研究TOPICS

2025.07.31

上皮バリアを素早く再建する新たなメカニズムを発見 ~アトピー性皮膚炎などの上皮バリアの破綻による病態の解明や治療法の開発に繋がる知見~(生化学分野 池ノ内順一教授、長佑磨助教)

ポイント

  • 細胞膜に“待機状態”で蓄えられていたクローディンが、Rho-ROCK 経路の活性化をきっかけに一気に解放され、新たなタイトジャンクションを迅速に形成するしくみを発見しました。
  • 新たなクローディン遺伝子の発現やタンパク質の合成を待たず、クローディンのストックを即座に活用するこの仕組みは、皮膚や消化管などストレスの多い環境で上皮バリアを瞬時に再建するために不可欠です。
  • 上皮細胞シートのバリア機能が低下することで起こるアトピー性皮膚炎や炎症性腸疾患などの病態解明や予防法の開発に役立つ知見です。

概要

私たちの体の表面や臓器は上皮細胞シートで覆われ、外部の病原体侵入や体内の水分漏出を防ぐバリア機能を果たしています。このバリアは、隣接する細胞同士がタイトジャンクションと呼ばれる構造でぴったりと接着することで維持されており、その主要な構成要素が「クローディン」というタンパク質です。皮膚や消化管の上皮は、常に機械的・化学的ストレスにさらされており、細胞の脱落や障害、炎症などが頻繁に起こります。さらに、上皮細胞は絶えず新しい細胞と入れ替わるターンオーバーを繰り返しています。こうした状況下でもバリアを維持するためには、既存のタイトジャンクションを壊すことなく、隣接細胞との間に「極めて短時間で新たなタイトジャンクションを形成する仕組み」が不可欠です。重要なのは、こうした応答には新しくクローディンの遺伝子を転写し、タンパク質を翻訳して合成する、という通常のプロセスでは間に合わないという点です。上皮は、あらかじめ細胞膜に“使われていないクローディン”をストックし、それを即時に活用する手段を備えていると考えられてきましたが、その具体的な仕組みは分かっていませんでした。

今回、九州大学大学院医学研究院の池ノ内順一教授、長佑磨助教らの研究グループは、「素早いタイトジャンクションの新生」を可能にする分子メカニズムを解明しました。細胞内のシグナル伝達経路である Rho-ROCK 経路がスイッチとなり、膜タンパク質 EpCAM や TROP2 に結合して蓄えられていたクローディンを即座に開放することで、細胞はすぐにタイトジャンクションを再建できるのです。この成果は、組織のバリアを守る仕組みの理解を深め、将来的には皮膚や腸などのバリア機能異常に対する新たな治療法開発につながる可能性があります。研究の内容は2025年7月24日(木)付で科学誌 eLife に掲載されました。

池ノ内教授からひとこと

私たちの体を外敵から守ってくれているバリアとして働く上皮細胞は、体の表面や臓器の表面に存在するため、常に様々なストレスに曝されています。上皮細胞は、バリア形成に必要なクローディンを備蓄しておき、いざというときに供給する仕組みを明らかにしました。まさに「備えあれば憂いなし」― 体を守るしくみは本当に抜かりありません。

上皮細胞は、タイトジャンクションの形成に必要なタンパク質であるクローディンを、別の膜タンパク質であるEpCAMやTROP2に結合したかたちで保持しています (図左)。
上皮細胞を観察してみると、EpCAMがタイトジャンクション (TJ) よりも基底側のラテラル膜に分布しており、EpCAMが切断されると、EpCAMから遊離したクローディンがTJ形成に利用されます (図右)。

研究の背景と経緯

私たちの体の表面や消化管の内側を覆う「上皮細胞シート」は、外部の異物や病原体の侵入を防ぎ、体内の水分や栄養素の漏出を防ぐバリア機能を担っています。このバリアの中核をなすのが、隣接する細胞同士を密につなぐ「タイトジャンクション」です。タイトジャンクションは、主にクローディンという膜タンパク質が細胞膜上で鎖状に集まり構築されることで形成されます。しかし、上皮細胞は絶えず入れ替わりを繰り返し、死んだり、炎症や物理的な刺激によって損傷を受けたりすることが日常的に起こります。こうした際にバリアが破綻すると、体内への異物侵入や水分漏出を引き起こす危険があります。したがって、上皮組織は古いタイトジャンクションを保ちながら、新たな細胞間で素早くタイトジャンクションを再形成し、バリア機能を継続的に維持する必要があります。

本研究では、密着結合の急速な形成が求められる2つの生理的状況、すなわち、1) 上皮細胞シートから不要な細胞が排除されるとき、2) 表皮細胞が角化分化してバリア層を形成するとき、に注目して、迅速にバリアが再構築される過程の解析を行いました。

研究の内容と成果

九州大学大学院医学研究院の長佑磨助教、池ノ内順一教授 、理学部生物学科学生の谷口 明香梨 (卒業生)、および神戸大学院医学系研究科の久保亮治教授から成る研究グループは、本研究において、素早いタイトジャンクションの新生を可能にする分子メカニズムを解明しました。

本研究では、培養した上皮細胞シートおよび皮膚の細胞分化モデルを用いて、タイトジャンクションが短時間で形成される過程を詳しく観察しました。その結果、アポトーシス*1によって細胞が脱落する場面や、表皮細胞が分化する場面において、クローディンが新たな細胞接着部位に急速に集まり、タイトジャンクションが形成されることが明らかになりました。

注目すべきは、このタイトジャンクションの新生が、Rho-ROCK という細胞内のシグナル伝達経路によって制御されていたことです。ROCK 酵素の働きを阻害すると、クローディンは接着部位に集まらず、タイトジャンクションの形成も見られませんでした。一方で、Rho-ROCK 経路を人工的に活性化させると、通常はタイトジャンクションを持たない細胞間にもクローディンが集まり、タイトジャンクション様の構造が現れることが確認されました。さらに、Rho-ROCK 経路の活性化により、細胞膜上のマトリプターゼという酵素が活性化され、EpCAM や TROP2 といったクローディンと結合していた膜タンパク質が切断されることが分かりました。この切断によってクローディンが解放され、細胞接着部位に移動し、タイトジャンクションの構築に参加できるようになるのです。

加えて、マトリプターゼの働きを阻害する薬剤を用いると、Rho-ROCK 経路を活性化してもクローディンが集まらず、タイトジャンクションも形成されないことが確認されました。これにより、Rho-ROCK–マトリプターゼ–EpCAM/TROP2–クローディンという一連の経路が、タイトジャンクションの迅速な形成を制御する重要なメカニズムであることが明らかになりました。

今後の展開

近年、Rho-ROCK 経路を活性化する化合物が、皮膚炎などのモデル動物でバリア機能を改善し、炎症を抑える作用を示すことが報告されています。たとえば、ROCK 活性化剤であるナルシクラシンや、Rho 活性化因子であるリゾホスファチジン酸 (LPA) を皮膚に外用することで、タイトジャンクションの形成が促進され、バリア機能が強化されるという研究も進んでいます。本研究は、こうした現象に対する分子メカニズムの裏付けを提供するものです。今後は、Rho-ROCK 経路やマトリプターゼの活性を標的とした新たな治療法の開発が期待されます。とくに、アトピー性皮膚炎や炎症性腸疾患など、上皮バリアが破綻している疾患において、この経路を人為的に調節することで、バリアを回復・増強できる可能性があります。

さらに、クローディンがどのように細胞内から膜上に輸送されるのか、EpCAM や TROP2 がその過程でどのような役割を果たしているのかといった、タイトジャンクション形成の上流のメカニズムについても今後の研究が期待されます。これらのメカニズムについて解明が進めば 、再生医療や創薬の分野においても大きな応用展開が見込まれます。

参考図

図1 アポトーシス細胞を排除した後に、速やかに新たなタイトジャンクションが形成される

上皮細胞シートにアポトーシス細胞が出現すると、新たに隣接することになった上皮細胞間には迅速に新しいタイトジャンクションが形成されます。

図2 皮膚のケラチノサイトの分化におけるタイトジャンクションの新生機構

皮膚は、複数の層からなる重層上皮で構成されており、それぞれの層を形成する上皮細胞 (ケラチノサイト) はクローディンというタイトジャンクション構成タンパク質を発現しています。しかし、実際にタイトジャンクションによるバリア構造が形成されるのは、顆粒層の中でも第 2 層 (SG2 層) に限られています。もし、より下層に位置するケラチノサイト間でタイトジャンクションが形成されてしまうと、それより上にある細胞への体内からの水分や栄養素の供給が遮断されてしまい、正常な分化や生存が損なわれるおそれがあります。そこで、下層のケラチノサイトでは、クローディンが TROP2 という膜タンパク質と結合することで、タイトジャンクションの形成が抑制された“待機状態”に保たれています。やがてケラチノサイトが分化して顆粒層第 2 層に到達すると、細胞内の Rho-ROCK 経路が活性化されます。これにより、膜上の酵素マトリプターゼが TROP2 を切断し、それまで抑制状態にあったクローディンが遊離されます。解放されたクローディンは、隣接細胞との接着部位に再配置され、速やかにタイトジャンクションの形成に寄与するようになります。

用語解説

*1 アポトーシス
紫外線による DNA 損傷などで不可逆的なダメージを受けた細胞は、個体の健全さを保つために、能動的に細胞死を引き起こします。この細胞死の形式をアポトーシスと呼びます。

謝辞

本研究は、文部科学省 日本学術振興会 科学研究費 (JP22H02618, JP23K18141, JP23KJ1689, JP25H01325, JP25H00994)、科学技術振興機構 創発的研究若手挑戦事業 (JPMJFR204L)、武田科学振興財団、コーセーコスメトロジー研究財団の支援を受けて行われました。

論文情報

掲載誌:
eLife

タイトル:
Rho-ROCK liberates sequestered claudin for rapid de novo tight junction formation

著者名:
Yuma Cho, Akari Taniguchi, Akiharu Kubo, Junichi Ikenouchi

DOI:
10.7554/eLife.102794.3

お問合せ先

九州大学 大学院医学研究院 教授

池ノ内 順一(イケノウチ ジュンイチ)

092-642-6096 092-642-6096 ikenouchi.junichi.033(at)m.kyushu-u.ac.jp

ページのトップへ