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2020.03.19

「気道ウイルス感染に対し PI3 キナーゼδ阻害剤が有効 」(呼吸器内科学分野 松元幸一郎准教授)

 

 
気道ウイルス感染に対し PI3 キナーゼδ阻害剤が有効
-新規抗ウイルス薬の可能性-  

 

  
  九州大学大学院医学研究院の松元幸一郎准教授、 九州大学病院の神尾敬子医員、藤田明孝医員らの研究グループは、PI3 キナーゼ(*1)δ(デルタ)阻害剤が気道や肺からウイルスを排除しやすくする仕組みを明らかにし、ウイルスの増殖を抑制することを示しました。気道ウイルス感染症は気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患 (*2)の発作を誘発し、さらなる病気の進行や QOL の悪化を招きますが、手指衛生やマスク装着による予防以外の手立ては限られています。
  気道にウイルスが感染し増殖する際に、2 本鎖 RNA が合成されます。細胞内センサーによる 2 本鎖 RNA 認識・シグナル伝達を介して、自然免疫が活性化されます。ウイルスに対する代表的な自然免疫としては、①共抑制分子 PD-L1 (*3)の発現と②インターフェロン(I 型と III 型)産生が知られています。感染細胞上の①PD-L1 によりウイルスを排除しようとする T 細胞の機能が減弱化し、感染が持続すると考えられています。一方で②インターフェロンは抗ウイルス応答を引き起こし、細胞からウイルスを排除します。また PI3 キナーゼは細胞内の様々な重要シグナル伝達を引き起こす酵素であり、そのうちの一つである PI3 キナーゼδの自然免疫への関与の有無は不明でした。本研究ではマウス肺とヒトから採取した気道上皮細胞を用いて、PI3 キナーゼδ阻害剤(IC87114)のウイルスに対する自然免疫への効果を解析した結果、PI3 キナーゼδ阻害剤は合成 2 本鎖 RNA による①PD-L1 の発現上昇を抑制し、②インターフェロンの産生を増強しました。さらに気道上皮細胞に感染したヒトメタニューモウイルス(*4)の増殖抑制効果を認めました。これらの結果より、PI3 キナーゼδ阻害剤は、気道ウイルス感染症の治療薬となりうることが期待されます。
  本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(JP24591132, JP15K09222, JP18K15953)と九州大学病院 ARO 次世代医療センターからの支援を受けており、成果は 2020 年 3 月 11 日付で国際免疫学会連合の学術誌「Frontiers in Immunology」に掲載されました。

  
(参考図)
緑色蛍光タンパク質を組み込んだヒトメタニューモウイルスを、ヒト初代培養気道上皮細胞 に感染させた。感染前後に PI3 キナーゼδ阻害剤を処置した細胞(右)では処置していない細 胞(左)に比べ、ウイルス感染細胞数の減少と感染により形成される合胞体の縮小化を認めた。
 
研究者からひとこと:健常な方には風邪症状しか おこさないウイルスでも、呼吸器や心臓の基礎疾 患がある場合は重篤となることがあります。感染 ウイルスの増殖や感染による炎症を抑える薬剤 を開発し、基礎疾患の進行防止や患者さんの QOL の改善に貢献したいと考えています。

 

   
 【お問い合わせ】 大学院医学研究院 准教授 松元 幸一郎 TEL:092-642-5378 FAX:092-642-5382
  Mail:koichi(a)med.kyushu-u.ac.jp ※(a)を@に置きかえてご送信ください


【用語解説】
(*1) Phosphoinositide 3-kinases (PI3 キナーゼ)
  細胞膜の構成成分であるイノシトールリン脂質をリン酸化する酵素。構造によりクラス IA, IB, II,III のサブクラスに分類される。クラス IA は触媒サブユニットによりさらに PI3 キナーゼα,β,δの 3種類に分類される。PI3 キナーゼの活性化はその下流にある分子を介して細胞分化・増殖、細胞遊走などの様々な重要な生理活性に関与する。そのため PI3 キナーゼを広汎に阻害すると種々の細胞毒性を生じることが知られており、PI3 キナーゼδ阻害剤などの毒性の低い薬剤の開発がすすめられている。
    
(*2) 慢性閉塞性肺疾患 (COPD)
  タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入することで生じる肺の炎症性疾患。身体を動かした時の息切れや慢性のせき・たんが主な症状である。世界の死亡原因第 3 位の疾病であり、我が国では 40 歳以上の人口の 8.6%、約 530 万人の患者が存在すると推定されているが、その多くは未診断・未治療の状態と考えられている。
    
(*3) programmed death 1 ligand 1 (PD-L1)
  ウイルス感染細胞や腫瘍細胞上に発現した PD-L1 は T 細胞上の PD-1 と結合することにより、感染・腫瘍細胞を攻撃し駆逐する T 細胞の働きを弱める。その結果感染・腫瘍細胞が生き残り、感染の持続・
悪化や腫瘍の増大を招く。
    
(*4) ヒトメタニューモウイルス
  呼吸器感染症を引き起こすウイルスとして 2001 年に同定された。RS ウイルスと同様に小児の細気管支炎の原因となる他、成人気管支喘息や COPD 増悪の原因ウイルスとなることが近年報告されている。また、高齢者入所施設での集団感染を生じることがあり、死亡例もみられる。
    
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