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倫理審査委員会

インフォームド・コンセントの取得は、被験者保護の要です。しかし、完全な理解に基づくインフォームド・コンセントを得ることは、理念的にはともかく、現実的には極めて困難です。また、インフォームド・コンセント取得だけでは保証できない倫理性もあります。インフォームド・コンセントの弱点を補うのに、倫理審査は極めて有効な手段です。倫理審査委員会は、インフォームド・コンセントがたとえ不完全であっても、被験者および社会に不利益が及ばないことを保証する最後の砦といえるでしょう。

1. 概念

倫理審査委員会(あるいは研究倫理委員会research ethics committee:REC)とは、当該臨床研究に直接関与する者から独立した第三者によって研究の是非を審議する会議です。最も重要な任務は被験者の権利と安全を守ることですが、非科学的な研究を行うことは被験者や社会に負担をかけるため非倫理的であるという観点から、研究の科学的根拠も厳格に審査すべきです。したがって、倫理審査委員会は、研究の倫理性と科学性の両方について審議する能力を持たなければなりません。

臨床研究を他人が審査するという手続きは、今日では当然のこととされています。しかし、歴史的に見れば、多くの人々の犠牲を伴った長い困難の後に人間社会がようやく獲得した、かけがえのない方法であることを忘れてはなりません。

臨床研究を審査するというコンセプトを初めて取り入れたのは、米国国立衛生研究所(NIH)です。1950年代より、NIHの臨床研究センターは、NIHで行われる全研究を委員会で倫理審査する手続きをとっていましたが、1964年、NIH長官ジェイムズ・シャノンは、公的資金で行われる全研究を審査する方針を打ち立てました。1966年、ヘンリー・ビーチャーによる非倫理的臨床研究の告発をきっかけとして、研究倫理に関する米国世論が高まり、臨床研究はもはや専門家集団だけのものではなく、一般社会が認めるものでなければならなくなりました。これに対し、食品医薬品局(FDA)は、インフォームド・コンセントに重点を置いた政策を発表しましたが、NIHはインフォームド・コンセントには限界があるとし、研究施設の同僚による審査という手続きを指示しました。1974年、タスキギー梅毒研究の暴露(タスキギー事件)などに後押しされて成立した国家研究法により、米国では、倫理審査システムが法的に確立しました。1975年、倫理審査という方法はヘルシンキ宣言にも導入され、世界に広まることとなりました。

米国では、倫理審査委員会は研究施設単位に設けられたため、施設内審査委員会(institutional review board:IRB)と呼ばれました。1960年代の米国の臨床研究は、少数の被験者を対象に一施設内で行うものが大半であったため、施設毎に審査することになったのです。後に日本もこれに倣ったため、日本の倫理審査委員会、特に治験審査委員会は、しばしばIRBと呼ばれます。

一方、英国やヨーロッパ諸国では施設単位ではなく、施設とは独立した委員会を地域毎などに設置するのが一般的です。

どちらの設置形態にも長所と短所があります。施設内委員会では、独立性を保つのが容易でないこと、多施設共同研究の審査が困難なことなどの問題があり、一方、独立委員会では委員会ショッピング(研究者にとって都合のよい委員会を選べる)などの問題があります。

また、ヒトゲノム解析を含む研究など、特定の専門的事項に関する審査が必要な研究に備え、親委員会の下に専門部会を設置する場合が増えています。

2. 設置

治験および製造販売後臨床試験(以下、「治験等」)を実施する医療機関の長は、治験等に関する調査審議を倫理審査委員会(ここでは治験審査委員会)に行わせなければならないことが、GCP省令により定められています。治験審査委員会の設置は今日かなり自由化され、試験実施医療機関の長以外に、民法により設立された法人、特定非営利活動法人、医療関係の学術団体、学校法人、独立行政法人、国立大学法人、地方行政法人が、治験審査委員会を設置できることになっています。自機関に治験審査委員会を設置できない場合や、研究の内容から見てそうした方がよいと判断される場合には、他機関の治験審査委員会に審査を依頼したり、意見を聞いたりすることができます。

一般の臨床研究の場合は、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」に従って倫理審査委員会を設置します。設置や依頼の条件は、治験等とほぼ同様です。

3. 構成

簡単にいえば、倫理審査委員会は、(1)医学・薬学の専門家、(2)医学・薬学の専門家でない者(非専門家)、(3)外部委員から構成されます。GCP省令と「臨床研究に関する倫理指針」では若干異なるため、治験等と一般臨床研究の両方を審査する倫理審査委員会は、これらの規定をともに満たす必要があります。

非専門家として、現状では事務員や弁護士などを加える場合が多いようですが、医学・薬学の専門外であれば誰でもいいわけではありません。見識の高い一般人として、主に倫理的観点から被験者の人権保護に関する審議を期待されます。「臨床研究に関する倫理指針」では「人文科学の有識者」と明記されています。

外部委員は委員会の第三者性を確保するために加えられる者であり、GCP省令では「実施医療機関(および)治験審査委員会の設置者と利害関係を有しない者」とされます。現状では外部委員にも医学・薬学の専門家でない者が当てられる場合が多いようですが、研究の科学性について実質的に審議するためには、外部の専門家も委員に加えられるべきでしょう。

なお、委員会の第三者性を確保するため、実施機関の長自身が審議に加わることはできません(本来、倫理審査委員会メンバーに実施機関の長を加えるべきではありません)。GCP省令も「臨床研究に関する倫理指針」も実施機関の長の審議・採決への参加は禁止しています。

4. 任務

倫理審査委員会の役割は、臨床研究計画およびその実施状況が倫理的・科学的に適正かどうかを、研究計画書や被験者説明文書などの資料をもとに審査し、さらに、研究担当者の資質をも含めて当該施設で実施するのが適切かどうか判断することです。

審査は一度だけで済むわけではありません。治験等に関しては、表1の4つの場合に審議するよう、GCP省令で定められています。一般の臨床研究でも計画段階での審査(表1-1)はおおむね実施されていると思われます。その後の審査(表1-2〜4)については徹底されていないのが現状でしたが、2008年改正の厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」で、治験等とほぼ同様の手続きが必要になりました。

表1に示すように、倫理審査委員会には実施中の試験を監視する役割があるため、新規申請課題がなくても毎月1回など定期的に開催すべきです。審議時間は内容にもよりますが、新規課題なら1時間程度は費やして審査すべきです。会議の時間は限られているため、重要問題の審議に十分な時間を割き、被験者説明文書の語句修正などに多くの時間を費やすべきではありません。治験等については治験事務局と治験依頼者の間で事前ヒアリングを行うことが多いので、書類の不備や表記の誤りが倫理審査委員会で初めて指摘されることは少なくなっています。

倫理審査委員会の委員は、試験計画の内容について会議の前に十分把握しておくべきであり、内容を理解するために会議の時間を多く費やしてはなりません。倫理審査委員会で実質的な審議を行うためには、会議前に十分な調査を行う必要です。特に研究の科学性についてはその場で判断することは困難なことが多く、事前調査が必須です。しかしながら、委員が事前に十分な調査を行うことは現実的には困難です。徹底した事前調査を行っている倫理審査委員会はごく一部に限られています。申請課題ごとに担当委員を決めて事前調査を十分行わせる方法も良いのではないかと思われますが、担当委員の負担増などの理由により、採用している倫理審査委員会は多くありません。

倫理審査の対象は、基本的には研究計画書という書類ですので、依頼者や責任医師などの当事者を倫理審査委員会に同席させる必要はありませんが、同席させていれば委員の質問への答えが直ちに得られるので、審査の迅速化という意味ではそれも有効です。ただし、会議の独立性を保つため、同席を許可するのは説明と質問の時間に限り、審議と採決の場に研究の当事者を入れてはなりません。

採決の方法は各倫理審査委員会に任されていますが、大部分の倫理審査委員会では全員一致を旨としており、多数決で決めるところはほとんどありません(また、そうするべきではありません)。採決結果には、承認、条件付承認、却下、保留(審議不十分)、承認取り消しなどがあり、判断理由とともに実施機関の長に報告されます。

実際の審査の進め方については、第7章で詳しくお話しします。

5. 審査結果はどう扱われるか

倫理審査委員会の基本的な立場は、研究実施機関の長の諮問委員会です。実施機関の長は倫理審査委員会の採決結果や意見を聞き、依頼者や責任医師にそれを文書により通知しなければなりません。研究の実施は適切ではないという意見を倫理審査委員会が述べた場合、実施機関の長は、研究の依頼を受けたり、研究の実施を承認したりしてはなりません。研究の継続が適切ではないという意見を述べた場合、実施機関の長は、研究の契約を解除するか中止しなければなりません。また、研究が適切に行われていないという意見を述べた場合、実施機関の長は必要な措置を講じなければなりません。このように、実施機関の長は倫理審査委員会の否定的な意見には逆らうことができません。反対に、倫理審査委員会が研究の実施や継続を承認した場合であっても、実施機関の長が何らかの理由によりそれを受け入れられないと判断した場合は、それらを拒否することができます。

6. 教育・研修

2008年に改正された「臨床研究に関する倫理指針」には、「倫理審査委員会の設置者は、倫理審査委員会委員の教育及び研修に努めなければならない」という規定が加わりました。ただし、倫理審査委員会の委員が教育を受けたり研修したりする機会は今のところ極めて乏しいため、レクネット福岡のような教育・研修システムを、全国に早急に作る必要があります。

7. 残された課題

今日の研究倫理審査のあり方には2つの大きな問題があります。審査委員会の設置様式に関わる制度上の問題と、審査の質の問題です。

前者は、施設単位か施設とは独立させるかという、先に述べた問題です。倫理審査委員会は、理想的には施設(実施機関)と独立させて設置するべきです。受託研究であればIRBという形態でも大きな問題は生じにくいと言えますが、自施設で計画された研究を、完全に独立性を保持したままIRBで審査するのは容易ではなく、有形・無形の圧力が倫理審査委員会に及ぶ可能性があります。また、今日のように多施設が共同で実施する臨床試験が増えてくると、施設単位の審査だけで対応するのは困難です。中心に位置づけられる倫理審査委員会で研究計画を審査した後、各施設の倫理審査委員会で実施可能性を審査するなどの方法が試みられています。

一方後者、すなわち「審査の質をどう確保するか」という問題は、日本ではほとんど手つかずの状態で残されています。倫理審査委員会が臨床研究を承認するということは一般社会にその適切性を保証することであるからには、一般社会が認めた基準に従って審査すべきです。ところがGCP省令や「臨床研究に関する倫理指針」は審査の中身までは規定していないので、何をどう審査してどう判断するかは、各倫理審査委員会に任されています。欧米では、臨床研究すべてを包括する法規制の下に研究倫理の原則が設けられ、倫理審査委員会の認定制もあります。しかしながら日本には、治験等を除けば規制法はなく、それどころか倫理原則もありません。また、委員になるのに資格は要らないばかりか、教育・研修の機会すら、今のところほとんどありません。

第一に、確固とした倫理原則を設けること、第二に、認定制などの倫理審査委員会管理システムを設け、委員の教育・研修の機会を増やすことが、審査のレベルを向上させるために必要です。

被験者を守る上で、倫理審査はインフォームド・コンセントと並んで最も重要な手続きです。最近では倫理審査が形骸化しているという批判を耳にしますが、形骸化するほど当然のことになったのだとすれば、それほど悪いことではないのかも知れません。倫理審査委員会が存在するというだけで、少なくともビーチャーが告発したような常軌を逸した研究は発案すらされなくなるでしょう。ただし日本では、倫理審査が法令で義務づけられているのは治験等のみです。一般の臨床研究でも審査を法的に義務づけるべきだと思われます。

表1.

1. 研究の計画段階での審査
新たに研究計画が提出された時、および既に承認された研究計画が変更される場合に審査します。当該計画が倫理的・科学的に妥当かどうか、また当該機関における実施が適切であるかどうかを審議し、意見を述べます。
2. 研究の実施中の審査
研究が適切に行われているかどうか定期的に(ふつう1年に1度)審査し、研究の継続が妥当かどうか審議します。
3. 研究の終了後の審査
研究が適切に行われていたかどうかを審査し、意見を述べます。
4. 研究に何らかの問題が生じた時の審査
重篤な有害事象の報告がなされた場合など、当該研究に関わる何らかの問題が生じた場合に、当該医療機関で研究が適切に行われているかどうか調査し、研究を継続して行うことの適否を審議します。事態の緊急性に応じて速やかに意見を述べなければなりません。