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臨床研究の実際

倫理審査を行うには、臨床研究とはどのように実施されるものなのか、よく知っておく必要があります。そこで、本章では、臨床研究のために組織される研究実施体制、研究計画書の基本的な構成、被験者からインフォームド・コンセントを得るための説明文書と同意書の基本的な構成など、臨床研究実施に関する基本事項について解説します。

1. 研究実施体制

1)研究者

「研究者」という言葉の意味はやや曖昧で、「研究に従事する職業」を指すのか、「ある特定の研究を実施する人物」を指すのか、これだけではわかりません。しかし、ここでいう「研究者」は、前者ではなく、後者を指しています。もっと正確に表現するなら、「研究実施者」とするべきかも知れませんが、複雑さを避けるため、「研究者」で通すことにします。

さて、研究者にもいくつか立場の異なる人々が含まれます。

多くの臨床研究は、医療機関を基本単位として実施されます。個々の実施機関には、臨床研究に係る当該機関の業務を統括する「研究責任者」が置かれ、必要に応じて、研究責任者の指導のもとに研究実施に当たる「研究分担者」が置かれます。研究責任者は、研究計画書の作成(ただし受託研究を除く)、被験者への説明文書の作成、インフォームド・コンセントの取得、研究計画書を遵守した研究の実施、研究中に発生した有害事象への対処等、被験者の安全を確保しつつ研究を適切に実施する責務を負います。臨床試験(治験)の場合、研究責任者は試験責任医師(治験責任医師)、研究分担者は試験分担医師(治験分担医師)とも呼ばれます。

臨床研究が1つの研究機関(単施設)で完結する場合には、上記の研究責任者が、すなわち主任研究者(研究計画全体に責任を負う者)であることがほとんどですが、多施設共同研究(「研究実施機関」の項を参照)の場合は、代表的な実施機関に所属する主任研究者(研究代表者)のもと、実施施設毎に研究責任者が配置されます。この場合でも、各施設での研究実施に関する責任は、当該施設の研究責任者にあります。主任研究者は、参加する実施機関を取りまとめ、モニタリングなど適切な管理・運営を行います。ただし、企業主導の治験のような受託研究の場合、依頼者(企業など)と契約した実施機関毎に研究責任者が置かれますが、主任研究者というものは存在しません。

なお、実施機関の長(病院長や学部長など)も研究に携わる者に含まれ、厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」では、実施機関の長を「研究者」に含めています。研究責任者は、臨床研究を実施または継続することについて、実施機関の長から許可を受けなければなりません。実施機関の長は、当該機関において臨床研究が適切に行われていることを監視し、確認する義務を負っています。臨床研究の倫理性を判断するため、実施機関の長は、当該研究について倫理審査委員会に諮問し、その承認が得られた研究についてのみ、実施や継続を研究責任者に許可します。

2)研究協力者(臨床研究コーディネーター)

研究者しかいなくても、細胞や動物が対象の基礎研究なら、無理なく実施できるかも知れません。しかし、人が対象となる臨床研究の場合、研究者だけで実施するのは一般に容易ではありません。 臨床研究は、基本的には、研究者と被験者の2者によって成立する作業ですが、研究者は診療などで大変多忙のため、被験者に十分な対応を行う時間的余裕がないのが普通です。また、薬剤部や検査部などと連携しなければならないことも多く、受託研究(治験など)の場合には、依頼者との連絡も必須となります。

そこで、質の高い臨床研究を行うためには、研究者と被験者(受託研究の場合はさらに依頼者)の間に入り、研究が円滑に行われるように支援したり調整したりする人(研究協力者)が必要になります。今日、研究協力者は、臨床研究を遂行する上で重要な専門職と考えられており、臨床研究コ―ディネーター(clinical research coordinator:CRC)と呼ばれます。特に治験は、膨大な業務を伴うため、CRC(この場合、治験コーディネーター)の協力を得ずに実施することは、まず不可能です。

治験以外の臨床研究も、CRCの支援を受けることができれば、より円滑な実施が可能となります。しかし、日本では、CRCの協力が得られる研究は、治験とごく一部の自主臨床試験にほぼ限られるのが現状です。今後、一般の臨床研究にもCRCの協力が得られるような体制が築かれることが望まれます。

3)研究実施機関

実施計画によって様々ですが、研究実施機関(研究施設)は、当該研究の中で実施される医療行為や、発生が予想される有害事象への対応のため、十分な設備と機能を備えておく必要があります。実施機関だけでこれらの設備や機能を備えることが困難な場合には、外部機関による支援体制を構築することにより、実施機関としての要件を満たせることもあります。たとえば、有害事象に緊急の対応が必要になった場合に備えて、協力を依頼できる医療機関を指定しておくことは、被験者の安全性を保護する上で極めて重要です。外部機関と連携する場合には、業務の分担や手順について事前に取り決め、契約を締結する必要があるでしょう。

臨床研究の中には、1つの実施機関では十分な症例数を集めることが困難な場合や、実施機関による偏りのない結果を得たい場合のように、同一の研究計画書に従って複数の機関で実施される研究もあり、「多施設共同研究」と呼ばれます。多施設共同研究を行う場合には、個々の実施機関の間で、実施手順や評価基準を徹底して標準化する必要があります。

2. 必要な書類

1)研究計画書

研究責任者は、実施する臨床研究の計画書を作成し、これを遵守しなければなりません。厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」第2の2(1)の細則には、研究計画書に記載される一般的な事項が記載されています。ただし、臨床研究の内容に応じて、これを変更することは許されます。

研究計画書に記載される主な項目を以下に示します。

項目 内容
概要 目的と方法を含め、当該研究の全体像について簡潔に記載されます。
目的 当該研究の目的について明確に記載されます。
背景と根拠 当該研究を実施するに至った背景、研究実施の正当性を裏付けるデータ等が示されます。引用文献など、情報源も併せて記載されます。
試験薬の情報 被験薬・対照薬の体内動態や作用機序等について、添付文書や試験薬概要書に準じた情報が記載されます。
適格基準 疾患名、病期・病型、年齢、性別等の被験者選択基準、既往歴や合併症等の除外基準が規定されます。
登録と割り付けの手順 症例登録の手順、割り付けがある場合には割り付け方法、割り付け因子、ランダム化の方法等が記載されます。
研究のスケジュール 試験的介入、臨床検査等、研究のスケジュールが記載されます。
観察・検査・報告項目 研究中に観察したり、検査したり、報告されたりする予定の項目、それらの頻度等について記載されます。
有害事象の評価と報告 有害事象の定義、緊急報告等の手順が規定されます。
目標症例数と研究実施期間 目標とする症例数と、予定される研究実施期間について記載されます。
評価項目 研究結果の判定に用いる評価項目(エンドポイント)が示されます。複数ある場合には、主要評価項目、副次評価項目に分けて示されます。
統計的事項 目標症例数設定の根拠、解析項目、解析方法等が規定されます。
症例報告書の記入と
提出
症例報告書にデータを記入する方法、データ回収の時期と方法等について記載されます。
倫理的事項 遵守する法令や倫理指針について記載されます。また、被験者に説明する方法、同意を取得する方法、個人情報の保護等についても説明されます。
費用について 研究の資金源やそれに係る利益相反について説明されています。資金以外に資材等の提供をうける場合には、その旨もあわせて説明されます。
実施計画の変更 研究中に実施計画を変更する場合の手順について規定されます。
記録の保存 保存する資料の種類、保存方法、保存する期間、保存の責任者等について記載されます。
研究成果の帰属と
結果の公表
研究から得られた結果の帰属と、結果を公表する方法について記載されます。
研究組織 主任研究者(研究代表者)、研究責任者、研究分担者、研究実施機関、統計解析の責任者、検査実施機関など、研究組織について説明されます。
文献 研究計画書で引用した文献が示されます。
2)説明文書と同意書

臨床研究においては、原則として文書による説明と同意の取得が求められます。

厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」第4の細則に、被験者(または代諾者)に対する一般的な説明事項が記載されています。ただし、臨床研究の内容に応じてこれらを変更することは許容されます。

一般的な説明文書・同意書の項目を以下に示します。

項目 内容
臨床研究について 一般に臨床研究とは何なのか、臨床研究が被験者の協力によって行われること、参加は任意であること、参加に同意しない場合においても不利益を受けないこと、いつでも同意を撤回できること、必要な説明を受けることができること等、臨床研究の定義と臨床研究への参加に関する基本的事項について説明されます。
あなたの病気とその治療法について 対象となる疾患について、標準的な治療法の有無とその内容について説明されます。
臨床研究の目的 研究の目的、背景について説明されます。
臨床研究の方法 被験者選択の基準、臨床研究を実施する方法、予定されている症例数、臨床研究に参加する期間、実施される検査等について説明されます。
予想される利益と
不利益について
臨床研究に参加することにより期待される被験者個人および社会への利益と、起こるかも知れない不利益(副作用など)の有無と内容について説明されます。
健康被害が発生した
場合
研究参加中に健康被害が発生した場合の補償の有無、内容、また処置等について説明されます。
臨床研究を中止する
場合について
臨床研究を途中で中止する場合について説明されます。
プライバシーの保護について 研究の実施や結果の公表に当たって、被験者のプライバシーを保護する方法や、被験者から得られた試料の保存、使用の方法、保存期間等について説明されます。
費用について 臨床研究に参加した場合にかかる費用について説明されます。交通費の償還など、研究参加による負担を軽減する方策がある場合には、その内容が説明されます。
特許について 臨床研究の成果により特許権等が生み出される可能性がある場合には、生み出された権利等の帰属先について説明されます。
結果の公表について 研究結果を公表する方法(学会発表・論文化など)について説明されます。
資金源等について 研究の資金源、利益相反等について説明されます。
臨床研究を担当する
医師および窓口
研究責任者・分担者の氏名、緊急時の連絡窓口等について記載されます。また、他の被験者の個人情報保護や研究実施に支障のない範囲で、当該臨床研究に関する情報を得ることが出来る旨を説明されます。
同意書 説明される項目が記載され、研究者の署名欄、被験者の署名欄、必要な場合は代諾者の署名欄、説明日・同意日の記入欄が設けられます。被験者からの文書による同意取得の証となります。
3)症例報告書

収集することが研究計画書に定められている検査結果などのデータは、もれなく症例報告書に記載され、研究結果として報告されます。データの種類や、収集の方法とタイミングによって、単票・ブック型・分冊型など、様々な様式がとられます。

4)試験薬概要書

被験薬の品質、毒性、薬理作用などの科学的情報が記載された文書で、倫理審査委員会での審査において、当該臨床研究を実施することの妥当性を科学的な側面から保証できる資料となっている必要があります。既に市販されている医薬品を用いる研究の場合、薬の「取扱説明書」である医薬品添付文書を資料として利用できます。

5)研究者の履歴書

研究者は被験者の安全を確保する責任を負います。過去の臨床研究の実績や、当該臨床研究に関連する分野の業績などを記載した履歴書により、研究者としての適格性を倫理審査委員会から承認されなければなりません。

6)補償に関する文書

臨床研究を始める前に、補償の有無、補償がある場合はその内容が決められ、研究計画書への記載など文書化される必要があります。

3. 研究のプロセス

1) 倫理審査

倫理審査委員会の承認を経なければ、いかなる臨床研究も開始することができません。倫理審査委員会の委員には、もちろん、不適切な研究を止めさせる義務がありますが、同時に、適切な研究であれば、いたずらに審査を長引かせて進行を妨げるべきではありません。審査の要領については、第7章で説明します。

2) 臨床研究の登録

臨床研究の透明性を確保し、出版バイアスを防止することを目的として、臨床研究を登録する必要性が以前から主張されていましたが、2008年に改正された厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」第2の2(5)により、臨床試験についてはデータベースへの登録が義務づけられました。研究の公正性を確保するため、データベースへの事前登録が、医学雑誌等への論文掲載の条件とされることもあります。

研究責任者は、大学病院医療情報ネットワーク(UMIN)、財団法人日本医薬情報センター(JAPIC)、日本医師会治験促進センターが設置している臨床試験登録データベースのうち、いずれかに研究を登録しなければなりません。

3) 被験者募集

院内ポスターや広告など、被験者募集を促進するために何らかの方策を行う場合には、その手順についても倫理審査委員会の承認を得る必要があります。被験者の誤解を招く表現や、臨床研究への参加を誘引するような記載は許容されません。

4) 同意の取得

被験者は、研究計画書に記載された適格基準(選択基準と除外基準)に基づいて選ばれ、適切な方法によって説明を受け、よく理解した上で、研究に参加するかどうかを自由意思で決定します(インフォームド・コンセント)。これについては、第8章の第1項で詳しく説明します。

5) 被験者の登録と割り付け

被験者の同意が得られたら、被験者を正式に登録し、研究の種類によっては各群への割り付けが行われます。登録と割り付けの方法は研究により様々ですが、割り付けのある臨床研究を多施設共同で実施する場合には、一般に、登録と割り付けを中央で一括して行うシステムが設置されます。

6) モニタリングと監査

研究の質を維持するため、治験においては、GCP省令で規定されているとおり、実施医療機関に対してはモニタリング(品質管理)が、依頼者も含む治験全体に対しては監査(品質保証)が行われます。

治験以外の臨床研究においては、モニタリングと監査は必須ではありませんが、臨床研究の質を高めるためには効果的な方策の一つと考えられます。ただし、臨床研究を実施する組織から独立した監査実施者を組織するなど、多くの労力が必要です。

7) 中間解析

比較臨床試験は、原則として、臨床的均衡が成立しており、試験を行うことでこの均衡が崩れる(どちらの群が優れているかが明らかになる)と期待される時だけ、実施が許されます(第8章第2項2を参照)。しかし、試験によっては、終了を待たずして均衡が崩れることがあります。その場合、同じ方法で臨床試験を継続することは、倫理的に許されない可能性があります。

中間解析とは、実施計画の変更や臨床試験の早期中止などの必要性を判断するため、研究の途中でデータを集めて解析することです。場合によっては、前向きの観察研究でも、中間解析が行われるかも知れません。中間解析を行う場合、実施する時期や解析の方法について、事前に研究計画書に規定しておかなければなりません。

8) 効果・安全性評価委員会

効果・安全性評価委員会とは、臨床試験の実施中に、試験の進捗状況、安全性に関するデータ、有効性に関するデータを適切な間隔で評価し、試験の継続、変更、または中止を提言することを目的として設置される組織です。

治験では、GCP省令により、依頼者に対して設置が義務づけられていますが、治験以外の臨床試験でも設置されることが多くなっています。依頼者と研究者から独立した委員会で、「独立データモニタリング委員会」などと呼ばれることもあります。

9) 症例報告書の回収

収集することが研究計画書で定められているデータは、カルテなどの原資料から症例報告書に転記され、症例報告書が試験結果として回収されます。中間解析や効果・安全性評価委員会による調査が行われる場合、試験の途中に適当な頻度で回収が行われますので、症例報告書は分冊型になっていることがほとんどです。

中間解析や効果・安全性評価委員会の設置を行わない場合でも、試験の途中で症例報告書を回収してデータを確認することは、適正な試験の実施のために効果的です。

10) 結果の公表

臨床研究の結果は、学術誌上や学会で発表されることによって、一般社会に公表されます。

研究には、仮説に基づいてあらかじめ予想される結果があるのが普通ですが、実際に得られた結果がたとえ当初の予想に反していたとしても、結果は公表されなければなりません。基礎研究でこれを徹底することは事実上不可能と思われますが、臨床研究の場合、いかなる結果が得られようとも公表するのが研究者の義務です(第8章第3項の4)を参照)。

4. 健康被害の補償

治験については、GCP省令により、被験者の健康被害に対する補償措置を講ずることが求められています。

自主研究については、これまでは、特別の補償措置を講じなくとも認められることがありましたが、今回改正された厚生労働省「臨床研究に関する倫理指針」で、臨床試験を実施する場合、被験者に生じた健康被害に対する補償のため、保険、その他の必要な措置を準備することが研究責任者に義務づけられました。現時点では、そのような保険商品は販売されていないようですが、最低限、健康被害に遭った被験者への医療の提供が行われなければなりません。

5. 研究資金

臨床研究を実施するための資金源は様々です。

企業主導の治験や製造販売後臨床試験の場合は、製薬企業などの依頼者から全面的に資金が提供されます。

研究者が自主的に実施する研究の場合、文部科学省や厚生労働省の科学研究費補助金制度のような公的資金源による場合や、財団などの助成金による場合もありますが、企業からの奨学寄附金による支援を受けて行われる場合もあります。寄附金を用いる場合、利益相反が問題となる可能性があるので注意が必要です(第8章第3項の3)を参照)。また、保険診療として認められている医療行為を用いる研究は、通常の診療と同様、保険者からの支払いと患者(被験者)の自己負担によって実施されている場合が少なくありません。

自主臨床研究は、利益相反を回避するため、あるいは医療保険制度の乱用を防ぐためにも、公的資金によって行われるのが理想的です。しかしながら、すべての研究を公的資金で賄うのは、極めて難しいのが現状です。