九州大学病院検査部  2008年10月31日
検 査 だ よ り
第36号
■検査の充実を目指して その12■     検査部技師長 栢森 裕三

 48回 日本臨床化学会年次学術集会 in浜松 学会見聞録

  今年の夏は異常気象といわれるように、各地でゲリラ雨が多発した年でした。地球の温暖化による海水温の上昇によって、玄界灘にも本来いないはずの熱帯魚が観察されるなど生態系の異常が伝えられています。

 さて、今号の「検査の充実をめざして」は829日から31日に浜松で開催された日本臨床化学会の年次学術集会について述べることにします。

日本臨床化学会は1961(昭和36)年に始まった「医化学シンポジウム」がその原点で、50年近い歴史をもち、国際臨床化学連合(International Federation of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine, IFCC)やアジア太平洋臨床生化学連合(Asian Pacific Federation of Clinical Biochemistry, APFCB)の加盟学会(団体)でもある学会組織です。

今回の学術集会は、静岡文化芸術大学で開催されました。参加者数はおよそ600名、演題数は特別講演のほか、シンポジウム4、ワークショップ2、一般演題99、専門委員会プロジェクト報告は10専門委員会で25、その他イブニングセミナー3、ナイトセミナー2、ランチョンセミナー8、教育実習セミナー1で、大変充実した内容構成であり、各々で活発な議論が展開されました。これまで年次学術集会とは別の時期に開催されていた夏期セミナーが、今年から年次学術集会と一体化された形で開催されたことも参加者数が増加した要因とも考えられます。これまでの夏期セミナーでは臨床検査の現行測定法の問題点や基準測定法に関係する内容が主体的に議論されてきた経緯があり、日本の臨床検査の標準化に大きく貢献してきた集会でしたが、今回からは本体の学術集会の中の「専門委員会プロジェクト報告」という形で本体の一部に組み込まれました。

そこで、専門委員会の一つであるリポタンパク専門委員会の中で議論があった興味ある話題を一つ、アポEリッチ HDL (high density lipoprotein)の測定について。

この話が夏期セミナーで議論されたのは3年前からで、その経緯は次の通りです。

ファイザー社の高脂血症治療薬、リピトール(アトルバスタチン)の特許期限が迫っており、各社の新薬開発競争が話題になっていることが端緒になっています。実はこの薬物の原型は、先日アメリカのアルバート・ラスカー臨床医学研究賞を受賞した日本の遠藤章東北大学特任教授が発見したメバスタチンであることは新聞でも報道されています。

ファイザー社の売り上げの約25%を占めるHMG-CoA還元酵素 (3-hydroxy-3-methylglutaryl coenzyme A reductase) 阻害薬としてのリピトールに代わる新薬としてCETP (cholesteryl ester transfer protein) 阻害剤の開発が進められてきたことが話題の中心にあります。その後、医学的理由により現在は断念したとの話もありますが、日本のJTなどが別のCETP 阻害剤の開発を継続している情報もあって、現在進行形の形です。

CETPは脂質転送たんぱく質の一つとして、IDLLDLVLDLなどのアポB含有リポタンパク質のTGHDLへ転送し、その代わりとしてHDLからこれらのリポタンパク質へコレステロールエステルを渡す役割を持っています。CETPの欠損状態においては、HDLLCATの助けを借りて末梢細胞からコレステロールを引き抜くが、アポB含有リポタンパク質へコレステロールを転送することができないために構造的に次第に大きくなり、さらにマクロファージ等から分泌されるアポEを粒子中に取り込みます。このようにアポEの増加したHDLは、肝臓のレセプター等を介して肝臓に取り込まれ異化されるとされています。そのため、CETPを選択的に阻害し、同時に従来のHMG-CoA還元酵素阻害薬と併用すれば、後者の作用で動脈硬化を促進するIDLVLDL及びLDLを低下させ、前者の作用で抑制的に作用するHDLを増加させることができ、動脈硬化若しくは高脂血症の予防又は治療薬として期待することができます。最近の研究から、CETP阻害剤や遺伝的にCETPが欠損している患者のHDLはアポEリッチであり、普通のHDLよりは末梢細胞からのコレステロールの引抜き能が高いとされる報告もありますが、異論もあります。いずれにせよ、予防・治療効果を正しく判定するためにアポEリッチHDLの測定法が重要になっており、リポタンパク専門委員会での議論はこの測定法の開発にあります。現在の臨床検査で利用されている各社測定試薬間にはアポEリッチHDLを測定するには差が大きく、正しく測定できない、通常に存在するHDLとは分けて測定する必要があるか、など議論はまだまだ続くことになりますが、紙面の関係でこの続きは別の機会にお話しすることにします。

 このような白熱した議論が終わる頃には、それまで晴れていた学会場付近はゲリラ雨が降り、東海道新幹線も一時停止したようで、熱気と異常気象を実感する学会でした。

■お知らせ■ 

血液凝固検査室よりお知らせ

血液検査(CBC)で16時以降に提出された検体の取り扱いについて

白血球分類検査は夜間休日同様、目視はしないことになりました。

・凝固検査室より

2008101日より、測定試薬が以下の通りに変更になりました。

 項目名

   試薬名

    測定法

   基準範囲

  従来法との相関

 FDP

ナノピアP-FDP

ラテックス免疫比濁法

   < 5μg/mL

y=0.981+0.549
r  0.9832

 D-ダイマー

ナノピアD-ダイマー

ラテックス免疫比濁法

1.0μg/mL以下

y=1.183+0.413
r  0.9809

                                  血液凝固検査室 連絡先(5759

細菌検査室よりお知らせ

【一般細菌感受性検査のカテゴリについて】

一般細菌感受性検査結果において、(S)、(I)、(R)のカテゴリ判定基準はCLSIに基づいて報告しておりますが、今回、カテゴリ判定基準の見直しを行いました。これに伴う以下の変更点をお知らせします。

従来、カテゴリ判定基準が設定されておらずMICのみで報告していた菌種のうち、CLSIの判定基準が設けらた菌種についてはカテゴリが付くように報告します。

類似菌種のカテゴリ判定基準を代用していた菌種については判定基準を変更しました。

具体的な菌種は以下の通りです。

新しくカテゴリが付くようになった菌種: Moraxella(Branhamella) catarrhalis, HACEK Group, Pasteurella spp., Neisseria meningitidis, Listeria monocytogenes, Corynebacterium spp. , Bacillus spp.

カテゴリ判定基準が変更となった菌種:Stenotrophomonas maltophilia, Burkholderia cepacia, Vibrio spp.(Not Vibrio cholerae), Aeromonas hydrophila Group, Plesiomonas shigelloides

〔参照CLSI M100-S18(2008),M45-A〕

カンジダ抗原検査の変更について

血清中カンジダ抗原検査は「カンジテック」で行っていましたが、91日よりカンジダ細胞壁成分であるマンナン抗原をEIA法にて検出するユニメディ「カンジダ」モノテストへ変更になりました。

変更点

                                                          (生物試料分析vol.28.NO3.2005より)

これに伴い報告形式が下記のように変更になります。

細菌検査室 連絡先(5757)

新規外注検査のお知らせ

平成20年9月1日よりヒトTARC定量がオーダー可能になりました。ヒトTARC(thymus and activation-regulated chemokine, Th2ケモカイン)の測定法はELISA法、単位はpg/mLです。

基準範囲は年齢により異なります。

小児(6~12ヶ月):1367pg/mL未満

小児(1~2歳)   : 998pg/mL未満

小児(2歳以上)  :  743pg/mL未満

成人            : 450pg/mL未満

保険診療(保医発第063002号 平成20年6月30日より)で、「D015 18」血漿蛋白免疫学的検査のアトピー鑑別試験に準じて月に1回算定可(200点)となっています。免疫学的検査判断料 144点(月1回につき)も算定可能です。

資料1) 血清中TARC測定試薬「アラポートTARC」の基礎的検討 医学と薬学 58巻6号:901-907, 2007

2) 小児アトピー性皮膚炎の病態評価マーカーとしての血清TARC/CCL17の臨床的有用性 日本小児アレルギー学会誌 第19巻5号:744~757, 2005

                                    外注受付 連絡先(5768)

化学検査室よりお知らせ

血沈検査における採血のお願い

検査部では、今年の5月より血沈(血液沈降速度)の測定を実施していますが、血沈の採血量について再度お知らせ致します。

採血は、血沈専用真空採血管(クイックアイ パートナー)の真空採血管部分を縮めた状態(図○)のままで、すりガラス様のライン幅(a)まで採血をお願いします。

規定量以下あるいは以上の採血量の場合、取り直しをお願いすることもございますので、ご協力お願い致します。

化学検査室 連絡先(5756)

■鉄分検査室     
しろいかもめ

第20回 《絶滅危惧種》       

福岡市こども病院の移転問題の際登場する博多湾の人工島のある一帯は以前は広大な和白干潟が広がっていた。人工島工事の当初計画では、和白干潟を全面的に陸地に干拓するものであったが、紆余曲折を経て現在のような姿となった。
 この和白干潟の象徴的な存在がクロツラヘラサギPlatalea minorである。体長は、75 cmほどで、白い羽毛に覆われへら状の黒いくちばしを持った特徴的な形態の鳥である。へら状のくちばしを巧みに使って泥の中の蟹や貝などを捕食する。まさに干潟を代表する鳥である。和名からはサギの仲間に思えるが、コウノトリ目トキ科に属する鳥で、博多湾内の和白干潟・人口島や今津湾に毎年10月から11月にかけて数十羽が飛来し、春になると繁殖地へ飛び去っていく。
 クロツラヘラサギは、平成16年(2004)の一斉調査で世界中では1,200余羽が確認された絶滅危惧種である。主な繁殖地は、朝鮮半島西海岸と見られていて、越冬のため、博多湾をはじめ台湾、香港、ヴェトナムなどに南下し越冬する。最大の越冬地は、台湾の會文渓河口で600~800羽ほどがそこに越冬することが知られている。
 クロツラヘラサギは、干潟や湿地の地球規模での環境の状態を象徴する存在といえる。今後も博多湾に変わらず飛来してくることを期待したい。


平成4年(1992)福博に、三つの頭を持つ翼竜キングギドラが飛来した。
 福博は恐怖のどん底に突き落とされた。福岡タワーはポッキリと折られてしまい、アクロス福岡や中洲も蹂躙され、福博であい橋では恐怖におののいた市民が右往左往することとなった。
 これは、平成3年(1991)封切のゴジラシリーズ第18作の大森一樹監督の<ゴジラ対キングギドラ>の一場面である。
 そのキングギドラの再来かと見まごうような光景が博多駅で現在目撃される。福博の戦後復興の象徴であった先代の小豆色の博多駅ビルはすっかり取り壊されてしまい、駅前に立つと大きく空が広がって見える。その空に向かって大型クレーンが何本も鎌首をもたげている。福博を破壊しまくったキングギドラと異なり、こちらは、九州新幹線博多乗り入れに備えた新駅ビル建設を行っている。大型クレーンをよく見ると、<つばめ>、<かもめ>、<ゆふいんの森>、<HUIS TEN BOSCH(ハウステンボス)>、<はやとの風>と名札が取り付けてあるのに気づくはずである。これで、なるほどと思えた人は、<鉄分>が十分にある人である。その通り、これらは、JR九州を代表する列車名である。因みに本病院の新病棟工事の際もクレーンに名前が付けられていたことを記憶されているであろうか。残念ながら(?)医学・医療とは関係ない名前であった!!
 これから新駅ビル工事は佳境を迎える。来春には<みどり>は落選のもようながら、<ソニック>、<有明>、<ビートル>と名付けられたクレーンが更に登場予定となっている。現在稼働中の5基のクレーンで最も高いクレーンの運転席が地上約60 mで完成後の新駅ビルの高さとほぼ同じくらいとなる。現在日本各地で駅ビルが超高層化している中で、名古屋駅や札幌駅のように新博多駅ビルは超高層ビルとはならない。福岡空港が近くにあり、福博中心部は超高層ビルが建設できないためである。


いよいよ秒読み段階になりつつある九州新幹線博多乗り入れによって九州内の鉄道地図も様変わりすることとなる。
 山陽新幹線博多乗り入れ以来、将来の九州新幹線高架線となるであろう断端が、博多南駅の近くで30年余放置され雑草も生えている有様であったが、既に高架橋がそこから筑紫山地へと真っ直ぐに伸びている。
 熊本駅や久留米駅構内では新幹線駅の工事の真っ盛りである。鹿児島本線の列車の車窓からも新幹線の高架橋が次第に姿を現わしている光景を目にすることができる。
 平成16年(2004)に九州新幹線新八代―鹿児島中央間が、開業した。それまで博多―西鹿児島(現鹿児島中央)間を787系電車<つばめ>が、約4時間で走っていた。新幹線部分開業で、在来線の787系電車<つばめ>は、<リレーつばめ>と改称され、九州新幹線800系が<つばめ>の名称を継承した。九州新幹線博多乗り入れで、当然のことながら<リレーつばめ>は、全廃となるはずで、<リレーつばめ>は絶滅危惧種といえる。また、<リレーつばめ>の廃止に伴って、その車両も引退ということは考えにくく、九州内の他の在来線特急用車両に転用されるものとみられる。
 もしそういう車両運用の玉突きが起こると、他の路線の車両の引退なども発生し、九州内の列車の顔ぶれがガラリとかわってしまうはずである。もっとも可能性が高いのは、国鉄からJR九州が発足した時に登場した<赤い特急>485系。従来の国鉄色から、車体全体を真赤に塗色された姿を見た時は仰天ものであったが、慣れとは恐ろしいもので、そのうち見慣れたものとなった。既に博多駅で発着する姿を見ることはなくなってはいるものの、日豊本線でその元気な姿を今でも見ることができる。現在一部の編成は、<赤い特急>から元の国鉄色に塗りなおされて走っていて、国鉄時代の鉄道風景を彷彿とさせてくれる。こうした国鉄時代生まれの485系も絶滅危惧種といえる。
 既に、山陽新幹線・九州新幹線直通運転用新型車両が、博多港から陸揚げされJR西日本・博多総合車両所に10月3日・4日未明に搬入された。深夜巨大な車体がトレーラーで運ばれるのを目撃した人は、思いもかけないものが現れ驚愕したかもしれない。10月下旬より山陽新幹線区間で走行試験が始められる。九州新幹線全通で、新大阪―鹿児島中央間は直通列車で約4時間で結ばれる予定で、どんな列車名が付けられるか注目される。


新幹線の嚆矢は、もちろん東海道新幹線である。
 東京オリンピックの開催に合わせて、突貫工事で建設が進められ、昭和39年(1964)10月1日に開業した。オリンピックの開会式は10月10日であった。
 新幹線の登場までは、<ALWAYS続・三丁目の夕日>にも登場した151系電車<こだま>が花形であった。<こだま>の登場は、昭和33年(1958)11月であり、活躍の期間は短いものであった。<こだま>は当初東京―大阪間を6時間50分で結び、翌年から6時間30分で結んだ。これにより、東京―大阪間が日帰り可能となり<ビジネス特急>と呼ばれた。
 新幹線誕生までの経緯は複雑で今回は割愛するが、在来線とはまったく異なる哲学で生み出された。新幹線の車両も画期的なものであった。この車両の開発にあたって最初の高速運転試験に使われたのは、151系電車で、在来線<こだま>のDNAが新幹線に引き継がれている。
 この初代新幹線車両が0系である。丸い鼻を持った先頭車両は印象的である。どこか丸みを帯びた車体は、手塚治虫の丸みのある漫画に木霊しているようだ。新幹線車両の質感は、151系の登場の時同様に画期的なものである。車体の塗色の様式は、ほぼ後続の新幹線車両に引き継がれている。
 開業当時、東海道新幹線は12両編成で東京―大阪間を<ひかり>が4時間、<こだま>が5時間で結んでいた。路盤の安定を待って約1年後、<ひかり>は3時間10分に、<こだま>は4時間に速度向上が図られた。
 昭和45年(1970)3月14日~9月13日開催の大阪万博の輸送人員の増加に備えて、その前年末より、<ひかり>は、16両編成となり、この16両編成は現在も引き継がれている。
 山陽新幹線は、新大阪―岡山間が昭和47年(1972)年3月15日に開業し、博多に昭和50年(1975)年3月10日に乗り入れた。
 昭和60年(1985)10月1日に、次世代の2階建て車両を含んだ100系が登場した。それまでの期間は、0系の独壇場だった。東海道・山陽新幹線用に0系は、合計3,216両が製造された。

この歴史的な0系が終焉を迎えようとしている。

既に東海道新幹線では、平成11年(1999)に姿を消していて、現在山陽新幹線で<こだま>の運用が数本行われている。昨年登場のN700系が好評で、投入が前倒しされたこともあり、11月30日で山陽新幹線からも0系が姿を消すこととなった。0系は、絶滅危惧種ならぬ絶滅決定種と言える。せめて博多南線で動態保存の形で運用を残してもらいたいものである。今年に入り、0系の塗色が新幹線開業時のものに塗り替えられている。年配者には、郷愁を、若者には新鮮な魅力を与え、最後の輝きを放ちながら元気に走っている。
 0系の定期列車運用は、11月30日で終了であるが、JR西日本は、<さよなら運転>を12月6日、13日、14日に行いこれが、新幹線列車として0系を見れる最後となる。
 尚0系以外では、九州行きブルートレインも絶滅危惧種である。東京からは、熊本行きの<はやぶさ>と大分行きの<富士>が併桔運転され、門司駅で切り離されて運行している。既に<あさかぜ>、<さくら>なども消えてしまった中で唯一の列車である。

ところで、福博を元気に走る白地に桃色の帯をした西鉄バスも絶滅危惧種である。今年は西鉄百周年にあたり、これを記念して33年ぶりにバスの塗色変更が行われている。新しい意匠は、白地にパステル調の5色の縦縞入り。約10年かけて現行のものと入れ替えていくことになっている。都市の景観として、バスも意外と大きな存在感があり、バスの意匠変更で福博の都市景観の印象もかなり変わりそうだ。

■研究室の雑感 その弐 ■ ―耐熱菌と光物―    杏李

 遺伝子検査でよく使われる方法にPCR(Polymerase chain reaction)法がある。遺伝子のある領域を指数関数的に増大させ、現在の分子生物学の発展に多大な貢献をもたらした。ご存知のようにこの方法を開発した当時アメリカのシータス社に勤めていたキャリー・マリスは10年後にノーベル賞を受賞している。PCRの伸長反応にはDNAポリメラーゼが用いられる。初期には3台のインキュベーターを用いてPCR反応を行い、一回ずつDNAポリメラーゼを加えていた。当時のDNAポリメラーゼは耐熱性がなく94℃では失活したからだ。このままでは世界に普及しないと考えたシータス社の研究者は高温の温泉などに生息するバクテリアのDNAポリメラーゼに注目し、この問題を解決した。その結果試験管内で短時間にヒトのDNAを増やすことが可能となった。

 最初に発見されたのはアメリカ イエローストーン国立公園の温泉に生息するバクテリアであった。好熱性細菌Thermus aquaticus由来のDNAポリメラーゼI(Taq DNA polymerase)が精製され現在でも多くのラボで使われている。さらに次々と耐熱性のポリメラーゼが発見された。以前私の研究室ではNew England BioLabsから発売されていたDeep VentR DNA Polymeraseを使用していた。この酵素はカリフォルニア湾海底2010mの深海の噴気孔から発見された104℃で生存する好熱古細菌から精製された。Deep(深海) Vent(噴気孔)が名前の由来である。当時PCR反応をかけながら、温泉や海底の微生物に思いを巡らしたものである。実験の合間によく由布院、別府温泉に行くことがあったが、この泉源にもいろいろな微生物がいるのだろうかと想像するのも楽しいものである。

 日本でもDNAポリメラーゼが単離されている。研究室でよく使われるポリメラーゼにKOD DNA polymeraseがある。この酵素は鹿児島県小宝島の硫気孔より単離、超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis (KOD1)株由来である。高い耐熱性、高次構造をとりやすい鋳型に適応できクローニングに適する。この菌は京都大学の今中教授のグループが単離した。彼らは油田に生息する菌や極低温にある菌、石油分解菌などから有効な酵素などを単離している。夢のあるお話です。

「小宝島は宝島の北東約16kmにある隆起サンゴ礁でできた周囲約4kmの小さな島。アダンやソテツが生い茂り、道路わきにはハイビスカスが咲き乱れる亜熱帯情緒あふれる島である。一番高い山でも標高103mという平坦な島で、30分も歩けば島一周でき、海上から見ると妊婦さんのように見えます。立神と呼ばれる多くの奇岩が海岸線にそびえ立ち幻想的な景観を織りなし、中でもウネ神、赤立神などは見ごたえがあります(ホームページより)」

 話はそれるが、来年7月22日には皆既日食が日本で見られる。完全な皆既日食が見れるのは鹿児島のトカラ列島付近。皆さん是非黒い太陽とコロナを見に行きましょう。新たな検査方法を思い浮かべながら6分間の幻想を楽しみたいものです。このように分子生物学の発展には多くの微生物が貢献してきた。至適環境化で生息する微生物はその環境化で生息する機構が備わり一般の常識では考えられないことが多く存在するのであろう。

 分子生物学の分野では「光物」が大変流行した。ひとつは転写活性を測定するルシフェラーゼアッセイである。私が大学院生のころはC14-クロラムフェニコールを使用し丸2日かかっていた測定が1時間以内で出来るようになった画期的な測定法である。ルシフェラーゼは発光基質(ルシフェリン)の酸化を触媒することで、発光を引き起こす酵素の総称である。ルシフェラーゼにはホタルルシフェラーゼが最も有名であるが、その他に、イクオリン(オワンクラゲ)、ウミシイタケルシフェラーゼ、ウミホタルルシフェラーゼなどがある。現在でもホタルルシフェラーゼとウミホタルルシフェラーゼを同時に用いて測定している。測定中はなにか、不思議な気にさせられる。では、蛍はなぜ光るのか?

  蛍が光るのは求愛が主たる用途であると思われる。ヒトも然り女性には光物が喜ばれる。さらに、ウミホタルの発光能力はいくつかの用途(求愛、捕食者回避)に利用されていると考えられている。ウミホタルは魚やカニなどに捕食されるが捕食されそうになった瞬間に発光して捕食者を驚かせ、その隙に逃亡すると言われている。ヒトも然り、癇癪玉で逃げる方法がある。

  そのほかにも細胞内で紫外線を当てて光らせるGFP(Green Fluorescent Protein)は世界中が注目した。細胞内の分子の局在を知るアイテムとして華々しく登場した。その後GFPの光を増強させるような遺伝子改変を施したEGFPが登場するが、当時特許の関係で熾烈な改変競争が繰り広げられたと聞く。視覚に訴えるアイテムが分子生物学者は好きなのかなと思う。このGFPの起源はオワンクラゲ。ホタルやウミホタルの光は、酵素と補因子に依存的に発色基質が酸化することに由来するが、GFPは分子そのもの自体が光る。このGFPは生きた細胞の中でも光る優れものであり爆発的に世界中に広まった。GFPを組み込んだ細胞に青い光(励起光)を照射し、蛍光顕微鏡で観察すると、細胞の中が緑色に光る。顕微鏡の視野の中、GFPは美しい光を放ち、我々は光の虜になる。GFPのベクターはその後、いろいろな改変を受け、今では緑色だけでなく、赤や黄色の蛍光を発する仲間もできている。Clontech からは、DsRed2 とHcRed1 という、性質の異なる2種類の赤色蛍光タンパク質が発売されている。両者は自然界で産生される色素タンパク質の変異体で、それぞれイソギンチャク Heteractis crispa (HcRed1)とサンゴDiscosoma sp. (DsRed2)の着色組織で見られるもの。アザミグリーン(Azami-Green; AG)は、イシサンゴに属するアザミサンゴより単離された緑色の蛍光を発する新規蛍光蛋白質。このように分子生物学者はサンゴやイソギンチャクの色素タンパクまでも実験道具として使用している。水族館に行くと、多くのクラゲやサンゴ、イソギンチャク、その他色素系の動植物が見受けられる。下関の海峡館に行ったときは光物ばかり頭に浮かんだものである。話はそれるがイソギンチャクといえばカクレクマノミ。カクレクマノミはClownfish(ピエロ)、または Anemone fishともよばれる。これはイソギンチャク(sea anemone)の名前が由来らしい。カクレクマノミといえば「ファインディングニモ」の映画が有名でその後カクレクマノミの乱獲が起こったと聞く。寂しいことだ。

カクレクマノミの生態は非常に面白い。ひとつのイソギンチャクには、だいたい複数のクマノミが生息するがこの中ではいちばん大きい個体がメス、2番目に大きい個体がオスで、残りの個体は繁殖しないという。この場合にメスが死ぬと、オスがメスへ、3番目に大きい個体がオスとなる。このようにクマノミの繁殖には最初にオス、次にメスへ性転換をおこす雄性先熟という形式をとるらしい。いろいろ想像を掻き立てられることばかりだ。分子生物学の発展に多大な貢献をした極限環境化で生育する細菌、光を放ち、人間を魅了する蛍やクラゲ、種々の色素のサンゴやイソギンチャク。地球はなんとすばらしいのでしょう。

追記:2008年ノーベル化学賞にGFPの発見者下村博士が選ばれました。1962年の発見だそうです。ノーベル賞選考委員会も光物が好きみたいですね。

■感染制御のために(14) ■     検査部助手  内田勇二郎

九州大学病院における今年の耐性菌増加の特徴

 -醸(かも)しつつある耐性菌の現状-

昨年度の検査だよりにも耐性菌の増加のことを述べたが、今年の増加には特徴があるため、警告も含めて報告する。

 まず、基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase: ESBL)産生菌である。このβ-ラクタマーゼは、ペニシリン・第一世代・第二世代・第三世代・第四世代セフェム系およびモノバクタム系抗菌薬(セファマイシン系を除く)の耐性に関与している。当院において、ESBL産生Klebsiella pneumoniae は一時期急速に増加傾向であった(図1)。現在やや減少しているが、2.4%の分離率になっている。ところが、大腸菌に至っては今年の中間報告で分離率がついに10%を超え、8月までで11.2%となっている(図2)。Citrobacter koseri におけるESBL産生率は以前より高いことが指摘されており、当院でも今年で26.3%、最も高かった2006年は64.7%まで達していた(図3)。このように、ESBL産生菌の分離率でも大腸菌と他2菌種とで年次推移が異なっていた。詳しい伝播経路は今後充分検討する必要があるが、大腸菌は既に市中に蔓延している可能性、他2菌種は以前院内伝播を起こしていた可能性も考慮しておかなければいけないであろう。

 次に、メタロβ-ラクタマーゼ(MBL)産生菌についてである。カルバペネム系を含めたほとんどのβ-ラクタム剤に耐性を示すため、感染症を起こした場合非常に治療に苦慮する耐性菌である。当院では、ブドウ糖非発酵菌である緑膿菌やAcinetobacter を中心に分離されていたが、今年は異なり、腸内細菌科であるKlebsiella Enterobacter から分離されるようになってきた(表1)。ブドウ糖非発酵菌は基本的には流し台などの水のある場所に多く存在しているため、環境清掃をこまめにするだけでもかなり院内伝播は防ぐことができると推測されるが、腸内細菌は患者だけでなく医療従事者も腸内に無症状で大量に保菌する可能性がある。ちなみに腸内細菌科の細菌は糞便中1gあたり100万~1億個も常在している。更にMBL だけでなくESBLはプラスミド性に耐性遺伝子をもっているため、腸内環境で他の菌種に耐性遺伝子を伝達する可能性も秘めている。

余談ではあるが、緑膿菌のIPM耐性率(低感受性(I)も含める)は、以前20%を越えていたが、現在15%を下回っているため、カルバペネム系抗菌薬の適正使用は少しずつ改善してきていることも推測された(図4)。

 したがって、ESBLMBL産生菌のような耐性菌を増やさないためには、自分を含めて身の周りには耐性菌がうようよしている-醸している-ことを実感し、環境清掃だけでなく各自の充分かつ頻回の手指衛生、分離された患者に対しては接触感染予防が不可欠であり、今後更なる遵守が必要と考えられる。

1  当院で分離されたESBL産生肺炎桿菌の推移

2  当院で分離されたESBL産生大腸菌の推移

3  当院で分離されたESBL産生C.koseri の推移

4  緑膿菌のIPM耐性菌の推移

1  当院で分離されたメタロβ-ラクタマーゼ産生菌の推移

■編 集 後 記■      

 虫の音が、蝉の声から、鈴虫など秋の虫達の鳴き声に変わってまいりました今日この頃皆さんいかがお過ごしでしょうか。耳鼻科の検査には聴覚検査があり、毎年の健康診断でもヘッドホンをつけて検査します。季節に応じてカエルの鳴き声、秋なら鈴虫の音が聞こえますか?とかにしたらどうかなとふざけたことばかり考える。以前住んでいた家の裏には田園が広がり、田植えの頃にはカエルの鳴き声がうるさいぐらいであった。夏にはホタルが近くの用水路で見られるのどかな所である。少年時代をすごした田舎も同じで懐かしく思えていたものである。今住んでいる吉塚ではカエルの鳴き声も蝉の声も鈴虫の音も聞こえず、新幹線と鹿児島本線の列車の音ばかりである。鉄分が多くなった気がする。だんだん季節を醸し出すあいさつ文がなくなるのではないかと思えてくる。

 技師長も書かれているが、青かびから発見されたコンパクチンは動脈硬化のペニシリンとも呼ばれる画期的な発見である。発見者の遠藤博士は少年時代、秋田の山間部で生まれキノコやかび(麹菌)に興味を示していたと聞く。また、ペニシリンを発見したフレミングの本にも大変感銘を受けていた。余白がないのでこの話の続は次回杏李さんにしてもらおう。兎にも角にも少年時代の思いを貫くことが大事なのですね。鈴虫、クツワムシ、ハヤシノウマオイ、マツムシ、クサキリ、エンマコオロギ、アオマツムシの音を聞きながら、読書に耽る秋です。研究室では食欲の秋かな?                                       

内海 健