2024.07.23
原発開放隅角緑内障の遺伝的リスク推定法を開発~個人の遺伝的リスクの予測から失明原因疾患の早期発見と予防法の構築へ!~(眼病態イメージング講座 秋山講師)
~個人の遺伝的リスクの予測から失明原因疾患の早期発見と予防法の構築へ!~
② 研究グループは、日本人の原発開放隅角緑内障の遺伝的リスクを推定する方法を開発。
③ 個人の遺伝的リスクを考慮した早期診断法や予防法の構築に役立つことが期待される。
概要
現在、日本の視覚障害の原因で最も多いのは緑内障であり、原発開放隅角緑内障が主要な病型です。眼圧や近視など眼科的な要因に加えて、遺伝的な要因が発症に関与していることがこれまでの研究で明らかになっています。報告者らの研究グループは、原発開放隅角緑内障のなりやすさに関わるゲノム上の感受性領域をこれまでに報告してきましたが、疾患発症に及ぼす影響については十分に検証されていませんでした。
九州大学大学院医学研究院眼病態イメージング講座の秋山雅人講師、眼科学分野の藤原康太助教、園田康平教授、衛生・公衆衛生学分野の二宮利治教授、東北大学大学院医学系研究科眼科学分野の中澤徹教授、東北大学東北メディカル・メガバンク機構ゲノム解析部門の田宮元教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科複雑形質ゲノム解析分野の鎌谷洋一郎教授らを中心とした研究グループは、個人の原発開放隅角緑内障の遺伝的ななりやすさを数値化する手法の開発に取り組みました。
東北大学が収集した患者-対照サンプルを用いて複数の遺伝的リスク計算法の精度を検証したところ、国際コンソーシアムが報告した127の遺伝的変異のうち、東京大学医科学研究所のバイオバンク・ジャパン(※1)の研究参加者で実施されたゲノムワイド関連解析(※2) (GWAS)の結果が参照可能な98の遺伝的変異に基づき算出した遺伝的リスク計算法が最も優れた判別能を示しました (受信者動作特性 [ROC]曲線下面積: 0.65)。この結果は、日本緑内障学会遺伝子関連研究班と日本眼科学会 ゲノム研究委員会(※3)により収集された患者-対照サンプルでも、同等の性能であることが確認されました (ROC曲線下面積: 0.64)。遺伝的なリスクが下位10%と上位10%に分類される方を比較すると、患者と対照の割合には大きな違いがあることが確認されました (オッズ比: 6.15)。ここまでの解析は主に大学病院を受診した比較的重症な患者さんを対象としていたため、開発された遺伝的リスク推定法について、九州大学が実施している疫学研究である久山町研究で取得されたデータでも検証を行いました。この結果、一般住民においても遺伝的リスクが下位20%と上位20%に分類される方では、遺伝的リスクが高い群で患者の割合が多いことが確認されました。さらに、緑内障を発症していない住民において、原発開放隅角緑内障の遺伝的リスクが高い人は、眼圧が高く視神経乳頭陥凹比が大きいことがわかりました。今回の研究成果により、日本人において原発開放隅角緑内障の発症リスクの判定が遺伝情報から可能であることが示されました。本研究成果は、一人一人の遺伝的な緑内障のなりやすさの違いに応じたスクリーニング検査や発症予防に役立つことが期待されます。
本研究成果は米国の雑誌「Ophthalmology」に2024年7月18日(木)(日本時間)に掲載されました。
たくさんの眼科医と研究者、眼科系学会の協力により、日本で最大規模の緑内障のゲノム解析を行い、遺伝的なリスクが発症に及ぼす影響を明らかにしました。視覚障害で困る方が一人でも減るように、早期発見や予防に役立つ研究に今後も取り組みます。
原発性開放隅角緑内障(POAG)は、世界的な失明原因の一つであり、日本でも視覚障害の原因として最多です。病気のなりやすさは、一人一人の眼の違いだけでなく遺伝的な違いによって異なることが知られています。POAGの遺伝的要因として、これまでに百を超える数のゲノム上の領域が同定されています。POAGの遺伝的リスク評価に関する最近の研究では、POAGや危険因子である眼圧のゲノムワイド関連解析の結果を用いることで、遺伝的な緑内障のなりやすさを数値化し推定できることが示されています。しかし、これまでの研究はヨーロッパ系集団を中心に解析が進められていますが、祖先の違いによって遺伝的な背景が異なるため、集団により 遺伝的リスク推定の精度は異なることが知られており、例えばアフリカ系集団においてはヨーロッパ系集団と比べて遺伝的リスクの識別精度が劣ることが報告されています (受信者動作特性 [ROC]曲線下面積; ヨーロッパ系集団: 0.65–0.68, アフリカ系集団: 0.62)。一方で、アジア系集団における同様の研究はほとんどなく、日本人における緑内障の遺伝的なリスクの予測に役立つかは不明でした。
本研究では、日本人に最適なPOAGの遺伝的リスク推定法を構築し、その精度について検証を行い、日本人の将来的なPOAGの発症予測や予防のための基盤を築くことを目指しました。
本研究では、まず、25種類の遺伝的リスクの計算方法について、東北大学病院および東北メディカル・メガバンク計画(※4)が収集した患者-対照サンプル(POAG患者1,191名、対照群2,434名)を用いて、遺伝的リスク推定法の日本人における当てはまりの良さを検証しました。その結果、緑内障の国際コンソーシアム (※5)のゲノムワイド関連解析でPOAGに統計学的に有意に関連することが示された127の遺伝的変異のうち、バイオバンク・ジャパンの統計量が参照可能な98の遺伝的変異情報を使用した遺伝的リスク推定法が最も高い識別精度(ROC曲線下面積= 0.65)を示しました。この推定法は、日本緑内障学会 緑内障関連遺伝子研究班 (JGS-OG; (※6))と日本眼科学会ゲノム研究委員会 (GRC-JOS; (※3))により収集されたデータセット(JGS-OG & GRC-JOS; POAG患者1,034名、対照群1,147名)でも同等の判別精度(ROC曲線下面積= 0.64)を示すことが確認されました。数値化した遺伝的なリスクに基づいて、10%ごとにグループ化しPOAG患者と対照群の割合を評価すると、遺伝的リスクが高くなるほど患者の割合が増加することが確認されました (図1)。さらに、下位10%と上位10%に分類される方を比較すると、患者と対照の割合には大きな違いがあることが確認されました (オッズ比: 6.15 [東北大データセット]、5.81 [JGS-OG & GRC-JOS])。
ここまで評価を行ったデータセットは主に大学病院を受診した方を対象としたものであったため、福岡県の一般住民を対象とした久山町研究のデータセットでも上記遺伝的リスク推定法について検証を行いました。久山町研究の参加者においては、遺伝的リスクが上位20%の方では、POAGの有病率が下位20%に比べて統計学的に有意に高いことが確認されました(9.2% 対5.0%)。しかし、大学病院を中心に収集された上述の2つのデータセットに比べて弱い判別精度を示しました(ROC曲線下面積= 0.56)。この違いの原因について、今回の研究で明らかにすることは困難でしたが、最近の研究では遺伝的リスクが高いPOAG患者は若年で発症するという報告や眼圧の遺伝的リスクスコアが高い患者は外科的手術を受けやすいという報告があり、大学病院を受診されている患者は一般の患者よりも遺伝的なリスクが高いことが結果に影響した可能性が示唆されました。また、緑内障を発症していない一般住民において、POAGの遺伝的リスクが高いと、緑内障発症の危険因子である眼圧が高く、緑内障診療で指標となる視神経乳頭陥凹比が大きいことが明らかになりました。このことは、病気を発症する前の段階でも、遺伝的なPOAGのなりやすさが緑内障に関係する眼の違いに影響すると考えられます。
今回の結果により、日本人のPOAGのリスクがヨーロッパ系集団と近い精度で推定可能であることが明らかになりました。遺伝的なリスクが高い場合にどのようにすれば発症が予防できるかは更なる研究が必要ですが、本研究成果は遺伝的なリスクに応じた発症予防や早期発見に繋がることが期待されます。
本研究では、98の遺伝的変異情報から個人のPOAGのなりやすさを数値化しその影響を検証した。数値として推定された遺伝的リスクの値に基づいて下位から上位まで10%ごとにグループ化し、2つの評価用データセット (東北大学データセット、JGS-OG&GRC-JOS)について、患者数 (緑棒)と対照数 (青棒)、各グループにおけるPOAG患者の割合 (赤丸)を図で示した。2つのデータセットいずれにおいても、遺伝的リスクが高くなるにつれて、患者数が増加し、対照群の数は減少することが確認された。
(※1) バイオバンク・ジャパン
東京大学医科学研究所に設置されたアジア最大規模の生体試料バンクで、約27万人の研究参加者から収集した臨床情報に加え、DNAや血清サンプルを保管し、研究者への試料やデータの提供を行っている。
(※2) ゲノムワイド関連解析 (Genome-wide association study; GWAS)
2002年に理化学研究所が世界に先駆けて報告したゲノムスクリーニング方法。病気のなりやすさなど様々な個人の違いに関係があるゲノム上の領域を特定する手法。
(※3) 日本眼科学会 ゲノム研究委員会 (GRC-JOS)
日本眼科学会が、眼科領域のゲノム研究の推進を目的に設立した委員会。現在、多くの眼科機関の協力を得て、研究者間で共有が可能な対照群データセットの構築を行っている。
(※4)東北メディカル・メガバンク計画
日本最大規模の一般住民ゲノム・コホート調査を実施しており、次世代医療の実現に貢献するため、個人のゲノム情報に紐づく多様なデータから複合バイオバンクを構築し、長期追跡している。
(※5) 緑内障の国際コンソーシアム
正式名称は、International Glaucoma Genetics Consortium。国際共同研究で、緑内障や眼圧、視神経乳頭陥凹比などの中間形質のゲノムワイド関連解析を行っている。
(※6) 日本緑内障学会 緑内障関連遺伝子研究班 (JGS-OG)
日本緑内障学会では、学会の公式事業として多施設共同研究を推進する『データ解析委員会事業』を行っており、本研究は研究班の一つである緑内障関連遺伝子研究班 (代表:中澤 徹)の研究プロジェクトとして実施された。
本研究は日本医療研究開発機構 (JP19km0405212)、科学技術振興機構 (JPMJPF2201)、日本緑内障学会基礎研究助成の支援を受けたものです。
掲載誌:Ophthalmology
タイトル:Genetic Risk Stratification of Primary Open-Angle Glaucoma in Japanese Individuals
著者名:Akiyama M, Tamiya G, Fujiwara K, Shiga Y, Yokoyama Y, Hashimoto K, Sato M, Sato K, Narita A, Hashimoto S, Ueda E, Furuta Y, Hata J, Miyake M, Ikeda OH, Suda K, Numa S, Mori Y, Morino K, Murakami Y, Shimokawa S, Nakamura S, Yawata N, Fujisawa K, Yamana S, Mori K, Ikeda Y, Miyata K, Mori K, Ogino K, Koyanagi Y, Kamatani Y, Ninomiya T, Sonoda KH, Nakazawa T.
DOI:10.1016/j.ophtha.2024.05.026
九州大学 大学院 医学研究院眼病態イメージング講座
講師 秋山 雅人(あきやま まさと)
TEL:092-642-5648 FAX:092-642-5663
Mail:akiyama.masato.588(a)m.kyushu-u.ac.jp
*(a)を@に変えてください