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審査の対象

臨床研究はすべて、第三者により、倫理的観点から審査されなければなりません。しかし、臨床研究とはどのようなものか正確に把握していなければ、審査の対象が定まりません。特に、診療行為と研究行為の違いを明らかにすることは、審査対象を明確化するのに重要です。

1. 診療と研究の境界

倫理審査の対象となる臨床研究を理解するために、まず必要なのは、研究とは何かをはっきりさせることです。特に、診療(予防・診断・治療からなる行為の総称)とどう違うのか、これを明らかにしないと、審査対象が定まりません。

診療行為と研究行為の関係を図示すると図1のようになります。A領域は純粋な診療行為、B領域は純粋な臨床研究を意味します。C領域は、認められた治療法同士を比較検討する場合のように、診療と研究の要素が混在する領域です。

研究(臨床研究)の定義について、現行の倫理指針は何と言っているでしょうか。

図1.診療と研究

厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」は、臨床研究の定義についてこう述べています。「医療における疾病の予防方法、診断方法及び治療方法の改善、疾病原因及び病態の理解並びに患者の生活の質の向上を目的として実施される次に掲げる医学系研究であって、人を対象とするものをいう(以下省略)」。

しかし、この定義では「研究」という言葉を既知のものとして用いており、それが何を指すかについては説明していません。診療と研究の違いを明示した倫理指針は、今の日本には存在しないようです。これでは、指針が述べているのは枝葉末節だけで、根幹は述べていない、ということにならないでしょうか。

ただし、この指針では、「診断及び治療のみを目的とした医療行為」が対象外の行為として挙げられています。非該当部分(図1のA領域)を示すことで間接的に該当部分を定義したと言えなくもありませんが、それならば「診断及び治療」の正確な定義が必要になります。ただ、臨床研究を対象とする指針である以上、研究を定義することから逃げてはいけません。

では、研究とはいかなるものでしょうか。

臨床試験については、「予防・診断・治療法の安全性や有効性を試す行為」と言われることがあります。しかし、この定義が不十分なことは明らかです。なぜなら、認められた予防・診断・治療法といっても、安全性・有効性が100%ということはありません。どんなに標準的とされる診療行為でも、試してみなければわからない、すなわち実験的な側面があります。つまり、実験的側面があるから研究だとは言えないのです。標準的治療法が有効でない患者のため、未承認の(多くは安全性・有効性が確立されていない)新しい治療法を試して患者を救おうとするような場合、特にこれが当てはまります。ただし、実験的側面が極めて強い場合でも治療といっていいのかどうかについては、多くの議論があります。

このような状況の下、米国では研究を次のように定義しています。

まずベルモント・レポートは、診療と研究の区別は容易ではないとしながらも、研究とは「仮説を検証し、結論を導き出すことを可能とし、それによって、一般化可能な知識を開発したり、そのような知識に貢献したりするように考案された活動」と定義しています。また、研究の内容は「目的と、目的を達成するためにデザインされた一連の方法を説明する正式の計画書」に記載される、としています。さらに、診療と研究が同時に行なわれる場合の倫理審査について、「行為の中にわずかでも研究の要素が含まれるのであれば、被験者を保護するために、その行為は審査を受けるべき」だとしています。

次に、連邦行政規則第45編第46部(45CFR46)は、研究を「一般化可能な知識を開発したり、そのような知識に貢献したりするように考案された体系的調査」、研究対象者を「研究を実施する者が、介入したり影響を与えたりすることによりデータを得たり、識別可能な個人情報を得たりする生きた人物」と定義しています。

さらに、CIOMSとWHOによる「人を対象とする生物医学研究の国際倫理指針」は、「一般化可能な知識を獲得するため、またはそれに貢献するために計画された活動」と研究を定義しています。「一般化可能な知識」とは、「理論、法則もしくは関係性、あるいはそれらの基礎となる情報の蓄積から成り、科学的に受け入れられた観測方法と推測方法により確認することができる」ものです。

研究の定義は、確かに容易ではありません。明らかなのは、医師(研究者)の見かけ上の行為で診療と研究を区別することはできないということです。本質的な違いは行為ではなく、その目的にあります。診療が目的とするのは目の前の患者個人ですが、研究が目的とするのは未来の患者群だからです。

2. 臨床研究

医学の発展を目的とする研究のうち、人を対象とする研究を臨床研究といいます。ただし、この場合の「人」とは、生きている人間はもちろん、遺体、人体由来の臓器・組織・細胞・核酸試料、遺伝情報、診療録情報などを含む概念です。したがって、手術で摘出された臓器の組織像を観察するような研究や、過去の診療録から検査データを集めて解析するような研究も、患者個人に帰属する情報としてそれらを扱うかぎり、臨床研究に含まれます。

臨床研究には様々なものが含まれますが、これを正しく分類することは、研究の内容を理解するためにはもちろん、倫理指針等により適切な規制を行う上でも重要です。臨床研究の分類には、大きく分けて三つの方法があります。(1)研究目的による分類、(2)研究方法論による分類、(3)研究分野による分類です(表1)。

(1)の場合、表1Aのように、仮説自体を見出そうとする、あるいは、仮説が正しい可能性を見出そうとする「探索的研究」と、仮説が正しいことを科学的に実証する「検証的研究」に分けられます。ただし、この分類は学問上のものであり、区別するのは容易でない場合もあるので、この分類をもとに倫理指針を作るのは実際的ではありません。

(2)の場合は、表1Bのようになります。臨床研究は、被験者に人為的介入を行わない「観察研究」と、人為的介入を行う「介入研究」に分けられ、後者を「臨床試験」といいます。観察研究も介入研究(臨床試験)も、方法論上さらに細かく分類されます。どのような臨床研究も、この内いずれか一つのカテゴリーに当てはまるはずで、複数のカテゴリーに当てはまることは原則としてありません。このように、方法論別分類は個々の研究と1対1に対応するので、倫理指針を設けるのに適しています。

最後に、(3)の場合は、表1Cのようになります。この分け方だと、研究分野が拡大するとともに、次々に新しいカテゴリーが発生します。すなわち、全ての研究がいずれかに該当するという保証がありません。また、一つの研究が複数のカテゴリーに属するという事態が起こり得ます。したがって、臨床研究を包括的に規制したり、倫理指針を作ったりする上で、この分類は、基本的には適していません。

しかし、日本の指針は、かなり(3)を採用して作られています。「疫学研究に関する倫理指針」「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」「遺伝子治療臨床研究に関する指針」「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」などがそれです。遺伝子治療や幹細胞に関連した臨床研究は極めて特殊な研究なので、別立てにすることもやむを得ませんが、「疫学研究に関する倫理指針」や「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」を独立させたことで、倫理審査の現場に混乱が起きています。少なくともこれら2者は、「臨床研究に関する倫理指針」に統合されるべきものです。

3. 治験と製造販売後調査・臨床試験

「治験」という言葉は、薬事法に基づく日本独自の用語であり、これに当たる言葉は海外には見当たりません。医薬品・医療機器の製造販売の承認を得るため、厚生労働大臣に提出する資料を収集する目的で臨床試験を実施すること、もしくは、そのような目的の臨床試験自体を指す言葉として用いられています。つまり、治験は臨床試験の一部(承認申請という特別の目的を有する臨床試験)であり、医学研究全体から見た位置づけは図2のようになります。

治験は、製造販売の承認を取得することが目的なので、従来は企業主導で行われてきました。しかし、今日では、薬事法が改正され、必ずしも企業の開発プロセスに乗せる必要はなくなり、医師の主導でも実施できるようになりました(医師主導治験)。

図2.臨床研究・臨床試験・治験

医薬品は、表2のようなプロセスを経て開発されます。候補物質が見つかると、まず、細胞や動物などを対象とした実験(これを非臨床試験といいます)により、安全性と有効性を徹底的に調査します。非臨床試験で、安全で有効な医薬品となり得ると判断された場合にのみ、臨床試験(治験)に移行できます。

治験は、一般に、第I相試験〜第III相試験の3段階で行われます。

第I相試験

一般的には健常成人を対象とし、被験薬を少量から段階的に増量し、薬物動態と安全性(有害事象・副作用)について調査することを主目的とした試験で、「臨床薬理試験」と呼ばれることもあります。患者が対象ではないので、薬効はふつう評価できません。動物実験の結果を受け、被験薬を人に投与する最初のステップであり(本当に世界で初めて人に投与する場合、特に、First-in-Human試験と呼びます)、被験薬の安全性を検討する上で極めて重要なプロセスです。ただし、抗がん剤など重い副作用が予想される被験薬は、倫理的観点から、健常人ではなく、はじめから患者を対象とすることがあります。

第II相試験

第I相の結果を受けて、少数例の患者を対象に実施する試験で、「探索的試験」とも呼ばれます。一般に前期と後期に分けられます。前期第II相試験は、「概念実証(proof of concept:POC)試験」とも呼ばれ、被験薬を医薬品として開発しようというコンセプトが正しいかどうか検討する試験で、有効性と安全性が試されます。後期第II相試験は、「用量設定試験」とも呼ばれ、第III相試験で用いる至適用法・用量を検討することを主な目的とします。

場合によっては、第I/II相として、第I相と連続した試験デザインや、第II/III相として、第III相に続けて移行する試験デザインとなることもあります。

なお、抗がん剤などでは、第II相において、腫瘍縮小効果など短期間で評価可能な指標を用いて有効性を確認し、第III相を経ずに承認申請を行うことがあります。

第III相試験

比較的多数例の患者を対象に、有効性の検証と安全性の検討を目的として行われる試験で、「検証的試験」と呼ばれます。第II相で検討された有効性を科学的に証明するのが第III相の主目的なので、無作為化や盲検化などの試験デザインがほとんどの試験で採用されます。数百例以上の規模になることが多いので、多くの施設が参加して実施される場合がほとんどです。

以上の成績をまとめ、医薬品の製造販売承認申請が行われます。規制当局(医薬品医療機器総合機構)による審査を受け、厚生労働大臣に承認されると、医薬品としての販売が可能となります。ただし、抗がん剤に関しては、製造販売後に第III相試験を実施する計画とともに、第II相までの結果をもって承認申請を行うことがあります。

医薬品には、製造販売後も、調査や臨床試験が義務づけられています。製造販売後調査は、多くの患者で使用されることにより、治験では検出できなかった副作用を検出するのが主な目的です。製造販売後臨床試験(第IV相試験と呼ばれることもあります)は、治験では対象とならなかった様々な患者を対象として、医薬品の有効性・安全性を確かめることを目的として実施されます。

表1. 臨床研究の分類

A. 研究目的による分類
  • 1. 仮説探索的研究
  • 2. 仮説検証的研究
B. 研究方法論による分類
  • 1. 観察研究
  • (ア) 症例報告・症例集積研究
  • (イ) 横断的研究
  • 1) 対照のない横断的研究
  • 2) 対照のある横断的研究
  • (ウ) 縦断的研究
  • 1) 後向き研究(症例対照研究)
  • 2) 前向き研究(コホート研究)
  • 2. 介入研究(臨床試験)
  • (ア) 対照のない臨床試験
  • (イ) 対照のある臨床試験(比較試験)
  • 1) 歴史的対照のある比較試験
  • 2) 同時対照(並行群)のある比較試験
  • a. 無作為化(ランダム化)しない比較試験
  • b. 無作為化比較試験(RCT)
  • (1) 非盲検無作為化比較試験
  • (2) 盲検無作為化比較試験
  • [1] 単盲検無作為化比較試験
  • [2] 二重盲検無作為化比較試験
C. 研究分野による分類
  • 1. 医薬品・医療機器開発のための研究
  • 2. 臨床的エビデンス構築のための研究
  • 3. 疫学研究
  • 4. ヒトゲノム・遺伝子解析研究
  • 5. 遺伝子治療開発研究
  • 6. 幹細胞療法開発研究
  • 7. 移植医療開発研究
  • 8. …

表2. 医薬品の開発

  • 1. 候補物質の探索
  • 2. 非臨床試験
  • 3. 臨床試験(治験)
  • 1) 第I相試験(臨床薬理試験)
  • 2) 第II相試験(探索的試験)
  • (1) 前期第II相試験(概念実証試験)
  • (2) 後期第II相試験(用量設定試験)
  • 3) 第III相試験(検証的試験)
  • 4. 製造販売承認申請/審査/承認/発売
  • 5. 製造販売後調査・臨床試験