2025.01.24
生物の形作りのメカニズムをAIが画像から提案 ~研究者が行ってきた発見的プロセスを基盤モデルが継承~(系統解剖学分野 三浦 岳教授)
ポイント
- 生物の形作りのメカニズムの推定は、これまで研究者が経験的に行ってきた
- AI を用いて、自然界のパターンの画像から形作りの数理モデルの提案とパラメータ推定を行う手法の開発に成功した
- 今後、生物の形作りのメカニズムの解明が飛躍的に進むことが期待される
概要
生物の体には様々な美しいパターンが存在します。シマウマの体表、指紋や毛のような周期構造、血管や肺のような樹状構造など、生物のもつ構造は美しいのみならず機能的にも重要です。このようなパターン形成のメカニズムの解明は、これまで人間の研究者が生物学的な情報と数学、物理的な情報を組み合わせて行ってきました。しかしこの作業には、対象となる現象の生物学的知識と、候補となる数理モデル*1の数学、物理的な素養の双方が要求されるため、行える人が少なく、研究全体のボトルネックとなっていました。
今回、九州大学大学院医学研究院の三浦岳教授、今村寿子助教および医学系学府博士課程4年の菱沼秀和らの研究グループは、観察された生物学的パターンから適切な数理モデルを自動選択し、パラメータを推定する全く新しい手法を開発しました。既存の数理モデルが生成するパターンのデータベースと CLIP*2 による潜在空間マッピング*3を用いて生物学的パターンからモデルを提案するシステムを構築し(図1)、さらに NGBoost*4 を用いた近似ベイズ推論*5によって、Turing モデル*6におけるパラメータの推定を行う手法を考案しました。
近年、CLIP のような基盤モデル*7の性能の向上によって、研究における発見プロセスのような、これまで人でしか行えないと思われてきたタスクが AI によって代行されることが増えてきました。本研究によって、今後、生物の形作りのメカニズムの解明が飛躍的に進むことが期待されます。
本研究成果は米国の雑誌 PLOS Computational Biology に2025年1月24日(金)午前4時(日本時間)に掲載されました。

(図1)生物のパターンと、提案された数理モデルが生成するパターン
研究者からひとこと
今回開発した近似ベイズ推論の手法は数理モデルの計算コストが大きい場合にも高速でパラメータを予測できます。この手法とデータの特徴をよく認識できる AI とを組み合わせることで、生物の形づくりだけでなく様々な領域の研究・臨床に数理モデルを活用できるようになると考えています。
研究の背景と経緯
生物の体には、シマウマやキリンのしま模様、カラフルな魚の模様など、実に多様で美しいパターンが存在します。それらのパターン形成のメカニズムの解明は、発生生物学や数理生物学と行った専門分野で行われてきました。動物の縞模様を例に取ると、シマウマやキリンのような動物の縞模様は昔から知られてきましたが、1980年代に Jonathan Bard 氏と James Murray 氏という生物学と数学の双方の素養を持つ研究者が Turing モデルとよばれる数理モデルが模様の生成の背景にあると指摘しました。そこから1995年に近藤滋氏がタテジマキンチャクダイの縞模様のダイナミクスから Turing システムが成体でも動いていることを示し、さらに2012年に色素細胞同士の相互作用によって実装されていることを解明するという流れがありました。
このような研究でよく問題になるのは、「観察された生物現象」と「それを説明する数理モデル」を結びつけることです。たとえば、生物学者は数学的なモデルに不慣れなため、どのモデルが使えるかわかりません。一方、数学や物理を専門とする研究者は、生物のしくみを十分に理解していないことが多く、選んだモデルが本当にその生物現象を正しく表しているか判断できません。こうしたすれ違いがあるため、最適なモデルと現象の対応を見出すまでに、非常に時間と手間がかかってしまいます。
研究の内容と成果

(図2)数理モデルのパターンの潜在空間へのマッピング
今回、本研究グループは、観察された生物学的パターンから適切な数理モデルを自動選択し、パラメータを推定する全く新しい手法を開発しました。まず、これまで知られているパターン形成の数理モデル (Turing model, KT model, Diffusion-limited aggregation, Eden front, Gray-Scott model, Edwards-Wilkinson model, L-system, Phase field model) が生成する画像の大規模なデータセットを作成しました。次に、これらのモデルを CLIP と呼ばれる基盤モデルを用いて低次元の潜在空間にマップしました(図2)。潜在空間上で異なるモデルの画像は異なるクラスターとして認識されました。さらに、実際の生物のパターンの潜在空間の位置が既存のモデルのどこの近くにマップされるか見ることで、性能の検証を行い、ファインチューニングを行わなくても CLIP には十分なモデルの予測性能があることがわかりました。

(図3)画像からの数理モデルのパラメータの推定
次に、モデルの中でも Turing モデルに絞って、パターンからパラメータの推定を行う手法を開発しました(図3)。まず、推定するパラメータを2つ ((1)インヒビターのアクチベーターに対する効果 (2)インヒビターの分解)) に絞り、様々なパラメータセットでの学習データを作成しました。このデータと NGBoost を用いたベイズ推論を組み合わせ、入力パターンからパラメータ設定を推定する新しい手法を開発しました。
今後の展開
現象に対する数理モデルの選択はこれまで人間の研究者が経験的に行ってきましたが、この手法によってより客観的に適切なモデルを選択できる可能性があります。また、この手法を自然界の生物画像の大規模データセットと組み合わせて、網羅的に数理モデリングを行う対象を抽出し、生物の形作りの数理モデル研究が飛躍的に進むことが期待されます。更に、パラメータ推定手法は他の数理モデルに関しても適用し、どのようなパラメータの調整がどのようなパターンを生成するか理解するとともに、現実のパターン変化からパラメータの変化を推定するという応用が期待されます。
用語解説
- *1 数理モデル
- 生物学などの現象を数学的な式や方程式で表したものです。これにより、実際の観察結果を理論的な枠組みで理解しやすくなります。
- *2 CLIP (Contrastive Language-Image Pre-training)
- 画像とテキストを組み合わせて学習した AI モデルです。これにより、画像に写ったものを言葉の意味で理解することができます。
- *3 潜在空間マッピング
- データ(画像やテキストなど)を、人間には見えない数値空間に変換する手法です。これによって、似た特徴を持つもの同士が数値的に近い場所に配置されます。
- *4 NGBoost (Natural Gradient Boosting)
- 確率的な予測を可能にする機械学習手法です。これを使うと、「どれくらいの確信度で予測しているか」を推定できます。
- *5 近似ベイズ推論
- 複雑な問題に対して、確率的な解を近似的に求める手法です。簡単に言えば、「不確実性を含んだ予測」を効率的に行うためのテクニックです。
- *6 Turingモデル
- 生物学的な模様がどうやってできるかを説明する数学的モデルです。アクチベーターとインヒビターという2種類の化学物質が広がり、反応し合う過程で自然とパターンが生まれる仕組みを示しています。
- *7 基盤モデル
- 言語や画像など様々なデータを大量に学習して、幅広いタスクに応用できる汎用的な AI モデルです。これを使うことで、特定の問題に特化したモデルを作るよりも柔軟で強力な分析が可能になります。
謝辞
本研究の魚の画像は海の中道水族館から提供して頂きました。
論文情報
- 掲載誌:
- PLOS Computational Biology
- タイトル:
- Data-driven discovery and parameter estimation of mathematical models in biological pattern formation
- 著者名:
- Hidekazu Hishinuma, Hisako Takigawa-Imamura, Takashi Miura
- DOI:
- 10.1371/journal.pcbi.1012689
お問合せ先
九州大学 大学院医学研究院 教授
三浦 岳(ミウラ タカシ)
092-642-6048 092-642-6923 miura.takashi.869(at)m.kyushu-u.ac.jp