九州大学大学院医学研究院ウイルス学

研究内容

私たちの研究室では、ウイルスが生体内の細胞に侵入して増殖し、病気を起こすメカニズムを分子レベルで解明することにより、ウイルス疾患の予防や治療に役立てることを目指しています。現在はパラミクソウイルス を中心に研究を進め、それを通して ウイルス一般に共通な基本原理 を見出すことを目標にしています。

* パラミクソウイルス
一本鎖(マイナス鎖) RNA をゲノムとし、脂質ニ重膜のエンベロープで覆われたウイルスです。全身感染を起こす麻疹ウイルス(図1)、ムンプスウイルス、呼吸器感染を起こすパラインフルエンザウイルス、 RS ウイルス、メタニューモウイルスなど重要なヒト感染症の原因ウイルスが含まれます。また、新興感染症のヘンドラウイルス、ニパウイルスや、動物のイヌジステンパーウイルス、牛疫ウイルス、センダイウイルスもパラミクソウイルスです。

図1 麻疹ウイルスゲノムと粒子構造
図1 麻疹ウイルスゲノムと粒子構造
麻疹ウイルスのゲノム上には6つの遺伝子が並んで配置されています。それぞれの遺伝子から図の色に対応した蛋白質が作られ、ウイルス粒子を構成しています。ウイルス粒子の直径は約 100 nm です。

A.麻疹ウイルス

麻疹(ましん;一般には「はしか」とも呼ばれる)は小児の代表的ウイルス感染症です。生ワクチンが接種されるようになって先進国では患者数が激減しましたが、世界的にはまだ開発途上国を中心に毎年数十万人の死者が報告されています。わが国でも年によっては 1万人以上の患者と数十人の死者が出ています。

私たちの研究室では、麻疹ウイルス研究において、 [1]受容体SLAMの同定、[2]高効率遺伝子操作システムの開発 という二つの大きな貢献をしました。現在、これらの成果に基づいて、麻疹ウイルスの病原性を解明するために下記の研究を進めています。麻疹ウイルスは免疫系細胞を標的にした全身感染を起こすウイルスであり、われわれの研究は、麻疹ウイルスに止まらず、 HIV や SARS など他のウイルス感染症の理解にもつながります。

1. 麻疹ウイルス受容体を発現する動物モデルの作製とそれを用いた病原性の研究

ウイルスは,一般に細胞表面の特異的なウイルス受容体に吸着し,細胞内に侵入することによって感染を開始します。したがって、受容体はウイルスの宿主域や細胞に対する親和性(トロピズム)を決定し、ウイルスの病原性にとって重要な意味を持っています。 私たちは、麻疹ウイルスの受容体が、ヒトの免疫系細胞に発現している signaling lymphocyte activation molecule ( SLAM CD150 とも呼ばれる ) であることを明らかにしました。この知見に基づき、マウスのSLAM(受容体機能を持たない)をヒトSLAMで置換えたノックインマウスを作製し(図2)、このマウスが麻疹ウイルスに感受性を持つようになることを確認しました(図3、図4)。現在、本マウスを用いて、麻疹ウイルスの感染、免疫抑制、神経系の持続感染、宿主の免疫応答などについて研究を進めています(図5)。

図2 SLAM ノックインマウス 図2  SLAM ノックインマウス
SLAM ノックインマウスは、野生型マウスと外見上区別できません。

図3 脾臓細胞での感染
図3 脾臓細胞での感染
SLAM ノックインマウスの脾臓細胞に、緑色蛍光物質 EGFP を発現する組換え麻疹ウイルスを感染させました。図は、脾臓細胞の明視野像(上)と蛍光像(下)を示します。ノックインマウス由来脾臓細胞では EGFP の蛍光が認められ、麻疹ウイルスが感染し、増殖していることが分かります(感染した細胞は緑色の蛍光を発現します)。


図4 動物での感染
図4 動物での感染
EGFP を発現する組換え麻疹ウイルスをマウスの腹腔内に接種しました。蛍光実体顕微鏡で、リンパ節に強い蛍光を認め、リンパ節の免疫細胞に麻疹ウイルスが感染していることがわかります。

図5 麻疹ウイルスによる免疫抑制
5 麻疹ウイルスによる免疫抑制 
(A, B) SLAMノックインマウスにおける接触性過敏反応は麻疹ウイルス感染により抑制されます。 (C) 麻疹ウイルス(MV)感染後の接触性過敏反応に対する抗IL-10受容体抗体の効果。IL-10が麻疹ウイルスによる免疫抑制に関わっていることが示されました。(Koga et al. J. Virol. 84:5360-5367, 2010 引用改変)

2. 麻疹ウイルス遺伝子操作システムの開発と応用

ウイルスを思い通りに組換えることができれば、ウイルス自身の研究に役立つばかりでなく、ウイルスの分子生物学的ツールとしての利用や、臨床用遺伝子発現ベクターとしての利用の道が開けます。私たちは、効率が良い麻疹ウイルスの遺伝子操作システムを開発しました(図6)。これまでに、麻疹ウイルスの様々な遺伝子機能を解明し、現在それらの知見を生かした新型ウイルスベクターの開発などを行っています。また、ウイルス分離の効率を高めるために、麻疹ウイルスが感染すると緑色に光る細胞の開発を進めています。

図5 麻疹ウイルスの遺伝子操作システム
図6 麻疹ウイルスの遺伝子操作システム
4種のプラスミドと、 T7 RNA ポリメラーゼ発現ワクシニアウイルスを用いて、麻疹ウイルスを人工的に作製することができます。効率の優れたウイルス作製系を用いることにより、自由自在に麻疹ウイルスゲノムを操作し、思い通りの組換えウイルスを作ることができます。最近、ワクシニアウイルスを使わないシステムも開発しました。

3. 麻疹ウイルスと受容体 SLAM の相互作用の構造的解析

麻疹ウイルスのエンベロープ蛋白質である H 蛋白質が、細胞表面の受容体 SLAM との結合に関わっています。これらの分子間の結合様式を明らかにすることは、ウイルス感染の初期過程の理解だけでなく、その結合を阻害する抗ウイルス薬の開発にもつながります。私たちは、H蛋白質のX線結晶構造を決定し(図7、図8)、さらにH蛋白質とSLAMの複合体の構造解明にも取り組んでいます。

図7 麻疹ウイルスH蛋白質の構造(リボン模型)
図7 麻疹ウイルスH蛋白質の構造(リボン模型)

H蛋白質は6つの羽根(ベータシート構造)を持つプロペラ状の構造をしています。

図8 麻疹ウイルスH蛋白質二量体の結晶構造(空間充填模型)
図8 麻疹ウイルスH蛋白質二量体の結晶構造(空間充填模型)

麻疹ウイルスH蛋白質の二量体構造を真上から見た図。H蛋白質の大部分は糖鎖(黒い部分)で覆われ、アミノ酸が露出している領域に受容体(SLAMおよびCD46)結合部位と抗体のエピトープ(赤い部分)が重なって存在します。このため、受容体結合部位を変化させた変異ウイルスが出現できず、麻疹ウイルスワクチンがきわめて有効に働くと考えられます(Hashiguchi et al. PNAS 49:19535-19540, 2007 引用改変)。CD46はワクチン株のみが使う受容体です。

4. 麻疹ウイルスの新規受容体の探索

麻疹ウイルスは受容体SLAMを介して免疫系の細胞に感染し、麻疹に特有の全身症状を引き起こします。一方で、私たちは麻疹ウイルスが未知の受容体を介して効率よく極性上皮細胞に感染することを明らかにしました(図9)。その後の研究により、免疫系細胞で増えた麻疹ウイルスが上皮細胞に感染して、効率よく人体外へ排出されることが明らかになりました。また、麻疹ウイルスは脳に持続感染し、難治性の亜急性硬化性全脳炎(SSPE)を引き起こすことも知られています。現在、発現スクリーニングやマイクロアレイなどを駆使して、これら病原性発現に重要な役割を果たすSLAM以外の受容体の同定を進めています。

図9 極性上皮細胞への麻疹ウイルスの感染

(A)EGFP を発現する組換え麻疹ウイルスを様々な極性上皮細胞へ感染させました。密着結合を構成する蛋白質のZO-1を赤く染めています。麻疹ウイルスが感染した細胞は緑色の蛍光を発現しますTahara et al. J Virol. 82:4630-4637, 2008 引用改変)。(B)ルシフェラーゼを発現する組換え麻疹ウイルスを極性上皮細胞II-18に感染させました。密着結合の崩壊を誘導する転写抑制因子Snailを発現させると、麻疹ウイルスの侵入が阻害されてルシフェラーゼの発現量が著しく減少します (Shirogane et al. J Biol Chem. 285: 20882-90, 2010 引用改変)。

5.  麻疹ウイルスの蛋白質相互作用の粒子形成に果たす役割

私たちは、yeast-two hybrid法を用いることによって、麻疹ウイルスのマトリックス(M)蛋白質が、ヌクレオカプシド(N)蛋白質のカルボキシル(C)末端に結合することを明らかにしました。このN-M相互作用は、細胞膜でのリボ核蛋白質(RNP)複合体の集合と、ウイルスの効率的な増殖に重要であることが分かりました(図10)。私たちは、ウイルスの細胞内増殖に必要な宿主因子についても研究を進めています。


10 (A) yeast-two hybrid法によるN-Mの相互作用。 (B) 野生型(IC323-EGFP)とN蛋白質C末端欠損麻疹ウイルス(IC-ND3-EGFP)のin vitroでの増殖曲線(Iwasaki et al. J. Virol. 83:10374-10383, 2009 引用改変

6. 麻疹ウイルスの抗インターフェロン作用

私たちの体には、ウイルス感染に対抗するための様々な防御機構が備わっています。その中でも特に重要なものがインターフェロン (IFN) です。ウイルスの方も、種々の蛋白質を産生することにより、 IFN の働きを回避します。私たちは、麻疹ウイルスの V蛋白質、 C 蛋白質による抗 IFN 作用のメカニズムを研究しています(図11)。ウイルスと IFN の相互作用は、ウイルスのトロピズムにも関わっている可能性があります。

細胞質内では、RIG-IとMDA5という分子がウイルス感染を感知しています。これらはそれぞれ異なる種類のウイルスの認識に関わっており、麻疹ウイルスを含むパラミクソウイルス感染においては、RIG-Iが重要であるとされています。私たちは、麻疹ウイルスの遺伝子操作システムを用いて、V蛋白質を欠損させたウイルスを作製することにより、麻疹ウイルス感染認識にはRIG-IだけでなくMDA5も大きな役割を果たしていることを明らかにしました(図12)。

 


11 インターフェロン (IFN) と麻疹ウイルス蛋白質の抗 IFN 作用
ウイルス感染細胞は、ウイルスの産生する RNA を「認識」して IFN を「誘導」します。細胞外に分泌された IFN は、周りの細胞上の IFN 受容体に結合し、「シグナル伝達」により様々な抗ウイルス蛋白質を「発現」させます。細胞は、それによりウイルスから自己を防御することができます。麻疹ウイルスは、 C 蛋白質や V 蛋白質を産生して、「認識」や「シグナル伝達」の過程を阻害することにより、細胞の IFN による防御機構に対抗します。 C 蛋白質や V 蛋白質は、 P 遺伝子にコードされている蛋白質で、ウイルス粒子中にはほとんど存在しません。



 12 (A) V欠損ウイルスの作製。 (B) MDA5 (M3), RIG-I (R1)ノックダウン細胞での野生型(wt)およびV欠損ウイルス(DV)の増殖(Ikegame et al. J. Virol. 84 :372-379, 2010 引用改変

7. 麻疹ウイルスによるinflammasomeの活性化/抑制機構の研究

Nod 受容体(Nod-like receptors; NLRs)は、微生物モチーフと危険シグナルを認識し、自然免疫応答と炎症に大きな役割を果す細胞内パターン認識受容体のファミリーです。NLRsは、アダプタータンパク質(ASC)、pro-caspase-1からなる巨大タンパク質複合体(インフラマゾーム)を形成し、caspase-1を活性化して、炎症誘発性サイトカイン(IL-1b, IL-18, IL-33)のプロセシングと分泌、細菌によって誘導される細胞死(pyroptosis)を制御します(図13)。私たちは、このNLRsによる麻疹ウイルス認識機構について研究を行っています。 


13 これまでに知られているNLRP3インフラマゾームを活性化するリガンド
Ichinohe et al. Uirusu 59:13-22, 2009 引用

8. インフルエンザウイルス感染におけるinflammasomeの役割

TLR7やRIG-Iは、インフルエンザウイルスRNAを感知していることが知られています。遺伝子欠損マウスを用いた実験から、Nod-like receptorファミリーのNLRP3がインフルエンザウイルスの認識に関わること、NLRP3-independentインフラマゾームがインフルエンザウイルス感染後の獲得免疫の誘導に重要であることが分かりました(図14。インフルエンザウイルスによるNLRP3の活性化には、M2タンパク質のプロトンチャネル活性が必要で、これによる細胞質内のイオンバランスの変化をNLRP3が認識している可能性があることを私たちは明らかにしました(図15)。  



 14 インフラマゾームによるインフルエンザウイルス特異的獲得免疫応答の制御Ichinohe et al. Uirusu 59:13-22, 2009 引用)。


 15 インフルエンザウイルスによるNLRP3インフラマゾーム活性化のモデル

 

B.ガンマヘルペスウイルス

ヘルペスウイルスは二本鎖DNAをゲノムとし、80以上の蛋白質をコードしている大型のウイルスです。 ゲノムの類似性等によりアルファ-、ベータ-、ガンマ-ヘルペスウイルスの3種類に大別されます。 ヒトに感染するガンマヘルペスウイルスにはEpstein-BarrウイルスKaposi肉腫関連ヘルペスウイルスがあり、両者とも癌との関連があることが知られています。 ヒトのガンマヘルペスウイルスは小動物には感染せず、個体レベルでのウイルス感染の解析はなかなか進展していません。 マウスガンマヘルペスウイルス(MHV)68は、その名の通りマウスに感染するガンマヘルペスウイルスです。実験マウスに感染させるとEBVの青年期以降のヒトへの初感染で認められる伝染性単核球症様の症状を引起し、終生持続感染します。 MHV68が感染する細胞種はヒトガンマヘルペスウイルスとよく似ており、ガンマヘルペス感染解析の小動物モデルとして使用されています。 私たちは組換えMHV68を用いてウイルス蛋白質が持つ機能を試験管レベル、個体レベルで解析しています。

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