研究TOPICS

2025.12.17

細胞運命を導くエピゲノム制御の順序性を解明 ~エピゲノムの一細胞計測と統合解析により、遺伝子を制御する仕組みを可視化~(マルチオミクス解析分野 原田 哲仁教授、前原 一満准教授)

ポイント

  • 細胞を特定の状態に導くための遺伝子発現制御には時間的な順序性がありますが、その仕組みは未解明でした。
  • 本研究では、一つの細胞から複数のエピゲノム情報を同時取得できる「sci-mtChIL-seq」を開発し、転写因子やヒストン修飾が働く順番を可視化しました。
  • 本成果は、細胞分化や疾患進行における遺伝子発現制御の順序性を明らかにすることが可能であり、再生医療や疾患研究への応用が期待されます。

概要

遺伝子の働きは、DNA 上でさまざまな調節因子が協調して作用することで制御されています。しかし、これらの因子が DNA 上のどこに、どの順序で集まり、遺伝子の活性化状態を切り替えているのかは明らかになっていません。細胞が変化することで生じる発達や疾患の進行過程を理解するために、こうした経時的な遺伝子発現の制御の仕組みを可視化する技術が求められていました。

九州大学 生体防御医学研究所 大川 恭行 教授、藤井 健 助教、同大学院医学研究院 原田 哲仁 教授らの研究グループは、一細胞レベルで複数の遺伝子発現制御因子 (エピゲノム因子) を同時に計測する新しい手法「sci-mtChIL-seq」を開発し、これらのエピゲノム因子がどこで、どの順序で協調して働くのかを再構築・可視化することに成功しました。

本手法により、遺伝子発現の鍵となる酵素 RNA ポリメラーゼ II と任意のエピゲノム因子のゲノム結合状態を同時に計測し、それらを RNA ポリメラーゼ II の情報に基づいて統合解析することで、遺伝子発現制御における「順序性」を初めて明確に示しました。

この成果は、細胞がどのような状態に至り、どのような機能を獲得するのか、という「細胞運命の決定」の理解を大きく進めるものであり、今後は発生・再生医療や疾患研究における治療介入の時期や標的の特定など、幅広い応用が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌 Nature Communications に2025年12月17日 (水) に掲載されました。

図: sci-mtChIL-seq を用いた遺伝子制御機構の解析方法

sci-mtChIL-seq データを RNA ポリメラーゼの情報を基に統合・解析することで、遺伝子の活性化に必要な、エピゲノム因子が作用する順序性を再構築することに成功した。

研究者からひとこと

「特定の場面を切り取ったデータ (=スナップショット) から、連続的な変化を推定する、という発想にうけた刺激が、一細胞データ解析に関心をもったきっかけの一つとしてあるので、このような形で実を結んだことを嬉しく思います。」(九州大学 生体防御医学研究所 藤井健)

研究の背景と経緯

私たちの体には、同じ遺伝情報を持ちながらも、筋肉・神経・皮膚など見た目も役割も全く異なる様々な細胞が存在しています。生物は数万種類もの遺伝子を有していますが、細胞はその一部を選択的に活性化することで、このような多様性が生まれます。遺伝子の活性化や抑制を行うため、DNA 上にはさまざまなタンパク質や化学物質であるエピゲノム因子が結合しており、このような仕組みをエピゲノム制御といいます。一方で、いつ、どのようにして、これらの因子が働き、遺伝子発現を制御するのかについては未解明な点が多くあります。

現在の技術では、エピゲノム因子を「ある瞬間 (スナップショット)」でしか計測できません。細胞が姿や機能を変えるときに、どのようにエピゲノム制御がなされているのか、その様子 (ダイナミクス) を直接追うことは困難でした。

もし、こうした変化の過程を再構築することができれば、体の成長や疾患の進行において、どのタイミングで何が起きているのか、明らかにすることが可能となり、さらには、そのような現象を制御する「転換点」の発見につながります。

研究の内容と成果

研究グループは、東京科学大学の木村 宏教授、東京大学の胡桃坂 仁志教授らと共同で、個々の細胞からエピゲノム情報を取得し、統合的に解析することでエピゲノム因子が遺伝子を活性化する仕組みを明らかにしました。

そのために、計測技術として、エピゲノム解析技術「sci-mtChIL-seq」を開発しました。sci-mtChIL-seq では、個々の細胞から2種類のエピゲノム因子のゲノム結合位置を計測することが可能です。本手法では、まず、抗体を標的因子に結合させ、抗体に結び付けた “目印 DNA” を標的因子近傍のゲノムに組み込みます。次に、次世代シーケンサーを用い、目印 DNA の挿入位置を特定することで、標的因子がゲノム上のどこに結合していたのか高感度に捉えます。さらに、抗体ごとに固有の目印 DNA を付与することで、複数の抗体を同時に反応させても、解析で標的を区別して結合位置を取得できます。sci-mtChIL-seq は、従来技術では測定が困難だった転写因子やクロマチンリモデラーといったエピゲノム因子のゲノム結合位置の同時取得を実現しました。

次に、sci-mtChIL-seq によって取得したデータのための情報解析技術を開発しました。この技術では、遺伝子の活性化を直接担う因子である RNA ポリメラーゼ II のデータを基準として、複数のエピゲノム因子の情報を統合します。そして、細胞が成長していく過程で「どの因子が先に働き」「どの因子が後から続くのか」、さらには「どの因子が DNA のどこに働きかけるのか」という協調的な制御の順序を再現・可視化することを可能にしました ()。

研究グループは、この技術を筋肉細胞の分化モデルに適用し、筋形成の過程で転写因子 MyoD*1やクロマチンリモデラー Brg1*2が、ヒストン修飾*3や RNA ポリメラーゼ II の集積よりも前に働くことを明らかにしました。

さらに、マウス胚発生過程の解析では、複数のヒストン修飾が発生段階に協調して発生遺伝子群を制御することを発見しました。

これらの結果から、細胞がプログラムに従って分化する際の「段階的な指揮系統」を可視化することが可能になりました。

今後の展開

sci-mtChIL-seq を用いることで、これまでのスナップショットとしてのエピゲノム解析から進展し、経時的・段階的な制御システムであるエピゲノム制御を解析することが可能となりました。この技術を活用することで、発生・再生医療・がん研究などで、細胞が変化する転換点の探索や、どのように介入すれば治療効果が得られるかを予測することが可能になると考えられます。

将来的には、ヒト組織や疾患モデルへの応用を通じて、遺伝子発現制御の全体像とその破綻メカニズムの理解につながることが期待されます。

用語解説

*1 転写因子 MyoD
骨格筋細胞への分化を誘導するマスター転写因子。標識遺伝子の発現を開始させる役割をもつ。
*2 クロマチンリモデラー Brg1
SWI/SNF 複合体の ATP 依存性クロマチンリモデリング因子。ヒトを含む真核生物の DNA はヒストン タンパク質に巻き付いて折りたたまれたクロマチン構造として存在しており、Brg1 はクロマチン構造を改変することで転写を促す。
*3 ヒストン修飾
DNA が巻き付くヒストンタンパク質に付加される化学修飾。遺伝子の活性化/抑制を切り替える代表的なエピゲノム因子 (例: H3K4me3, H3K27me3)。

謝辞

本研究は、以下の支援を受けたものです。

科学技術振興機構 (JST) 創発的研究支援事業 (JPMJFR2251)、JST CREST (JPMJCR23N3, JPMJCR24Q1, JPMJCR24T3)、JST さきがけ (JPMJPR19K7, JPMJPR2026)、JST ERATO (JPMJER1901)、日本医療研究開発機構 (AMED) (JP24jf0126008, JP22ama121017, JP24ama121009, JP23ama121020, JP23gm1810008)、日本学術振興会 (JSPS) 科研費 (JP21H05292, JP23K27087, JP23H02394, JP22H04696, JP23H04288, JP23H05475, JP20H05609, JP18H05528, JP23H00372, JP22H04676, JP22K19275)、学術変革領域研究 (A)「個体の細胞運命決定を担うクロマチンのエピコード解読」(JP24H02323, JP24H02326, JP24H02328)、九州大学高深度オミクスサイエンスセンター、多階層生体防御システム研究拠点事業、学際領域展開ハブ形成プログラム、九州大学情報基盤研究開発センター、九州大学オートノマス医学研究センター

論文情報

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
Reconstructing epigenomic dynamics through a single-cell multi-epigenome data integration framework
著者名:
Takeru Fujii, Kosuke Tomimatsu, Michiko Kato, Miho Ito, Shoko Sato, Hitoshi Kurumizaka, Yuko Sato, Kazumitsu Maehara, Hiroshi Kimura, Akihito Harada, Yasuyuki Ohkawa
DOI:
10.1038/s41467-025-67016-9

お問合せ先

九州大学 生体防御医学研究所 教授

大川 恭行(オオカワ ヤスユキ)

TEL:092-642-4534 FAX:092-642-6526 E-Mail:yohkawa(at)bioreg.kyushu-u.ac.jp

九州大学 大学院医学研究院 マルチオミクス解析分野 教授

原田 哲仁(ハラダ アキヒト)

TEL:092-642-4569 E-Mail:harada.akihiro.120(at)m.kyushu-u.ac.jp

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