研究TOPICS

2026.05.18

ナトリウムMRIを用いた非侵襲的脳腫瘍評価 ―星細胞腫(IDH変異型)を検出する新たな方法を世界で初めて開発―(臨床放射線科学分野 石神 康生 教授、脳神経外科学分野 吉本 幸司 教授、分子イメージング・診断学講座 山下 孝二 准教授)NEW

ポイント

  1. 今までのMRIは水素原子からの信号を画像にしていましたが、最近になり、組織のナトリウム量を可視化するための臨床用MRI機器が開発されました。
  2. 臨床用のナトリウムMRIを用いることで、従来のMRIでは得られにくかった代謝やイオン動態に関する情報を画像として可視化できることを世界で初めて報告しました。
  3. 将来的には、組織内におけるナトリウム代謝の変化を可視化することで、脳腫瘍の評価にとどまらず、脳血管障害の評価および関節軟骨の変性評価や腎疾患の早期発見などへの応用が期待されています。

概要

現在、脳腫瘍の治療方針を決定するためには、手術や生検で組織を採取する必要があることが多く、患者さんの身体的負担が課題となっています。ナトリウムMRIは、体の中に含まれるナトリウムの分布を画像として捉える検査法で、腫瘍の細胞の状態や働きを反映すると考えられています。
 九州大学大学院医学研究院臨床放射線科学分野の石神康生教授、分子イメージング・診断学講座の山下孝二准教授、脳神経外科学分野の吉本幸司教授、および株式会社フィリップス・ジャパン プレシジョンダイアグノシス事業部の小原真シニアMRクリニカルサイエンティストらの研究グループは、ナトリウムMRIを用いた解析を行い、IDH変異という遺伝子異常を持つ星細胞腫において、通常のMRIとは異なる特徴的なナトリウムの信号変化がみられることを明らかにしました。これにより、将来的には、手術を行う前に脳腫瘍の性質をより詳しく把握し、治療方針を早い段階で決定できる可能性が示されました。本研究成果は、患者さんの負担軽減や、より適切な治療選択につながる新たな診断法の開発に貢献することが期待されます。
 本研究成果は、国際学術雑誌「Radiology」に2026年5月13日(水)(日本時間)に掲載されました。

水素原子(1H)とナトリウム原子(23Na)  
Hは水(H2O)などとして体内に豊富に存在するため、MRIで広く利用されています。一方、Naは体内量がHに比べ極端に少なく、これまで臨床応用には制約がありました。近年、組織ナトリウム量を可視化するための臨床用MRIが開発され、細胞の働きを評価する技術として注目されています。
研究者からひとこと

ナトリウムMRIの臨床応用はまだ始まったばかりですが、大きな可能性を秘めています。撮像時間が長いという課題がありますが、現在、人工知能を活用した撮像時間の大幅な短縮に取り組んでいます。将来的には、脳腫瘍の悪性度評価以外に、脳血管障害や変性疾患の診断など、臨床現場での幅広い実用化を目指していきます。(山下孝二)

研究の背景と経緯

脳腫瘍の一種である星細胞腫は、遺伝子変異の有無によって性質や治療方針、生命予後が大きく異なることが知られています。特にIDH変異という遺伝子異常を有する「IDH変異型」は、IDH遺伝子変異を持たない「IDH野生型」と比べて生命予後が良いとされています。現在、手術前の検査だけでは脳腫瘍の組織型を正確に推定することが難しい場合も少なくありません。そのため、手術や生検による組織検査を行うまで腫瘍の悪性度が分からず、患者さんが不安を抱えながら治療を待つ状況が課題となっています。従来のMRIは形態的な評価には優れている一方で、腫瘍の代謝状態や細胞レベルの違いを捉えることは容易ではありません。そこで本研究では、体内のナトリウム分布を画像化できる「ナトリウムMRI(²³Na-MRI)」に着目し、非侵襲的に腫瘍の性質を評価できる新しい方法として、その有用性を検証することを目的に研究を開始しました。

研究の内容と成果

本研究では、ナトリウムMRIを用いて脳腫瘍を持つ患者さんの画像データを取得し、特に「IDH変異型」星細胞腫に着目して解析を行いました。ナトリウムMRIは通常のMRIとは異なり、組織内におけるナトリウム分布を反映する画像検査です。そのため、「IDH変異型」と「IDH野生型」の脳腫瘍におけるナトリウム濃度の違いに関する情報が得られると考えられます。解析の結果、星細胞腫(IDH変異型)において、従来のMRIでは確認が難しかった特徴的なナトリウム信号の変化が観察されました。これは、ナトリウムMRIが脳腫瘍評価の新たな手段となり得ることを示唆する成果です。本研究は少数例での検討ではありますが、手術を行う前に脳腫瘍の性質をより詳しく把握し、患者さん一人ひとりに適した治療方針を早い段階で検討するための重要な第一歩と考えられます。

今後の展開

本研究はパイロットスタディ(少数例での検討)としての成果であり、実用化に向けては段階的な検証が必要です。今後はより多くの患者さんのデータを集めて、ナトリウムMRIによる所見の再現性を検証する予定です。その後、複数施設での共同研究や他の脳腫瘍との比較解析を進め、本手法が実際の診療でどのように役立つのかを詳しく調べていくことが重要となります。並行して、撮像条件の適正化や解析手法の標準化を行い、多くの施設でも導入可能な検査手法として整備する必要があります。これらのステップを経ることで、将来的には通常のMRI検査に近い形でナトリウムMRIを活用し、非侵襲的に腫瘍の性質を評価できる診断支援技術としての実用化を目指します。

今までのMRIおよびナトリウムMRIで得られる画像
両側大脳半球にまたがる脳腫瘍[赤い円]が確認されました。腫瘍周囲のむくみ(浮腫)[矢印]は、通常のMRIよりもナトリウムMRIではっきりと映し出されています。

論文情報

掲載誌:
Radiology
タイトル:
The Utility of Sodium Inversion Recovery MR Imaging to Identify Astrocytoma, IDH-mutant: A Prospective Pilot Study
著者名:
Koji Yamashita, Makoto Obara, Kazufumi Kikuchi, Daisuke Kuga, Marc Van Cauteren, Koji Yoshimoto, Kousei Ishigami
DOI:
10.1148/radiol.254090

お問合せ先

九州大学大学院医学研究院 分子イメージング・診断学講座

准教授 山下 孝二(ヤマシタコウジ)

TEL:092-642-5695 FAX:092-642-5708 Mail:yamashita.koji.659(at)m.kyushu-u.ac.jp 

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