研究TOPICS

2024.07.30

生涯をとおして脳内でニューロンが作られ続けるメカニズムを発見 〜認知障害やてんかん発作を抑えることに成功〜(基盤幹細胞学分野 中島 欽一教授)

生涯をとおして脳内でニューロンが作られ続けるメカニズムを発見
〜認知障害やてんかん発作を抑えることに成功〜
図1.本研究成果の概略図

宮崎大学、九州大学などの研究グループは、成人の脳でのニューロンの誕生・脳機能の維持に特定のタンパク質が関わっていることを明らかにしました。この研究成果は、将来、認知障害やてんかん患者の病態改善に繋がる可能性があります。

研究成果のポイント
  1. おとなの脳でのニューロンの誕生に重要なタンパク質(Derlin-1 と Stat5b)の発見
  2. 認知障害やてんかん発作にかかわるメカニズムの同定
  3. 認知障害やてんかん発作を改善させる化合物の発見
概要

記憶に重要な脳の海馬には、成体(おとな)になっても神経(ニューロン)を作り続ける幹細胞があります。この神経幹細胞は増殖しながら、その一部が新しいニューロンとなります。成体の脳の海馬で新しいニューロンが生涯をとおして作られ続けることを「成体ニューロン新生」といい、これは加齢とともに衰える脳の機能を維持するためにとても重要です。一方、認知障害やてんかん発作には、ニューロンの中の細胞小器官の一つ小胞体(注1)が関与することが示されていましたが、そのメカニズムは不明でした。そこで、脳内で小胞体の機能に重要なタンパク質 Derlin-1(注2)を欠損したマウスモデルを作製し、解析しました。本研究では、Derlin-1 が成体ニューロン新生を時空間的に制御していること、Derlin-1 の機能が低下すると、認知障害やてんかん発作に繋がることを発見しました。さらに、ヒストン脱アセチル化酵素の働きを抑制する化合物によって病態を改善させることにも成功しました。

これらの成果は、認知症やてんかん患者の病態を改善する創薬に繋がることが期待されます。本研究結果は、宮崎大学の村尾直哉助教、西頭英起教授、九州大学の中島欽一教授らによるもので、7月30日、欧州分子生物学機構(EMBO)が発行する学術誌雑誌『EMBO reports』(エンボリポーツ)電子版に掲載されました。

【発表者名】
村尾 直哉(宮崎大学 医学部 機能生化学分野 助教)
松田 泰斗(九州大学大学院医学研究院 統合的組織修復医学分野 講師)
門脇 寿枝(宮崎大学 医学部 機能生化学分野 学部准教授)
松下 洋輔(徳島大学 先端酵素学研究所 ゲノム制御学分野 助教)
谷本 幸介(東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野特任講師)
片桐 豊雅(徳島大学 先端酵素学研究所 ゲノム制御学分野 教授)
中島 欽一(九州大学大学院医学研究院 基盤幹細胞学分野 教授)
西頭 英起(宮崎大学 医学部 機能生化学分野 教授)
【研究内容】
1. 背景

成熟した脳の恒常性の維持は、生涯を通して適切に脳の機能を発揮する上でとても重要です。神経幹細胞は、海馬歯状回と呼ばれる領域をはじめとした脳内のいくつかの特定の領域に存在し、成人においても神経細胞(ニューロン)を産生し続けます。この現象は成体ニューロン新生と呼ばれ、認知機能などに重要であることがわかっています。一方で老化した脳やアルツハイマー病などの病態脳では、この神経幹細胞からのニューロン産生の能力が抑制され、最終的に神経幹細胞が尽きてしまう現象(神経幹細胞の枯渇)が観察されます。また、このような老化脳や病態脳では、ニューロンをはじめとした脳内の様々な細胞において、細胞小器官の一つである小胞体の品質悪化が認められます。研究グループは、マウスを用いて小胞体の機能を低下させる病態モデルを作製することで、成体ニューロン新生と小胞体の関係を明らかにすることを試みました。


2. 研究手法と成果

研究グループは、脳内での Derlin-1 遺伝子欠損マウスを用いて、成体期の神経幹細胞の増殖やニューロン産生能力などの変化を詳細に解析しました。その結果、海馬歯状回領域で活発に増殖する神経幹細胞(活性化神経幹細胞)が増殖の止まった静止状態(静止期神経幹細胞)に戻りにくくなることで、活性化神経幹細胞の数が増加することや(図2)、新しく産生されたニューロンが正しい場所に移動しにくくなったりすることがわかりました(図3)。さらに、このような状況が長い期間続いた結果、通常より早く神経幹細胞の数が減少し、枯渇状態になってしまうことを突き止めました(図4)。次に、このマウスの脳の機能への影響を調べたところ、上記のような成体ニューロン新生の時空間的な調節の異常によって、認知障害やてんかん発作が起こりやすくなることがわかりました。加えて研究グループは、これらの表現型を引き起こす分子メカニズムとして、Derlin-1 を欠損した神経幹細胞で Stat5b(注3)タンパク質の発現が減少していることを突き止めました(図5)。さらに、一般的にはケミカルシャペロン(注4)として知られる4-フェニル酪酸(4-PBA)(注5)のシャペロン作用とは異なるヒストン脱アセチル化酵素阻害作用が、低下した Stat5b の発現を上昇させ、認知障害やてんかん発作の症状を改善できることを発見しました(図6、7)。これらの結果は、Derlin-1–Stat5b 経路の活性化が、成体ニューロンの適切な産生を促すことで、脳の正常な機能維持に重要な役割を果たしていることを示しています。同時に、成体ニューロン新生の異常を伴う脳疾患患者に対しては、ヒストン脱アセチル化酵素阻害が有効である可能性も明らかになりました。

本発見のユニークな点として、Derlin-1 の機能不全による小胞体ストレスそのものは、成体ニューロン新生の恒常性破綻の直接の原因ではなく、これまで知られていなかった Derlin-1–Stat5b 経路を見出した点が挙げられます。本研究成果は、Derlin-1 による Stat5b の発現制御を介した成体ニューロン新生の恒常性の維持が、生涯を通じた脳機能の維持に重要な役割を担い、その破綻が認知障害やてんかん発作の起こりやすさに繋がるという、新たな分子メカニズムを見出した重要な知見といえます。


3. 今後の期待

本成果および今後の研究の発展により、Derlin-1–Stat5b 経路が、成体ニューロン新生の破綻を伴う認知障害やてんかん患者に対して、その病態を改善するための新たな治療標的となることが期待されます。

【発表雑誌】
雑誌名:EMBO reports
タイトル:The Derlin-1-Stat5b axis maintains homeostasis of adult hippocampal neurogenesis
著者:Naoya Murao, Taito Matsuda, Hisae Kadowaki, Yosuke Matsushita, Kousuke Tanimoto, Toyomasa Katagiri,
   *Kinichi Nakashima, *Hideki Nishitoh ( *co-corresponding authors)
DOI:10.1038/s44319-024-00205-7
アブストラクトURL:https://www.embopress.org/doi/full/10.1038/s44319-024-00205-7
【用語解説】
(注1)小胞体:膜タンパク質や分泌タンパク質などを合成する細胞内の小器官(オルガネラ)の一つ。
(注2)Derlin-1:小胞体膜上に存在し、小胞体の品質管理に必須のタンパク質。
(注3)Stat5b:細胞の増殖や分化などの制御に関わる、シグナル伝達兼転写活性化因子ファミリーの一つ。
(注4)ケミカルシャペロン:タンパク質の正しい高次構造の形成や安定化に関わる低分子化合物の総称。
(注5)4-フェニル酪酸:代表的なケミカルシャペロン。シャペロンとしての作用に加え、ヒストン脱アセチル化阻害作用を持つ。代謝疾患では治療薬として使用されている。
【参考図】
図2.Derlin-1 遺伝子欠損(Derl1NesCre)による活性化神経幹細胞の増加
図3.Derlin-1 遺伝子欠損による異所性ニューロンの増加
図4. Derlin-1 遺伝子欠損による神経幹細胞の枯渇
図5.Derlin-1 欠損による Stat5b の発現低下と Stat5b 外来発現による神経幹細胞の異常増殖の改善
図6.Derlin-1 遺伝子欠損による認知機能障害と 4-PBA による改善
図7.Derlin-1 遺伝子欠損によるてんかん感受性の亢進と 4-PBA による改善
【お問い合わせ先】
九州大学 大学院医学研究院 基盤幹細胞学分野
教授 中島 欽一(なかしま きんいち)
TEL:092-642-6195
E-mail:nakashima.kinichi.718(at)m.kyushu-u.ac.jp
※(at)を@に変えて送信してください
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