研究TOPICS

2022.11.11

「胸部 X 線動態撮影から肺塞栓症を診断するシステムを開発 -世界初!慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症の検出における有用性を証明-」(臨床放射線科学分野石神 康生教授・放射線部 山崎 誘三 助教)

胸部 X 線動態撮影から肺塞栓症を診断するシステムを開発
-世界初!慢性肺血栓塞栓性肺高血圧症の検出における有用性を証明-
ポイント
  1. ① 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(※1)は治療によって予後が大きく改善するため、早期発見が重要な疾患です。
  2. ② 胸部 X 線動態撮影を用いて簡便かつ低い被曝線量で肺塞栓症(※2)を診断するシステムを世界で初めて開発しました。
  3. ③ 本システムで慢性血栓塞栓性肺高血圧症を高精度に検出できることが明らかになりました。さらに多くの症例で慢性血栓塞栓性肺高血圧症の早期発見が可能となり、早期治療介入、予後改善につながることが期待されます。
概要

肺高血圧症(※3)は心臓から肺へ血液を送る血管である肺動脈の血圧が上昇し、心臓と肺の機能 障害をもたらす予後不良な進行性の疾患群です。慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: 以下 CTEPH)はその一系で、肺動脈内に慢性的に形成 された血栓によって、肺血流が広く障害され、肺高血圧症を生じます。慢性肺血栓塞栓症によって 引き起こされる肺高血圧症とも言い換えられます。国内患者約 4,600 人の希少疾患ですが、患者数 は増加傾向にあります。無治療では極めて予後不良ですが、カテーテル治療や外科的治療により予 後が大きく改善することから、他の要因による肺高血圧症と鑑別することが重要です。CTEPH を 早期に見つけ出すため、肺高血圧症を疑う症例には、肺換気・血流シンチグラフィを施行して肺塞 栓症の有無を評価することが強く推奨されていますが、大型装置、被曝、検査時間の長さから検査 数は制限されています。したがって、肺塞栓症による肺血流異常を早期に評価できる簡便かつ低被 曝な医療機器の開発が医療現場で望まれています。

本研究で使用された胸部 X 線動態撮影は、単純 X 線撮影と同様の装置を用い、7-10 秒の息止め の間に胸部の連続 X 線画像を撮影する医療技術です。造影剤や放射性核種を用いることなく、被曝 量も肺換気・血流シンチグラフィの 10 分の 1 程度です。九州大学大学院医学研究院臨床放射線科 学分野の石神康生教授、山崎誘三助教(九大病院 放射線科)、循環器内科学分野の阿部弘太郎講師(九大病院 循環器内科)、コニカミノルタの福 元剛智臨床開発グループリーダーらの研究グループは、連続 X 線画像の肺内の X 線透過性の経時 的変化から肺塞栓症を示唆する血流分布異常を評価し、連続 X 線画像もしくは同時に撮影した胸部 単純 X 線写真内の肺野異常所見を合わせて判断することで、肺塞栓症の診断を行うシステムを、世 界で初めて開発しました。CTEPH 検出における有用性を肺高血圧症患者 50 名のデータで検証した ところ、放射線科専門医の読影は肺換気・血流シンチグラフィとほぼ同等の結果を示すことが確認 され、胸部 X 線動態撮影システムが CTEPH を高精度に検出する簡便かつ低被曝な医療機器となる 可能性があることが証明されました。

今後、胸部 X 線動態撮影システムの CTEPH 検出能を評価する多施設共同・医師主導治験を予定 しており、その有用性がさらに明らかになれば、より多くの症例で慢性血栓塞栓性肺高血圧症の早 期診断が可能となり、早期治療介入、予後改善につながることが期待されます。また、本システム は急性肺塞栓症にも応用可能と予想され、重篤な急性疾患である急性肺塞栓症の新たな診断装置と しても期待されます。

本研究成果は、国際学術雑誌「Radiology」に 2022 年 11 月 9 日(水)に掲載されました。

【研究の背景と経緯】 

肺塞栓症は肺動脈内に血栓などの塞栓子が詰まることで肺の血流を障害し、呼吸苦や胸痛を起こす疾 患です。急性と慢性があり、共に生命を脅かしうる重篤な疾患です。急性肺塞栓症の診断には造影 CT、 慢性肺塞栓症の診断には換気・血流シンチグラフィが、エビデンスも豊富で、ガイドライン上も推奨さ れる診断法です。一方で、造影 CT は高線量の被曝や造影剤の使用が必須でアレルギーの方には使用し にくいこと、肺換気血流シンチグラフィは高価な大型装置、被曝検査時間の長さから検査数が制限され るという問題点が存在します(放射性核種を使用するため、CT 程ではありませんが、被曝も存在しま す)。そのため、造影剤や放射性核種を使用せず、簡便に使用でき、より低被曝な診断手法の開発が医 療現場で望まれています。

今回、研究対象とした CTEPH は、いわゆる慢性肺血栓塞栓症によって肺高血圧症を呈する疾患で、 国指定の難病の一つです。国内患者約 4,600 人(令和 2 年)の希少疾患ですが、疾患の認知度の上昇 もあり、患者数は増加傾向にあります。無治療では極めて予後不良ですが、カテーテル治療や外科的 治療により予後が劇的に改善することから、早期診断することが極めて重要です。症状が軽いうちに 発見し、治療することが予後にも良好な影響を与えることも報告されています。急性肺塞栓症の合併 症として発症することもありますが、そのような既往がないままに原因不明の肺高血圧症を生じて見 つかることもあり、診断が難しい疾患です。先述の通り、慢性肺塞栓症の診断には、肺換気・血流シ ンチグラフィによる肺血流評価が推奨されていますが、必ずしも広く利用されているわけではない状 況があり、より簡便かつ低被曝な診断手法の開発が必要でした。

【研究の内容と成果】 

胸部 X 線動態撮影は、単純 X 線撮影と同様の装置を用い、 7-10 秒の息止め間に連続撮影する手法で、15 フレーム/秒 ほどの連続 X 線画像が取得できます(図 1)。造影剤や放射 性核種を用いることなく、被曝量も国際原子力機関の定め る胸部 X 線写真正面像+側面像の基準よりも少なく、肺換 気・血流シンチグラフィの10分の1程度です。
  九州大学大学院医学研究院臨床放射線科学分野の石神康 生教授、山崎誘三助教、循環器内科学分野の阿部弘太郎講 師、コニカミノルタの福元剛智 臨床開発グループリーダー らの研究グループは、得られた連続 X 線画像の肺内の X 線 透過性の経時的変化から肺塞栓症を示唆する血流分布異常 を評価し、連続 X 線元画像もしくは胸部単純 X 線写真内の 肺野異常所見を合わせて評価することで、肺塞栓症の診断を 行うシステムを開発しました(図 2)。CTEPH の検出にお ける有用性を、既存の肺高血圧症 50 例のデータを用いて、 放射線科専門医の読影によって後ろ向きに検証したところ、 感度 97%、特異度 86%、診断精度 92%と高い診断能を呈し、 ガイドラインの first choice として定められている肺換気・ 血流シンチグラフィとも高い一致を示すことが確認されました(一致率 90%、κ=0.79)。胸部 X 線動 態撮影システムが、造影剤や放射性核種を使用せず、簡便に使用でき、より低被曝な CTEPH の新たな 診断手法となる可能性を世界で初めて証明しました。本システムは現在、九州大学とコニカミノルタ社 と共同で特許出願中です。

 

【今後の展開】

今後、前向き・多施設共同・医師主導治験を予定しており、その有用性がさらに明らかになれば、 CTEPH の早期検出が可能となり、早期治療介入、更なる予後改善につながることが期待されます。 さらに本手法は、急性肺塞栓症にも応用可能と考えられ、重篤な急性疾患である急性肺塞栓症の新た な診断装置としても期待されます。また、本研究では画像診断の専門家である放射線科専門医の読影 による検証を行いましたが、将来的には、人工知能等を用いて、非放射線科専門医でも判断可能なシ ステムとして確立していきたいと考えています。

【用語解説】

(※1) 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension: CTEPH)

肺動脈内に慢性的に形成された血栓が塞栓を起こし、肺の血流が広範囲で傷害されることで、肺高血 圧症を生じる疾患です。肺高血圧症の第 4 群に当たります。

(※2) 肺塞栓症 心臓から肺へ血液を送る血管である肺動脈に血栓(血の塊)などが詰まることで肺の血流を障害し、 呼吸苦や胸痛を起こす疾患です。ほとんどが血栓によるもので肺血栓塞栓症と呼ばれることもありま す。大きな血栓が急に詰まり急激な症状を呈する急性肺塞栓症と、小さな塞栓を繰り返しながら徐々 に進行する慢性肺血栓塞栓症があります。

(※3) 肺高血圧症 心臓から肺へ血液を送る血管である肺動脈の血圧が上昇し、心臓と肺の機能障害をもたらす予後不良 な進行性の疾患群です。原因・病態から大きく 5 群に分けられます。 物であり、ヘムの前駆体。

【謝辞】
本研究は JSPS 科研費 (JP20K16728)、令和2年度コニカミノルタ画像科学奨励賞、コニカミノルタ 共同研究費の助成を受けたものです。
【論文情報】
掲載誌:Radiology
タイトル:Efficacy of Dynamic Chest Radiography for Chronic Thromboembolic Pulmonary
Hypertension

著者名:Yuzo Yamasaki, Kohtaro Abe, Takeshi Kamitani, Kazuya Hosokawa, Tomoyuki Hida, Koji
Sagiyama, Yuko Matsuura, Shingo Baba, Takuro Isoda, Yasuhiro Maruoka, Yoshiyuki Kitamura,
Shohei Moriyama, Hideki Yoshikawa, Takenori Fukumoto, Hidetake Yabuuchi, Kousei Ishigami.
DOI :10.1148/radiol.220908

【お問い合わせ先】
九州大学大学院医学研究院 臨床放射線科学分野(九大病院 放射線科)
助教 山崎誘三(ヤマサキユウゾウ)
TEL:092-642-5695 FAX:092-642-5706
Mail:yamasaki.yuzo.776★m.kyushu-u.ac.jp
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