研究室のご紹介

腫瘍研究室

研究室主任 矢幡秀昭准教授
研究室員 浅野間和夫 特任准教授、小野山一郎 講師、安永昌史 講師、八木裕史 講師、前之原章司 助教、小玉敬亮 助教、友延寛 助教、蜂須賀一寿 助教、川上穣大学院生

2023年4月現在

診療

1)対象となる疾患

婦人科悪性腫瘍(子宮頸癌、子宮体癌、卵巣癌、卵管癌、腹膜癌、絨毛癌、外陰癌、腟癌)、前がん病変(子宮頸部異形成、子宮内膜異型増殖症)、絨毛性疾患(胞状奇胎、侵入奇胎)など

2)外来診療

  • 腫瘍外来:絨毛性疾患を含む婦人科腫瘍の患者さんの経過観察、再発のチェックを主に行います。外来化学療法や、化学療法中の血液検査、副作用のチェックも行います。
  • コルポ外来:拡大鏡(コルポスコープ)を用いた、子宮頸がんの前がん病変(子宮頸部異形成)の経過観察、治療を行います。
  • ゲノム外来:標準治療の終了した進行・再発がん、または標準治療の確立されていない希少がんの患者さんに対してがん遺伝子パネル検査を行います。 適合する遺伝子異常が見つかった場合は、新規治療薬や治療法を開発するための治験や臨床試験にご案内します。

3)婦人科悪性腫瘍に対する手術

子宮頸癌・子宮体癌の根治術として、広汎子宮全摘術、準広汎子宮全摘術、単純子宮全摘術に加えて骨盤リンパ節郭清術、傍大動脈リンパ節郭清術などがあります。また子宮頸部の上皮内癌や異形成に対してレーザー蒸散術や円錐切除術を行っています。卵巣腫瘍の場合は手術中に迅速病理診断で良悪性の診断を行い、適切な手術法を選択します。外陰癌の場合は広汎外陰切除術、ソケイリンパ節郭清術を行います。

また当科では腹腔鏡手術やロボット手術といった内視鏡手術も行っています。従来の開腹手術と比べ、傷が小さく、術後の痛みが軽く、術後の回復も早いといった一般的な腹腔鏡手術のメリットに加え、 体の深いところを拡大して見えるため、より繊細な手術が出来、腸の癒着による術後腸閉塞が少ないのも悪性腫瘍に対する内視鏡手術の利点です。子宮頸がん・子宮体がんに対する腹腔鏡手術、および子宮体がんに対するロボット手術については 健康保険が適応される施設基準を満たしており、子宮体がんに対する腹腔鏡手術は約196症例、子宮頸がんに対する腹腔鏡手術は約110症例、子宮体がんに対するロボット手術は約64症例の経験を有します(2022年4月現在)。

開腹手術(子宮体癌)の傷 腹腔鏡手術(子宮体癌)の傷

4)婦人科悪性腫瘍に対する化学療法・放射線療法

卵巣癌をはじめ、子宮頸癌、子宮体癌、絨毛癌など、種々の婦人科悪性腫瘍に対して最新の抗癌剤治療を行います。分子標的薬を用いた化学療法も行っています。また、子宮頸癌、子宮体癌、外陰癌などに対して放射線科と協力して効果的な放射線治療を施行しています。

5)婦人科悪性腫瘍に対する集学的治療

集学的がん治療とは手術療法・化学療法・放射線治療などを併用して理想的な効果を得ようとするがん治療のことで、婦人科に加えて、放射線科や病理学部門の専門医が、光学医療診療部、検査部、手術部、薬剤部、看護部などと協力して診療科横断的に行います。
当科では以前より婦人科悪性腫瘍(外陰がん、腟がん、子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん、卵管がん、腹膜がん、絨毛がん等)に対する高度な集学的治療を実践してきました。例えば子宮頸がんに対しては主に”手術療法+同時化学放射線療法あるいは術後化学療法“による集学的治療を、子宮体がんと卵巣がんに対しては主に“手術療法+術後化学療法“もしくは”術前化学療法+手術療法“による集学的治療を行い、いずれも良好な結果を得ています。

九大病院のがん診療(婦人科がん)に関してはこちらをご覧ください

当研究室では以下の項目に関する先進医療・臨床研究・基礎研究を行っています。

患者様に優しいQOL重視のがん治療の開発

以前は、がんを治すためであれば患者さんの生活の質(QOL: quality of life)を少なからず損ねても構わないという考えが一般的でした。当研究室ではかねてより、がんを単に治すだけでなく患者さんのQOLも損なわない様、以下のような治療法の開発・導入を行ってきました。

具体的には、

  1. 子宮頸部前がん病変に対するレーザー手術
  2. 子宮頸がんに行う広汎子宮全摘出術後の排尿障害を軽減する神経温存術式
  3. 将来の妊娠を希望する子宮頸がんの患者さんに対して、子宮頸部のみを摘出する腹式単純あるいは広汎子宮頸部摘出術(トラケレクトミー)
  4. 骨盤リンパ節郭清術後に生じる下肢リンパ浮腫に対する予防法および発症時の複合療法
  5. 子宮頸がん・子宮体がん手術時のリンパ節摘出の縮小による術後下肢リンパ浮腫回避を目指したセンチネルリンパ節検査併用手術
  6. 将来の妊娠を希望する子宮体癌前がん病変あるいは早期体がんの患者さんに対する黄体ホルモン療法
  7. 有効な治療法の無い進行再発子宮がんの患者さんに対する、がんとの共存による延命を目指したがん休眠化学療法
  8. より低侵襲な手術を目指した子宮頸がん・子宮体がんに対する腹腔鏡下手術、ロボット手術などに取り組んでいます

今後も当科では、がんの根治性を損なわない範囲で、“患者さんにやさしいがん治療”を心がけていきます。

現在取り組んでいる臨床試験、臨床研究

国内の他施設と共同で行う多施設共同臨床研究に加えて、当研究室で以下のような臨床試験を独自に考案・実施しています。

1)妊孕性温存を希望する子宮頸がん患者に対する子宮頸部摘出術(トラケレクトミー)

近年、未婚あるいは未産婦の子宮頸がん症例が増加してきており、妊孕性温存手術の確立が必要となってきています。そこで当科では標準治療として子宮摘出を要する子宮頸がん症例のうち 妊孕性の温存を強く希望する症例に対し、病巣を含んだ子宮頸部のみを摘出後、子宮と腟を吻合して再建する腹式単純子宮頸部摘出術ないしは腹式広汎子宮頸部摘出術を行っています。
2005年6月から2021年9月までに、230例に対し複式子宮頸部摘出術を施行しました。術後45人が妊娠に至り(のべ67妊娠)、現在までに40人の赤ちゃんが出生しています。また、これまでの再発例は5例(再発率2.2%)であり治療成績は良好です。

2)子宮頸がん・子宮体がん手術時のリンパ節摘出の縮小による術後下肢リンパ浮腫回避を目指したセンチネルリンパ節検査併用手術(センチネルリンパ節ナビゲーション手術)

センチネルリンパ節とは“最初に転移の成立するリンパ節”のことで、手術中にセンチネルリンパ節を同定し、顕微鏡で転移の有無を確認します。ここに転移を認めなければ他のリンパ節には転移がないと言え、系統的なリンパ節郭清を省略出来ます。この手術により子宮癌手術の合併症である下肢のリンパ浮腫が防げます。系統的なリンパ節郭清を行えば下の写真のようなリンパ浮腫を起こすと治療後の生活にも影響を及ぼしますが、センチネルリンパ節生検だけで終わればこのような合併症はほとんど起こしません。また、センチネルリンパ節生検のみの症例を長期間経過観察しても再発率や生存率を低下させることがないことも分かっています。

3)家族性腫瘍(遺伝性腫瘍症候群)に対するサーベイランスと予防的手術

近年、遺伝学的検査が急速に進歩・普及し、一部の家族性腫瘍については保険診療の中で遺伝学的検査を実施することができるようになりました。婦人科悪性腫瘍の領域では、卵巣がん患者に対して遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer syndrome:HBOC)の原因遺伝子であるBRCA1とBRCA2の遺伝学的検査を実施できます。日本人女性の卵巣がん患者において、このBRCA1/2の遺伝子変異は約15%に認められるとされ、当科でも既に多くの患者さんがHBOCと診断されています。HBOCと診断された場合は遺伝カウンセラーによるカウンセリングを受けた後、乳がんや膵がんなどのサーベイランスを今後どのようにしていくか、家族に対する遺伝学敵検査をどのように進めていくかどうか、などについて個別に話し合って決めていきます。また、その過程で診断されたご家族のHBOCの患者さん、あるいは乳がん発症を契機に診断された卵巣がん未発症のHBOCの患者さんに対して、当科ではリスク低減卵管卵巣切除術(Risk Reducing bilateral Salpingo-Oophorectomy:RRSO)も実施しています(条件により自費診療になる場合があります)。RRSOを実施すると、卵巣がんの発症リスクを約79%、乳がんの発症リスクを約51%低減でき、さらに全死亡リスクを約60%低減するとされ、極めて有用な予防的手術と考えられています。

4)参加している多施設共同研究

当科はJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)やJGOG(婦人科悪性腫瘍研究機構)の参加施設であり、多くの国内多施設共同臨床研究をおこなっています。また、これらの研究グループ以外の 多施設共同臨床研究にも個別に参加し、活発な研究活動を行っています。
現在進行中の臨床試験には下記のようなものがあります(2020年4月現在)。

  1. リンパ節転移リスクを有する子宮体癌に対する傍大動脈リンパ節郭清の治療的意義に関するランダム化第Ⅲ相試験(JCOG1412)
  2. 上皮性卵巣癌の妊孕性温存治療の対象拡大のための非ランダム化検証的試験(JCOG1203)
  3. ステージング手術が行われた上皮性卵巣癌Ⅰ期における補助化学療法の必要性に関するランダム化第Ⅲ相比較試験(JGOG3020)
  4. 治癒切除不能な固形悪性腫瘍における血液循環腫瘍DNAのがん関連遺伝子異常及び腸内細菌叢のプロファイリング・モニタリングの多施設共同研究(MONSTAR-SCREEN)
  5. 希少がんに対する遺伝子プロファイリングと標的治療に関する前向きレジストリ臨床研究(MASTER-KEY Protocol)
  6. 遺伝子パネル検査による遺伝子プロファイリングに基づく複数の分子標的治療に関する患者申出療養(BELIEVE)
  7. リンチ症候群の拾い上げ及び遺伝子診断に関する多施設共同研究(DIAL study)

その他の臨床試験に関してはこちらをご覧ください

婦人科がんの病態解明や治療法に関する前臨床研究

近年、がんに対する免疫治療の確立、ゲノム情報に基づく個々のがんの特性に応じたプレシジョンメディシン、人工知能(AI)の臨床応用など、診断から治療に至るまで、がんの治療戦略は大きな転換期を迎えています。このような実臨床レベルでの大きな成果の背景には、長年の基礎研究の積み重ねがあります。当研究室でも、最新の分子生物学的手法を取り入れながら、下記のような研究に取り組んでいます。

  1. 婦人科悪性腫瘍の進展におけるGPCRシグナルの役割の解析
  2. 子宮体癌細胞の上皮間葉転換(EMT)を制御する遺伝子転写調節機構の解析
  3. 子宮体癌細胞の上皮間葉転換(EMT)に伴う代謝変化の調節機構の解析
  4. 子宮頸癌の発生におけるDNA脱メチル化機構の役割についての解析
  5. 癌遺伝子KRAS、BRAFの活性化に対する正常細胞の応答と2次的変化の解析
  6. ICG-フィチン酸内包リポソームのコロイド粒子を用いた新たなセンチネルリンパ節同定法の開発
  7. 子宮体癌におけるDUSP6の生物学的役割
  8. 婦人科癌の3次元培養モデル(オルガノイド)の樹立

実臨床への応用を目指して、様々な角度から精力的に研究を行っています。

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