研究情報一覧

2023.08.04

「骨粗鬆症に関連する副腎皮質ステロイド代謝物を世界で初めて同定」(病態制御内科学分野 小川 佳宏 教授)

骨粗鬆症に関連する副腎皮質ステロイド代謝物を世界で初めて同定
〜ステロイド骨粗鬆症の発症機構の解明に一石 〜
ポイント
  1. ① グルココルチコイドの過剰により発症する 「ステロイド骨粗鬆症」 の発症機構の一端を解明
  2. ② 骨粗鬆症に関連する副腎皮質ステロイド代謝物を 「ステロイドミクス解析」により新たに同定
  3. ③ 副腎皮質ステロイド代謝物に着目したステロイド骨粗鬆症の新しい診断法・治療法の開発に期待

概要

副腎皮質は3層構造(球状層・束状層・網状層)を呈しており、各層より副腎皮質ステロイドホルモン(ミネラルコルチコイド・グルココルチコイド・副腎アンドロゲン)が分泌されます。骨粗鬆症は「骨量」の低下や骨の構造や材質を示す「骨質」の劣化により骨折しやすくなる加齢性疾患です。グルココルチコイドの過剰により発症するステロイド骨粗鬆症は、様々な病気の治療に汎用されるステロイド薬の副作用として知られています。ステロイド骨粗鬆症は半数以上に骨折を伴い、通常の骨粗鬆症より重症ですが、発症機構は不明です。

九州大学大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、馬越真希日本学術振興会特別研究員RPD、同大学大学院医学系学府の中尾裕大学院生らの研究グループは、同大学生体防御医学研究所の馬場健史教授、中谷航太助教らとの共同研究により、骨粗鬆症に関連する副腎皮質ステロイド代謝物を同定しました。副腎皮質ステロイド代謝物の網羅的測定法「ステロイドミクス解析」により、ステロイド骨粗鬆症の原因疾患であるコルチゾール産生副腎腫瘍の患者の血液・腫瘍組織検体を解析しました。コルチゾールとともに副腎腫瘍より分泌されたミネラルコルチコイド代謝物の過剰は骨量低下に関連しました。更に、コルチゾールの過剰により萎縮した健常な副腎皮質組織に由来する副腎アンドロゲン代謝物が骨質劣化に関連しました(図1)。

本研究により、ステロイド骨粗鬆症の発症・進展には、コルチゾール(グルココルチコイドのみならず、多彩な副腎皮質ステロイド代謝物が重要な役割を担うことが明らかになりました。同定された副腎皮質ステロイド代謝物を手掛かりとして、ステロイド骨粗鬆症の新しい診断法・治療法の開発が期待されます。

本研究成果は英国の科学誌「eBioMedicine」に2023年8月4日(金)(日本時間)に掲載されました。本研究成果により馬越真希日本学術振興会特別研究員は第41回日本骨代謝学会学術集会(令和5年, 東京)で優秀演題賞を受賞しました。

研究者からひとこと:
ステロイドミクス解析により、骨粗鬆症に関与する副腎皮質ステロイド代謝物を同定しました。ステロイド骨粗鬆症の新しい診断法・治療法の開発が期待されます。
【研究の背景と経緯】

副腎皮質は3層構造(球状層・束状層・網状層)を呈しており、ストレスに応答して各層より副腎皮質ステロイドホルモン(ミネラルコルチコイド・グルココルチコイド・副腎アンドロゲン)を分泌して生体の恒常性を維持しています。しかしながら、加齢やストレスなどにより副腎皮質ステロイドホルモンが不均衡な状態となると、様々な加齢性疾患を発症します。

骨粗鬆症はカルシウム量を示す「骨量」の低下や骨の構造・材質を示す「骨質」の劣化により骨折リスクが高くなる代表的な加齢性疾患です。骨粗鬆症は、加齢や閉経に伴う原発性骨粗鬆症と特定の疾患による続発性骨粗鬆症に分類されます。グルココルチコイドの過剰により発症する「ステロイド骨粗鬆症」は、続発性骨粗鬆症の原因として最も頻度が高く、国内患者数は約50~100万人と推定されます。ステロイド骨粗鬆症の原因として、様々な病気の治療に汎用されるグルココルチコイド(ステロイド薬)の副作用やコルチゾール産生副腎腫瘍が挙げられます。患者の半数以上に骨折を伴い、原発性骨粗鬆症と比較して重症ですが、発症機構は長らく不明でした。

近年、副腎皮質ステロイドホルモンのみならず、中間代謝産物が心血管・代謝疾患の発症・進展に関連することが示唆されています。本研究では、コルチゾール(グルココルチコイド)以外にステロイド骨粗鬆症の発症・進展に関与する副腎ステロイド代謝物が存在する可能性を検討しました。

【研究の内容と成果】

本研究では、LC-MS/MS法を用いた副腎皮質ステロイド代謝物の網羅的な測定法である「ステロイドミクス解析」により、73例のコルチゾール産生副腎腫瘍患者と、その対照群として85例のホルモン非産生副腎腫瘍患者の計158例の血液検体において21種類の副腎皮質ステロイド代謝物を解析しました(図2)。

21種類の血中ステロイド代謝物により、特に閉経前女性において、コルチゾール産生副腎腫瘍患者と対照患者を明確に判別することができました(図3左)。コルチゾール産生副腎腫瘍患者では、ミネラルコルチコイド代謝物である11-デオキシコルチコステロン(11-DOC)は上昇し、副腎アンドロゲンであるDHEA-Sやその不活性体代謝物であるアンドロステロン-グルクロニドが低下していました。更に、11-DOCの上昇は腰椎骨密度(骨量指標)の低下と、アンドロステロン-グルクロニドの低下は海綿骨スコア(骨質指標)の低下と関連することが明らかになり、これらはコルチゾールとは独立していました(図3右)。コルチゾール産生副腎腫瘍組織では、RNA-シーケンス解析と免疫組織化学染色において11-DOC産生の鍵となるCYP21A2発現が増加しており、11-DOC濃度も高値でした。腫瘍組織に付随する健常な副腎皮質組織では特に網状層が萎縮しており、副腎アンドロゲン産生の鍵となるCYB5A発現が低下していました。

【今後の展開】

本研究により、コルチゾール産生副腎腫瘍患者の骨粗鬆症は、コルチゾールのみならず、副腎腫瘍と健常な副腎皮質組織の双方に由来する副腎ステロイド代謝物の不均衡が関連することが明らかになりました。今回新たに同定された副腎皮質ステロイド代謝物を手掛かりとして、ステロイド骨粗鬆症の新しい診断法・治療法の開発が期待されます。ステロイドミクス解析により副腎皮質ステロイド代謝物の網羅的解析が可能になり、既知のステロイドホルモンのみならず、中間代謝産物の病態生理的意義が明らかになりました。ステロイドミクス解析の活用により、様々な疾患における副腎皮質ステロイド代謝物の役割が解明されることが期待されます。

【用語解説】
(※1) LC-MS/MS法
液体クロマトグラフィー質量分析法。液体クロマトグラフィー(LC)で試料を成分に分け、その後質量分析器(MS)を使って試料の成分を定量する、化学物質を精密に分析するための科学的手法です。

(※2) RNA-シーケンス解析
細胞内のRNA(遺伝情報を伝える物質)の種類と量を特定するために、高度な技術を使ってRNAの配列を読み取る手法です。

(※3) 免疫組織化学染色
特定のタンパク質が組織や細胞のどの部分に存在するかを調べるために、そのタンパク質に特異的に結合する抗体を使って組織や細胞を染色する手法です。

(※4) CYP21A2、 CYB5A
特定の副腎皮質ステロイドホルモンの産生に関与する酵素を指します。

(※5) 海綿骨スコア
椎骨の骨密度測定画像をソフトウェアに取り込み、コンピュータの計算により得られる骨質の指標です。
【謝辞】
本研究はJSPS科研費 (JP20K16525, JP21J40043, JP23K15392, JP22H04993, JP22K08627, JP22K16416, JP21K15648, JP21K14472, JP22H01883, JP22H05185) 、 武田科学振興財団、 貝原守一医学振興財団 、日本応用酵素協会、上原記念生命科学財団、 セコム科学技術振興財団 、 AMED-CREST(JP22gm1010010)、JST A-STEP(JPMJTR204J)、JST-Moonshot(JPMJMS2011-62)、小野医学研究財団などの支援を受けて実施したものです。
【論文情報】
掲載誌: eBioMedicine
タイトル: Adrenal Steroid Metabolites and Bone Status in Patients with Adrenal Incidentalomas and Hypercortisolism
著者名: Hiroshi Nakao, Maki Yokomoto-Umakoshi, Kohta Nakatani, Hironobu Umakoshi, Masatoshi Ogata, Tazuru Fukumoto, Hiroki Kaneko, Norifusa Iwahashi, Masamichi Fujita, Tatsuki Ogasawara, Yayoi Matsuda, Ryuichi Sakamoto, Yoshihiro Izumi, Takeshi Bamba, Yoshihiro Ogawa
DOI https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2023.104733
九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学分野
主幹教授 小川佳宏 (オガワ ヨシヒロ)
TEL 092-642-5275 FAX 092-642-5297
Mail ogawa.yoshihiro.828★m.kyushu-u.ac.jp
※★→@に置き換えてメールをご送信ください
ページのトップへ