文部科学省科学研究費特定領域研究「性分化機構の解明」 *

領域活動

国際シンポジウム「性決定と性分化の分子メカニズム」開催報告

2006年9月21日(木) 島根県松江市

国際シンポジウムに参加して(敬称略)

オーガナイザー / 中村正久 / 佐久間康夫・筒井和義

佐久間康夫(日本医科大学)・筒井和義(早稲田大学)

 2006年9月21日(木曜)、文部科学省特定領域研究「性分化機構の解明」総括班は日本動物学会との共催により、第77回日本動物学会(島根県松江市)で公開国際シンポジウムを開催した。シンポジウムは、セッション1「性決定と性分化の分子メカニズムに関する研究の進展」、セッション2「脳の性分化の分子メカニズムに関する研究の進展」というタイトルで行われ、終日招待講演者の発表とフロアからの活発な発言が行われた。ここでは広島大学(現早稲田大学)筒井和義と日本医科大学佐久間康夫が組織した第二セッションの「脳の性分化の分子メカニズム」について報告する。脳の性分化の研究者にとって、遺伝子カスケードやCYP19(女性ホルモン転換酵素)の役割の理解が進んでいる性腺の性分化機構の講演は大いに参考になるもので、海外からの招待講演者からも会の構成について高い評価を得た。

 テキサス大学オースチン校David Crews教授は今回のシンポジウムではヒョウモントカゲを例に、環境温度によるCYP19活性化が性ステロイド代謝に変化を起こし、脳の性分化ひいては雄の生殖行動が起こる機序を、プロゲステロン作用の重要性を示す研究結果について講演した。この中で、哺乳類とは性分化の過程が著しく異なる爬虫類においても、CYP19活性化以降には共通点があると指摘をした。インドメサシン投与によりエストロゲンによるラットの内側視索前野の雄型化阻止を発見し、プロスタグランジン(PG)の関与を示したメリーランド大学Margaret M. McCarthy教授は、内側視索前野、視床下部腹内側核、弓状核のそれぞれで、グルタメートやγアミノ酪酸が部位特異的にエストロゲン作用を仲介し、選択的神経細胞死によりシナプス結合に見られる形態的性差を構築し、雌雄の性行動、生殖内分泌調節に性差を起こすことを論じた。京都大学杉本幸彦助教授はPGE2の受容体4種EP1からEP4それぞれのノックアウトマウスにおいて、PGE2による視索前野スパイン形成と雄型の性行動発現に関わる受容体サブタイプがEP3であり、脳内で新規合成されるPGE2による雄型化の細胞内情報伝達を論じるとともに、子宮平滑筋に対するプロゲステロンやオキシトシンの作用にもPGE2受容体の関与を示し注目された。

 カリフォルニア大学ロスアンジェルス校のArthur P. Arnold教授はキンカチョウの歌唱回路の成立にZ染色体上のニューロトロフィン受容体trkBの関与する可能性を論じ、またマウスでもSRY遺伝子の転座、欠損による表現型の転換が、社会的行動の性転換とは一致しないことから、Y染色体上に存在するSRY以外の遺伝子が個々の細胞で遺伝子に依存する性決定が起こることを述べた。これらの現象は黒室線条体路ニューロンの性差の成立ばかりでなく、自己抗原に対するリンパ球の増殖にも見られており、X染色体上の遺伝子の多様性の重要性を強調する講演を行った。

 東京大学の東原和成助教授は雄マウス涙腺外分泌腺から分泌され、雌の鋤鼻器受容体を介して嗅覚系の興奮を起こす新規ペプチドESP1の同定と遺伝子のクローニング、ラット、ヒトでの遺伝子の分子進化について最新の知見を講演し、進化の過程で環境や行動に規定されて、さまざまな揮発性、非揮発性分子がフェロモンとして使用される可能性を論じた。

 本シンポジウムでは国内外での新規の知見を紹介することに的を絞ったため、特定領域計画班内での研究の進捗については紹介できなかったが、脳の自律的性決定についてはウズラ脳におけるAd4BP/SF-1の発現やニューロステロイドの関与(筒井ら)、末梢性ステロイドによるラットの性分化過程では、従来広く信じられてきた選択的細胞死に加え部位によっては細胞の移動を考える必要があり、ソマトスタチンが介在する(佐久間ら)、エストロゲン受容体ばかりでなく、アンドロゲン受容体を介するマウス脳の雄型化が社会的行動に影響する(武山ら)、社会的行動の発達には生育環境が大きな影響を与えること(菊水ら)などの成果が上がっており、次の機会には研究班の成果を発信することを期している。

 本シンポジウムは生殖腺と脳を対象とする研究者によって実施された。それは、性の理解にはこの二つの柱の研究が不可欠であるからである。両者の研究者は互いの研究を理解すべきであり、両者による最先端の情報交換は大変有意義であった。現時点では、生殖腺の研究に比べると脳の研究は分子メカニズムの解析において進展が遅れている。それは、脳の性分化メカニズムが従来考えられていたような単純なものでなく、動物種により多様であることに起因する。脳の研究では性分化メカニズムの多様性と統合的理解を求めることが重要であり、分子レベルからの積極的な解析により、今後の独創的な研究成果が期待される。

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