2025.10.28
ストレスで高血圧関連の副腎異常細胞ができる仕組みを解明 ~最先端の空間解析技術により形成過程を可視化、二次性高血圧の病態理解に貢献~(病態制御内科学分野 小川佳宏主幹教授、馬越洋宜助教、岩橋徳英特任助教)
- 高血圧に関わる副腎の異常細胞 (APCC) の形成メカニズムは未解明である。
- ストレス応答性転写因子 NR4A2 が APCC 形成を促進する仕組みを世界で初めて解明した。
- ストレス応答が APCC 形成の引き金となることが判明し、二次性高血圧の病態理解が深まった。
原発性アルドステロン症*1は、副腎からアルドステロンというホルモンが過剰に分泌されて高血圧を引き起こす疾患で、二次性高血圧*2の主要な原因です。この病気の主な原因の一つは、アルドステロン産生腺腫 (APA) という腫瘍ですが、近年、腫瘍とは異なるアルドステロン産生細胞クラスター (APCC)*3と呼ばれる小さな異常細胞集団が、原発性アルドステロン症の副腎で観察されるほか、加齢に伴って増加することが報告されています。アルドステロン産生細胞クラスターはアルドステロン産生腺腫と同じ遺伝子変異を持つ場合もあり、腫瘍の前段階病変である可能性が指摘されていますが、アルドステロン産生細胞クラスターがどのように形成されるのか、そのメカニズムは解明されていませんでした。今回、慢性的なストレス応答によりアルドステロン産生細胞クラスターが形成される新たなメカニズムを解明しました。
九州大学大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、馬越洋宜助教、岩橋徳英特任助教らの研究グループは、最先端の空間トランスクリプトミクス*4とシングルセル RNA シーケンス解析*5を組み合わせ、副腎組織を詳細に解析しました。その結果、ストレス応答性転写因子である NR4A2*6が、ストレス時に分泌される副腎皮質刺激ホルモン (ACTH)*7や酸化ストレス*8、サイトカイン*9などのストレス刺激により活性化され、正常な副腎細胞からアルドステロン産生細胞クラスターへの変化を促進することを明らかにしました。
今回の発見は、原発性アルドステロン症における異常細胞形成の新たなメカニズムを示すものであり、二次性高血圧の病態理解を深める重要な成果です。
本研究成果は米国の科学誌 Hypertension に2025年10月27日 (月) に掲載されました。

高血圧症は、20歳以上の日本人の2人に1人が罹患している国民病ですが、約10%は二次性高血圧と呼ばれ、特定の原因疾患により引き起こされます。原発性アルドステロン症は二次性高血圧の主要な原因疾患であり、副腎からアルドステロンというホルモンが過剰に分泌されることで血圧が上昇します。
副腎は、脳の視床下部-下垂体-副腎系 (HPA axis) を介してストレス応答を調節する重要な臓器です。ストレス刺激により脳から副腎皮質刺激ホルモンが分泌され、副腎のホルモン産生を促進します。
近年、副腎にアルドステロン産生細胞クラスター (APCC) と呼ばれる異常な細胞集団が、高齢者や原発性アルドステロン症患者で高頻度に観察されることが報告されています。アルドステロン産生細胞クラスターの一部が腫瘍と同じ遺伝子変異を持つため、腫瘍の前段階病変である可能性が指摘されていました。しかし、アルドステロン産生細胞クラスターがどのように形成されるのか、そのメカニズムは全く分かっていませんでした。
本研究では、最先端の空間トランスクリプトミクスとシングルセル RNA シーケンス解析を組み合わせ、同一患者から採取した正常な副腎組織、アルドステロン産生細胞クラスター、腫瘍の遺伝子発現を詳細に比較しました。その結果、以下の3点が明らかになりました。
第一に、アルドステロン産生細胞クラスターは腫瘍とは異なる独自の遺伝子発現パターンを示し、正常な副腎組織により近い特徴を保持していることを明らかにしました (図1)。
図1: 遺伝子発現の相関解析
副腎細胞、アルドステロン産生細胞クラスター (APCC)、腫瘍の遺伝子発現 (細胞の性質を表す) の類似度を見た図。APCC は副腎細胞と腫瘍の中間に位置し、腫瘍より副腎細胞により近い性質を持つことが判明した。
第二に、ストレス応答性転写因子 NR4A2 がアルドステロン産生細胞クラスターで高い活性を示すことを発見しました。さらに、培養細胞を用いた実験とコンピューターシミュレーションにより、NR4A2 が正常細胞からアルドステロン産生細胞クラスターへの変化を促進することを確認しました (図2)。
図2:アルドステロン産生細胞クラスター (APCC) における NR4A2 の活性化
(左) 副腎細胞、アルドステロン産生細胞クラスター (APCC)、腫瘍において活性化する転写因子の比較。APCC において NR4A2 が活性化していることが判明した。
(右) NR4A2 を活性化させた時の影響をコンピューターシミュレーションで検証した結果。各点は個々の細胞を表し、その性質に基づいて配置されている。横軸の右に行くほど APCC に近い性質を示す。NR4A2 の活性化により、右側の細胞は緑色 (APCC への変化が促進)、左側の細胞は赤色 (正常な副腎細胞の状態を維持) になり、副腎細胞から APCC への変化を促進することが示された。
第三に、副腎皮質刺激ホルモンなどのストレス刺激が NR4A2 を活性化し、副腎細胞においてアルドステロン産生細胞クラスターに近い性質に変化することを明らかにしました (図3)。実際の患者データからも、アルドステロン産生細胞クラスターを持つ患者では副腎皮質刺激ホルモン刺激に対する反応性が高いことが確認されました。
図3: NR4A2 を活性化させた副腎細胞の遺伝子発現変化
NR4A2 を活性化した副腎細胞で RNA-seq 解析を行い、どのような機能を持つ遺伝子群の発現が変化したかを示した。緑色のバーは発現が上昇した遺伝子群、黄色のバーは発現が低下した遺伝子群を表す。NR4A2 の活性化により、ミネラルコルチコイド (アルドステロン) 代謝やカルシウムシグナル伝達に関わる遺伝子群の発現が上昇し、特にアルドステロン産生細胞クラスター (APCC) に特徴的な遺伝子群 (赤字) の発現が増加することが示された。
本研究により、ストレス応答がアルドステロン産生細胞クラスター形成の重要な引き金となることが明らかになりました。これは、原発性アルドステロン症の発症過程における新たな知見であり、二次性高血圧の病態理解を深める重要な成果です。今後、より多くの患者サンプルを用いた検証により、アルドステロン産生細胞クラスターの多様性や腫瘍への進展メカニズムの全容解明が期待されます。
- *1 原発性アルドステロン症
- 副腎に由来するアルドステロンというホルモンが自律的に過剰分泌される病気です。アルドステロンは、塩分を体内に保持して血圧を維持する働きがありますが、過剰に分泌されると高血圧症を発症します。原因不明の本態性高血圧と比較して、心血管病、脳卒中、慢性腎臓病になりやすく、危険な高血圧とされています。
- *2 二次性高血圧
- 特定の原因疾患によって引き起こされる高血圧のこと。高血圧患者の約90%は原因が特定できない本態性高血圧ですが、残りの約10%は腎臓病やホルモンの異常など、明確な原因疾患がある二次性高血圧です。
- *3 アルドステロン産生細胞クラスター (APCC)
- アルドステロンを産生するためには CYP11B2 という酵素が必要です。アルドステロン産生細胞クラスターは、CYP11B2 を強く発現する細胞が集合した構造です。原発性アルドステロン症の原因である副腎腫瘍の前段階病変である可能性があります。
- *4 空間トランスクリプトミクス
- 組織内のどの場所でどの遺伝子が働いているかを、位置情報を保ったまま網羅的に測定する最先端の解析技術。
- *5 シングルセル RNA シーケンス解析
- 次世代シーケンサーと呼ばれる塩基配列を大量かつ高速に解読する装置を用いて、一つひとつの細胞が発現するメッセンジャー RNA を読み取り、種類や量を決定する方法。
- *6 ストレス応答性転写因子 NR4A2
- 細胞内で遺伝子の働きを調節するタンパク質の一種。転写因子は特定の遺伝子のスイッチをオン・オフする役割を持ちます。NR4A2 は様々なストレス刺激に反応して活性化される特徴があり、副腎皮質では主にアルドステロンを産生する細胞に存在しています。本研究では、副腎皮質刺激ホルモン (ACTH) などのストレス刺激により NR4A2 が活性化され、アルドステロン合成酵素の遺伝子発現を促進することで、正常な副腎細胞からアルドステロン産生細胞クラスターへの変化を引き起こすことが明らかになりました。
- *7 副腎皮質刺激ホルモン (ACTH)
- 視床下部-下垂体-副腎系 (HPA axis) と呼ばれるストレス応答経路を介して分泌されるホルモンです。身体がストレスを感じると、脳の視床下部から下垂体にシグナルが送られ、下垂体から副腎皮質刺激ホルモンが血液中に分泌されます。副腎皮質刺激ホルモンは副腎に到達すると、副腎を刺激してホルモン産生を促進します
- *8 酸化ストレス
- 細胞にとって有毒な活性酸素という物質が過剰に発生することで生じるストレス。
- *9 サイトカイン
- 細胞間の情報伝達を担うタンパク質の総称。免疫応答や炎症反応などに関与します。
本研究は JSPS 科研費 (JP23KJ1696, JP22K08627, JP22H04993)、貝原守一医学振興財団、武田科学振興財団、日本応用酵素協会、小野医学研究財団、上原記念生命科学財団、セコム科学技術振興財団の助成を受けたものです。
- 掲載誌:
- Hypertension
- タイトル:
- Role of Stress-Responsive NR4A2 in Aldosterone-Producing Cell Cluster Formation
- 著者名:
- Norifusa Iwahashi, Hironobu Umakoshi, Yuya Kitamura, Hiroki Kaneko, Masamichi Fujita, Tatsuki Ogasawara, Tazuru Fukumoto, Ryuichi Sakamoto, Masahide Seki, Takashi Matsumoto, Norio Wada, Takamasa Ichijo, Shohei Sakamoto, Tetsuhiro Watanabe, Masatoshi Eto, Yoshinao Oda, Yutaka Suzuki, Maki Yokomoto-Umakoshi, Seishi Ogawa, Koshiro Nishimoto, Yoshihiro Ogawa
- DOI:
- 10.1161/HYPERTENSIONAHA.125.24825
九州大学 大学院医学研究院 病態制御内科学分野 助教
馬越 洋宜(ウマコシ ヒロノブ)
TEL:092-642-5280 FAX:092-642-5297 E-Mail:umakoshi.hironobu.189(at)m.kyushu-u.ac.jp
九州大学 大学院医学研究院 病態制御内科学分野 主幹教授
小川 佳宏(オガワ ヨシヒロ)
TEL:092-642-5275 FAX:092-642-5297 E-Mail:ogawa.yoshihiro.828(at)m.kyushu-u.ac.jp
- 2025年11月6日付の日刊工業新聞で本研究成果が紹介されました。

小川佳宏教授 (右)、馬越洋宜助教 (左)、岩橋徳英特任助教 (中央)
研究者からひとこと
アルドステロン産生細胞クラスターは非常に小さな細胞集団のため、これまで詳細な解析が困難でした。本研究では、空間トランスクリプトミクスという最先端技術により、組織内の位置情報を保ったままアルドステロン産生細胞クラスターの遺伝子発現を解析することに成功しました。
ストレス応答がアルドステロン産生細胞クラスター形成に重要な役割を果たすという発見は、高血圧疾患の新たな理解につながる成果だと考えています。