研究TOPICS

2025.12.08

膵がんを“暴走”させるスイッチとして、「EMP1」を同定 ~がん悪性化の因子を突き止め、新しい治療標的の開発に道~(病態制御内科学分野 小川 佳宏主幹教授、九州大学病院 藤森 尚講師、医学系学府 大野 彰久大学院生)

ポイント

  • 悪性度の高い膵がんで発現する膜タンパク質「EMP1」を同定
  • EMP1 の高発現が膵がんの進行や転移を促すことを証明
  • EMP1 を標的とした新しい膵がん治療法の開発につながる可能性

概要

膵がんは診断時点で遠隔転移を有することが多く、5年生存率が10%台と極めて予後不良な難治性がんです。その背景には、がんの生物学的性質が多様であることや、治療薬に対する反応の個人差が大きいことが挙げられます。これにより、個々の患者における治療効果を事前に正確に予測することが難しく、最適な治療選択を行う上で大きな課題となっています。

九州大学大学院医学研究院病態制御内科学分野の小川佳宏主幹教授、藤森尚講師、大野彰久大学院生 (研究当時) らの研究グループは、同大学院医学研究院形態機能病理学の小田義直教授、東京科学大学制がんストラテジー研究室の中山敬一特別栄誉教授らとの共同研究により、膵がんの悪性化を促進する膜タンパク質 (=細胞膜に存在するタンパク質) として「EMP1 (Epithelial membrane protein 1)」*1を新たに同定し、その役割を明らかにしました。本研究では、患者由来オルガノイド (PDO)*2・KPC マウス*3膵がん細胞株・ヒト膵がん細胞株・TCGA データベース*4を用いて、EMP1 が悪性度の高い “basal-like 型” 膵がんにおいて高発現し、その発現を欠失させることにより、がんの増殖・浸潤・転移・薬剤耐性が有意に低下することを突き止めました。さらに KPC マウスと TCGA データベースにおける網羅的遺伝子発現解析*5により、EMP1 高発現群ではがんの悪性進展に関わる ERK 経路*6や上皮間葉転換 (EMT)*7に関わるシグナルが活性化していることが判明しました。このように、EMP1 は膵がんの予後不良サブタイプ*8である “basal-like 型” の維持や悪性化に関わる重要な因子であり、治療標的分子としての有用性が期待されます (図1)。

本研究結果は、Nature Publishing Group の科学雑誌 Oncogene 誌に2025年12月10日(水) に掲載されました。

※掲載元の都合により掲載が遅れたため、掲載日を修正しました(修正日: 2025年12月11日)。

図1. EMP1 の発現量が膵がんのサブタイプや転移能に影響を与える

研究の背景と経緯

膵がんは進行が非常に早く、診断時にはすでに手術が困難な状態であることが多く、5年生存率が約13%と極めて低いがんの一つです。中でも “basal-like 型” と呼ばれるタイプの膵がんは、がん細胞の増殖や転移が速く、化学療法に対する反応も乏しいことから、特に治療が難しいとされています。これまでに、網羅的遺伝子発現解析などにより、膵がんを分子レベルでいくつかのサブタイプに分類する手法が確立されつつあります。しかし、膵がん組織には線維芽細胞や免疫細胞などの「間質成分」が非常に多く含まれているため、がん細胞本来の性質や特徴を正確に解析することが困難でした。

こうした課題を解決するため、本研究グループはこれまで、患者から採取した膵がん細胞を用いて、患者由来オルガノイド (PDO) と呼ばれる三次元培養がん組織を構築し、がん細胞そのものに焦点を当てた解析を行い、報告してきました (J Gastroenterol. 2024; 59: 629-640)。

膵がんでは、ほぼ全例で K-RAS 遺伝子変異が認められ、その下流に ERK 経路など複数のシグナル経路が関与しています。そこで本研究では、膵がんの分子サブタイプの違いに関連し、かつ K-RAS-ERK シグナル経路の制御に関与する可能性のある遺伝子を探索することを目的としました。その結果、膵がんの中でも特に悪性度が高いサブタイプである “basal-like 型” において、がん細胞の表面に存在する膜タンパク質「EMP1 (Epithelial membrane protein 1)」の発現が顕著に亢進していることを突き止めました。そして、この EMP1 の働きと膵がんの進行・薬剤抵抗性との関連について、多角的に解析を行いました。

研究の内容と成果

まず、本研究グループは膵がん患者から採取した組織をもとに患者由来オルガノイドを作製し、“basal-like 型” に相当する患者由来オルガノイドで発現が高く、かつ ERK 阻害剤の投与によって発現が低下する遺伝子として「EMP1」を同定しました。EMP1 は他のがん種 (大腸がんなど) で早期の転移に関連する重要な因子とする報告はありますが、膵がんでの役割は分かっていませんでした。そこで、EMP1 の働きとその役割を検証するため、マウス由来およびヒト由来の膵がん細胞において、CRISPR-Cas9 (クリスパー・キャスナイン)*9により EMP1 の遺伝子を欠失させた細胞株を樹立しました。その結果、EMP1 を欠失することにより、がん細胞の増殖速度が低下し、マウス肝転移モデルにおける転移能も著しく抑制されることが明らかとなりました (図2)。また、抗がん剤に対する感受性 (効きやすさ) も改善し、EMP1 が薬剤抵抗性 (抗がん剤の効きにくさ) に関与していることが示されました。

図2. EMP1 の働きと膵がんの関係

EMP1 は、がんの悪性進展に関わる ERK 経路の活性化や、がん細胞の浸潤・転移を促す「EMT」を誘導することも明らかになり、実際に、EMP1 の遺伝子を欠失させた細胞株では EMT に関連する因子の発現が抑制されていました。加えて、TCGA データベースを用いたヒト膵がんの網羅的解析において、EMP1 高発現群は “basal-like 型” の分子的特徴を持ち、予後が不良であることを確認しました。さらに、患者由来オルガノイドを用いて臨床検体における EMP1 発現を解析すると、肝転移を有する症例および薬剤抵抗性を示す症例で、EMP1 発現が有意に高いことが明らかとなり (図3)、患者由来オルガノイドにおいて EMP1 を過剰発現させると、がんの増殖、浸潤能、抗がん剤抵抗性がいずれも増強しました。これらの結果から、EMP1 は、がんの悪性形質に直接的な影響を与えることが明らかとなりました。

図3. EMP1 は抗がん剤の効きにくさや転移のしやすさと関連する

これらの知見は、EMP1 が膵がん細胞における増殖・転移・薬剤耐性などの悪性形質を増強する “重要な因子” の一つであることを意味します。いわば、EMP1 は膵がんを暴走させるスイッチとして働いている、とも言えます。EMP1 は膜タンパク質であるため、抗体医薬などの分子標的治療の開発に適しており、将来の治療標的として大きな可能性を秘めています。

 

 

今後の展開

本研究により、膵がんの中でも特に悪性度の高い “basal-like 型” で、EMP1 という膜タンパク質が、がんの増殖や転移、薬剤耐性に関与していることが明らかになりました。今後は、この EMP1 が新たな「分子標的」として治療に応用されると期待されます。EMP1 は細胞の表面に存在するため、抗体医薬などで直接狙いやすく、すでに他のがんで成功しているような標的治療の開発が可能です。さらに、EMP1 の発現量を測定することで、膵がんのサブタイプ分類や治療方針の決定、予後の予測にも役立つことが期待されます。一般的な病理検査で EMP1 を検出できるため、臨床への導入もしやすいという利点があります。本研究グループは今後、EMP1 を標的とした治療薬の研究を進めるとともに、膵がん患者により効果的な個別化医療の実現を目指して、診断や治療の場面での応用展開を図っていきます。

研究者からひとこと

膵がんにおける EMP1 の機能はこれまで不明でしたが、私たちの研究により膵がんの悪性化に関与する重要な遺伝子であることが分かってきました。がんの形質転換・増殖・転移・薬剤耐性という複数の課題に関与しており、今後の新規治療標的として期待されます。

左から、藤森尚講師、大野彰久大学院生 (研究当時)、小川佳宏主幹教授

用語解説

*1 EMP1 (Epithelial membrane protein 1)
細胞膜に存在する4回膜貫通型タンパク質である。がんの進展や浸潤、EMT、薬剤耐性に関与する。
*2 患者由来オルガノイド (PDO)
患者のがん組織から樹立される三次元培養系。臓器や腫瘍の構造や性質を再現する「ミニ臓器」とも呼ばれ、従来の平面培養 (2D) よりも生体に近い環境での研究が可能。がん研究だけでなく、創薬、薬剤感受性試験、個別化医療、再生医療など幅広い応用が期待されている。
*3 KPC マウス
膵がん研究で広く用いられる遺伝子改変マウス。膵臓に Kras 遺伝子変異と Trp53 遺伝子の不活化を導入することで、ヒトの膵がんに類似した進行性の腫瘍を自然発生させることができる。がんの発症・転移過程や治療効果の検証に用いられる。
*4 TCGA データベース
The Cancer Genome Atlas (TCGA) の略。米国で構築された大規模ながんゲノム情報の公開データベース。膵がんを含む多くのがん種について、遺伝子発現や変異、予後などの解析に広く利用されている。
*5 網羅的遺伝子発現解析
RNA-seq やマイクロアレイなどの手法を用いて、細胞内の数万種類の遺伝子の発現量を一度に測定する技術。遺伝子の発現パターンから、がんのサブタイプ分類、予後予測、シグナル経路の活性状態などを解析できる。
*6 ERK 経路
細胞の増殖、分化、生存を制御する MAPK 経路の一部。膵がんでは KRAS 遺伝子の変異によりこの経路が恒常的に活性化していることが多く、がんの進行や薬剤抵抗性の獲得に深く関与している。
*7上皮間葉転換 (EMT)
Epithelial-Mesenchymal Transition の略。がん細胞が上皮型から間葉型へと性質を変えることで、移動性や浸潤性、薬剤抵抗性を獲得する現象。転移の初期段階において重要な役割を果たす。
*8 サブタイプ
がんを、形態や臨床経過だけでなく、遺伝子やタンパク質の発現パターンによって分類したもの。膵がんでは、“classical 型” “basal-like 型” “squamous 型” などの分子サブタイプが知られており、それぞれ治療反応性や予後が異なる。また、より広義な用法として、悪性度が低いものに “classical 型”、悪性度が高いものに “basal-like 型” という表現が幅広く使われている。
*9 CRISPR-Cas9 (クリスパー・キャスナイン)
生物の DNA の特定の場所を狙って切ることができる遺伝子編集技術である。遺伝子の働きを止めたり、狙った変化を加えたりすることができる。また、がん研究などで遺伝子の役割を調べるためにも使われる。

謝辞

本研究は JSPS 科研費 (JP20K17023, JP22H04993, JP23K15013, JP23K19514, JP25K11254)、東京科学大学難治疾患共同研究拠点活動、持田記念研究助成金、大和証券財団の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:
Oncogene
タイトル:
Role of a transmembrane protein, epithelial membrane protein 1, in the pathogenesis of pancreatic ductal adenocarcinoma
著者名:
Akihisa Ohno, Nao Fujimori, Kazuhide Matsumoto, Shojiro Haji, Osamu Sugahara, Ayumu Takeno, Takeo Yamamoto, Akihiko Suenaga, Shotaro Kakehashi, Takahiro Ueda, Masatoshi Murakami, Katsuhito Teramatsu, Keijiro Ueda, Takamasa Oono, Yoshinao Oda, Keiichi I. Nakayama, Yoshihiro Ogawa
DOI:
10.1038/s41388-025-03633-4

お問合せ先

九州大学病院 肝臓・膵臓・胆道内科 講師

藤森 尚(フジモリ ナオ)

TEL:092-642-5285 FAX:092-642-5287 E-Mail:fujimori.nao.239(at)m.kyushu-u.ac.jp

九州大学 大学院医学研究院 病態制御内科学分野 主幹教授

小川 佳宏(オガワ ヨシヒロ)

TEL:092-642-5275 FAX:092-642-5287 E-Mail:ogawa.yoshihiro.828(at)m.kyushu-u.ac.jp

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