研究TOPICS

2025.12.10

食事のつかえ、検査で異常なし→食道拡張障害かもしれません! ~“拡張障害”による食道運動障害という疾患概念の確立~(病態制御内科学分野 小川 佳宏主幹教授、伊原 栄吉准教授、大学院医学系学府 水流 大尭大学院生)

ポイント

  • 機能性嚥下障害 (Functional dysphagia)*1は、内視鏡検査や高解像度食道内圧検査 (High-resolution manometry; HRM)*2など従来の検査では異常がないにもかかわらず、「つかえ」や「飲み込みにくさ」を訴える原因不明の疾患です。
  • 今回、本研究グループは独自に開発した食道の拡張 (広がり) 機能を評価できる新しい検査法を用いることで、機能性嚥下障害の主要な病態が「食道拡張障害」であることを初めて明らかにしました。
  • 本研究により、機能性嚥下障害のサブタイプとして食道拡張障害という新しい疾患概念を確立しました。さらに飲み込み動作を担う咽頭から食道上部の筋 (食道横紋筋) の収縮力低下が、この食道拡張障害の原因となることを発見しました。
  • これまで診断法も治療法も確立されていない機能性嚥下障害診療に大きなインパクトを与える研究です。

概要

食べたものが胸につかえる (つかえ症状)・飲み込みにくい (嚥下困難) といった症状は、生活の質を著しく低下させるだけでなく、つかえた食事が咽頭内に逆流することで致死的な合併症である誤嚥性肺炎のリスクになります。近年、内視鏡検査や食道運動を可視化する高解像度食道内圧検査の登場により、食道運動障害の診療は大きく進歩しました。しかし、多くの患者は、これらの検査を行なっても原因を特定できず、機能性嚥下障害 (Functional dysphagia) と診断されます。機能性嚥下障害の有病率は世界人口の約3%に及びますが、これまで明確な診断法や治療法は存在しませんでした。

食道は、食べ物を受け入れる「拡張相」と、胃へ送り込む「収縮相」の2つの過程で働きます。九州大学大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、伊原栄吉准教授、水流大尭大学院生らの研究グループは、従来の研究がもっぱら収縮相のみに焦点を当てていたことに着目し、機能性嚥下障害の原因が拡張相の異常にあると仮説を立てました。本研究では、University of California San Diego の Ravinder Mittal 教授らとの共同研究により、拡張相の評価を可能とした「Distension-contraction plots (DCPs)*3」および「おにぎり食道造影検査*4」という新たな検査法を用いて解析しました。その結果、機能性嚥下障害の主要な病態が食道拡張障害であることを解明し、機能性嚥下障害のサブタイプとして食道拡張障害という新しい疾患概念を確立しました (図1)。さらに、飲み込み動作を担う喉から食道上部の筋 (食道横紋筋) の収縮力低下が食道拡張障害の原因となることを発見しました。

本研究は、食道運動において拡張相の重要性を初めて示した研究であり、これまで客観的な診断法と治療法がなかった機能性嚥下障害患者に新たな希望をもたらすものです。

本研究成果は米国の医学雑誌 Clinical Gastroenterology and Hepatology に2025年12月10日 (水) に掲載されました。

図1 拡張障害による食道運動障害という新しい疾患概念の確立
研究者からひとこと

本研究の成果をもとに食道拡張相という新たな視点から、食道運動障害の画期的な治療法の開発を目指し、つかえ症状で困っている患者や誤嚥性肺炎を減らしていきたいです。

研究の背景と経緯

図2 食道ぜん動における拡張相の役割

快食・快便・快眠は健康寿命の維持に欠かせない三要素であり、そのうち快食を支えるのが食道の運動機能です。食道は、飲み込まれた液体や固形物を胃へと送り込むために、まず拡張して内容物を受け入れ (拡張相)、続いて収縮して胃に運ぶ (収縮相) という一連の動きを行います。この拡張相と収縮相の協調運動がスムーズに働くことで、食べ物は効率よく胃へと運ばれます (図2)。食道運動が障害されるとつかえ症状、嚥下困難、胸痛嘔吐、さらには誤嚥性肺炎などを引き起こします。

近年、高解像度食道内圧検査 (High-resolution manometry; HRM) の登場により、食道運動障害の診療が飛躍的に発展しました。しかしながら、高解像度食道内圧検査で異常が認められないにもかかわらず、つかえ症状・嚥下困難を訴える患者が一定数存在します。これらの患者は、機能性嚥下障害 (Functional dysphagia) と診断され、実地臨床ではその病態解明が喫緊の課題となっていました。本研究グループは、従来の高解像度食道内圧検査がもっぱら食道運動の収縮相のみを評価している点に着目し、機能性嚥下障害の原因は拡張相の異常であるという仮説を立てました。この仮説を証明するために、食道運動における拡張相の評価を可能とした Distension-contraction plots (DCPs) (図3、4) と本研究グループが開発したおにぎり食道造影検査 (図5) という2つの新たな検査法を用いて、拡張相の視点から機能性嚥下障害の病態を解析しました。

図3 HRM + DCPs による拡張相評価法の確立

左は、従来型の高解像度食道内圧検査 (HRM)、右は新しい手法である従来型 HRM に Distension-contraction plots (DCPs) 処理を追加した代表的な図。縦方向は、解剖学的位置を示し、横軸は時間軸である。左の従来型では、食道蠕動の「収縮相」しか描出できないが、右の DCPs 処理を追加したものでは、「収縮相」のみならず「拡張相」も描出できるようになった。

研究の内容と成果

本研究でははじめに、健常者と機能性嚥下障害患者の食道運動を比較分析しました。まず、DCPs 検査の結果から、機能性嚥下障害患者の約半数において、食道拡張障害を認めることを明らかにしました (図4)。

図4 健常人と食道拡張障害症例の HRM + DCPs の典型図

高解像度食道内圧検査(HRM) + Distension-contraction plots (DCPs) 時では、「収縮相」と「拡張相」を 3D 構築して評価ができる。黄色点線で囲った嚥下の「拡張相」では、左の健常者では十分な拡張を認めるが、右の健常者では拡張が十分でない (赤矢印)。

次におにぎり食道造影検査*4を行なって食道拡張障害の病態を可視化したところ、健常群では飲み込んだおにぎりがほぼ全例でひとかたまりのまま胃まで到達したのに対し、食道拡張障害群の約90%以上で、おにぎりが食道内に広がり停滞する様子が確認されました。この検査により、食道拡張障害では食道内で内容物輸送が障害され、それが食事のつかえ症状の原因となっていることを初めて証明しました (図5)。

図5 健常者と食道拡張障害症例におけるおにぎり食道透視検査の代表所見

食道拡張障害の状態がおにぎりにて可視化できている。

さらに、食道拡張障害のメカニズムを解明するために行ったデータ解析の結果、飲み込みを担う喉から食道上部の筋力 (食道横紋筋) の低下が食道拡張障害の原因となることを見出しました (図6)。

図6 飲み込み時の食道拡張の機序

今後の展開

本研究により、食道拡張障害という新しい疾患概念を確立しました。今後、この概念が広く認知されることで、食道運動障害の診療体系に大きな変革をもたらすと期待されます。現時点では、食道拡張障害は機能性嚥下障害のサブタイプとして位置づけられますが、将来的にはつかえ症状・嚥下困難を呈する独立した疾患として確立される可能性があります。また、飲み込みを担う咽頭から食道上部の筋 (食道横紋筋) の収縮性と食道拡張機能の関連は、食道運動の基礎的メカニズムの理解を深める上で極めて重要な知見です。これらの成果は、今後の食道運動障害の診療の発展につながると考えられます。

用語解説

*1 機能性嚥下障害 (Functional dysphagia)
解剖学的、器質的、運動学的に明らかな異常がないにもかかわらず、嚥下した内容物が食道内を通過する際につかえ・嚥下困難などの症状を感じる状態。国際的な ROME-IV 分類によって定義されている。これまで食道知覚過敏 (中枢神経の問題) が主な病態であると信じられてきた。
*2 高解像度食道内圧検査 (High-resolution manometry; HRM)
食道内の圧力を測定し、食道運動を評価する機器である。現在、食道運動障害を診断する標準的な評価基準である。高解像度食道内圧検査に基づく食道運動障害の国際的な診断基準であるシカゴ分類が提唱され、食道運動障害の診療は発展を遂げた。しかし、高解像度食道内圧検査は、食道運動の収縮相のみを評価する機器であり、拡張相の評価はできない点が盲点であった。
*3 Distension-contraction plots (DCPs)
食道運動の拡張相の評価を可能とした新たな検査解析法。インピーダンスセンサー付きの高解像度食道内圧検査では、検査中に嚥下した水が食道内を通過する状態 (クリアランス) を評価することが可能であることを利用して、インピーダンス値の推移から食道拡張の状態を評価する検査解析法を確立した。専用ソフトでの解析によって、拡張相を線波形で視覚化できる。いくつかの拡張相パラメータ (area under the curve of distension; AUC distension,peak distension, peak distension time) に数値化することが可能である。
*4 おにぎり食道造影検査
食道運動障害を視覚的な評価を目的として、本研究グループが開発した検査。食道運動障害の診断には高解像度食道内圧検査が必要であるが、本邦では一部の専門施設でしか施行できない。おにぎり食道透視検査は、バリウム粉末を付着させた一口大おにぎり (10 g) を15回咀嚼 (そしゃく) した後に飲み込んでもらう検査である。おにぎりの凝集体が食道内を流れる状態を、レントゲンを用いて観察する。食道運動が正常であれば、飲み込んだおにぎりの凝集体は、ひとかたまりの状態で胃まで運ばれる。一方、食道内におにぎりの凝集体が停滞する場合、何らかの食道運動障害が疑われる。食道運動の収縮相のみならず拡張相の評価まで可能である。

謝辞

本研究は JSPS 科研費 (JP23K07440)、日本医療研究開発機構 (AMED) 研究費 (JP23lk0201144) の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:
Clinical Gastroenterology and Hepatology
タイトル:
Striated Muscle Contractility and Distal Esophageal Distensibility Define Novel Subtypes of Functional Dysphagia
著者名:
Hirotaka Tsuru, Eikichi Ihara, Kazumasa Muta, Ravinder K Mittal, Ali Zifan, Masafumi Wada, Hiroki Fukuya, Yoshitaka Hata, Xiaopeng Bai, Yoshimasa Tanaka, Yosuke Minoda, Mitsuru Esaki, Haruei Ogino, Takatoshi Chinen and Yoshihiro Ogawa
DOI:
10.1016/j.cgh.2025.11.021

お問合せ先

九州大学 大学院医学研究院 病態制御内科学分野 准教授

伊原 栄吉(イハラ エイキチ)

TEL:092-642-5286 FAX:092-642-5287 E-Mail:ihara.eikichi.167(at)m.kyushu-u.ac.jp

九州大学 大学院医学研究院 病態制御内科学分野 主幹教授

小川 佳宏(オガワ ヨシヒロ)

TEL:092-642-5275 FAX:092-642-5287 E-Mail:ogawa.yoshihiro.828(at)m.kyushu-u.ac.jp

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