研究TOPICS

2025.03.11

CAR-T細胞療法の神経毒性を予測する新規バイオマーカーを発見! ~九州大学病院の質量分析プラットフォームによる革新的解析~(臨床検査医学分野 國﨑 祐哉教授)

ポイント

  • キメラ抗原受容体 (CAR)-T 細胞療法(CAR-T 細胞療法)*1は悪性腫瘍に対する有効な免疫療法として注目されていますが、一方で、重大な神経毒性を伴う免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群 (ICANS)*2 などの副作用が課題となっており、その予測が困難であるため、信頼性の高いバイオマーカーの開発が求められていました
  • 九州大学病院検査部の質量分析プラットフォームを活用し、CAR-T 細胞療法前の髄液検査で免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群を予測可能にする新規バイオマーカー「C1RL/FUCA2」を発見しました
  • 本成果は CAR-T 細胞療法の安全性向上に加え、患者ごとの個別化医療の実現や治療の最適化に貢献することが期待されます

概要

CAR-T 細胞療法は、遺伝子改変された T 細胞を用いてがん細胞を攻撃する革新的な免疫療法であり、特に B 細胞性非ホジキンリンパ腫などの悪性腫瘍に対して高い治療効果を示します。しかし、副作用としてサイトカイン放出症候群 (CRS)*3 や免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群が発生することが知られており、特に免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群は CAR-T 細胞療法を使用した患者の約64%に見られ、生命を脅かす重大なリスクとなっています。そのため、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群の早期予測と対策が急務とされていますが、信頼性の高いバイオマーカーの確立や発症メカニズムの解明は十分に進んでいません。

本研究では、九州大学病院検査部が保有する質量分析プラットフォームを活用し、CAR-T 細胞療法後の免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群などの副作用発症リスクを治療前の髄液タンパク質検査で予測する新しい手法を開発しました。B 細胞性非ホジキンリンパ腫患者29名の髄液を解析した結果、新規バイオマーカー「C1RL/FUCA2」の複合比率を特定しました。受信者動作特性 (ROC) 曲線解析では AUC0.95 という極めて高い予測精度を示し、追加コホートによる検証でもその有用性が確認されました。この成果により、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群の早期診断とリスク評価が可能となり、CAR-T 細胞療法の安全性と有効性を大幅に向上させることが期待されます。

本研究は、九州大学大学院医学研究院臨床検査医学分野の國崎祐哉教授、九州大学病院検査部の野見山倫子博士、瀬戸山大樹助教、および血液腫瘍心血管内科の加藤光次准教授らの研究チームによる成果です。今後、非侵襲的な血液バイオマーカーとの関連性が確認されれば、さらに簡便な検査法の開発が期待されます。

本研究成果は、Nature Publishing Group の Leukemia 誌に2025年3月11日(火)午前10時00分(日本時間)に掲載されました。

研究の背景と経緯

CAR-T 細胞療法は、患者自身の T 細胞を遺伝子改変し、特定のがん細胞を標的に攻撃させる先進的な免疫療法です。主に再発・難治性の B 細胞性非ホジキンリンパ腫や急性リンパ性白血病に適用され、高い治療効果が確認されています。日本国内でも2019年に初めて承認されて以来、適用疾患の拡大や施設の普及が進み、より多くの患者に治療が提供されています。この背景には、従来の治療法では得られなかった高い奏効率や完全寛解率が支持されています。しかし、CAR-T 細胞療法には副作用が伴い、その管理が課題です。主な副作用として、サイトカイン放出症候群と免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群が挙げられます。サイトカイン放出症候群は発熱や血圧低下を伴う全身性の炎症反応で、迅速な対応が求められます。一方で、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群は中枢神経系における神経毒性で、治療後数日から1週間以内に発症することが多く、意識障害や痙攣など重篤な症状を呈する場合があります。その重症度は患者ごとに異なり、後遺症が残るケースも報告されています。免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群の発症機序は未解明の部分が多く、コントロールが難しいため、予測と早期対応が治療の安全性向上の鍵となっています。このため、信頼性の高いバイオマーカーの探索が急務とされています。

研究の内容と成果

本研究の目的は、CAR-T 細胞療法実施前の検査により、重篤な副作用である免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群の発症リスクを予測可能にする方法を確立することです(図1)。この目的を達成するため、29名の B 細胞性非ホジキンリンパ腫患者を対象に、CAR-T 細胞療法前に採取された髄液検査の残余検体を用いて解析を行いました。九州大学病院検査部が保有する最先端の質量分析プラットフォームを活用し、網羅的なタンパク質解析を実施することで、有望なタンパク質バイオマーカーを探索するアプローチを採用しました(図2)。

患者髄液中に検出されたタンパク質の中から、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群発症群と非発症群を明確に区別できるタンパク質をスクリーニングしました。その後、機械学習アルゴリズムを駆使し、2種類のタンパク質を組み合わせた比率バイオマーカーを構築しました。この比率マーカーを用いた予測式は、ROC 曲線解析において AUC0.95 という卓越した予測精度を示しました(図3)。この結果は、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群の発症リスクを高精度で予測できる新規バイオマーカーの可能性を強く支持するものです。さらに、独立した追加検証コホートを用いた解析を行った結果、このバイオマーカーの予測性能が一貫して高いことが確認されました。この追加検証においても、ROC 曲線の AUC 値が0.9を超える予測精度を維持しており、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群リスクの予測における信頼性の高さが証明されました。

本研究成果は、CAR-T 細胞療法の安全性を大幅に向上させる可能性を示すものであり、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群の予防や治療方針の決定に重要な知見を提供します。これにより、CAR-T 細胞療法の適用がさらに拡大し、患者の QOL 向上に寄与することが期待されます。

今後の展開

今後は、患者数を増やした大規模な解析を行い、今回特定したバイオマーカーの予測性能をさらに検証する必要があります。また、侵襲性の高い髄液検査に代わり、より侵襲性の低い血液を用いた検査法の開発が求められます。さらに、本研究で補体因子群が免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群発症群において高値を示したことから、これらの因子を基盤とした免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群発症メカニズムの解明が進むと期待されます。この知見は、予防や治療法の開発に向けた新たな道を切り開くでしょう。

参考図

図1: CAR-T 細胞治療開始前に採取した髄液検体を用いて、CAR-T 輸注後の神経毒性副作用 (ICANS) のリスク予測を試みた
図2: CAR-T 治療を受ける患者40名の治療前の髄液検体(ICANS非発症21名、発症19名)について、タンパク質の網羅的解析を行い、ICANS 発症に関連するタンパク質バイオマーカーを探索した
図3: 患者の髄液から検出されたタンパク質の中で、ICANS の発症を正確に予測できるバイオマーカーを特定した

具体的には、C1RL と FUCA2 という2つの特徴的なタンパク質を組み合わせることで、高精度な識別が可能となった。
このタンパク質の比率を利用した予測式は、ROC 曲線解析で 0.95 という非常に高い精度を示した。

用語解説

*1 CAR-T細胞療法
CAR-T 細胞療法は、患者のT細胞を遺伝子改変し、特定のがん細胞を認識し攻撃する能力を持たせる革新的な免疫療法です。CAR は Chimeric Antigen Receptor(キメラ抗原受容体)の略で、これにより T 細胞ががん細胞を認識しやすくなります。この治療法は、特に B 細胞系腫瘍に対して効果があり、再発や難治性の患者にとって新たな希望となります。ただし、重篤な副作用もあるため、慎重な管理が必要です。現在、CAR-T 細胞療法は主に血液がんに対して使用されていますが、今後は固形がんや自己免疫疾患(リウマチ)など、適用範囲がさらに広がり、多くの治療の選択肢を提供することが期待されています。
*2 免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群
免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群 (immune effector cell-associated neurotoxicity syndrome: ICANS) は、CAR-T 細胞療法や他の免疫療法に伴って発生する神経系の副作用です。症状には頭痛、混乱、失語、発作、昏睡などが含まれ、サイトカイン放出症候群と同様に、迅速な診断と治療が重要であり、ステロイドや他の免疫抑制薬が用いられることがあります。
*3 サイトカイン放出症候群
サイトカイン放出症候群 (cytokine release syndrome: CRS) は、免疫細胞が大量のサイトカインを放出することにより引き起こされる全身性の炎症反応です。CAR-T 細胞療法の副作用として特に知られ、発熱、疲労、筋肉痛、低血圧、呼吸困難などの症状が現れます。重症の場合は、臓器障害や生命の危険も伴うため、迅速な医療対応が必要とされています。

補足説明

B 細胞系腫瘍
B 細胞系腫瘍は、免疫系の一部である B 細胞ががん化する病気の総称。代表的なものには、びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫、濾胞性リンパ腫、慢性リンパ性白血病、B 細胞性急性リンパ性白血病などがあります。これらの病気は、B 細胞が異常に増殖し、正常な血液細胞の生成を妨げるため、貧血や感染症のリスクが高まる。治療には化学療法、放射線療法、免疫療法が行われます。
質量分析によるプロテオーム解析
質量分析は、物質の質量を測定し、その構成成分を特定するための分析技術です。サンプルをイオン化し、質量/電荷比を基に分離・検出することで、化学構造や分子量を明らかにします。応用範囲は広く、化学、生物学、医学、環境科学など、多岐にわたります。質量分析は特にタンパク質やペプチドの分析において重要な役割を果たしています。特に、髄液プロテオミクスは、脳脊髄液 (CSF) 中のタンパク質を大規模に解析する研究分野のことを指します。CSF プロテオミクスは、髄液中のタンパク質全体(プロテオーム)を包括的に測定し、中枢神経系 (CNS) の疾患理解と診断に重要な情報を提供します。

謝辞

本研究は JSPS 科学研究費補助金 (JP21H02950) の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:
Leukemia

タイトル:
Cerebrospinal Fluid Proteomics Exerts Predictive Potential for ICANS in CAR-T Therapy

著者名:
Tomoko Nomiyama, Daiki Setoyama, Ikumi Yamanaka, Masatoshi Shimo, Kohta Miyawaki, Takuji Yamauchi, Fumiaki Jinnouchi, Teppei Sakoda, Kensuke Sasaki, Takahiro Shima, Yoshikane Kikushige, Yasuo Mori, Koichi Akashi, Koji Kato, Yuya Kunisaki.

DOI:
10.1038/s41375-025-02541-6

お問合せ先

九州大学 大学院医学研究院 臨床検査医学 / 九州大学病院 検査部

教授 國﨑 祐哉(くにさき ゆうや)

092-642-5257 092-642-5752 kunisaki.yuya.519(at)m.kyushu-u.ac.jp

九州大学 大学院医学研究院 病態修復内科学 / 九州大学病院 血液腫瘍心血管内科

准教授 加藤 光次(かとう こうじ)

092-642-5230 092-642-5247 kato.koji.429(at)m.kyushu-u.ac.jp

ページのトップへ