研究会の趣旨：
　今日、科学の発展が薔薇色の未来を約束すると単純に信じる人は、さすがに稀だと思います。20世紀の歴史は、科学の進歩が必ずしも人間の幸福や地球の平和に貢献するわけではないことを数々の実例によって示してきました。科学の一領域ではありますが、医学は人間の幸福や地球上の生命のための学問であるはずです。それなら医学は発展するままに任せておいてもいいのでしょうか。
　医学の進歩は目覚ましく、先端的な医療技術によって以前ならば救命が難しかった疾患が治療可能となりつつあり、それ自体はすばらしいことです。しかし一方で、医学はますますテクノロジー重視に傾き、医療は効率優先が求められ、ともすれば人間性の喪失につながりかねません。このような危機的状況にも関わらず、医学・医療に携わる我々は、過去を振り返る余裕を持たず、また進むべき道を的確に示す羅針盤もないまま、どこへ向かうのかも知らずにひたすら前へと進まされているような気がいたします。
　九州大学でも先端的医療技術の開発熱は極めて高く、最近では医工連携も盛んになり、医学・医療の技術的側面はますます進歩すると見込まれます。しかしながら、科学技術をコントロールし、自然科学の進むべき方向に指南を与えるべき人文科学的な研究は、「不採算」ゆえにともすれば軽視されるきらいがあります。しかし九州大学が日本や世界の指導的な役割を果たそうとするならば、医療技術の開発に熱心なだけではなく、「医の文化」の醸成にもしっかり取り組み、バランスをとらなければなりません。
　このまま「文化なき大学」に堕することを危惧し、九州大学の「医の文化」を守りたい、創造したいと感じる人々は少なくないと思います。そこで「医の文化」、もっと具体的に言うと、「医と生命の哲学、倫理、およびその関連領域」に関心のある人たちが集まって意見を交わす場を作ろうと考え、この研究会（勉強会）を企画しました。医療系大学が担うべき医学・医療・医育の三領域について、哲学や倫理に関する諸問題について語り合い、知識や思想を深め、我々がこれから進むべき方向を一緒に考える機会にしたいと思います。
　さらに付け加えますと、もっと現実的な設立理由もあります。医科学専攻修士課程が始まって以来、哲学・倫理的な研究テーマを希望する大学院生がこのキャンパスに入って来るようになりました。ところが、このキャンパスには指導者が不足しているため、十分な指導が受けられないままになっています。そこで、この研究会を学生の教育の場としても役立てたいと考えています。これにより、文科系の学生たちをこのキャンパスに呼び寄せ、「医文連携」研究を発展させるきっかけにもなると思っています。また医療系統合教育において、「インフォームドコンセント」など、医学・医療の倫理に関する教育がすでに行われていますが、現在のような教育方法で十分かどうかいささか不安です。この研究会を通じて学ぶ側も教える側も勉強できたら幸いと考えています。

発起人（50音順、◯印は代表世話人）：
荒木登茂子 医学研究院 医療経営・管理学
笹栗俊之◯ 医学研究院 臨床薬理学
高橋成輔 　医学研究院 麻酔・蘇生学
谷憲三朗 　生体防御医学研究所 ゲノム病態学分野
中尾久子 　医学部保健学科 看護学
服巻保幸 　生体防御医学研究所 ゲノム機能学分野
丸山マサ美 医学部保健学科 看護学
吉田眞一◯ 　医学研究院 細菌学
吉田素文 　医学研究院 医学教育学