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研究誌「URC都市科学」;特集「生涯スポーツの展開〜健康とスポーツ」より

 テーマ「スポーツと活性酸素」

1.はじめに 

「健康のためなら,死んでもよい!」

これは,過熱気味の健康ブームを茶化した笑い話である.しかし現実に「健康に不安を持っている」と答える人は中高齢者の6割,「健康のための努力は惜しまない」と考える人は8割を越えるという.特に都市圏で"文明"生活を送る現代人は,古来からの自然体なライフスタイルを忘れ,もはや自らの「内なる声」を聞くこともできずに,路頭に迷っているかにみえる.巷には,健康に関連した食品や薬品,健康体操やスポーツの情報が洪水のようにあふれ,ますます混乱に拍車をかけている.本稿では,スポーツや健康領域のトピックスである「活性酸素」について,私の専門領域の範囲で検証を試みる.

2.仕組まれた伝染性恐怖症

エイズ,狂牛病,病原大腸菌O-157...近年,未経験の病原体が猛威を振るい,多くの人々を襲い苦しめている.自然破壊に対する神の警告,あるいは地球の自己防衛作用だと,自己批判的に受けとめる人もいる.しかし一方で,"人為的な恐怖症"が大流行している現実も見逃してはならない.これから実体の希薄な仮想伝染病を例に,昨今の健康情報の混乱ぶりを検証してみよう.名付けて「活性酸素恐怖症」.1990年前後から,市民を恐怖の渦に巻き込んでいる架空の重症感染症である.

3.「活性酸素恐怖症」

1)感染源

感染源は特定済みである.1992年に発行された1冊の本で,その名も「スポーツは体に悪い」文献1).運動により酸素摂取量が増加すると,それにつれて「活性酸素」が体内で過剰産生されて細胞膜やDNAを障害し,最終的には寿命を縮めるという内容である.活性酸素に関する専門知識に乏しく「免疫が無かった」当時の体育関係者やスポーツ愛好家に,この情報はアッと言う間に「大流行」し,日本中を恐怖に陥れた.当時は,1980年代のエアロビクスの流行やジョギングブームを経て,「健康スポーツ」が市民権を得た時期でもあったため,それは「運動=健康」という大前提に対するカウンターパンチ,前代未聞のアンチテーゼとなった.

2)巧みな防御システム

しかし,よけいな心配はご無用!

我々の体には極めて巧妙な制御システムが備わっており,いつも恒常性(ホメオスタシス)を保とうとしてくれる.即ち,活性酸素を作り出すシステム(産生系)と,これらを除去・清掃してくれる防御システム(消去系または坑酸化系)とが,上手にバランスをとって健康を維持してくれているのである(図1).従って,一般市民のレクリエーションスポーツ程度では,何一つ心配する必要はない事こそ強調されるべきである.

さらにトップクラスの専門的スポーツについても「スポーツトレーニングを地道に積み重ねる事によって,むしろ適応・順応現象として防御システムの方が強化され,活性酸素による障害を示す決定的な証拠は得られない.」とする研究報告さえ相次いでおり,この事は著者自身も認めておられる.結論として,一般人の日常的な健康スポーツに関しては,やはり「適度な運動は体に良い」と考えて差し支えない文献2,3)

3)敵の顔・味方の顔

我々は皆,潜在的なガン患者だ」と言えば驚かれるだろう.しかし実は我々の体内では,1日に数千ものガン細胞が生まれ,免疫システムによって破壊されていると言われている.活性酸素は「発ガンの原因物質」として知られる一方で,これらのガン細胞や侵入してきたバクテリアを攻撃し破壊する際に,極めて重要な「自己防衛兵器」としても活躍し,我々を守ってくれる,いわば「諸刃の剣」と考えられる.

私はかつて大学院の生化学研究室で,「自己防衛兵器としての活性酸素」の研究 文献4)に4年間没頭し,博士論文を書かせて頂いた.連日連夜にわたり活性酸素を測定し続けた研究の過程で,活性酸素を産生できない白血球をもつ特殊な病気の子どもたちに出会った.彼らの体はガン細胞やバクテリアを攻撃できないために,重症例では幼くしてガンや肺炎などを発症し命を落としてしまうのである.人間は「活性酸素の恩恵無しでは,天寿を全うできない事」もまた紛れのない事実である.

4)スポーツと寿命

「スポーツは体に悪い」の著者はまた「専門的スポーツは,活性酸素の発生やストレスの原因であり,寿命を縮めて有害である」と説いている.しかし実際のスポーツマンの寿命については,多要因が複雑に絡み合っているために,「長命だ」「短命だ」「いや大差無い」など諸説紛々であり文献5,6),「定説には達していない」とするのが学問的に妥当であろう.

私はむしろ著者の死生観や健康観に対して重大な疑問を抱いている.著者の実験によると,「自由に飛び回らせて飼ったハエよりも,狭いガラスビンの中で飛び回ることもできなかったハエの方が2倍も長生きできた」という話が出てくる.即ち運動量が多いほど寿命は短いので,運動は有害であるという.しかし,もしも可能なら,双方のハエにインタビューしたい.「君の一生は,ハエとして幸せだったかい?」と.ハエはハエらしく飛び回るのが天命であって,むしろ可哀想なのはビン詰めの"長命ハエ"の方である(図2)悔しくて死にきれなかった可能性もあろう? また相撲界の頂点をきわめた横綱の「短命」も否定的に紹介されているが,如何なものだろうか?

生物としての「長命」は,必ずしも「長寿」や「幸福」を意味しない.ハエはハエらしく「五月蝿く=うるさく」飛び回って,死ぬべき時に死ぬ事こそが最高の生涯であろう.われわれ人間もしかり.生命の尽きるその時まで,人間の尊厳を持って目標に向かって歩めればこそ,幸福であると信ずる.

5)正しい知識・上手な対策

言うまでもない事だが,慣れない人が一念発起して急に激しい運動を始めたりするのは良くない.日頃から地道に鍛錬を重ねてゆく事こそ重要であり,さらに食事バランスにも気をつけるべきである.抗酸化物質として知られているビタミンA,E,Cやβカロチンなどを多く含む食品(緑黄色野菜や果物など)を積極的にとる事は有益である.但し,たとえビタミンAEβカロチンといえども,「薬剤」の形で摂り過ぎると蓄積されて,発癌をはじめ重篤な副作用を起こしうるので,御注意を!

いずれにしても,学界で未公認の研究成果を不用意に公開すると,一人歩きの末に雪だるま式に増殖して人々に感染し,無用な混乱を起こしうる事を思い知らされた一件であった 文献2)

[参考文献]

以上の出典は→「高杉紳一郎:スポーツと健康, 都市科学, 29(9):52-64, 1996.」

(財) 福岡都市科学研究所の格別のご配慮により,お許しを得て掲載させて頂きました.