研究TOPICS

2025.03.21

ゲノム上で遺伝子を高度に増幅する新技術を開発 ~実験進化、有用物質生産、遺伝子治療への応用に期待~(医化学分野 伊藤 隆司教授)

ポイント

  • 遺伝子の縦列反復による増幅は、神経系や免疫系の進化のみならず、ヒトの多様性や疾患にも重要な役割を果たしていますが、それを実験的に誘導することはできませんでした。
  • DNA 複製の現場である複製フォークを破壊することによって、同一遺伝子が縦列に反復した構造 (縦列遺伝子アレイ) を高度に伸長する新しいゲノム編集技術 BITREx を開発しました。
  • BITREx は、実験進化・有用物質生産・遺伝子治療などへの幅広い応用が期待されます。

概要

遺伝子の増幅は、生物の進化を駆動してきたのみならず、様々な疾患にも関与することが明らかになりつつあります。しかしながら、近年の目覚ましいゲノム編集技術の発展にもかかわらず、ゲノム上で遺伝子のコピー数を高度に増幅させることはできませんでした。

本研究では、遺伝子が縦列に反復した構造 (縦列遺伝子アレイ) を高度に伸長する技術を開発しました。

九州大学大学院医学研究院の武居宏明助教、岡田悟助教、伊藤隆司教授らは、ゲノム編集に用いられる Cas9 タンパク質の変異体 nCas9 を縦列遺伝子アレイの隣接部に配置し、DNA 複製の現場である複製フォークを崩壊させることによって反復回数を増加させる新技術 BITREx を考案しました。出芽酵母をモデルに BITREx の可能性を検討したところ、2千塩基対の反復単位が14回並んだ CUP1 アレイを反復回数約500回、全長約100万塩基対にまで伸長できました。また、人工 DNA 断片を設計して BITREx と併用すると、単一コピー遺伝子からでも縦列遺伝子アレイを形成・伸長できることが分かりました。さらに、ヒト培養細胞でも BITREx による縦列遺伝子アレイの伸長に成功しました。

複製フォーク操作に基づく新しいゲノム編集技術である BITREx は、これまで不可能だった標的遺伝子の縦列反復によるゲノム上での高度増幅を可能にし、実験進化・有用物質生産・遺伝子治療など、基礎から応用まで生命科学の様々な分野に貢献するものと期待されます。

本研究成果はアメリカ合衆国の雑誌 Cell Genomics に2025年3月21日 (木) (日本時間) に掲載されました。

図1 BITREx の原理
伊藤教授からひとこと

数年前に、DNA を全く切断しない Cas9 変異体が複製フォークの進行を阻害する現象を発見しました。以来、複製フォークの操作という新しいコンセプトに基づいて、大型のゲノム構造変化の誘導に取り組んできました。今回開発した BITREx には、様々な応用の可能性があり、縦列遺伝子アレイの短縮が原因となる疾患の研究にも貢献できるのでないかと期待しています。

研究の背景と経緯

遺伝子重複は進化の一大原動力です。遺伝子重複に伴ってその産物であるタンパク質の総活性も増加するので、それを必要とする環境変化への適応が可能になります。例えば、イヌはオオカミよりも多数のアミラーゼ (デンプン消化酵素) 遺伝子を持っています。これは、ヒトからデンプンの多い食事を与えられるようになった環境変化への適応の結果と考えられています。さらに、遺伝子重複によって多数のコピーを獲得すると、今度はそれぞれの配列を少しずつ変化させて機能の多様化を図ることも可能になります。例えば、血液中で酸素を運ぶヘモグロビンの場合、縦列反復後の配列多様化で獲得した胚型・胎児型・成人型の遺伝子を使い分けて、発生の進行に伴う酸素分圧の変化に対応しています。また、抗体や嗅覚受容体の遺伝子は、それぞれ数十回から数百回の縦列反復とその後の配列変化によって高度の多様性を獲得しています。遺伝子が縦列に反復した構造 (縦列遺伝子アレイ) の伸長は現在も進行中であり、ヒト集団中では遺伝子やその一部の重複による多様性が生じており、それらの中には疾患に関与するものも多数含まれています。

新しい DNA シーケンシング技術の急速な進展によって、こうしたゲノム多様性の全貌解明も可能になりました。一方、ゲノム編集技術の目覚ましい進歩にも関わらず、遺伝子重複を含む大型のゲノム構造変化を狙い通りに誘導することは長らくできませんでした。しかし、昨年、我々は Cas9 変異体であるnCas9*1を用いて広大なゲノム領域の縦列反復を誘導する技術 PNAmp を開発して、この問題に突破口を開きました (https://www.med.kyushu-u.ac.jp/news/research/detail/1654/)。そこで今度は、縦列反復構造の伸長によってゲノム上で遺伝子を高度に増幅する技術の開発に取り組みました。

研究の内容と成果

BITREx (Break-Induced Replication-mediated Tandem Repeat Expansion) では、縦列遺伝子アレイの隣接部位に nCas9 を配置します (図1①)。縦列遺伝子アレイを複製し終わった複製フォーク*2は nCas9 による1本鎖切断 (ニック) によって崩壊し、その結果、単一末端性の DNA 2本鎖切断 (seDSB) が生じます。seDSB は末端から削られて1本鎖 DNA になり (図1②)、複製によって生じたもう一本の2本鎖 DNA (姉妹染色分体) に侵入して、BIR (Break-Induced Replication) と呼ばれる組み換え修復を開始します (図1③)。その際に、1本鎖 DNA が真正面の反復ユニットに侵入すれば、反復回数が保たれた正しい修復が行われます。しかし、誤って上流側の反復ユニットに侵入すると、結果的に seDSB を生じた方の姉妹染色分体上の遺伝子コピー数が増えてしまいます (図1④)。この異所性組み換え修復 (異所性 BIR) を利用して、縦列遺伝子アレイを伸長するのが BITREx です。以前に開発した PNAmp が100万塩基対に及ぶ長大なゲノム領域を重複させる方法であるのに対し、BITREx は遺伝子サイズの縦列反復を高度に伸長する方法である点に特徴があります。

出芽酵母 (パン酵母) をモデルに BITREx の原理を検証するため、約2千塩基対 (2 kb) の反復単位が14回並んだ CUP1 アレイの伸長を試みました (図2A)。CUP1 アレイの隣接部位に nCas9 を配置して3日間の培養を行ったところ、細胞集団全体の平均反復コピー数が約26に達し、ナノポアシーケンシング*3によって反復コピー数32の CUP1 アレイの存在が確認されました (図2B)。さらに1~2ヵ月培養を行った集団から得たクローンをディープシーケンシング*4やパルスフィールドゲル電気泳動*5で解析したところ、反復コピー数が数百に達していることが確認されました (図2C)。

さて、BITREx が働くためには、遺伝子が最低2コピー縦列に反復している必要があります。しかし、コピー数が1の遺伝子であっても、その上流と下流の配列から設計した人工 DNA 配列を共存させれば、そこから BITREx によって縦列遺伝子アレイを作成できることも分かりました (図3)。

さらに、BITREx は、出芽酵母のみならずヒトの培養細胞においても、縦列遺伝子アレイの伸長に成功しました。

今後の展開

今回の研究によって、BITREx の原理と有効性が出芽酵母をモデルに用いて実証されました。BITREx は、目的遺伝子をゲノム上で高度に増幅させる技術です。したがって、有用物質生産など、様々な機能を強化した細胞の設計・創成の大きな推進力となることが期待されます。既に、物質生産に適した酵母種における BITREx の応用が検討されています。また、変異源存在下での BITREx によって、配列を変異させながら縦列遺伝子アレイを伸長させることによって、元の遺伝子の機能を多様化させる実験進化も可能になるでしょう。さらに、遺伝子サイズの縦列反復構造 (マクロサテライト) の短縮が原因となる難病に対しては、BITREx が全く新しいカテゴリーのゲノム編集治療になる可能性もあります。既に、疾患関連マクロサテライトの一種については正常培養細胞で BITREx による伸長に成功しており、患者由来 iPS 細胞における検討も始まろうとしています。

参考図

図2 BITREx による酵母 CUP1 アレイの伸長
  1. 実験の概要。約2 kbのリピートユニットが14コピー並んだ CUP1 アレイの隣接部位に nCas9 を配置して、1本鎖切断を誘導しながら、長期培養を行ないました。その結果、 CUP1 アレイを反復回数約500にまで伸長することができました。
  2. ナノポアシーケンシングによる CUP1 アレイ伸長の確認例 (反復コピー数32)。3日間培養した細胞集団のナノポアシーケンシングとドットプロット解析*6を行った結果です。
  3. ディープシーケンシングとパルスフィールドゲル電気泳動による CUP1 アレイ伸長の確認例。31日間の連続培養を行った細胞集団から推定コピー数250の株 (250x) を、さらに31日間の連続培養を行った細胞集団から推定コピー数380の株 (380x) を、それぞれ取得しました。両株をディープシーケンシングとパルスフィールドゲル電気泳動で解析し、CUP1 リピートユニット数の高度な増加と、CUP1 アレイが存在する第8染色体の伸長を確認しました。CUP1 リピートユニットを切断しない制限酵素 EcoRI による消化を行うと、伸長 CUP1 アレイだけをゲル上に残すこともできました。
図3 単一コピー遺伝子からの縦列遺伝子アレイの創成

実験の概要 (左側パネル)。まず、目的遺伝子を含む標的領域を設定し、その最上流部配列 (橙色) と最下流部配列 (黄緑色) の順番を入れ換えて連結した人工配列 (スプリント) を設計します。続いて、スプリントを持つプラスミド*7を作成し、スプリントの隣接部位にも nCas9 による1本鎖切断が入るようにしておきます。スプリントプラスミドを持つ細胞で nCas9 を発現させて BITREx を誘導すると、seDSB が入った方の姉妹染色分体上の最下流部配列は、もう一方の姉妹染色分体のみならずスプリントプラスミドにも侵入できます。侵入した最下流部配列からスプリントプラスミド上で始まる DNA 合成によって、seDSB 由来の1本鎖 DNA は最上流部配列を獲得します。こうして獲得された最上流部配列を利用すれば、今度は seDSB が起きていない方の姉妹染色分体上の最上流部配列に侵入できます。その結果、標的領域の縦列反復が成立します。つまり、目的遺伝子下流の seDSB が、スプリントプラスミドを中継点として、もう一方の姉妹染色分体上の遺伝子の上流に侵入して、遺伝子重複を誘導するわけです。こうしてゲノム上に標的領域が2コピー並べば、以降は通常の BITREx によってコピー数が増えてゆくはずです。実際にこの実験を行ったところ、右側パネルのドットプロットに示すようにナノポアシーケンシングによって標的領域の重複と伸長が確認されました。

用語解説

*1 nCas9
ゲノム編集では細菌由来の Cas9 タンパク質がよく使われます。Cas9 は、ガイド RNA と複合体を形成して、ガイド RNA と同一配列を持つ DNA (標的 DNA) に2本鎖切断を起こします。Cas9 のアミノ酸残基を一つ置換することによって、標的 DNA の一方の鎖しか切断できなくなった変異体を nCas9 と呼びます。
*2 複製フォーク
DNA複製の現場とも言うべき複製装置が進行してゆく先端部では、2本鎖 DNA の水素結合が解離して Y 字型構造が形成されます。その形状にちなんで、この部分を複製フォークと呼びます。
*3 ナノポアシーケンシング
膜タンパク質が形成するナノスケールの穴 (ポア) を通過させることによって、DNA の塩基配列を読み取る技術。膜の両側に電圧をかけておいて、DNA 分子の通過に伴う電流変化を計測し、そのパターンから機械学習を利用して塩基配列を読み取ります。従来法と比較すると、正確性には劣るものの各段に長い塩基配列 (10~100万塩基対) を読み出すことが可能です。
*4 ディープシーケンシング
300塩基対程度の配列を大量かつ正確に読み出す解析法です。DNA 合成過程の蛍光観察によって配列を読み出す次世代シーケンサーを用いて行われます。
*5 パルスフィールドゲル電気泳動
電場の方向を交互に変化させることによって、巨大 DNA 分子を分離するゲル電気泳動法。通常のゲル電気泳動が数10 kb 以上の DNA を分離できないのに対して、パルスフィールドゲル電気泳動は数 Mb の DNA でも分離できます。
*6 ドットプロット解析
2種類の配列を X 軸と Y 軸に取り、配列が一致した座標に点 (ドット) を打つプロット法。両軸の配列に相同性があれば、その部分が斜めの線として描出されます。この線の数が反復コピー数を表します。長大な配列の中に潜む相同性の検出と直感的な把握に有用な手法です。
*7 プラスミド
自律複製が可能な染色体外 DNA 分子で、組み換え DNA のベクターとしても利用されます。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構 JST-CREST (JPMJCR19S1) と日本学術振興会 (JSPS) 科学研究費助成事業 (24K02015) の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:
Cell Genomics

タイトル:
Strategic targeting of Cas9 nickase expands tandem gene arrays

著者名:
Hiroaki Takesue, Satoshi Okada, Goro Doi, Yuki Sugiyama, Emiko Kusumoto, Takashi Ito
武居宏明、岡田悟、土井吾郎、杉山友貴、楠元恵美子、伊藤隆司

DOI:
10.1016/j.xgen.2025.100811

お問合せ先

九州大学 大学院医学研究院 医化学分野

教授 伊藤 隆司 (イトウ タカシ)

092-642-6095 092-642-2103 ito.takashi.352(at)m.kyushu-u.ac.jp

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