研究TOPICS

2024.09.19

がん研究プロジェクト CIRCULATE-Japan、リキッドバイオプシーによる大腸がんの再発リスクと術後治療効果の予測に有効性を確認(消化器・総合外科学分野 沖 英次准教授)

ポイント

  • 国内外152施設が参加する研究プロジェクト CIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)*1の GALAXY 試験*2で、手術を受けた2,240名の大腸がん患者のリキッドバイオプシー*3の結果と再発のリスクを調べました。
  • 血液循環腫瘍 DNA*4 (circulating tumor DNA [ctDNA]) が見つかった患者は、そうでない患者に比べて、がんが再発する可能性が高く、生存期間も短いことが分かりました。
  • ctDNA は、バイオマーカー*5に関係なく、再発のリスクを予測できていました。
  • 手術後に ctDNA が見つかった患者でも、術後補助化学療法*6を受けて ctDNA が消えた場合は、再発する可能性が下がることが分かりました。
  • この研究結果により、ctDNA 検査によって大腸がん患者の術後経過をより精密に予測し、術後治療の個別化を実現することで、より多くの大腸がん患者の治療成績が改善することが期待されます。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター東病院の吉野 孝之 副院長、中村 能章 国際研究推進室長、九州大学の沖 英次 准教授らの研究グループは、CIRCULATE-Japan の GALAXY 試験に参加した2,240名の大腸がん患者を対象に、リキッドバイオプシーの結果とがんの再発リスクや生存期間を調査しました。

その結果、手術後の血液検査で ctDNA が見つかった患者は、そうでない患者に比べて、がんが再発する可能性が高く、生存期間も短いことが分かりました。また、ctDNA が見つかった患者でも術後補助化学療法を受けて ctDNA が消えた場合は、再発する可能性が下がることが明らかになりました。

この研究結果により、ctDNA を調べることが大腸がんの再発リスクや生存期間を予測し、治療方針の決定に役立つことが科学的に示されました。

本研究成果は、 Nature Medicine に2024年9月16日(ロンドン時間)に掲載されました。

研究の背景と経緯

がん治療の世界では、血液検査で ctDNA を調べるリキッドバイオプシーが注目されています。進行がん患者の遺伝子を調べるリキッドバイオプシーは、既に日本でも実際の診療で使われています。また、手術を受けた患者の ctDNA を調べることで、がんの再発リスクが分かることも知られていました。しかし、ctDNA と患者の生存期間との関係や術後補助化学療法の効果との関係については、まだ十分な証拠がありませんでした。

そこで、国立がん研究センター東病院が中心となり、2020年から CIRCULATE-Japan という大規模な研究プロジェクトが開始されました。このプロジェクトは、ctDNA 検査を使って、手術を受ける大腸がん患者に適切な治療を届けることを目指すものです。CIRCULATE-Japan の一部である GALAXY 試験は、手術を受ける大腸がん患者の血液を調べて ctDNA があるかどうかを確認します。

今回の研究では、GALAXY 試験に参加された患者のデータを使って、ctDNA の検査結果ががんの再発リスクや生存期間とどのように関係しているかを詳しく調べました。また、ctDNA の変化が術後の補助化学療法の効果とどう関連しているかも確認しました。

研究の内容と成果

CIRCULATE-Japan の GALAXY 試験に参加した2,240名の大腸がん患者を対象に、ctDNA 検査の結果とがんの再発リスクや生存期間を調査しました。

GALAXY 試験では、患者から採取した血液サンプルを用いて ctDNA の有無を調べました。ctDNA の変化を詳しく見るために、手術前と手術後4週間目から定期的に血液を採取しました。

研究の結果、術後2〜10週間で測定した ctDNA が陽性だった患者は、陰性の患者と比べて、がんが再発するリスクが約12倍高くなることがわかりました。また、2年後にがんが再発していない割合は、ctDNA 陽性の患者で20.6%、陰性の患者で85.1%と大きな差がありました。全体の生存率についても、2年後に ctDNA 陽性の患者で83.7%、陰性の患者で98.5%と差が見られました(図1)。さらに興味深いことに、がんが再発した患者の中でも、ctDNA 陽性の患者と陰性の患者の間で生存期間に差がありました(図2)。これらの結果は、手術後の ctDNA 検査が、大腸がん患者の再発リスクや生存期間を予測するのに非常に役立つことを示しています。

図1: 術後 ctDNA とがんの再発・生存期間との関係
図2: 再発患者における術後 ctDNA と生存期間との関係

また、大腸がんではがんの遺伝子情報(バイオマーカー)によって特徴が異なることが最近わかっています。そこで、大腸がんで特に重要とされるバイオマーカーごとに、ctDNA 検査の結果と再発リスクの関係を調べました。調べたバイオマーカーには、TP53 Y220C 変異、高遺伝子変異量 (TMB high)、RAS/BRAF 遺伝子変異野生型 (RAS/BRAF WT)、高マイクロサテライト不安定性 (MSI high)、KRAS G12C 変異、ERBB2 遺伝子増幅 (ERBB2 amplification)、BRAF V600E 変異などがあります。研究の結果、どのバイオマーカーを持っている患者でも、ctDNA 陽性の患者は陰性の患者と比べて再発リスクが高いことが明らかになりました(図3)。この発見は、ctDNA 検査は、がんの遺伝子特性に関わらず、再発リスクを予測する強力なツールになり得ることを意味しています。またこの結果は、個々の患者の遺伝子特性に基づいた治療方針の決定に ctDNA 検査が役立つ可能性を示唆しています。

図3: バイオマーカーごとの術後 ctDNA とがんの再発

最後に、ctDNA が陽性の患者が術後補助化学療法を受けた場合の ctDNA の変化について調べました。以前の GALAXY 試験の報告では、ctDNA が陽性の患者では術後補助化学療法が効果的である一方、陰性の患者ではその効果がはっきりしないことがわかっていました。今回の研究では、さらに詳しい分析を行い、術後補助化学療法による ctDNA の変化とその影響について調べました。その結果、ctDNA が陽性の患者の中でも、術後補助化学療法を受けると、術後3か月または6か月の時点で ctDNA が検出されなくなる患者がいることがわかりました(図4)。重要なのは、このように ctDNA が消失した患者では、その後の再発リスクが低く、生存期間も長くなる傾向があることが明らかになったことです。この発見は、術後補助化学療法の効果を早い段階で評価できる可能性を示しています。つまり、ctDNA 検査を定期的に行うことで、治療が効果的に働いているかどうかを判断し、必要に応じて治療方針を調整できる可能性があります。

図4: 術後3か月・6か月時点のctDNA消失とがんの再発・生存期間との関係

これらの結果は、ctDNA 検査が大腸がん患者の術後補助化学療法の効果予測や、個々の患者に合わせた治療方針の決定に大きく役立つ可能性を示しています。今後のがん治療の個別化に向けて、重要な一歩となる研究成果であるといえます。

今後の展開

本研究の成果は、大腸がん治療の個別化に向けた重要な一歩となる可能性があります。

まず、ctDNA 検査を用いることで、大腸がんの再発リスクをより正確に予測できる可能性が示されたことにより、患者一人ひとりの状況に合わせた、より適切な治療方針を立てられるようになるかもしれません。

また、ctDNA 検査を定期的に行うことで、治療の効果を早い段階で判断できる可能性も示されたことにより、新しい治療法の効果を早期に評価する上でも有用かもしれません。治療効果が早期に分かれば、効果のない治療を早めに中止したり、別の治療に切り替えたりすることができるかもしれません。今後、このような検査が承認されれば、広く臨床現場で使用されるようになることが期待されます。そうなれば、多くの大腸がん患者がこの技術の恩恵を受けられるようになります。

さらに、CIRCULATE-Japan では本研究結果を検証するために、重要な臨床試験(ALTAIR 試験、VEGA 試験)が進行中です。ALTAIR 試験 (JapicCTI-2053) は ctDNA 陽性の患者を対象としたランダム化比較第3相試験であり、VEGA 試験 (jRCT1031200006) は術後4週時点での ctDNA 陰性の患者を対象としたランダム化比較第3相試験です。これらの試験の結果が、ctDNA 検査の臨床的有用性をさらに確認し、将来的な承認や普及につながることが期待されます。

CIRCULATE-Japan で得られた知見を大腸がん以外のがん患者にも広げるため、新たな大規模研究「SCRUM-Japan MONSTAR-SCREEN-3」が開始されました。この研究では、対象を大腸がんの患者だけでなく、固形がんの患者や血液腫瘍(血液がん)の患者にまで広げ、リキッドバイオプシーを含めた最先端のマルチオミックス解析*7を行う予定です。今後も世界最先端の解析を活用し、世界中のがん患者とその家族に有効な治療法を届けられるよう、がん個別化医療の発展に取り組んでいきます。

用語解説

*1 CIRCULATE-Japan(サーキュレートジャパン)
大腸がんの外科治療を受ける患者の術後再発リスクを最新のリキッドバイオプシー解析技術を用いて高精度に推定し、より適切な医療を提供することを目的としたプロジェクト。国内外152施設(うち海外1施設を含む)が参加する。大規模な医師主導国際共同臨床試験 (GALAXY, VEGA, ALTAIR) から構成され、GALAXY 試験は基幹となる試験となります。
*2 GALAXY 試験
CIRCULATE-Japan プロジェクトの3つの医師主導国際共同臨床試験のうち基幹となる試験で、大腸がん手術前後に経時的に ctDNA を解析し、再発や生存期間との関連を調べます。
*3 リキッドバイオプシー
患者の血液を用いてがんのゲノム異常を検出する検査。血液検査で繰り返し測定可能であるため、身体に負担が少なく、がんの再発をより早期に発見できることが期待されます。
*4 血中循環腫瘍 DNA
血液中にごく微量に存在するがん由来の DNA。
*5 バイオマーカー
体内の生物学的変化を客観的に測定し評価できる指標。がん診療では、がんの遺伝子情報やタンパク質の量などが、がんの診断や治療の効果を予測するのに用いられます。
*6 術後補助化学療法
がんの手術後に行う抗がん剤治療。手術後にも残っている可能性がある目に見えない小さながん細胞をなくし、再発の可能性を減らすために行います。
*7 マルチオミックス解析
遺伝子解析(ゲノミクス: Genomics)、RNA解析(トランスクリプトミクス: Transcriptomics)、蛋白質解析(プロテオミクス: Proteomics)、代謝物質解析(メタボロミクス: Metabolomics)等をすべて一括して分析する手法で、"ミクス (-omics)" は総合的解析を意味します。

研究費

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED)
研究課題名:SCRUM-Japan の基盤を活用した血液循環腫瘍 DNA スクリーニングに基づく FGFR 遺伝子異常を有する難治性の治癒切除不能な進行・再発固形がんに対する TAS-120 のバスケット型医師主導治験
研究代表者名:吉野 孝之

論文情報

掲載誌
Nature Medicine

タイトル
ctDNA-based molecular residual disease and survival in resectable colorectal cancer

著者名
Yoshiaki Nakamura†, Jun Watanabe†, Naoya Akazawa, Keiji Hirata, Kozo Kataoka, Mitsuru Yokota, Kentaro Kato, Masahito Kotaka, Yoshinori Kagawa, Kun-Huei Yeh, Saori Mishima, Hiroki Yukami, Koji Ando, Masaaki Miyo, Toshihiro Misumi, Kentaro Yamazaki, Hiromichi Ebi, Kenji Okita, Atsushi Hamabe, Hiroki Sokuoka, Satoshi Kobayashi, George Laliotis, Vasily N. Aushev, Shruti Sharma, Adham Jurdi, Minetta C. Liu, Alexey Aleshin, Matthew Rabinowitz, Hideaki Bando, Hiroya Taniguchi, Ichiro Takemasa, Takeshi Kato, Daisuke Kotani, Masaki Mori, Takayuki Yoshino*, Eiji Oki*(†第一著者と同等の寄与, *責任著者)

DOI
10.1038/s41591-024-03254-6
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