研究TOPICS

2023.09.25

「植物の細胞と器官の関係を探る理論モデルを構築」(系統解剖学分野 今村 寿子 助教)

植物の細胞と器官の関係を探る理論モデルを構築
ポイント
  1. ● 植物の子葉*1 の表面を構成する表皮細胞のジグソーパズル型の形づくりが損なわれた場合に子葉器官の形が異常になることを見出し、この現象を説明する理論モデルを構築しました。
  2. ● 本研究成果は、ジグソーパズル型の細胞の形づくりの生物学的な意義に新たな知見を与えるとともに、本研究で構築した理論モデルによって植物に限らず様々な生き物の形態形成機構を探ることが期待されます。
(概要説明)

熊本大学大学院自然科学教育部修士課程2年(当時)の菊川琴美大学院生と同大学大学院先端科学研究部の檜垣匠教授を中心とした研究グループは、植物の子葉の表面の大部分を構成する表皮細胞の形の異常によって子葉器官の団扇型の形づくりが損なわれることを見出しました。また、この現象を理解するため、九州大学大学院医学研究院の今村寿子助教と共同して、細胞と細胞集団の形に関する理論モデルを構築しました。この理論モデルに基づくコンピュータシミュレーションによって実際の植物で観察された現象が再現され、理論モデルの妥当性が認められました。

多くの双子葉植物の葉の表皮細胞は成長に伴ってジグソーパズル型の特徴的な形態へと変化を遂げます。この細胞変形の過程を制御する遺伝子や細胞内の構造体の研究は精力的に進められ、分子レベルの制御機構が明らかになっています。しかし、その特徴的な細胞形状の生理学的な意義については不明な点が多く残されていました。この研究成果は、細胞がジグソーパズル型へ変形する生物学的意義のひとつとして器官レベルの形づくりへの貢献があることを示したものです。

本研究成果は令和5年9月18日に科学雑誌「Plant and Cell Physiology」オンライン版に掲載されました。本研究は熊本大学国際先端科学技術研究機構 Research Cluster ’Digital Plant Cell Biology’、日本学術振興会科研費、科学技術振興機構 CRESTの支援を受けて実施されました。


図 1. モデル植物シロイヌナズナの葉の表皮細胞の形.細胞の輪郭が緑色で標識されている.
(説明)
[背景]

植物の葉の表面を顕微鏡で観察すると、湾曲した細胞壁を持つ表皮細胞がジグソーパズルのようにお互いに噛合ってできていることがわかります(図1)。この特徴的な表皮細胞の形は未熟な細胞では見られず、細胞の成長に伴って徐々に形づくられていきます。この細胞の変形に必要な遺伝子や細胞内の構造体については研究が多く進められてきました。しかし、この細胞の形が持つ生理学的な意義についてはいくつかの仮説が提案されていたものの不明瞭なままでした。


図 2. 通常の植物(上)と RIC1 を過剰に発現する植物(下)における子葉表皮細胞と子葉の形
[研究の内容と成果]

今回、熊本大学大学院自然科学教育部修士課程2年(当時)の菊川琴美大学院生と同大学大学院先端科学研究部の檜垣匠教授を中心とした研究グループは、葉表皮細胞の形づくりに関与する遺伝子 RIC1 を過剰に発現する遺伝子組換え植物において、子葉の表皮細胞の形態が本来のジグソーパズル型ではなく単純に伸長した形になり、それと同時に子葉器官の形が本来の団扇型ではなく縁に凹凸のある歪な形状になることを見出しました(図 2)。また、研究グループは顕微鏡観察や細胞壁の分析を通して、 RIC1 を過剰に発現する植物では子葉表皮細胞の細胞壁に異常が生じており、これにより細胞がジグソーパズル型に変形できず、根や茎の細胞のように単純な伸長だけが起きていることもわかりました。


図 3. シミュレーション解析の結果.細胞が単純に伸長すると細胞集団である子葉器官の縁に凸凹が生じた.

さらに、この細胞の形の変化と、細胞の集まりである子葉器官の形の関係を理解するため、九州大学大学院医学研究院の今村寿子助教との共同研究によって細胞と細胞集団の形の関係を探る数理モデル*2 を構築し、シミュレーション解析しました。その結果、子葉表皮細胞が単純に伸びることで器官レベル局所的な成長量にバラつきが生じ、凹凸のある子葉が出来上がることが示唆されました(図 3)。

[今後の展開]

本研究により、葉表皮細胞のジグソーパズル型の形がもつ生物学的な意義の一端が解明されました。また、本研究で構築した細胞と器官の形の関係を探る数理モデルは、子葉の研究に限らず様々な生き物の形態形成機構を探る上で役に立ち、波及効果の大きな研究成果と考えられます。

[用語解説]
*1 子葉:植物個体で最初に形成される葉のこと。種子の中にある胚において既に形成されている。双子葉植物では双葉とも呼ばれる。
*2 数理モデル:自然界で実際に起こる現象を数学的に表現したもの。これにより観察や実験だけでは分からない現象の理解につながる。
(論文情報)
論文名:Smooth elongation of pavement cells induced by RIC1 overexpression leads to marginal protrusions of the cotyledon in Arabidopsis thaliana.
著者:Kotomi Kikukawa, Hisako Takigawa-Imamura, Kouichi Soga, Toshihisa Kotake, Takumi Higaki* (*責任著者)
掲載誌:Plant and Cell Physiology
〇 doi:10.1093/pcp/pcad094
〇 URL:https://doi.org/10.1093/pcp/pcad094
〇 プレスリリース
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