第1回領域会議に参加して


第1回領域会議 集合写真

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
諸橋 憲一郎

阿蘇の外輪山を望む絶好のロケーションの中、3月23日から25日にかけて第1回(平成16年度)領域会議を開催しました。会議の2日目には、この時期にしては珍しく降雪となり、幸運にも阿蘇の雪景色を楽しむ機会に恵まれました。ちなみに昨年10月26日の第1回公開シンポジウムは台風が吹き荒れる中での開催でしたので、どうも本特定領域の集まりは刺激的な天候のもとに行われるようです。

会議では13名の計画研究代表者と研究室の若手、ならびに11名の招待演者による発表をあわせ、33題の口頭発表とそれに続く討論が繰り広げられました。いずれの発表も熱のこもった内容で、発表後の質疑が途切れることなく続いたことは印象的でした。また、これらの口頭発表に加え、会場では8題のポスター発表も行われ、ここでも熱心な討論が行われていました。今回の領域会議には計画研究代表者の研究室から多くの若手研究者が参加してくれたことも手伝って、いい雰囲気の中で会議を進行することができました。加えて比較的若い研究者を招待演者としたことも、そのような雰囲気を作り出した要因であったと思います。一般に、活気のある学会や研究領域が主催する会議は若い人で埋め尽くされています。本特定領域では若手研究者が臆することなくものを言い、動き回れるような、そのような雰囲気を大切にしたいと考えています。

また、このような集まりの場合、会議の後の懇親会は色々な意味において極めて貴重です。今回の会議ではそのことを十分にご理解頂き、山田源先生には絶妙のセッティングをして頂きました。若い人達の会話が深夜まで続いたようです。といっても、会議自体が11時近くまで続きましたので、体力勝負の懇親会となったことは、古手研究者にとっては過酷であったかもしれません。

ともあれ、第1回特定領域会議が無事終了致しました。最後になりましたが、本会議は熊本大学の山田源先生にご準備頂きました。山田源先生ならではの数々のご配慮はこの会議の開催には欠かせないものでした。山田源先生ならびに研究室の皆様方のご努力により、快適な会議を設定して頂きましたことに対し厚くお礼申し上げます。

 


熊本大学生命資源研究・支援センター 
山田源

「若い人と年長組」
 遺伝子が生殖器官形成に如何に関わるか解析しています。日々自転車操業ですが結果が出ますと、学生さんたちと海外発表、論文勝負をします。最近感じるのは 欧米学会やラボで、若い世代と年長世代がけっこう上手く交流しているなという点です。米国発生学会中にはミート ザ ディレクターなど院生等がトップと会う機会があります。メンタリティの違いもありますが、アメリカ学会の最後の打ち上げなどでオーソリティの年をとった先生と若手の学生があまり上手でないダンスを一緒に踊ったりしているのを見ると、ある意味でうまいつきあい方だなと感じることもあります。この年になりますと欧米のやり方がベストだとは全く思いませんが・・・・。

また若い方々と話していると、次第に自分の年齢が実際に年長組と感じることもあります。まずTVや映画の話などを無理にして共通話題を探り、そこから話をスタートしようとするときに感じます。比較的最近の映画のつもりでもまず彼らに分かってもらうことはできません。トピックがすでに大幅にずれているのです。

またちょっとしたことですが、例えば我々が大学院生の頃は教授や先輩たちと時にラボで安いウイスキーや焼酎を持ってきてするめなどとラボで貧しい酒盛りをすることも多くありました。社会が豊かになり、おそらくラボにお酒があっても、そのような機会を無理に作ろうといっても今の学生さんたちはそういった環境を喜んでいるとはあまり思えません。

少し前に上海中国アカデミーにいったときの経験ですが、経済は高度成長期にあります。サイエンスはまさにこれからですが、SPFマウス施設など見事な施設が建ちつつあり、また研究室の中では大学院生たちが遠心機を回している間も論文を一生懸命読んでいたりするのを見ると、高度成長期のハングリーだった我々(今から思う回想ですので美化されてるか分かりませんが)と結構ダブるものがあります。

若手との交流に関して会議準備ということに関連して最近感じたことがあります。

今回の領域会議準備におきましては、交通の便のよいシティホテルではなく、参加者の交通手段を確保した方がいい離れたホテルでしたので、アレンジにかなり時間がかかりました。この点教室員の若い大学院生や秘書の方に非常に多くのヘルプを得ることができました。

つまり若い方々も今回の領域会議設営や運営に関してはこちらの想像以上の大活躍をしていただいたのです。一旦若い人をうまい形でのせると(言葉は悪いですが)想像以上の力を発揮されるのは間違いないと思います。領域代表もいわれていますが、なるべく若い人にいろいろな段階で刺激を与えるというのが月並みですがやはり最善ではないかと思われます。数年前にGordon会議に演者として呼ばれたときに重鎮の研究者が言っておられたのは、学生でGordon会議に参加し、ご承知の通り寄宿舎同然のぼろい建物の中で学生さんでもその気になれば勇気を出して大御所の横に座り、必死になってディスカッションについていく、そういった今回の領域会議的な雰囲気で(?)泊まり込み、時間、年齢など気にせずに密着して議論するタイプの会議がやはり適しているのかもしれません・・・・そういった意味で多少自画自賛ですが、領域会議会場にフォーマルな懇親会でなく、徹底的に議論し、あるいは語り合う場をおいたのは多少よかったのではないかと考えております。また何名かの若い方々に領域会議はよかったとお声をかけていただいたのは名誉でした。

またこれからの会議におきましてもいろいろなアイデアを含めて、その運営について考えていくのも必要と感じております。極論かもしれませんが開催地の希望される大学生物系の学部生なども参加を認めるなど、そういった運営があってもいいかもしれません。領域会議はもちろん班内部での情報交流と仕事の推進を目的とするために、一部はクローズドな性格も持っておると思いますが、そういった生物系学部生などは若手でありすぎますので競争や情報の拡散などといった点についてはあまり関係ないと思いますので、そういったアイデア等もあり得るかと思います。

今後とも皆様方と共にこうした問題を考えさせていただきたいと思います。ご指導よろしくお願い申し上げます。


お手伝いいただいた山田研の皆さん


山口大学医学部 高次神経科学講座
篠田 晃

   

山口から熊本へ電車を乗り継ぎ、山間の登山電車で春まだ浅い阿蘇の外輪をトロトロと登り、最寄りの内牧駅で降りて「性分化機構の領域会議」のホテル会場に辿り着きました。4月も近いというのに小雪舞う屋外の寒さとは対照的に、会場内は、初日から連日、夕食を挟んで夜の10時過ぎまで熱気を帯びた発表や討論が活発に続いておりました。会議は、「性」の生物学的基盤や性分化異常の背景にある「性の法則」を、分子基盤に立脚し、ホルモンや生殖器系のみならず脳や行動の性分化機構をも視野に入れ、下等動物からヒトに至る生物界全般に通ずる普遍的な「性哲学」の中で捉えようという姿勢に貫かれておりました。これだけ広い分野から性分化機構解明に携わる最先端の研究者が集まり、胸襟を開き膝を交えて議論する機会は日本ではあまりなく、領域代表の諸橋先生を中心として、まさに「性」の研究領域が21世紀上半期に科学的アプローチすべき重要な課題として旗揚げをした感がありました。夜の懇親会では、若い研究者を中心に年配の先生方もお歳を忘れて、夜半過ぎまで、お酒を交えた研究や人生などの議論に花が咲きました。季節外れの雪が舞い散る寒風の中、ホテル屋上の露天温泉から真っ白に雪化粧した阿蘇の外輪・内輪を眺められたのも格別でした。

性分化が安定して遺伝子に委ねられ始めたのは哺乳類や鳥類以降で、そういう意味では本来的な性は、個体が持つ遺伝子の違いではなく、環境依存性に決まる遺伝子の転写選択性の違いによっており、そう考えると性の定義は、遺伝子型よりもその発現型で決めるべきなのかもしれません。ヒトの性を決めるべき指標には、戸籍などの社会的な標識、生物・医学的診断、外形・表現・行動による周囲の印象、自身の自覚の4つがあり、一つでも曖昧であったり一致しないと私たちは少なからず困惑を覚えます。しかし結局、社会的標識は外性器で、生物・医学的診断は遺伝子で、周囲の印象は内性器・ホルモンや脳で、自身の自覚は脳で性標識され、いずれの背景にも核となる生物学的基盤が存在します。性分化機構の生物学的基盤の解明は畢竟、こうした遺伝子、外性器、内性器、ホルモン、脳といった5大要素の性がどのような相互関連の中で共鳴しあい雌雄いずれかの極性を帯び始めるのか、あるいはどのプロセスの失敗がどういった性の不協和音を響かせることになるのかを解明することなのかもしれません。最終日、三日間の会議を終え、ようやく晴れ渡った春の陽射しの阿蘇を、ツラツラと性分化について考えながら下山電車に揺られて帰途につきました。次の北海道が楽しみです。お世話になりました。


ホテルから見える阿蘇の雪景色

 


自然科学研究機構・基礎生物学研究所
田中 実

 

性は揺らぐ。

その性に関して倒錯という言葉がある。もしかすると、倒錯は揺らいだ性の表出なのかもしれない。倒錯は人類の様々な時代・文化の底流を連綿としてなしてきた。時には、時代的背景を伴った猟奇的事件としても現れてくることを人文科学は教えてくれている。人は性の揺らぎを受け入れることがむつかしいのだろうか、ふと思うことがある。

生き物が受精したとき、性の違いはまだ見えない。いつからどのように性を構築していくのか。生き物を見ていると、雌として雄として、まず卵巣・精巣を共通に作りつつ、その生殖腺を土台にして実に豊かに性を表出していくことに気づく。雌雄同体あり、性転換あり。異性を惹きつけるディスプレーも様々。しかし卵巣・精巣を作り出す基本的な生物学的しくみは、ハエも人間もおそらく同じ。生き物はその組み合わせをかえることにより多様な表現をうみだしているのだろう。頑なまでに変わらない重要な生物のしくみがある一方で、性表出に関してこれだけの多様性を見せられると、生物学的根拠に依存する性の揺らぎそのものが生物進化で保証されているように思えてならない。

メダカの性は人と同じように遺伝で決まる。しかし、たった一カ所人為的に遺伝子に傷を入れただけで、一時的にせよ卵巣と精巣両方の構造をもつメダカができ、大人になっても性が親からの遺伝に依存しなくなるメダカが出現する(写真)。性に揺らぎがなければここまで変化しないだろう。


雄でも卵巣を持つメダカ:トトロ。
ふっくらとした体型がトトロに似ているため名付けられた。お腹が大きいせいか水中をゆらゆら動き、泳ぎはあまり得意でないようだ。すぐに底に沈み、バランスをくずして横になってしまうときがある。その大きなお腹のほとんどの部分は(遺伝的には雄であっても)卵巣で占められている場合が多い。性行動も雌型。子供の時期には一時的に卵巣と精巣両方を持つことがある。

人とて例外ではないだろう。もし揺らぎを全く失ってしまっていたとしたら、人は生物進化の隘路にはまり込んでしまった生き物になっていただろう、と思う。その意味で倒錯には“救い”がある。マグマだまりのように人類の歴史の中に存在し、秩序だった地上の世界のところどころに湧き出し、時おり物議を醸し出してその存在を主張している。たとえ蓋をして抑えつけてもおそらく無駄だろう。是非は別として、無駄であってほしいとも思う。生き物なのだから。

きちんと区別された男女がいて当たり前と思う社会秩序と倒錯との相克自体が生物としての一断面であり、相克自体が肝要なのではないかしら。もし社会が、勧善懲悪的に、倒錯が疾患や犯罪とでしか表現できない構造になっているとしたら、生き物としてはどこか危なげな構造になっているのではだろうか、と思うときもある。

 


日本医科大学生理学第一講座・大学院生1年
西村 一路 

「The more I learn the more I realize I don’t know.」

かのアルバート・アインシュタインの言葉です。第一回特定領域研究「性分化機構の解明」領域会議に参加させていただき、痛感させられた言葉でもあります。熊本、阿蘇は、少し早く訪れているであろう春を思い描いていたため、よけいに肌寒く感じましたが、山々に囲まれた景観豊な環境で貴重な体験をさせていただきました。

私は、佐久間教授の元でGnRHニューロンを、電気生理学的手法を用いて、春期発来のメカニズムを明らかにする研究に従事しています。普段得る情報が、やや脳に関するもの偏りがちななかで、様々な分野の先進的な研究に関する報告を、直接聞くことができたことは、大変意義のあるものでした。他の先生方の熱心さに圧倒され、発表に対する質問ができなかった、というと言い訳になるかもしれませんが、アルコールの力も借りて、懇親会では自分の稚拙な意見も言えたように思っています。なにより、普段話す機会がない著名な先生方とお話できたと言うことは、自分にとって意味のあるものでした。研究の報告はもちろん、縁というものを大事にできたらなと思います。

惜しむべきは、自分の勉強不足です。初めて知ることばかりで、ついていくので精一杯の面もありました。とくに感心させられたのは、諸先生方の引き出しの多さでした。自分の興味に影響されがちな視野を、これからは広げていく必要があるのだろうと、寒さのため少々ぬるくなった露天風呂で、思いを改めたものでした。

貴重な体験をさせていただいた反面、自分の実力が伴わなかった不甲斐なさを実感した3日間でした。

実は、最初の言葉には続きがあります。

「The more I realize I don’t know the more I want to learn.」


領域会議での質疑の模様

 


日本医科大学生理学第一講座・大学院生1年
許 晴

文部省特定領域研究「性分化機構の解明」領域会議の第一回会議が熊本県の阿蘇山にある阿蘇プラザホテルにて、領域代表者である諸橋憲一郎先生のご計画のもと、2005年3月23日〜25日に開催されました。私は中国・大連から研究留学生として2003年9月から日本医科大学で佐久間教授のご指導のもと主に分子生物学の研修を経て来ており、2005年4月より正式に本学大学院生として脳の性分化に関して分子生物学的アプローチを行うべく、基礎研究を進めていこうと意欲をもやしております。本会議では、私の現在挑戦しているラット視床下部の脳の採取、それからのTotal RNAの精製、Real-time PCRの結果を木山講師の発表の一部に加えてもらいました。現在はWestern blottingに悪戦苦闘しております。分子生物学はまだまだ私には未知の分野でありますが、本会議に出席して様々なアプローチがあるのを知りました。今まで、遺伝子を直線と考えられていた時期から三次元構造、クロマチン構造にすすめられているのが実感されました。日本医科大学で博士号を取得した後は、本国で基礎・臨床をふまえた分子生物学的研究の指導をしたいと希望しています。朝9時から深夜10時までにわたる缶詰め会議は初めての経験で、こんなにサイエンスを熱く語れる集団に参加できてびっくりであり貴重な体験でした。熊本は日本の南部で暖かいと聞いておりましたが、嵐のような雪でこれも吃驚しました。

最後にこの会議を何一つ問題なく親密に遂行されるようご努力して下さった特に学生さん中心の皆様方に尊敬と感謝を致します。


活発なポスター発表の様子

 


北海道大学先端科学技術共同研究センター
黒岩麻里

3月に熊本で行われた「性分化機構」第一回領域会議に出席した。熊本は小学生の頃に家族旅行で訪れて以来。もう3月だというのに雪が降り積もる札幌からの参加だったため、熊本はあたたかいのだろうな、いやむしろ暑いくらいかも、とすっかり南国気分であった。ところが期待は裏切られ、会議中は吹雪という悪天候。二泊三日、ホテルにカンヅメでの会議なので天候はあまり関係ないのだが、九州に来てまで雪が降るとは・・・。しかし、会場の中は外の天候とうってかわって熱気を感じるくらいに熱くディスカッションが交わされ、大変密度の濃い内容であった。

特に良い経験となったのは、夜の懇親会であった。人生の成功者ともいえるえらーい先生方や、いわゆる「若手」とよばれる人達が、冗談交じりに意見交換、情報交換を行い合った。研究テーマは人それぞれ。でも志を同じくするもの同士、年齢、性別関係なくこんなにも有意義な時間を過ごすことができるのだと、改めて実感した。現在のポストについて約一年半、夢中で突き進んできたのだが、自身の研究の方向性や、研究者としての素質など思い悩むことが増えていた。そんな私にとって今回の会議は、大きな「励み」となった。

また、タイトなスケジュールでも苦痛を感じず、快適に過ごせたのは、熊本大学の山田源先生をはじめとするスタッフ、学生さん達の細かな心配りのおかげであった。随分の時間と労力をかけられたのであろう。次回の会議は札幌だ。熊本を良いお手本として、少しでも有意義な場となるよう、最善を尽くしたい。


図1 トゲネズミ
図説
トゲネズミフィギュア ( 制作:(株)海洋堂 ). トゲネズミは雌雄ともにXO型の性染色体構成でY染色体をもたないため、独特の性決定様式をもつと考えられている.

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