九州大学医学部百年講堂は、病院キャンパスの南側、創立75周年記念庭園を望む場所に位置しています。平成15(2003)年九州大学医学部は、明治36(1903)年に京都帝国大学福岡医科大学として発足して以来百年を迎え、医学部創立百周年記念事業のため、医学部同窓会と教授会から「医学部創立百周年記念事業後援会」が編成されました。九州大学医学部百年講堂は、記念事業後援会が記念事業の最重点事業として建設にご尽力され、九州大学に寄贈されたものです。
元来、病院キャンパスには、主会場として旧医学部中央講堂があり、戦中から戦後にかけて学術的集会の場や、一般市民にも親しまれる福博の文化的催しの中心的会場として、重要な役割を果たしてきましたが、平成9年(1997)6月、新病院建設のために取り壊されました。医学部百周年の記念事業後援会が、同窓会をはじめ各種企業、団体に募金を呼びかけ、旧医学部中央講堂の役割を担う施設として記念大講堂を建設するに至りました。
同窓生へ名称を募集し、常任幹事会で投票の結果「九州大学医学部百年講堂」と名付けられたこの記念大講堂は、1階に568席の大ホール、間の壁を取り外し広げて使用できる108席の中ホールを2室、独立した108席の中ホールを1室と、交流ホール、交流ロビー、応接室など、それから75周年記念庭園を展望できるカフェテリアを有し、2階に3室の会議室を有しています。
大ホール
交流ホール
カフェテリア

一際目を引く大ホールの緞帳は、織物美術家 龍村光峯(たつむらこうほう)先生の作品「彩綴海松顕微の図」です。医学部が立地するこの地には、かつて美しい松林があり、千利休が釜を掛け、湯を沸かしたといわれる「釜掛の松」が敷地内に伝えられています。この緞帳の美しい図柄は、「釜掛の松」の松の古絵図から松葉の形を取り出し、最先端医学の技術である有機物、生命体の顕微鏡写真を、我が国の伝統文化にある「見立て」の考え方を応用し、松林に象徴させたものであり、龍村光峯先生の手によって、芸術と科学技術が融合し表現されたものです。未来に向かってあるべき姿が色鮮やかに、そして明るいイメージで呈示され、九州大学医学部百年を記念し、次の百年を目指すに相応しい作品だと言えるでしょう。
現在、百年講堂は、九州大学医学部の主要行事(入学式、卒業式等)など大学講堂としての機能に加え、年間約300件の学会、市民公開講座、会議等で使用され、医学情報発信拠点、交流の場として、教育・研究に有益に利用されています。