研究TOPICS

2019.10.15

「活性化リンパ球の PTPN3 を抑制すると癌に対する免疫治療効果が増強される 」(腫瘍制御学分野 大西秀哉准教授)

 

 
活性化リンパ球の PTPN3 を抑制すると癌に対する免疫治療効果が増強される
~新たな非抗体型免疫チェックポイント阻害剤開発の可能性~ 
 

  
  抗PD-1抗体※1 等の免疫チェックポイント阻害剤では著効例が認められ、近年大変注目されるようになってきました。しかし、既存の免疫チェックポイント阻害剤※2 は抗体薬のみで薬価が高く、効果は限定的で、重篤な有害事象も数多く報告されており、既存の薬剤と併用する治療の可能性を含め、新しい分子を標的とした免疫治療開発は継続する必要があります。
  九州大学大学院医学研究院の大西秀哉准教授および医学系学府博士課程4年の藤村晶子大学院生の研究グループは活性化リンパ球では活性化前に比べてチロシン脱リン酸化酵素であるPTPN3(プロテインチロシンフォスファターゼノンレセプタータイプ3)発現が増加することに着目して研究を行いました。その結果、活性化リンパ球の PTPN3発現を抑制すると、チロシンキナーゼ※3 の脱リン酸化が抑制されることで、チロシンキナーゼが活性化し、リンパ球の増殖、遊走、癌細胞傷害活性が亢進すること、即ち活性化リンパ球で発現が亢進するPTPN3が免疫チェックポイントとして作用することが試験管を用いた実験で分かりました。さらに、マウスに患者由来の癌細
胞を接種し、同じ患者から採取した活性化リンパ球を投与して治療を行う実験では、PTPN3を抑制した活性化リンパ球を投与したマウスでは、PTPN3を抑制していない活性化リンパ球を投与したマウスに比べ癌のサイズが有意に小さい結果となりました(下参考図)。また、活性化前リンパ球のPTPN3を抑制してもリンパ球機能に影響がないことを確認しており、このことから、PTPN3抑制治療に伴う有害事象(自己免疫反応)が起こりにくいことが示唆されました。本研究の発見は、PTPN3阻害剤が、低分子化合物として開発出来る世界で初の非抗体型※4 免疫チェックポイント阻害剤となる可能性を示しています。
  本研究は2019年9月27日(金)(日本時間)に「Cancer Immunology Immunotherapy誌」でオンライン公開されました。なお、本研究は科研費:JP15K10055、JP17H04283、JP18K08682 の支援をうけて実施しました。
 
研究者からひとこと:
4年間続けた研究成果を公表でき、大変嬉しく思います。今後、この結果を基に、新規免疫チェックポイント阻害薬開発へ向けて、更なる研究を続けていきたいと思います。 (藤村)
(参考図)
黒点線:無治療群の腫瘍体積
黒実線:PTPN3を抑制していない活性化リンパ球を投与した群の
          腫瘍体積
赤実線:PTPN3を抑制した活性化リンパ球を投与した群の腫瘍体積
矢   印:リンパ球投与日
  
  

   
   【お問い合わせ】 九州大学医学研究院腫瘍制御学分野
准教授 大西 秀哉
    TEL:092-642-6219 FAX:092-642-6221
Mail:ohnishi(a)surg1.med.kyushu-u.ac.jp 
        ※(a)を@に置きかえてメールをご送信ください。

  

  
【用語解説】

※1 抗PD-1抗体
  がん細胞は、T細胞(免疫細胞)表面にあるPD-1に、がん細胞の表面にあるPD-L1を結合させることにより、T細胞からの攻撃を回避します。抗PD-1抗体は、このPD-1に結合することにより、PD-L1の結合を抑制し、T細胞にがん細胞を攻撃させることで効果を発揮します。

※2 免疫チェックポイント阻害剤
  T細胞の過剰な活性化を抑制するとともに、自己を攻撃しないためにブレーキの役割を果たす分子を免疫チェックポイント分子といいます。PD-1、PD-L1も免疫チェックポイント分子です。免疫チェックポイント阻害剤はそのブレーキを阻害することで、T細胞の活性化抑制を解除します。

※3 チロシンキナーゼ
  チロシンをリン酸化する酵素で、チロシンのリン酸化は、細胞の分化・増殖やがん化に深く関わっています。その反対に、チロシンを脱リン酸化するのが、チロシンフォスファターゼです。

※4 非抗体型
  分子標的薬と言われる、それぞれの細胞に特異な分子をターゲットとした抗がん剤には、細胞表面に存在する分子を標的とした「抗体薬」と「低分子化合物」があります。既存の免疫チェックポイント阻害剤は「抗体薬」のみです。

 
論文情報】
 
論文名: PTPN3 expressed in activated T lymphocytes is a candidate for a non-antibody type immune checkpoint inhibitor
著者名: Akiko Fujimura, Kazunori Nakayama, Akira Imaizumi, Makoto Kawamoto, Yasuhiro Oyama, Shu Ichimiya, Masayo Umebayashi, Norihiro Koya, Takashi Morisaki, Takashi Nakagawa, Hideya Onishi
掲載誌: Cancer Immunology, Immunotherapy
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