いでいたそうです。

国際共同研究でも日本国内の規制が適用されますので、制度的な変更・修正の必要はないはずです。ただし、海外の規制当局に対応するため、保管期間の延長など、余分の対応が必要になることはあります。国際共同研究のため、検査値データの入手が遅れたり、薬剤の使用方法や保管方法が違ったりするような場合は、被験者に説明しておく必要があります。なお、被験者への説明は、国際共同研究であっても、被験者の母国語(被験者が理解できる言葉)を使う必要があります。

国際共同研究には、文化の違う国や地域が同時に参加するため、コミュニケーション能力、特に英語能力が、臨床研究の実施に必要となります。研究計画書は英語で書かれ、依頼者と実施機関とのやり取りが英語で行われることも多いため、英語によるコミュニケーションの能力が研究遂行に必要なレベルに達しているか、また、それが維持できるかどうかは、実施体制の評価に際して考慮されるべきでしょう。なぜなら、コミュニケーションの齟齬のため、被験者の福利が阻害されてはいけないからです。研究責任者(試験責任医師)やCRCなど、研究実施に関わるスタッフが、研究計画書を理解し、コミュニケーション能力が十分かどうかは、審査のポイントとなる場合があります。