研究TOPICS

2026.03.26

精子を作る波の向きはどう決まる? 精子を作る管の成長が鍵となる可能性を示す ―男性不妊や生体パターン形成理解に貢献の可能性―(系統解剖学分野 三浦 岳教授、杉原 圭助教)

ポイント

  • 精子は精細管*1の中で波状に作られ、その波の向きは途中で変わるが、その仕組みは不明だった
  • 数理モデルと大規模なシミュレーションにより、発達時の精細管の伸びが波の向きを自然に決める可能性を示した
  • 男性生殖機能の基礎理解と応用研究にも期待

概要

哺乳類の精子は、精巣の中にある精細管で作られます。マウスでは、精子のもととなる細胞の成熟段階が管に沿って並び、波状に精子が管の両端から内側に進むことが知られていました。そのため、必ずどこかで波の向きが切り替わります。しかし、波の向きが途中で切り替わる場所がどのように生じるのか、また、なぜ両端から内向きに進むのかは分かっておらず、その仕組みの解明が求められていました。

今回、研究グループは、この精子形成*2の波の向きの切り替わりが、数理モデルの中で安定して生じることを示すとともに、発達時の管の伸びが向きを内向きに揃える可能性を解明しました。

九州大学大学院医学研究院の杉原圭助教、三浦岳教授、明治大学総合数理学部の関坂歩幹助教、小川知之教授の研究グループは、マウス精細管における精子形成の波の作られ方を表す反応拡散モデル*3を改良し、大規模な計算機シミュレーション*4を行いました。その結果、波の向きが途中で切り替わるパターン自体は生体に近い条件で高頻度に現れる一方、両端から内向きに進むという特徴は、精細管が発達時に伸長する条件を加えたときに最もよく説明できることを明らかにしました。さらに、長い精細管ほどこのような複雑な波パターンが現れやすく、局所的に生じた一方向の波が基本単位となって全体の構造を形成する可能性を提案しました。

今回の成果は、精子形成がどのように時空間的な秩序を保って起こるのかを理解する手がかりとなるものです。今後、精細管の成長過程や波の実際の動きを詳しく計測することで、男性生殖機能の基礎理解や、精子形成異常の仕組みの解明につながることが期待されます。

本研究成果は国際学術誌『Mathematical Biosciences』に2026年3月26日(木)に掲載されました。

精子形成の波の向きとその成り立ち

マウスで見られる精子形成の波の向き (赤・青矢印) が精細管の伸びによって決まる可能性を示す模式図。

研究者からひとこと

波ができる管の伸長という変化そのものが、その波の向きまで決めてしまう可能性があるという結果は、予想外の結果でした。生物の詳しい分子メカニズムが分かっていない現象でも、数理モデリングによってその原理に迫れることは大きな魅力だと感じています。また、この現象が数学的になぜ現れるのかも興味深いです。(杉原 圭)

研究の背景と経緯

精子は、精巣内の「精細管」と呼ばれる細い管の中で作られます。マウスでは、精子になる細胞の成熟段階が精細管に沿って一定の順序で並ぶことで、精子形成は波が進むように起こることが知られています。さらに、その波は精細管の両端から内側へ向かって進むため、途中には必ず波の向きが切り替わる場所 (反転点) が生じます。こうした切り替わりは複数見つかることもあります。

しかし、この切り替わりがどのように生まれるのか、また、なぜ波が両端から内向きに進むのかは分かっていませんでした。

研究グループはこれまでに、精細管で見られる波のヒトとマウスでの違いを再現する反応拡散モデルを提案していました。そこで本研究では、このモデルをマウスの実際の精細管の長さや精子形成の波の周期に近づけて改良し、波の切り替わりがどのような条件で生じるのか、また、その向きの偏りを生む仕組みが何かを詳しく調べました。

研究の内容と成果

研究グループは、改良した数理モデルを用いて大規模な計算機シミュレーションを行いました。

その結果、まず、実際のマウスの精細管に近い条件でも、波の向きが途中で切り替わるパターンが高頻度で生じることが分かりました。これは、反転部位が特別な例外ではなく、モデルの中で自然に生まれうることを示しています。

一方で、実際のマウスで見られる「両端から内向きに進む」という特徴は、このモデルだけでは十分に説明できませんでした。そこで、発達に伴う精細管の伸び、管内の流れ、管の太さの変化、両端付近での特殊な制御といった複数の要因を比較したところ、発生期の精細管の伸び、中でも両端の部分での盛んな成長が、内向きに進むという特徴を一番よく説明できることが分かりました。

さらに、精細管が長いほど向きの切り替わりを含む複雑なパターンが生じやすく、こうしたパターンは長期間保たれることも示されました。加えて、波が同じ向きに進む区間の長さには一定の統計的な規則があり、短すぎる区間は安定に存在しにくいことから、狭い領域で生じた波どうしの向きが相互に影響し合うことで、全体の向きの切り替わりが形づくられる可能性を示しました。

今後の展開

本研究の成果を足がかりにして、精細管の成長の様子や細胞増殖の空間分布を生物試料を用いて詳しく調べることで、波の方向性を決めている実体が明らかになることが期待されます。また、空間オミクス解析*5やライブイメージング技術*6といった近年進展してきた技術を組み合わせることにより、精子形成の時空間制御機構をより詳細に理解できる可能性があります。

本研究で得られた知見は、生殖機能の理解や男性不妊研究に貢献するだけでなく、発生生物学や生体パターン形成*7の一般原理の解明にもつながると期待されます。

参考図

図1 マウス精細管で見られる「波」の模式図

(左) 精巣の模式図。精巣には複数の精細管があり、精巣網 (赤) につながる。(右) 精細管の両端から内側へ向かって、精子形成は波のように進む。その結果、管の途中には、波の進行方向が切り替わる地点が生じる。

図2 数理モデルで再現された波の向きの切り替わり

(左) 精細管の伸長の模式図。特に端付近で伸びる場合を示す。(右) 改良した数理モデルでは、管が伸びる場合、両端で波が内向きに進みやすくなり、実際の観察結果を説明しやすくなる。

用語解説

*1 精細管
精巣の中で精子が作られる管状構造。
*2 精子形成
精子のもとになる細胞が分裂・分化を繰り返し、成熟した精子になるまでの過程。
*3 反応拡散モデル
物質や状態が、その場での相互作用 (反応) と空間的な広がり (拡散) によって、時間とともにどのようなパターンを作るかを表す数理モデル。生物の模様や周期的な現象の解析によく用いられる。
*4 シミュレーション
コンピューター上で現象を再現・解析する手法。実験だけでは調べにくい条件の違いや長期的な変化を検討できる。
*5 空間オミクス解析
遺伝子やタンパク質などの情報を、組織のどこに存在するかという位置情報とあわせて調べる解析技術。細胞の働きの空間的な違いを詳しく調べられる。
*6 ライブイメージング技術
生きた細胞や組織を、時間を追って観察する技術。発生や細胞の動きなど、動的な変化を直接見ることができる。
*7 パターン形成
生体の中で、細胞や組織が一定の規則に従って配置や構造を作る現象。

謝辞

本研究は JSPS 科研費 (JP24H01484, JP21K13839) の助成を受けたものです。

論文情報

掲載誌:
Mathematical Biosciences
タイトル:
Segmented wavetrains and sites of reversal in the mouse seminiferous tubules
著者名:
Kei Sugihara, Ayuki Sekisaka, Toshiyuki Ogawa, Takashi Miura
DOI:
10.1016/j.mbs.2026.109672

お問合せ先

九州大学 大学院医学研究院 系統解剖学分野

助教 杉原 圭(スギハラ ケイ)

TEL:092-642-6049 FAX:092-647-6923 E-Mail:sugihara.kei.134(at)m.kyushu-u.ac.jp

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