2025.02.25
アルドステロン産生腺腫の多様な細胞社会が明らかに ~二次性高血圧の新たな治療展開に向けて~(病態制御内科学分野 ⼩川 佳宏主幹教授、病院 内分泌代謝・糖尿病内科 馬越 真希助教)
ポイント
- KCNJ5 変異を持つアルドステロン産生腺腫において4つの異なる腫瘍細胞集団を同定
- 脂質関連マクロファージがコルチゾール産生細胞と相互作用して腫瘍の進展に関連することを発見
- 腫瘍内のコルチゾール産生が椎体骨折と関連することを解明
- アルドステロン産生腺腫の新たな治療法の開発に期待
概要
アルドステロン産生腺腫 (APA) は、副腎の良性腫瘍であり、アルドステロンの過剰な産生による二次性高血圧を発症します。通常の高血圧と比べて様々な臓器の合併症が起こりやすく、手術による治療が必要です。このため効果的な内科的治療法の確立に向けて、詳しい病態の解明が求められています。アルドステロン産生腺腫の多くは KCNJ5 遺伝子 (KCNJ5)*1 に変異を持ち、若い年齢で発症して重症化しやすく、アルドステロンの過剰産生だけでは説明できない多様な合併症を伴いますが、背景の詳しい分子メカニズムは不明です。
九州大学大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、九州⼤学病院内分泌代謝・糖尿病内科の馬越真希助教、および同大学大学院医学研究院の馬越洋宜助教、藤田政道特任助教らを中⼼とする研究グループは同大学生体防御医学研究所、京都⼤学、東京⼤学、大阪大学大学院工学研究科との共同研究により、KCNJ5 変異を持つアルドステロン産生腺腫の内分泌的多様性と臨床的意義を明らかにしました。最新のマルチオミクス解析*2技術を用い、アルドステロン産生腺腫にはコルチゾールを産生する細胞集団を含む4つの異なる腫瘍細胞集団(①ストレス応答性細胞、②アルドステロン産生細胞、③コルチゾール産生細胞、④間質様細胞)が存在することを発見しました。腫瘍細胞はストレス応答性細胞から、アルドステロン産生細胞あるいはコルチゾール産生細胞へと分化し、後者は増殖能力の高い間質様細胞に進展することを明らかにしました。腫瘍内には脂質関連マクロファージ (LAM)*3 が多く存在し、コルチゾール産生細胞や間質様細胞との相互作用により、腫瘍のコルチゾール産生の増加や腫瘍増大に関連することが示唆されました。さらに、腫瘍内のコルチゾール産生が、血中コルチゾール濃度を上昇させ、それが椎体骨折の発症に関連することが明らかになりました。本研究により、複雑な細胞間相互作用を特徴とするアルドステロン産生腺腫の多様な細胞社会の分子メカニズムと臨床的意義が明らかになりました。
本研究成果は、米国の科学誌 PNAS(米国科学アカデミー紀要)に2025年3月2日(日)(日本時間)までに掲載される予定です。
(図)アルドステロン産生腺腫の内分泌的多様性と臨床的意義
研究の背景と経緯
副腎皮質は球状層、束状層、網状層の3つの層に分かれており、それぞれアルドステロン、コルチゾール、副腎アンドロゲンというステロイドホルモンを分泌し、身体のストレスに対する応答を担っています。これらのホルモンのバランスが乱れると心血管疾患や様々な代謝異常を引き起こします。
原発性アルドステロン症 (PA) は、副腎皮質から血圧上昇ホルモンであるアルドステロンの過剰な産生による二次性高血圧を発症します。原発性アルドステロン症は高血圧の約 10% を占めますが、通常の高血圧と比べて様々な臓器の合併症が起こりやすいことが知られています。原発性アルドステロン症の主な原因であるアルドステロン産生腺腫 (APA) は手術による治療が必要になることが多く、薬による内科的治療法の開発は重要な課題です。
アルドステロン産生腺腫の大半はカリウムチャネルであるKCNJ5遺伝子 (KCNJ5) に変異があり、特にアジア人では 70-80% の高頻度に認められます。KCNJ5 変異を持つアルドステロン産生腺腫は重症型であり、若い年齢で発症し、腫瘍が大きくなりやすく、アルドステロンの過剰産生だけでは説明できない多様な合併症を伴います。しかし、背景の詳しい分子メカニズムは分かっていませんでした。
今回の研究では、最新のマルチオミクス解析技術を用いて、KCNJ5 変異を持つアルドステロン産生腺腫患者の腫瘍組織を1細胞ごとに詳しく解析し、アルドステロン産生腺腫のホルモン産生の多様性と分子メカニズム、合併症との関連を検討しました(図1)。
(図1) 本研究のマルチオミクス解析の流れ
研究の内容と成果
(図2)アルドステロン産生腺腫の4つの異なる腫瘍細胞集団を同定
KCNJ5 変異を持つアルドステロン産生腺腫患者の腫瘍組織を用いたシングルセル RNA シーケンシング解析*5と空間トランスクリプトーム解析*6により、アルドステロン産生腺腫には4つの異なる腫瘍細胞集団(①ストレス応答性細胞、②アルドステロン産生細胞、③コルチゾール産生細胞、④間質様細胞)が存在することを世界で初めて発見しました(図2)。
擬似時間解析*9により、腫瘍細胞は①ストレス応答性細胞から②アルドステロン産生細胞あるいは③コルチゾール産生細胞に分化し、後者はさらに増殖能力の高い④間質様細胞に進展することが明らかになりました。
(図3) 腫瘍細胞に隣り合う脂質関連マクロファージ
脂質関連マクロファージ(オレンジ)、コルチゾール産生細胞(緑)
腫瘍細胞周囲の環境を詳しく解析すると、アルドステロン産生腺腫では多くの脂質関連マクロファージ (LAM) が腫瘍細胞に隣り合って存在し(図3)、活性化していることが明らかになりました。脂質関連マクロファージは③コルチゾール産生細胞や④間質様細胞と強く相互作用しており、脂質関連マクロファージの存在する割合と血中のコルチゾール濃度や腫瘍の大きさとの関連がみられました(図4)。このことから、脂質関連マクロファージが腫瘍の進展に影響を与えている可能性が考えられます。
(図4)脂質関連マクロファージの割合が血中コルチゾール濃度や腫瘍の大きさと関連
イメージング質量分析*7という手法を用いて、腫瘍内のコルチゾール産生を可視化すると、コルチゾール産生が場所によって異なることが判明しました。加えて、コルチゾール産生量が血中のコルチゾール濃度と強く関連し、コルチゾール濃度の増加が椎体骨折の発症リスクと関連することも明らかになりました。
これらの研究成果により、KCNJ5 変異を持つアルドステロン産生腺腫は腫瘍の進展に伴い、腫瘍細胞周囲の環境の影響を受けて、アルドステロンのみならず、コルチゾールを産生するように腫瘍細胞が変化することが判明しました。このホルモン産生の多様性が、椎体骨折などの特徴的な合併症の発症メカニズムの一因になることが明らかになりました。
今後の展開
本研究により、KCNJ5 変異を持つアルドステロン産生腺腫には、アルドステロン以外のステロイドホルモンを産生する内分泌的多様性が存在することが1細胞レベルで明らかになりました。脂質関連マクロファージが腫瘍の進展に重要な役割を果たすこと、腫瘍内のコルチゾール産生が合併症の発症に関連することが示唆され、複雑な細胞間相互作用を特徴とするアルドステロン産生腺腫の細胞社会の分子メカニズムと臨床的意義が明らかになりました。コルチゾールや脂質関連マクロファージを標的としたアルドステロン産生腺腫の新規治療の開発につながることが期待されます。
用語解説
- *1 KCNJ5 遺伝子
- カリウムチャネルをコードする遺伝子で、アルドステロン産生腺腫で最も頻度の高い遺伝子変異です。
- *2 マルチオミクス解析
- 生体内の DNA・RNA・タンパク質・代謝産物などの様々な物質について、統合的・網羅的に解析する手法です。
- *3 脂質関連マクロファージ (LAM)
- 脂質を豊富に取り込んだマクロファージの一種で、様々な腫瘍の進展に関与します。
- *4 ゲノム解析
- 生物の DNA を解読し、遺伝情報や遺伝子異常を調べる手法です。
- *5 RNA シーケンシング解析
- 組織から抽出した RNA を解析し、遺伝子発現量や組織の特徴を調べる手法です。
- *6 空間トランスクリプトーム解析
- 細胞の位置情報を維持したまま組織内の遺伝子発現を解析する手法です。
- *7 イメージング質量分析
- 組織切片上の分子(タンパク質、脂質、代謝産物など)の分布を可視化できる分析手法です。位置情報を保持したまま分子を特定し定量することができます。
- *8 血中ステロイドミクス解析
- 血中のステロイドホルモンを網羅的に分析する手法です。
- *9 擬似時間解析
- 細胞の遺伝子発現パターンから時間の流れを再構築し、細胞分化の過程を推定する手法です。
謝辞
本研究は JSPS 科研費 (JP23K15392、JP24K23476、JP22K08627、JP21K14472、JP22H05185、 JP22H04993)、日本内分泌学会研究助成、中冨健康科学振興財団、武⽥科学振興財団、⽇本応⽤酵素協会、臨床研究奨励基金、上原記念⽣命科学財団、セコム科学技術振興財団などの⽀援を受けて実施したものです。
論文情報
- 掲載誌:
- Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
- タイトル:
- Multiomics analysis unveils the cellular ecosystem with clinical relevance in aldosterone-producing adenomas with KCNJ5 mutations
- 著者名:
- Maki Yokomoto-Umakoshi, Masamichi Fujita, Hironobu Umakoshi, Tatsuki Ogasawara, Norifusa Iwahashi, Kohta Nakatani, Hiroki Kaneko, Tazuru Fukumoto, Hiroshi Nakao, Shojiro Haji, Namiko Kawamura, Shuichi Shimma, Masahide Seki, Yutaka Suzuki, Yoshihiro Izumi, Yoshinao Oda, Masatoshi Eto, Seishi Ogawa, Takeshi Bamba, Yoshihiro Ogawa
- DOI:
- 10.1073/pnas.2421489122
お問合せ先
九州⼤学病院 内分泌代謝・糖尿病内科
助教 馬越 真希 (ウマコシ マキ)
092-642-5280 092-642-5287 umakoshi.maki.498(at)m.kyushu-u.ac.jp
九州⼤学⼤学院医学研究院 病態制御内科学分野
主幹教授 ⼩川 佳宏(オガワ ヨシヒロ)
092-642-5275 092-642-5297 ogawa.yoshihiro.828(at)m.kyushu-u.ac.jp
